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1-D100-35 マリヴェラ拝聴中


 翌日は樹上の都市などを観光して回り、更に次の朝、ハローラに向かった。


 メイナードと荷物持ち部隊はフォールスレーに返し、俺たちは二台の馬車に分乗してのんびりと森の中を延びる道をゴトゴトと進んだ。

 俺の乗る四人乗り馬車は、ミツチヒメとユキ、俺が乗った。

 もう一台には、ユウカとクーコ、スベルディーアだ。

 ヒラの親衛隊は護衛が役目なので、周囲を歩いている。


 ただ揺られるだけでも暇なので、一つ、ミツチヒメにどうしても聞いておきたかった事を尋ねた。


「ねえ姫様」


「何だ?」


「『委員会』って、ご存知なんですよね?」


「……」


 その時彼女は目を瞑っていた。

 間が空いた。

 この彼女の「間」は、肯定の意味だ。

 今までも同じ質問を繰り返していたのだが、何時もはここで逃げられてしまっていた。

 今日ははっきり聞きだすつもりだった。


「またそれか。くどいな」


 目を開けたミツチヒメは身じろぎして視線を窓の外に移した。


「でも、知る必要があります。治療行為をすれば命を狙われるかも知れないとか、先進技術を目の敵にするとか、理不尽じゃないですか」


「そうだな」


「治療を受けたくても受けられない人たちがあんなに居るんですよ?」


「そうだな」


「誰も医者を目指さなくなって、インチキ療法が蔓延しているって言うじ

ゃ有りませんか」


「そうだな」


 窓の外を眺めたままの気の無い返事に、俺はついカッとなった。


「そうだなって、もしかして姫様は委員会の味方ですか?」


 ミツチヒメは紫色の瞳をカッと光らすと、両腕を伸ばし、俺の服の襟を掴んで引き寄せた。


「そんな訳無いだろう? ああ?」 


 顔と顔がくっつき合う程に近付いた。

 が、俺はミツチヒメの燃える様な目を正面から見返した。


 ユキが割って入った。


「マリさん、言い過ぎですよ。姫様も、大事な事ははぐらかさない方がいいですよ」


 ミツチヒメがパッと手を放した。


「はぐらかす? ふん。この世には、特にこの世界には、善も悪もない。それをお主達は受け止められるのか?」


 俺は乱れた襟を直した。


「試してみますよ」


「そうか。分かった。ではそのうち、『委員会』の1人と会わせてやる。だが後悔するなよ?」


 会わせる?

 知っているどころの騒ぎ時じゃねえじゃん。

 ミツチヒメはそれきり黙ってしまった。


――――――――――――


 ハローラは、森の中の森の国だった。

 広い平野は森林に覆われ、その中を何本もの清流が流れている。

 川の流れに沿ってささやかな農地が存在するが、余り人口が居ないこの地域には、森の恵みと合わせれば当地の住民の腹を満たすには十分なのだと言う。

 

 俺たちの乗る馬車はまず初めに、街の郊外に設けられた門の前に止まった。

 御者が門番に公爵の客だと告げると、何人かいた門番のうちの二人が、馬に乗って先導を始めた。

 ここまでの道路沿いもそうだが、ここ一帯の森も、原生林というわけではない。

 計画的に植林されて管理されている森だ。

 薪を山積みにしてのろのろと驢馬が引く荷車などを追い越し、市街地に入った。

 街は、フォールスとは打って変わって何も無い。

 本当に田舎の町だ。

 グリーンが常に領地に居ないのは、刺激が無いからではないのか? と勘ぐってしまう。


 その街の端に見えるハローラ公爵の住む城は、森の国にある建築物としては異質だった。

 小さな山を造成して築いた『平山城』で、回りは石の城壁で囲まれている。

 山の頂上には石造りの建物が聳えていた。

 全て石造りなのである。

 城壁の外に川が流れているのだが、これは堀の役割も果たしているのだろう。

 更に川の外から城の入り口に掛けては城下町が広がり、この国では数少ない森の途切れた地域となる。

 

 城門の前まで来た。

 先導していた門番たちが城の門番に何かを告げると、青銅の門が開いた。

 門内は中庭があり、城壁の内側には、幾つもの建物が囲んでいる。


 馬車はその中庭で止まった。

 俺たちは馬車から降ろされた。

 中庭の奥から、石でできた階段がうねうねと山の上にある城まで伸びている。

 コレ登らされるのか? などと思っていたが、違った。


 建物の一つの中に案内された。

 その建物の中には、数人が乗れるゴンドラのようなものがある。壁には、大きく暗い穴がぽっかりと空いている。

 上品そうな、恐らく執事の一人なのであろうエルフの男が、


「皆様、こちらへどうぞ」


 と言い、ゴンドラの扉を開けた。


 一行はぞろぞろと言われるままに乗り、最後にそのエルフも乗った。


「では、動きます。揺れますのでご注意下さい」


 執事のエルフが言い終わると、ガクン、とゴンドラが揺れ、壁の穴の中を登って行った。

 穴は、山を登るように掘られたトンネルだった。まるでロープウェーである。

 ロープウェーと違うのは、このゴンドラの動力が魔法だって所だ。

 再びゴンドラが揺れ、扉が外から開かれた。


 そこはもう、城の中であった。

 扉の外では、グリーンやカタリナが待ち構えていて直々に出迎えてくれた。

 後ろの方には、エルフの執事やルチアナも並んでいる。

 メイドらに案内されて旅の垢を落とし着替えをすると、歓迎の食事会に招待された。

 一言で言うと、特筆するべきイベントは無かったのである。


 しかし、その夜の事。

 

 俺たちは、一人ひとり個室が与えられた。

 城自体が余り大きく無いせいか、部屋はさほど広くは無いが、魔法道具の明かりに照らされている内装は、如何にも伝統を感じさせる豪華さだ。

 食事会の前、まだ日のある内に部屋の窓から見た景色は大したものだった。

 何しろ、城は平地に広がる森の只中にある岩山の頂上にあるのだ。


 遠くに見える山々の木々はすでに色づいていた。

 緯度が高いせいもあるが、俺がこちらに来てもう一か月以上が経過している。


 何処の産か、見事な綿織物のカバーがかかったベッドに寝転び、天井を見つめた。

 ぎゅっと胸を掴んだ。「コレ」の持ち主になってから一か月以上たつのに、未だ違和感がある。

 それなのに、髪の毛を摘むと、光る部分が増えていた。

 俺がこのマリヴェラという存在に確実に慣れてきている証だ。

 結局ここまで、ただ流されるがままに来てしまった。

 何処を探しても、呼びかけても、やはりGMはいない。


 さて、夜は気を付けなければいけない。

 何しろ、ここはルチアナ嬢のホームグラウンド。

 当たり前のような顔をして夜這いをしに来るに違いない。

 俺は明け方まで寝ずに警戒するつもりだった。


 確かに彼女は来た。だが様子が違ったのだ。

 コンコン、とドアがノックされた。


「はーい」


「マリヴェラ様、失礼致します」


 と、入ってきたのはルチアナだ。

 襲い掛かって来るかと思いきや、使用人モードを崩さない。


「旦那様がお呼びです」


「グリーンさんが? こんな時間に?」


「はい」


 ルチアナはそういうと、俺の事をふわっと抱きしめた。

 服の中に手を入れる何時もの悪戯も無い。


「マリちゃん、無事にもどってきてね?」


「……ナンだい? どうしたの?」


「旦那様、戦いの準備をしていらっしゃったの」


「戦い? ナンで? 俺と?」


 慌ててルチアナを引き剥がすと、彼女は半泣きだ。

 どうもマジっぽい。


「分からないわ。でも、これから行くのは、地下の訓練場。昔は闘技場だった所」


「……」


 ルチアナは目をこすると、背筋を伸ばし、軽く頭を下げた。


「ではマリヴェラ様、ご用意が整いましたら、ご案内させていただきます」


 ナン何だかよくわからないが、仕方がない。

 とりあえず動きやすい格好に着替えて、二・三個の役に立つかもしれない道具をポケットに入れた。

 影免はもちろん冥化して携えている。


 そしてルチアナの後ろを付いて行った。

 幾つかの階段を下りると、段々湿気が強くなってきた。

 壁や階段が苔むしている。


「こちらです」


 とルチアナが扉の前に立った。彼女が扉に手をかざすと、ゆっくりと扉が開いた。


 中は広々とした空間があり、天井から吊るされた魔法道具で照らされている。

 規模は小さいが、ここは確かに闘技場だったのだろう。

 ぐるりと設置されているベンチと、一段低くなって壁に囲まれた土の領域。

 闘牛用の闘技場を二回り小さくした感じだ。

 その闘技場の真ん中に、グリーンとミツチヒメが立ってこちらを見ていた。


 ずっと感じていた嫌な予感が、更に強まる。


「それでは……。失礼します」


 と、ルチアナが退出した。去り際に、俺の手に触れながら。


 グリーンが、声を張り上げた。


「こちらに来なさい。マリヴェラ。話がある」


 ルチアナは、グリーンが戦闘の準備をしていると言っていたが、パッと見、彼はゴテゴテした武装はしていない。

 玉虫色に光る手甲と、腰に差したサーベルが目立つ程度だ。

 ミツチヒメは普通の格好で、懐に手を入れている。


 俺はポンと飛んで、土の地面に降り立った。


「お呼びでしょうか」


 グリーンが頷いた。


「『委員会』の話を聞きたいそうだな。確かか?」


 ああ、やっぱりそう来たか。

 ミツチヒメが知っているなら、この人も知ってるよな。

 そんで……。


「はい」


「聞かせてやろうと思ってな。随分怒っていたらしいな」


「……まあ、それは」


 グリーンが一つ咳払いした。


「『委員会』の正式名称は、『人口統制委員会』。

 原型は昔からあったが、現在の形になったのは

 約四百年前だ。もちろん、統制するのは、

 人間種の人口である」


 んだと? と言いそうになったが、我慢した。

 グリーンは冷静に語を継いだ。


「『委員会』の前身は、エルフの人口を調節する為の、

 各エルフ部族間で構成した話し合いの場だった。

 マリヴェラ、四百年前の亜人・妖魔連合と人間間

 で起きた戦争の顛末は?」


 と、グリーンが聞いた。


「一応、本に書かれている程度の事は」


 グリーンは軽く頷いた。


「この世界には、二千年前まで人間が居なかったのだ。

 住んでいたのは、エルフやドワーフ、

 妖精・妖魔といった種族だ。二千年前位から、

 ぽつぽつと人間が『転移』と言う形で現れ始め、

 千年ほど前から、丙種として『転生』してくる者

 も出現し始めた。と言っても、人数は圧倒的に少なく、

 珍種として丁重に扱われるか、直ぐ殖える便利な

 奴隷として使われるかだった」


 グリーンは、その突き刺さるような視線を俺に向け続ける。


「奴隷としての人間が増え、かつ支配者である

 亜人・妖魔たちの栄華が頂点に達した約四百年前、

 人間が叛旗を翻した。その反乱には、

 幾柱かの神族や、一部の亜人や妖魔も参加し、

 最終的に人間の勝利に終わった。

 今、フォールスやカッパーフェクツが大陸の

 北辺に押さえつけられているのは、その名残だ」


 俺が読んだ内海で出版されていた本では、その戦争は『解放戦争』と書かれていたが、エルフの立場から書かれた本にはそういう表現で書かれてはいないだろう。

 ちなみにミツチヒメも、当時人間側に味方した神族の一柱だったらしい。

 となると、そこの二人は、かつて敵同士だったのだ。


 グリーンが頷いた。


「知っているようだな。結構。知っての通り、

 我々エルフは寿命が長い。回復魔法も得意だから、

 致命傷を受けない限り、簡単には死なないのだ。

 その様な種族が考えもなしに数を増やせば、

 破滅となるだろうし、実際に破滅しかかった事もある。

 そこで、人口を調節する為の会議ができた。

 エルフの部族間においてその制度は上手く機能した。

 さて、四百年前、戦争は我々の敗北に終わったが、

 全面的に降伏したわけではなかった」


 ミツチヒメは、目を瞑り、腕を組んだまま微動だにしない。


「その時代ですら、人間は人口増加の兆しを見せていた。

 農業も発展しつつあったのだな。

 我々は、戦争以前より危惧を抱いていた。

 この星は、人間で埋まってしまうのではないか、と。

 それは、この星の滅亡をも意味するのだ。

 この星は、君の住んでいた星に比べ、

 生命を育てる力に乏しいのだ。最近の試算では、

 10分の1程度だと言う。そして、停戦交渉の際、

 人間側の大将にあたる神族に掛け合った。

 密かに人間の人口を統制する権利を我々に認めよ、と。

 彼は承諾した。彼も人口爆発の危険性を知っての事だ。

 無論な」


 グリーンが一呼吸置いた。

 

 俺は戸惑っていた。

 彼の言う事にも一理ある、と思う自分が居る。

 真実かどうかは分からないが、この星には、地球の10%程度しか生命を育てる力が無いと彼は言う。

 恐らく農業に向いた土地の広さや、土の質・量と言った部分なのだろう。


 それは確かに、問題だ。

 人間側に立っていた神族も認めたのだったら、仕方がないのかもしれない。

 でも。

 それでも。


 グリーンが再び咳払いをした。


「管理するための組織は、エルフの人口調整の為の会議が転用された。そして、私も今では委員会の一員だ。察しの通りな」


 そして、俺が反応しないのを見ると、何かを否定する様に右手を振った。


「委員会の会員は二十人程居る。エルフだけではない。

 医師を駆除するなどと言う愚行を犯している

 馬鹿者も確かに居るが、それは私の流儀ではない。

 言っておく」


「組織として動いているわけではないのですか?」


「そうだな。基本理念は一致しているが、手段は自由だ。

 互いに組んでいる委員もいるがな。

 全員が顔を合わせたのは、もう百年以上前になる。

 もちろん、代替わりした席もある」


 俺はグリーンの横に居る不機嫌そうなミツチヒメに聞いた。


「姫様は会員では無いですよね?」


「当たり前だ。委員会の活動に賛成もしておらん。

 医師や医療魔術士を狙う奴は特に気に入らない。

 だが、わたくしは元の世界もこの世界も知っている。

 比べた上で、一言で言えば『やむを得ぬ』だ」


 思うに、自然の有り様に関しては、自然神であるミツチヒメの言う事が間違いないだろう。


 グリーンが腰の剣を抜いた。ヒュッ、と振るうと、風が起き、土ぼこりが舞った。


「さて、それで君はどう思ったかね?」


 思うもクソも無いじゃないか。


 正解なんかない。


 ただ、医者を狙うってのは何か違う。

 医療技術を絶やすのは、現世の歴史においてその発展が人口増に寄与したと、委員会が知っているからだろうが……。

 ぶっちゃけ、人間の人口を減らしたいのなら、目に見えないようにやればいいじゃないか。

 疫病を伝染させるとか、国を腐敗させるとかあるはずだし、既にしているはずだ。

 ファーネ大陸の混乱状況も、「委員会」が暗躍しているからかもしれない。


 そしてポントス、その後ろに居るフォルカーサが「委員会」と敵対するのも、自然な事だ。

 彼らは良くも悪くも人間中心主義なのだから。


 どちらがいい? と言われても困るが、どの道苦しむのは民衆だ。

 ただ、人口が増えるのもまた滅びの道だという事は分かった。


「俺は俺の道のど真ん中を歩きたいと思います。手の届く所で何かできる事があればするし、そうでなければしません」


 それは、ミツチヒメに近い立場だ。

 彼女は言ったじゃないか。


 「力ある者として、手に届く場所にいる善良な弱き者は助けたい」と。


「ほう? それでは結局、君に『委員会』が放つ刺客の刃が向くかもしれないが?」


 俺は肩をすくめた。


「今の所、こちらから探しに行く気にはなりませんが、

 刺客が来るなら手向かうだけです。

 あんまりしつこいと、委員会に欠員が出て、

 後釜を探さなきゃいけなくなるかもしれませんけど」


「ふふ。まあ、いいだろう。それで」


「所で、どうしてグリーンさんは武装しているのですか?」


 俺は、この後何が起こるかを半ば分かっていて質問した。

 グリーンが、初めて歯を見せて一頻り笑った。


「……失礼、君が綺麗ごとを並べ立てるのであるならば……と思っていたのだが。合格点はやってもいい。だがね」


 と、剣先を俺に向けた。


「その余裕に、興味が湧いた。御一手願えるかな?」

 

 この地下にある古い闘技場に、大きな風が巻き起こった。 


この世界の歴史でした。

2019/9/18 段落など修正。

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