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1-D100-03 マリヴェラ見物中


  朝食後、八島は「船酔い止めの魔法が切れる」等と言って、フラフラと自分の客室へ戻って行った。


 魔法は、船医にかけてもらうのだそうだ。

 連続して使うと副作用が出るので、食事の時だけらしい。

 それ以外の時間は大人しく寝ているしかない。


 入れ替わりに、暮井が入ってきた。

 帽子を取って俺に会釈をしたが、四角い顔が今度は尖っている。

 何かあったのだろうか。


「どうした?」


 ロジャースが怪訝な表情をした。

 暮井はチラッと俺を見て一瞬躊躇(ちゅうちょ)したが、そのまま返答した。


「見張りからの報告です。帆が見えるそうです」


 帆が見える。

 他の船が近くにいれば、当然見えるだろう。


「見つけたのは風間です。この一帯では見かけない船、

 しかもかなり大きいだろうとの事です。

 そして、北東に向けて進んでいるとのこと」


「北東?」


「はい。そろそろ、向こうもこちらを視認するかもしれません。

 すれ違う船も、相変わらずいません」


「そうか……。やはり嫌な感じだ。私も出る」


 ロジャースが立ち上がった。


「マリヴェラさんも外に出ますか?」


 二人が何をそんなに深刻に捉えているのか分からなかったが、外の空気を吸えるのは悪くない。


「ええ、ぜひ」


 扉をくぐって通路を抜け、広い甲板に出ると、中とは別世界であった。

 あらゆる音が襲い掛かって来た。

 湿った風は強く、空は雲が厚くなっていた。

 スパロー号の舳先が波を切るたびに、艦全体が飛沫に濡れる。

 手すりに触れると、じゃりっとした塩の結晶が手についた。


 ロジャースは、マストを横から支える横静索(シュラウド)をいとも軽々と登っていって、上にいる見張り担当と話し始めた。


 横静索とは、シュラウドとも言う。

 左右数本づつの横静索でマストを支え、その間を段索、若しくはラットリンと言う索でつないで梯子の代わりにするのだ。

 あの、見た感じ蜘蛛の巣のような部分がそれだ。


 俺はその間に、暮井に尋ねた。


「暮井さん。今、何が問題なんですか?」


 上を見ていた暮井が、俺に視線を移した。


「妙な場所に、見慣れない大きな船がいるのです。

 しかも、普通……つまり、輸送船ならまず取らない航路で」


「なるほど。でも、それが問題なのですか? 今は戦争中なのですか?」


 何か懐かしいものでも見るように、暮井はその船がいる方角を眺めた。


「今に分かります」


 ロジャースが降りてきた。


「暮井、総員呼集。上手回しで開きを変える」


「では……」


「たびたびの総員呼集で申し訳ないがな、

 今日は寝る暇は無いかも知れん。

 あちらさんも我々に気がついた。帆を張り増し始めたよ」


「ポントスですか?」


「まだ分からん。だが、それ以外にあるまい。もう一隻のマストの先端が、更に南西にも見えた」


 暮井が一瞬俯いた。


「では、王都は……」


「いや、そうとも限らない。単に封鎖しているだけかもしれないからな」


 パン、とロジャースが手を叩いた。


「さあ、今の我々にやれることをしよう」


――――――――――――


 俺が推測するに、帆を張り増した船は、このスパロー号を追跡しようと言うのだろう。

 そしてワクワクの王都は、攻め込まれているかもしれないと。


 もう俺は、二人のやり取りに割り込む事はできなかった。

 そして、邪魔にならないように、艦尾甲板の一番後方で手すりにもたれ、上手回しの作業を見守った。


 さっきまで、北北西の風を右手に受けて、真西へ進んでいたのだ。

 それを、徐々に風上に切り上がりつつ、最終的には風を左手に受ける様に針路を変えるのだ。

 この一連の作業を上手回しという。

 一度は風を真向かいに受けるので、下手をするともたついて減速してしまう。

 乗組員の熟練を試される場面だ。


 舵輪がゆっくり回され、舵が軋み音を立てる。

 全てのマストの帆が、徐々に角度を変え……。


「上手回し!」

「上手回し!」


 暮井が割れんばかりの大声で叫び、甲板のあちこちで申し送りがされる。

 耳をつんざくような号笛が鳴った。

 水兵達がロープを引っ張り、舵が一気に回った。

 帆が一瞬バタバタ、と力をなくす。

 しかし帆は直ぐに、今後はさっきと逆の向きに風を受け始めた。

 当て舵がなされ、少しして舵は元に戻された。

 索具が固定され、完了だ。


 素晴らしい。


 現在、スパロー号は少し東に寄った北へと針路を向けている。

 後ろを見ると、追跡して来ると言う船の帆の先端が、水平線から現れ始めた。


 恐らく、スパロー号が何らかの魔法を使用したのだろう。

 明らかに海面を滑らかに進み始めた。

 もう殆ど揺れを感じない。

 速度も上がっている。


 ロジャースが使い古した望遠鏡を持って俺の所に来た。


「もう見えますね」


「追いつかれますか?」


「追いつかれるでしょうね。風上への斬り上がり性能は

 当然こちらが上ですが、あちらの方が帆面積は広いです。

 もしかしたら、スパロー号より上の魔道装置を

 載せているかもしれません」


 魔道装置ねえ。魔法道具の大きいものか?

 乗り込んだ際に、俺はついこの艦の構造を知ってしまったのだった。

 その中で、良く分からなかった部分があった。

 恐らくその辺だろう。

 水との抵抗力を軽減させるとか、そういう効果を持つのではないか。


 ロジャースが急に俺の腕を掴んで目を覗き込んだ。

 オレは少し驚いてその目を見つめ返した。


「今の話、理解できましたか?」


「ええ。ただ、ポントスって、あのポントスですか?

 ポントス武装運輸株式会社。

 フォルカーサの運送屋ですよね?」


 その会社は、南の帝国フォルカーサに籍を置く、ちょっとコワモテな輸送会社だ。

 単なる輸送から定期運行、時には戦地への輸送まで手広くやっていた。

 シナリオでもたまに登場していた。

 しかし、海賊行為などには手を染めていなかった筈だよな。


 ロジャースが一時顔を逸らし、しばし眼を閉じた。

 やがて眼を開けた。


「……はい。彼らは今では『依託統治』と言う業務もしていますが……。

 まずは偶然とは言え、マリヴェラさんを巻き込んでしまい、申し訳有りません」


 そう言い、頭を下げた。


「……」


 低気圧は発達し、追いかけっこをしている船よりも速く、雨雲を北東へと押し上げつつある。

 もうじき、雨が降り出すだろう。


「マリヴェラさんなら、今ここで降りても大丈夫ではないですか?

 降りれば戦闘に巻き込まれずに済むでしょう」


「戦闘? そうなりそうなんですか?」


「ええ。そう考えるべきでしょう」


 俺は言葉を失った。


 いきなり試練かよ。

 やだな。

 面倒くさい。


 面倒くさいが、避けて通れるものか?

 向こうの船は、マストの長さから言ってもこのスパロー号よりも大きいだろう。

 ロジャースは全く動じていないが、水兵の中には不安を隠せない者もいる。


 神族という存在は、GMにとっては弄りがいのある存在だと言った。

 特に、性愛と運命と貧乏の神は定番である。

 パーティに混ぜると無茶苦茶になるからだ。


 運命神が問題なのは、幸運やらトラブルがどんどん向こうからやってくるからだ。


 しかしここで、運命に左右されるのは……この艦だろうか。

 それとも俺自身か?


「私はここに居ます」


 一人で逃げる選択肢はない。

 絶対、後で後悔するに決まっているからだ。


 ロジャースが頷いた。


「分かりました。でも、マリヴェラさんはまだお客様です。

 戦闘は我々に任せてください。

 ウチの海洋魔道師はメイナードと言うのですが、中々優秀ですから」


 あら。

 微妙に盛り上がっていたのに肩透かしか。


 仕方がない。

 どの道、俺は初心者神であり戦闘はシロートなのだ。


 ではでは、お手並み拝見と行きますか。


――――――――――――


 数時間経過した。

 雨と波は、俺たちを散々に濡らしていた。


 いや、俺だけは水属性のおかげで濡れてないけど。


 あれだけあった両者の距離は、もう二~三キロに縮まっている。


 予想通り、敵の船はこの艦より大きい。

 三本マストで全てを横帆に艤装している「シップ」という船種である。

 その姿は、まるで元の世界の帆船「フリゲート」のようだ。

 ずんぐりした火力抜群の「戦列艦」ではなく、スマートで速度も有る往時の花形戦闘艦フリゲート。

 現代の艦船にもその名は残ってはいるが、まあ別物だ。


 いや、俺も実際に実物のフリゲートを見たことは無いんだけどさ。

 小説ではよく挿絵で見るし、絵画なんかでもその姿が残っている。

 かっこいいよな。

 敵の船でなかったら歓声を上げる所だ。


 望遠鏡で確認した所、ヴェネロ共和国の旗が上がっていたらしい。

 ヴェネロ共和国は「イコールポントス」なのだそうだ。


 引き続き艦尾甲板を俺の居場所と決め込んでいると、あの暑苦しいフードをかぶった男がやってきた。

 合羽を着ているので、暑苦しさが倍増している。

 俺の前に立ち、何かぼそぼそ言っている。


 ちょっとイラっとした。


 こんな、波の音や雨の音、舵・帆・索具の音で騒々しい場所では、神族でも無ければ聞き取れないだろう。


 よく耳を澄ますと、


「こんにちは。ボクは海洋魔道師のメイナードです」


 どうやら自己紹介をしているらしい。


 ならばと、俺も挨拶を返す。


「マリヴェラです。よろしくお願いしますね」


 右手を出すと、メイナードはピクッと震えてからその手を握った。


 良く見ると、非常に若い。

 高校生位か?

 フードで顔が影になっていたし、大人しい、というか暗い顔をしているので、第一印象ではもっと年をとっているように見えたのだ。


「お姉さんは、どんな魔法を使えますか?」


 おっと、いきなり核心を突いてきたな。

 だけど残念でした。


「何も?」


「何も? そんな……」


「キミは優秀だって、艦長が言っていましたよ?」


「それは、そうですが」


 魔法についての自信はあるようだ。

 メイナードがチラ、と敵の船を見やった。


「戦闘行動する前提での航海では有りませんでしたので、

 中距離以上の攻撃手段はボクの魔法だけなんですよ。

 道具も最低限しか持ってきていません」


「あら、そうでしたか」


「それにポントスは、資金も潤沢で、

 フォルカーサの将兵や傭兵も魔法使いも

 揃っていると聞いています。

 その上、強力な能力を持つ転生者

 ……お姉さんと同じ乙種も沢山いるらしいです」


 乙種……そうか、敵に俺みたいなのが居ると厄介だよな。

 能力によっては、全く予想できない攻撃が来るって事だ。


「OK。キミには特別に教えましょう。『冥化』はできます」


 メイナードの顔が輝いた。


「凄い! じゃ、空間系の『断層』『反射』『移動』なんかは?

 あ、もしかして雨に濡れていないですよね?」


「ちょ、ちょっと待って下さい。私はつい今朝にこちらに来たばかりですよ?」


「メイナード先生、お客様を困らせてはいけない」


 口を挟んできたのは、俺の近くで望遠鏡を構えて敵の船を監視していた、ネルソンと言う名の金髪の士官だ。

 ここに居る間に何度か会話をしたが、このスパロー号では暮井の一つ下の席次で二等海尉なのだそうだ。

 彼も若く、二十代前半である。

 鋭い、短気そうな目つきをしている。


「艦長は現有戦力を踏まえて考えておられる」


 と、ネルソンは敵の船を指し示した。


「我々は開き詰め、つまりギリギリに風に

 切り上がって北に向かっている。

 彼らの針路は北東に近い。

 あれよりは性能的に切り上がれないのだろう。

 現在、彼らはわれらが通ってきた航路を斜めに横切りつつある。

 絶対的な速度差はあるが、このまま進んでも、

 彼らは中々追いつけないのだ。

 間切る位なら、諦めるのではないか?」


 敵の船は、彼が言う通り、二キロほど後方を斜めに進んでいる。


「結構……近くないですか?」


「いえ」


 とネルソンは薄い唇の端を歪めた。


「石弓で帆を狙う場合、有効射程は三百メートル。魔法で同じく帆を狙うなら五百メートルまでです」


 メイナードが頷いた。


「そうですね。ボクの得意な魔法は、

 もし相手を行動不能にしたいなら、

 距離三百メートルにはならないと。

 お姉さんは思念場はご存知ですか?」


 俺は頷いた。


 思念場。


 知っている。


 魔法道具の紹介の時に触れたが、属性による現象も、魔法も「言霊」も、この世界に偏在している「思念場」を介して行われる力だ。

 精神力や意志が強いほど強力な力を得られるのだが、力は遠くなるほど急激に減衰する。

 従って、この世界には遠方への移動系魔法や情報伝達魔法が無い。

 意外に不便であり、そこで船は重要な輸送・移動手段であり続けるのだ。


 戦闘においても、接敵が重要となる。

 離れている敵の群れを「焼き払え!」とは行かないのだ。

 もちろん例外はあるのだが……。


「思念場は、知ってはいますけど、それだけです。勉強しないとダメですね」


「じゃ、魔法も一緒に、今度ボクが教えてあげます」


「先生が? 珍しいこともあるものですな」


 ネルソンが皮肉めいていった。

 彼は余りメイナードに好意を持っていないと見受けられる。


「所で先生ってなんですか?」


「……ボクは海軍所属ではなくて、王室直属の魔法局の一員なんです」


「そういうことです」


 なるほど。

 もしかして、格としては、メイナードはネルソンより上って事なのかな。

 そりゃ面白くないだろう。


「ん?」


 俺はシップの動きが変わったことに気が付いた。


「どうしました?」


「敵船が少し足を速めたかな?」


 ネルソンが再び望遠鏡を構えた。


「確かに……。甲板上の動きも活発になりました。艦長に報告してきます」


 と、ネルソンは合羽を翻して去って行った。


2019/7/26 ナンバリング追加、本文微修正。

2019/8/27 段落など微修正。

2019/9/18 微修正。

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