1-D100-39 マリヴェラ審判中
宿から外に出ると、若干風が出ていた。
そろそろこの地方は短い秋が過ぎ、冬になる。
早い所片付けないとな。
色街の出入り口に当たる広場の回りに、食べ物を売る店や屋台が集まっている。
この時間、朝帰りの客や夜通し働いていた若い衆などが、小腹を満たす為にうろつきまわっていた。
どの屋台も、基本的には一種のサンドウィッチが売りのようだ。
サイドメニューには、暖かいスープや粥が供されていた。
広場の片隅でサンドウィッチを齧り、次いで近くの店でコーヒーを飲みながら監視した。
もっとも、この時間に何かが動くとは思っていない。
誰が言ったか忘れたが、「悪い奴はこの時間、起きていない」からだ。
結局何も起こらず、三人分の昼食を買い込み、宿に戻った。
風間はとうに目を覚まし、既に周囲や冒険者ギルドに聞き込みを行ったようだ。
姉弟も起きていた。
姉は剣の素振り。
弟は本を読んでいた。
なんだかなー。
「あ、マリさん、どうでした?」
ユウカが本から顔を上げた。
「まだ何も。風間は?」
腹が減っていたらしく、風間は早速サンドウィッチをパクついた。
「あまりはっきりした事は……モグモグ。しかし、どうも最近やってきたトマックという余所者の女衒が活動しているらしいとの事です」
「ふうん、それ、ここの連中からしたら面白く無い?」
「そうなんです。モグモグ。ですので、色街の店は、何処も組織外の者との取引はしないようにと、お達しが出ているようですね」
「それじゃ、現地の者の犯行って線は無いのかな?」
「可能性は低いでしょう。その余所者が気になりますね。居場所も分かりました」
「マジで?」
さすが忍者というか、風間はとてつもなく有能な男なのだ。
奇妙な性格やストーカーまがいの行動さえなければ、完璧超人にもなれたろうに。
残念。
ああ、残念。
そこで、俺と風間は余所者の女衒が居ると言う場所に急行する事にした。
姉弟は、部屋で待機。
宿に一報が入るかもしれないからだ。
クーコらの居場所を通報した者には金貨一枚の褒賞が出る。風間の段取りであった。
目当ての建物は、絵に描いたようなオンボロ酒場だった。
一階が酒場、二階には部屋があり、泊まれる様にもなっている。
俺たちはその裏手で立ち止まった。
耳で聞き、目で中を探る。
「……誰も居ないね」
「酒場のマスターだけですかね。入ってみましょう」
『close』の看板が掛かっているにもかかわらず、風間は入っていった。
俺は外で見張り役だ。
マスターが声を張った。
「看板が見えないか? 夕方から来てくれ!」
「すまない、マスター。僕の友達がここに居るって聞いたんだけどさ。トムって言うんだけど」
「トムぅ? 知らないね。仕込みの邪魔だから帰ってくれ!」
「……ここじゃなかったのかなあ。邪魔したね」
風間が出てきた。
小声で聞いてきた。
「どうでした?」
風間が中に居る間、俺は見張りと同時に、二階に手を伸ばし、金の雨を降らせたのだ。
「誰も居ないね。荷物も何も無かったよ」
風間が唇をかんだ。
「……マスターは嘘をついてます。でなければ、彼も言霊の影響下です。見張りますか?」
「それしかないか」
もしかして、後手を踏んだのではないか。
風間の表情も、その可能性を示唆している。
その時、だ。
足音が聞こえた。
建物の影から姿を現したのは、ユキだった。
「いた!」
顔も隠していなければ、ここの所の毎日の日課であった軽い化粧もしていない。
「な、何やってんの」
俺は慌ててユキの手を握り、酒場から離れた。
ユキの息が上がっている。
余程急いできたのだろう。
「あの、ユウカが、御者の方が来て」
「まて、落ち着こうかユキさん」
「はぁ、すみません。さっき、宿に御者の方が来て、早朝に二人の男と白い髪の女性を乗せたと……」
「うん、それで?」
「その御者さんが、こっちに帰ってきてから、私たちの宿に知らせにきてくれたの」
「うん、で、ユウカさんは?」
「ユウカは、御者さんにお礼を差し上げてから、教えられた場所へ……」
「一人で?」
ユキが頷いた。
泣きそうな顔だ。
「私、丁度お風呂に入っていて……」
風間も思わず天を仰いだ。
まあ、二人で突出してもらっても、困る事には変わりないのだが。
突貫姉弟だな。
それにしても、だ。
ユキの事だ。
俺の居場所が分かるのは、ユキだった。
まさか、「どくしん」の効果ではあるまい。
幾ら強力な言霊でも、距離が離れれば効果は薄まる。
クーコを操っているかもしれない言霊も、そう変わりは無いはず。
……まあいい。それは後だ。
ユキと風間の背中を押した。
「行こう」
「はい」
「了解であります」
――――――――――――
フォールスの郊外へ延びる道を辿った。
舗装もされておらず、相変わらず、森の中だ。
ユウカは単独で行ってしまったが、目印を残していた。
読んでいた本を、一ページごと千切って丸め、道端に置いていたのだ。
俺達も御者におおよその道を聞いてはいたものの、これなら迷子にならなくて済む。
もしユウカが迷子になっていても、俺たちが追いつける。
ユウカのやつ、中々気が利くじゃないか。
暫く進み、もはや日が沈みかけた頃、目印が途絶えた。
道路から脇道が森の中へ延びている。
風間が地面を調べて頷いた。
そこに二人を待たせ、俺は全身「冥化」して奥へ進んだ。
奥には開けた場所があり、木造の古びた建物が一軒立っていた。
農具の類が見えないので、きっと別荘か何かだ。
そんなに大きくは無い。平屋建てで三部屋もあるかどうか。
大きなバルがあるが、白い塗装がはげている。
一室の窓から明かりが漏れている。
ユウカの姿は無い。
少し戻り、二人に合図した。
二人とも注意深くやってきた。
指の合図だけで、風間は音も立てずに建物の裏に回っていった。
ユキは出入り口の横の茂みに身を隠れさせた。
俺は冥化したまま、建物の正面入り口に近付いた。
「マリさん」
耳元でユキの声がした気がした。
声?
そんな馬鹿な。
パッとユキの方を見ると、茂みから顔を出して、手で何かを持って振っている。
よく見ると、それはユウカが千切った本の残りだった。
ユウカはここに来ていたのだ。
ユキはすぐに隠れて見えなくなった。
一体ナンなんだ。ユキの能力は。
ため息をして、耳を済ませた。
男たちの笑い声がし、トクトクと、酒を注いでいる音もする。
男は二人。
その他に、二人分の呼吸音。
にゅっと「冥化」した首を伸ばして、天井の隅から中を覗いた。
傍から見れば、殆ど妖怪である。
しかし、人の形にこだわらなければ便利なものなのだ。
そこはリビングだった。
天井から一つ、魔法道具のランプが釣ってある。
木製のテーブルがあり、二人の男が差し向かいで飲んでいた。
その横には、露出度の高い衣服を着たクーコが、ウイスキーの瓶を持って侍っていた。
表情もなく、時折突き出されるグラスにウイスキーを注いていた。
男のうち、一人は三十過ぎでかなりいい男だ。
髪をなでつけ、口ひげも整えている。
このような場所に居るにしては服装も整っている。
もう一人はもう少し若く、体つきがいい。
ボクサーでもしていたのか、鼻が曲がっている。
「知る」によると、口ひげがトマック、ボクサーがジェイルと言う名だ。
部屋の端には、ロープでグルグルに縛られたユウカが転がされていた。
捕まった際に殴られたのであろう、かわいそうに顔がぼこぼこだ。
ジェイルがグラスの中身を飲み干した。
「くぅー、堪らないですね、トム兄貴。これで、明日ここで商談成立すれば、一年は安泰ですもんね」
トマックは一瞬だけ笑みを浮かべたが、直ぐに憮然とした顔になって言った。
「しかしだな、ジェイル。調子の良い事を言ってんじゃねえ。わかってんのか? さっきはお前のミスだぞ?」
「ええ、へい、申し訳ないです」
「女とベッドに居る所を踏み込まれるのはいい気分じゃない」
「ほんと、申し訳ないです。次は気を付けますって」
ジェイルが立ち上がって、転がっているユウカを蹴飛ばした。
ユウカは少し呻いただけで、クーコは見向きもしなかった。
「このクソガキが! てめえのせいで兄貴に怒られたじゃねえか。……しかし兄貴、さっきこいつ、ワクワクの王子だとか何とか言っていましたが、本当でしょうかね?」
トマックが葉巻を咥えた。
すかさずクーコが点火の魔法を使った。
ふう、とトマックは煙を吐き、クーコを見上げた。
「さあな。どうなんだ?クーコ。答えろ」
クーコが小さな声で答えた。
「はい、本当です。ユウカ様は本当に王子です」
ジェイルが椅子に戻り、再び空のグラスをクーコに突き出した。
クーコがそれを満たす。
「ねえ、兄貴、それなら明日の商談の時についでに売れるんじゃないですか? 結構面もいいし」
トマックが葉巻の煙を吐き出した。
「そうだな。向こうさんの方が、俺たちよりは有効に使えるだろう。とは言え、俺は男に『支配』を使う気はないがな。クックック」
俺は首を天井から抜いて元に戻した。
いつの間にか風間が横にいた。
普段なら、伸びた首をネタに何か言いそうなものだが、彼も中の様子が見えているのだ。
初めて見る怒りの形相である。
俺は親指を首に当て、横に引いた。
風間が歯を見せ笑顔になった。
「Guilty」
もう隠れない。
家を金の雨が包んだ。
いきなり直接壁から踏み込む。
一瞬で戦闘モードになったクーコをまず取り押さえた。
両腕を拘束した上で足を払い、何本もの腕で彼女を床に押し付けたのだ。
トマックとジェイルも同様だ。ただし彼らは少々手荒に扱った。
このエリアでは全てが俺の手であり足である。
俺は段々その事が理解できて来た。だからこうして応用もできる。
雨の中で人の姿をとっている自分は、一つの中心点でしかない。
通常の人間では、もう俺の相手にならないだろう。
半面、グリーンなど魔法や思念場を熟知している者と対すると、決め手に欠けてしまうのだが。
風間がドアを破って飛び込んできた。ユキが続いた。
二人はユウカのいましめを解いた。
ユウカは起き上がれない。
俺ははっきりと人の形に戻り、「ヒール」と「なおす」でユウカを回復させた。
するとユウカは、取り押さえられたままのクーコの所に這って行った。
「クーコ……」
クーコは機械のような平板な口調で、
「私はどうなってもいいので、主を解放してください」
と言う。
俺はクーコにフルパワーのスリープを使った。
幾ばくかの抵抗の後、成功した。
クーコとユウカの為だ。
これ以上彼女にしゃべらせると二人にとって傷が残る。
「ちょっと、ユキさん。隣の部屋でユウカさんとクーコさんと一緒に待っててください」
「はい。でも、何をするの?」
俺は肩をすくめた。
「トム兄貴にお願いをするのさ」
三人が隣の部屋に移動すると、俺は床に押し付けたままのトマックの顔の前にしゃがんだ。
「こんにちわ。トムトムくぅぅぅぅん」
「く、クソ、何がトムトム君だ! くたばりやがれ!」
トマックが声を絞り出すと、ジェイルも悪態をついた。
「この野郎、絶対後で殺してやる!」
ばきん、と音がした。
「うぎゃあ!」
ジェイルの腕が折れた音だ。
「あ、力入れすぎちゃった。ごめんね☆」
「ぎやああぁぁあ!」
「五月蠅いよ」
と、ジェイルも眠らせた。
さてどうかな。
これでトマックは恐れを抱いただろうか。
確かに彼の全身からは汗が吹き出し、酔いもさめたように見える。
「トマック君。君にお願いがあるんだ。ウチの……」
と、隣の部屋の方へ顎をしゃくった。
「身内が世話になった様なんだが、世話ついでに、あの『支配』の『言霊』、解除してくれないかな?」
トマックが笑った。
「そ、そうか、お前、ワクワクの護衛か何かか。ふっふっふ、残念だったな。俺の『言霊』は、俺が死んでも解けないやつでね。絶対解除しねえ! くたばりやがれ!」
と、俺の足元に唾を吐いた。
「ねえ、風間さん」
「何ですか?隊長?」
「拷問って得意?」
「苦手ではないですが……。隊長ってそういうの、お好きでは?」
言われて少し素に戻った。
「え? いや、そんな事ないよ?」
「どうぞ、今回は隊長がなさってください。自分はやり過ぎないように見ていますから」
「おっけー。じゃ、ちゃちゃっとやっちゃいましょ」
――――――――――――
三十分が経った。
クーコに掛けられていた言霊は無事解除された。
トマックの「支配」は、はったりではなく、本当に彼が死んでも解除されないタイプであった。
脳筋型の冒険者パーティでは、バッドエンドになっていたかもしれない。
トマックがどんな目にあったか、詳しくは記さないが、
「隊長、ちょっと趣味悪いですよ。自分、少し引きました」
と、風間にどこかで言われたような台詞を言われてしまった。
眠らせたトマックが床に寝ている。
その腕には、椅子がくっついている。
これは、椅子を「冥化」させ、トマックの腕を通した状態で「冥化」を解いたのだ。
一種の人体実験であった。
普通なら「冥化」を解いた時点で、双方は弾かれる。
お互いの存在力が反発するためだ。
しかし、反発できない程に圧力をかけるとどうなるか。
その時には、びっくりだ。なんと融合するんだな。
某ダンジョンRPGで、瞬間移動の魔法を発動するときに、座標を間違えると壁の中に埋まってしまうというあれと同じようなものだ。
他にも色々と阿鼻叫喚の実験を繰り返したが、最後の実験がこれだった。
良かったねトマック君。
一生椅子には困らないぜ。
明日には取引相手が来るらしいから、多分生きて帰れるんじゃないか?
そしてクーコを背負い、フォールスの宿へと戻ったのであった。
この部分も10通りばかり、書き直しました。
一度でびしっとキメられれば、どんなにいい事か。
2019/9/18 段落など修正。




