1-D100-38 マリヴェラ捜索中
俺たちは、ハローラに残るカタリナに別れを告げた。
そしてフォールスに移動し観光などで更に数日を過ごし、フォールスレーに戻った。
ここであと一日滞在すると、船団が錨を揚げるのだ。
船団は既に荷の積み込みを終えていた。
一つだけ、気になる事があった。
フォールスでの有る日、クーコが急に塞ぎこんだ。
一人で散歩に出かけて、戻ってきた時には顔が真っ青で身体が震えていた。
「どうしたの? 先生。風邪なら治すぜ?」
「いえ……。何ともありません。大丈夫です」
それ以来、心配するユキもユウカも声をかけるが、まともな返事が帰ってこなくなった。
そしてそのまま、出港の時間になった。
ユキたちは既にスパロー号に乗船していて、残るは俺とクーコが乗ったこのボートだけだった。
秋晴れの空の下、ボートを指揮するクロスビーと、びしっとオールを立てた乗員の制服が映えた。
桟橋からボートが離れようとしたその瞬間、クーコがボートから桟橋に飛び上った。
クロスビーも乗員も、何が起こったのか分からず、固まった。
「すみません! 好きな人ができました! さようなら!」
と、クーコは叫び、ばっと頭を下げて走り去った。
後姿はみるみる小さくなり、フォールスレーの街中に消えた。
好きな人っておい……。
おかしいとは思っていたが……。
小さなカバンは持っていたけど、着替えなんかは全部船の中だぜ?
全員が唖然としている中、クロスビーが言いにくそうに俺に耳打ちした。
「あの、出港はしなければいけませんが」
それは契約だ。
乗組員一人の為に、船団全体の予定を狂わすわけにはいけない。
俺は頷いた。
「ユキさんにも報告しなければ。なるべく速くスパロー号へ。俺は先に行っています」
「分かりました」
スパロー号からも、異変は目撃されていた。
ユウカは混乱して、どういう顔をしたらいいのか判っていないようだったが、ユキはそうではなかった。
ユキが表したのは深い悲しみだった。
「マリさん。やっぱり…」
「『好きな人ができました! さようなら!』ですって。強制恋愛とか支配系の『言霊』ですかね。先生、結構耐性強そうなんですけど」
ユキが悲しそうに首を振った。
「過去に『言霊』に支配された経験がある場合、耐性は下がるのです。術者が死なない限り、一生効果が消えない事もありますから」
「えー。ほんとに?性質悪……」
「クーコさんが出現したのは、ファーネ大陸の南岸だったのですが、奴隷として売られていたのを救助したのが、私の友人だったのです」
「大陸の南岸ねえ。術者が生きていて、フォールスに来ていたなんて偶然はあるかな?」
ユウカが口を挟んだ。
「何とか助け出せませんか? クーコは家族も同然です」
俺は手を伸ばしてユウカの髪をぐしゃぐしゃにした。
「分かってますよ。おーい風間くーん!出番だよ!」
――――――――――――
一応、こうなる事は可能性の一つとして風間と二人で検討していたのだ。
スパロー号は、このまま行く。
辿ってきた航路を戻り、アグイラに帰るのだ。
その後、契約が終わり次第、取って返し、ユキ達の叔母がいるディアモルトンへ向かう。
ディアモルトンはアムニオン侯爵領の東側の大陸南岸に位置し、内海に面している。
重要な港ではないが、仮の根拠地にするにはもってこいだ。
ただ、ディアモルトン男爵がアムニオン侯爵の与力であるのは不安ではある。
そして、俺と風間は、クーコの件を片付けて後、陸路でディアモルトンを目指すのだ。
そろそろ南への船は無くなってしまうからね。
ただ、もう冬になりかかっている山越えをしなければならない。
常人なら春を待つようなルートだが、俺と忍者風間、猫魔人クーコなら何とか踏破して、ディアモルトンでスパロー号と落ち合えるだろう。
風間も自信満々だったが、ダメなら置いていくだけだ。
事前に、ロジャースにのみ伝えて了承を得ていた。
「もしかしたら」程度の計画ではあったのだが。
艦と姉弟の守りは、ミツチヒメと、途中まではクローリスもいるし、そういえば結局復路の便にも乗り込んだ魔王も居る。
魔王はうんざりした顔で、「フォールスには二週間も居れば十分だ」等と言っていた。
アグイラの守護神のオッサンも喜ぶだろう。
さて準備だ。
手早く行こう。
「パンドラボックス」が早速役に立つ。
荷物は少なくていい。
金さえあれば、装備はフォールスで再び整えられる。
荷物を「パンドラボックス」に入れてメモに控えた。
甲板に戻ると、風間も居た。
彼も、荷物は最低限だ。
ロジャースが後ろから近寄って、俺の肩に手を置いた。
「心配はしていませんからね」
と、信頼を口にした。
「俺だってこっちの心配はしていないさ」
と、返す。
「ボートは要りませんか?」
「流石に面倒でしょう。風間は背負って走りますよ」
ミツチヒメや姉弟と握手を交わし、鼻の下が延びた風間をイヤイヤ背負い、海面へと降り立った。
――――――――――――
フォールスレーからフォールスへ戻った俺たちは、まずクーコの行方を捜した。
人探しは、風間の独壇場である。
髪の毛が白い女の子なんて、フォールスでは珍しくも無かったのだが、大体の居場所は一日で絞り込めた。
「さすがだね!」
と褒めたが、風間は不満顔だ。
なぜかと言うと、俺が男性の姿だからだ。
懐かしき中村君!
カタリナに教わってから、変身の練習を何度もしていたのだった。
鏡で確認すると、髪の長さと瞳の光はマリヴェラと変わらなかったが、顔や体格は確かに前世のままだった。
大して労力も要らない。
女性のままでお前と行動? やなこった!
新たに買った服に身を包み、サングラスを掛ければ、目立たなくて済む。
サングラスは北国だけあって種類も豊富だ。
さて、クーコの居場所というのが……ちと問題だ。
売春宿のある地域。つまり色街である。
どの都市にも必ずある色街が、フォールスにもある。
樹上ではなく、地上にだ。
二人でその中をぶらぶら歩いた。
「結構広いよね」
「ですが、売春宿は捜査対象から外しても良いと思います」
「どうして?」
「支配系の『言霊』で誰かを売春婦にしたりするのは、
どの国でも重罪なんです。死刑まであります。
だから、敢えて『言霊』を使う者が居るなら、
それは地下組織の者か、地下組織に女の身柄を
売る者かどちらかなんです。色街に潜り込んだのは、
単に目立たないようにする為ですね」
「へえ、結構きっついね」
「はい。でも、誘拐は多いですよ。フォールスは取締りが厳しいからマシですけど、隊長も気をつけてください」
「うん」
色街と程近い場所にある安宿に居を構えた。
「どうする? 金の雨を最大展開して一気に調べようか?」
「いや……。それだとクーコ殿が気付いてしまいます。それに、ここの警備兵になんといわれるか……」
「警備兵? じゃ、彼らに通報は?」
「証拠が有りません。我らですら、クーコ殿が支配されているのか、それとも本当に男についていったのか、断言できないじゃないですか」
「じゃ、耳で聞くしかないかな」
「自分も、目で見てみます」
「目で見る? お前、そういえば『見る』の『言霊』持ちだったっけ。何処まで見えんの?」
風間は胸を張った。
「隊長にだけ申し上げます。『見る』は、熟練が上がると、壁一枚くらいなら軽く透視ができるようになるんです」
「へえっすげえな」
「『見る』自体は、スパロー号の見張り担当のうち二人が所持していますが、ここまで見えるのは自分だけです」
「……ってえと、待てよ。お前、もしかして服を透視できるって事だよな?」
風間が立ち上がって回れ右をした。
「さあ、隊長。クーコ殿が心配です。行きましょう!」
「おい、ちょっとはっきりさせようぜ、なあ!」
――――――――――――
時間は引け時。
午前零時ごろだ。
物静かになっている建物もあれば、嬌声が漏れ出している建物もある。
色街の表通りの店は、営業時間に制限があるらしく、何れも店を仕舞い出した。
酔っ払いがぞろぞろと追い出されている。
俺たちが進むのは、その裏通りだ。
風間がある程度目星をつけた建物を、耳と目で捜査するのだ。
傍から見れば怪しい二人組みかもしれないが、壁に耳をつけたりしなくて良いので、通報されたりする程ではないと思われる。
しかし、非合法的な活動は幾つか見つけられたものの、クーコの件には関わり無さそうで、結局一番鳥が鳴く時間になってしまった。
「ダメだったな」
「うーん。組織的な背景ではないのでしょうか?」
「お前は寝た方が良いよな」
「隊長だって」
「俺はまだ良いさ。ちょっと寝て来いよ。俺は街の入り口で人の出入りを見る」
「向こうがそこから出入りするとは限らないじゃないですか」
「こっちは二人なんだから、それを言ってもしょうがない……さ……」
俺は目を疑った。
まだ暗い彼は誰どき。
道の向こうから手をつないだ二人の人影が近づいてきた。
若い男女のカップルだ。
どちらも剣を腰に差している。
一瞬、若い冒険者が何処かへ行くのだろうかと思ったが、二人はスタスタと真っ直ぐこちらに向かってきた。
「いた! マリさん! 風間さん!」
満面の笑みで手を振ったのはユキとユウカ。
風間も余りの事に口をあんぐりさせている。
「わあ、中村クンモードだ!」
と、テンションの高いユキが抱きついてきた。
確かに、記憶を読んだ事があるのだから俺の顔は知っているはずだけど、どうしてこうも簡単に見分けた?
まだ日はでていないし、俺も風間も、変装しているんだぞ?
「ちょ……ナンでこんな所に? っていうか、ナンでここが分かったの?」
ユキが耳元で囁いた。
「内☆緒」
ああもう。
ナンだよその☆は。
ってことは、二人のうちのどっちかの言霊かなんかか。
「来たのは二人だけ? 護衛は?」
「うん。二人。姫様やロジャースさんに駄々こねちゃった」
「でも、クーコを置いていけないですし」
俺は呆れた。
一体どれだけ特大の駄々をこねれば二人だけで来られるのやら?
かわいそうなロジャースは、今頃胃に穴が空いている事と推察する。
「分かった。分かりました。とりあえず、一旦宿に戻りましょう」
食べ物のすえた臭いのする宿に戻り、眠そうなフロントに交渉してもう一部屋を確保した。
作戦会議だ。
「とりあえず、ユウカさんは寝てください」
「はい……」
「風間も」
「自分は四時間寝られれば大丈夫です」
「そっか、水兵だもんな。ユキさんは?」
「私はあと一日位なら大丈夫」
ふむ。俺は半日後に一時間寝られればOK、と。
ユウカは早速布団にもぐりこんで寝息を立て始めた。
俺はその寝顔を眺めた。もう来ちゃったものは仕方が無い。
「さて、どうするか。風間、どう思う?」
「はい。今の所、ここから郊外やフォールスレーに
向かう馬車の御者連中には、金をばら播いてあります。
もしクーコ殿のような女性が乗ったら、
ここへ知らせる様にです。彼女がここに居るらしい
と言うのは、彼らの情報でした。もちろん、
敵にそれを逆用される危険性もありますが、
自分が知る限り、フォールスには奴隷売買を
するような大きな組織は無いはずなんです」
俺も頷く。
こういう時の風間はイかしているぜ。
「単独かそれに近い組織か、か」
「はい。支配している側の立場になって見ましょう。
『言霊』を使い、価値の高い乙種の女性を手に入れた。
何でも言う事を聞きます。ここのマフィア達は、
危ない橋は余り渡りません。買取は拒否するでしょう。
内海ではそうはならないでしょうけど。
ならば、自分で奴隷として使うか? いえ、
そういう者たちは、女よりも金です。
何処かへ売る算段をするでしょう」
「売り込み先って、貴族かちょっとあくどい大商人って相場だよね?」
「はい。貴重な乙種ですから、戦力や用心棒としても計算できますし」
ユキが両手で顔を覆って呟いた。
「絶対、助けなきゃ」
「うん、もちろん。で、売買契約が成立するまではどうかな?」
「そうですね、身の回りの世話をさせるかも
しれませんね。ボートから走り去ったと言う
状況も考えますと、クーコ殿は自由意志は
残されては居ないものの、ある程度の自律行動が
可能だと思われます。暴力的な虐待はしないでしょう。
商品ですから」
となると……。
俺は顎をさすった。無精ひげの感触が、これもまた懐かしい。
「食料品の買出しなんか、どうだろう」
「そうですね。アリですね」
「ユキさん、クーコさんは料理はできる方?」
「……料理している所、見たことないな」
「ちなみにユキさんは?」
ユキはそれには何も答えずに、手元の布団を引っ張って頭から被ってしまった。
まあ、これでもお姫様だからな…。
「よし、では、風間とユキさんは、とりあえず寝ておくこと。風間は目が覚めたら聞き込みを。金は使っていい」
「了解であります」
「ついでに、ユキさん用に、エルフの貴婦人が良くかぶっているようなヴェールを買ってきて」
「私に?」
「ユキさんは美人だし目立つからね。遠目からでも、クーコさんが見たら一発で分かりますって」
「そ、そうかなー?」
ユキが照れている。
今すぐ外に出たいとゴネられたくは無いので、程ほどにおだてておく。
「俺は、屋台のある通りを主に見張る。食べ物も買ってきてあげるから、ユキさんはユウカさんが起きるまで、ここで待っててください」
「はーい」
よし、とりあえずこれでいい。
俺はポンと手を叩いた。
「行こう!」
良い事しか起こらない世界なんて、嘘でしかありません。
良い事しか起こらないように願う事は、偽善でもなんでもありません。
2019/9/18 段落など修正。




