表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/114

1-D100-34 マリヴェラ交易中


 幾つかの漁船とすれ違い、時に追い越しながら、船団はファーネ大陸北岸を東へ進んだ。


 ここ北海は内海ではなく、外海の一部である。

 地球で言えば北極海に当たる。

 温暖な世界なため、この海に氷床が出来るのは真冬だけだ。

 それでも、冬季は海がとても荒れるので船舶の航海はほぼ不可能になる。


 今年のアグイラの交易船団は、これが最後なのだ。

 あとはファーネ大陸南岸からの交易船が幾らか出入りするが、そこまでだ。


 この船団が運ぶ塩は、北岸の国々に運ばれて利用される。

 生活に供されるだけではなく、多くは豊かな北海で水揚げされる魚肉の保存用に使われるのだ。

 塩漬けの魚肉はもちろん当地では貴重な蛋白源だ。

 魚肉の生産余剰分は帰りの船団に積まれ、ファーネ大陸南岸などで売りさばかれる。

 もちろん塩漬けの魚だけではなく、帰りにはドワーフの国カッパーフェクツの金属製品や、フォールスの魔法道具、木材なども積み込まれる。


 ファーネ大陸諸国とフォルカーサ帝国間の黄金航路を別とすれば「恐らく、一番儲かる航路だろう」との事だ。

 艤装したり船員を手配したり積荷を買う資金は、この船団の場合、アグイラの有力商人が集まり拠出した。

 船関係の手配は海洋ギルド。

 護衛を務めるのはアグイラ政府。政府も、ある程度の元手を提供している。

 船団のうちいくつかの船は、有力商人自身の持ち船である。

 そして、儲けはそれぞれ拠出した資金に応じて分配される。


 もう一つ触れておきたいのは、船員による私貿易だ。

 船団に乗り組んだ者全員に、決められた量の物品を自分で買ったり売ったりする権利が与えられているのだ。

 それはスパロー号でも変わらない。

 アグイラに到着するまでは軍の任務中だったので、それは無かった。

 が、アグイラからここに到るまで、更に護衛契約に従いファーネ大陸南岸に帰還する際には、やはり権利が生じる。

 大した量を積み込めるわけではないが、それでも、ある程度のお小遣いになる。

 俺?

 元々、本なんかの荷物が他の人より多いので、謹んで辞退した。


 さあ、フォールスの玄関口、フォールスレーの港が見えてきた。

 少し風が強いけど、問題無いだろう。


 港から、わらわらと何隻もの小型の船が迎えに出てきた。

 タグボートだ。

 小さいけど、この港のタグボートはどれも立派な魔法船である。

 全部では無いが、一部魔法の動力によって動く。


 ここまできたらもう大丈夫。

 一艘一艘、船団の船が安全な錨地へとタグボートで引っ張られてゆく。

 半日掛けて、全ての船が無事錨地に錨を下ろし終えた。

 ドラゴニア号は、当地のお偉いさんが乗っているだけあって、港の一番立派な岸壁に係留した。

 俺たちはちょっと離れた場所に錨を下ろし、ボートで下船した。


 港はとても立派で、アグイラの港にも匹敵すると言ってもいい。

 ただ、船の数は少ない。

 港は漁港も兼ねており、水揚げ作業も見える。

 その近くにある大きな建物は、市場だろうか。

 ちょっと離れた場所には、倉庫と思しき建物も立ち並んでいる。


 ここで働いているのは、人間、ドワーフ、ギガントが主だ。

 他の亜人や、エルフは見当たらない。

 エルフは人口の絶対数が少ない。

 だが、顕職は彼らが占めているのである。よって、こういう場所で見かけることは少ない。

 グリーンのように、自らリスクを取ってあちこち巡るのは珍しい例なのだ。


 彼の領地ハローラ公爵領は、ここから南に進んだ内陸に広がる。

 夫妻はこの後領地に戻る。

 グリーンは船団が出発する前日にドラゴニア号へ戻ってくる予定である。


 船団の荷の積み下ろしの手配などは、ここにあるアグイラの通商事務所が万事行う。

 ドラゴニア号の事は、グリーンが居なくても副官たちが滞りなく準備するだろう。

 俺たちは、交易等は余りしないから時間が余る。

 首都のフォールスを観光した後、ハローラを訪れるのだ。

 夫妻に招待されているからだ。


 アグイラの通商事務所から、スパロー号にも案内役がついた。

 事務所が雇った男である。

 人間で、ちょっと肌が黒い。表情や動きを見る限り、如才ない感じだ。スベルディーアと名乗った。


「皆様、ようこそ、フォールスレーヘ。昼ごはんはまだですかな?」


「ええ、まだです」


 ミツチヒメ・ユキ・ユウカ・クーコ。おまけでメイナード。

 久しぶりにまともな食事が出来るってんで、わざわざ朝飯を抜いた馬鹿リストである。

 俺は別に食べなくてもいいので、その数には入らない。


 八島は、自分の持分の交易に専念したいというので、別行動。

 多くの手の空いた乗組員も、同じだ。

 兎に角飲みに行きたい!という場合、手数料を払い、業者に代行してもらう手もある。


 ロジャースら士官は観光はお預けだ。物資の積み下ろしは、やはりアグイラの通商事務所がかなりの部分を受け持ってくれる。

 それでも、任せっぱなしにはできない。

 おまけにロジャースは、ブラックマンバ号の面倒も見る必要がある。

 経費を節約する為に、クローリスらは自分たちの手で荷の積み込みをしなくてはいけないのだった。

 穀物の買い入れは、八島が自分の用事が終わり次第、指図する手筈だ。


 滞在期間は、二週間。


 現世におけるかつての帆船時代は、寄航先で一ヶ月以上荷降ろしを待たされる等はざらだったという。

 それに比べれば、アグイラもそうだが、相当効率的ではある。


 ブロイレッド行きの船に乗り換えるポントス二人組みとは、ここでお別れした。

 短い間だけだったが、中身の濃い訓練はとてもありがたかった。

 最後には、ユキもユウカも、二人組みと握手して別れたのだった。


 親衛隊の連中も連れて、ぞろぞろとスベルディーアについて歩いていると、カタリナの馬車が、ゴトゴトと走っていった。

 先刻、一応の挨拶は済ませてある。

 馬車の窓から、ルチアナが手を出していたので、手を振り返した。

 ルチアナは、カタリナと共にハローラに戻った後、俺たちの訪問を迎え、その後はグリーンと港に戻り、ドラゴニア号に再び乗るのだ。

 まあ、ご苦労様、だ。


「はい、では皆様、このフォールスレーにおいて、私が最もお勧めするレストランです」


 スベルディーアがニコニコと笑顔で指し示したのは、二階建ての大きな建物だ。

 先に上陸した船団の一員たちも、既に席を占めていた。

 かなりにぎわっている。


 俺達も一つのテーブルを囲んだ。風間たちは、例によって見張りも兼ねて表のバルに陣取った。

 メニューはスベルディーアに任せた。彼がウエイトレスに注文して程なく、料理がやってきた。


 ハムと野菜のサラダ、ニシンの漬物、ライムギパンのサンドイッチ、ラム肉の燻製入りシチュー、タラの身入りポテトグラタン、蜂蜜酒!


 やばい。

 食事はしなくて良いのだけど、無理だ。

 我慢なんかできない。……食べすぎだ。

 最後に、ハーブティー。

 全員、満足。


 俺たちと一緒のテーブルに就き、色々と出てきた食べ物の解説をしていたスベルディーアが、自分のカバンからバインダーを取り出した。


「さて、この後のご予定ですが、

 そろそろ皆様の荷物が降ろされて、

 宿舎に運び込まれている事と存じます。

 一旦宿舎に戻り、首都フォールスとハローラへと

 向かう準備をしてください。午後二時には、

 馬車がお迎えに上がりますので、それまでにお願いします」


 との事だ。

 この辺は、既に船上にいるうちに、ある程度打ち合わせができている。

 フォールスでは色々と買い物をする予定でもあるので、荷物持ち部隊の選定も終わらせてある。


 その後のフォールス到着までの事は略する。


 フォールスの首都は、いかにもエルフの都らしい作りであった。

 面積の半分は普通の建物が占めているのだが、残り半分は森なのだ。

 巨大なぶどう棚や藤棚の様な構造物が並んでおり、そこにつる状の樹木が絡まっている。

 樹木は人為的に撓められたり、縛られたりしていて、人の通れる道や、家屋なども樹上に作られていた。


 ここに到着した頃はまだ日は残っていたが、暗くなるに従って、樹上にポツポツと明かりがともってゆくのが幻想的である。

 スベルディーアによると、支配階級のエルフは主に樹上にすみ、労働者階級の者たちは地上に住むのだとか。

 眺める限り、一種の要塞でもあるのだろうと推測できた。


「いやあー、凄いですねえ」


 と、メイナードは騒いでいるが、気持ちは分かる。


 宿に到着し、荷物持ち部隊の連中は早速羽を伸ばしに出かけていった。

 アグイラからこっち、安全な事なんてなかった。

 南に戻れば、また常に緊張していなきゃならない生活に戻る。


 親衛隊のガルベス、ロイド、イイダにも小遣いを渡し、一晩だけ好きな様にさせた。

 彼らも流石にフォールスには来た事が無かったらしく、喜んで街に繰り出していった。

 風間は真面目にも、俺たちの護衛を続けると言う。

 悪く取れば、俺の傍にいたいのだ。

 一日目の夜は、地上の宿を取り、休息した。

 下船したばかりだったのと、馬車疲れでのせいで、軽く食事をした後は皆直ぐに眠りについてしまった。


――――――――――――


 朝。


 夜遅く帰って来てまだアルコールが抜けていない水兵どもを叩き起こした。

 俺は慈悲深いので、全員に「キュア」をぶっかけ、二日酔いも治療してあげた。

 何故か不満そうな顔をしている者もいるが、気にしない。


「よし、行こうかお前ら!」


 と、ミツチヒメが手を叩いて号令すれば、シャキッと芯が入るのだ。


 フォールスは何と言っても、魔法道具関連の名産地だ。

 魔法道具屋が、軒を並べている。


 それだけではなく、フォールスの更に東にあるドワーフの国、カッパーフェクツから運 ばれた、金属製品の問屋もある。

 もう一つ東にあるアレハンドロの故郷ブロイレッドからは、各種鉱石が取れる。

 ただ、収益は大したことがないので、北方亜人国家群の中では余り経済が振るわない。

 そこで国民は、出稼ぎに出国する者が多いのだ。


 さて、何を買うか。


 まず、俺たち自身が必要とする物。結構アグイラで買ってしまっているが、薬などはもっとあっても良い。

 もう一つ。交易用の商品。

 スパロー号で交易しようとすれば、嵩張らない交易品を選ぶ他無い。

 アグイラでは、積めるだけの織物を積んだ。

 商船が運ぶ量と比べると微々たる物ではある。だから帰りには、魔法道具を運ぶのだ。

 なにせ、内海で求められる魔法道具の半分以上が、ここフォールスでの生産だ。

 南に持ち帰るだけで、倍以上の値段になるのである。


 あの、アグイラの妖しいお店で貰ったクーポン券もポケットに入っている。

 一応の用心で、バラバラには行動しない。

 スベルディーアお勧めのお店から順に見て行くつもりだが、並んでいる軒先を眺めているだけでも、規模も品揃えもアグイラとは比べ物にならないほど大きいと分かる。


 一軒目は、冒険者御用達の小売りのお店。

 以下、ユキとクーコの会話である。


「ね、ちょっと。あれ凄くない?」


「魔法使いの衣装ですか。露出度高っ。コスプレみたい……」


「クーコさん試着してみない?」


「それはちょっと……。ユキ様こそ、人で試そうとしないで下さい」


「うふふ。あ、そうだ、おーい、マリさーん!」


 ……俺はなるべく離れて気付かない振りをする。


 ユウカは光を放つ剣が入ったショーケースに噛り付いていた。

 なんだかんだ、男の子なんですな。

 風間は薬のビンが並んだ棚の前だ。

 その手に取ったビンのラベルをよく見ると……。

 惚れ薬?

 随分深刻な顔をして吟味しているが……。

 

 お い テ メ エ。

 そ れ。

 誰 に 使 う つ も り だ ?

 

 メイナードは、ミツチヒメの相手をしていた。色々、商品の解説をしている。


「師匠は買い物は無いのですか?」


「ええ、僕が欲しいのは最新の魔法の本なんですが、専門書店にしかないんです。後で行くつもりです」


「姫様は?」


 ミツチヒメは肩をすくめた。今日のお召し物は、出会った時に来ていたお馴染みの古風な小袖である。


「うむ。別段、欲しい物は無い」


「そうですか」


 ユウカが欲しがった剣は、値段も性能も中々のモノだった。

 一生モノと考えて、俺とユキで相談して買ってあげる事にした。


 その剣と小間物を購入したものの、なんだかんだ言って、値段と物量の差はあれ、アグイラより何倍も良い物が置いてあるかと言うと、そうでもない。

 じゃあ専門店や交易用の卸の店に行って見ようと移動した。


 交易される魔法道具のうち、多くを占めるのが、建築物に供される魔法道具と、生活に使われる物。それと、軍需用だ。

 スパロー号の中で使われていた明かりなんかも、ここの産かもしれない。

 スベルディーアは、万事心得ていて、内海での需要と船に載せられる量を勘案して、俺たちに代わって店主に各商品を発注した。

 それぞれの各都市での売値情報等を交えながら、俺たちはウンウンと頷いて、了承するだけである。

 物量もあるので、買った品物はお店がフォールスレーまで配送する手筈だ。

 ホント、何もしないで良い。

 荷物持ち部隊は手持ち無沙汰だが、彼らの仕事はこれからだ。


 魔法に関する本の専門店に寄り、次に医療用品の専門店に寄った。

 この医療用品の専門店が面白い。


 要塞である。

 要塞のようだ、では無く、要塞である。


 石作りの大きな建物に、四方に警備兵までいる。

 中に入るのにはボディチェックが必要と言う厳重ぶりだ。

 店内にいた店員に理由を聞くと、テロを起こされるからだと言う。

 相手は「委員会」。こんな所でもその名を聞くとは。


 店の中は充実している。

 治療系の魔法のお札、各種の薬、手術用品などの医療道具。結構現世に近い道具がある。

 多少値が張るのは、この厳重警備のコストなんかが入っているからだろう。

 そもそも、「委員会」がこの国にもいるなら、製造するだけでも危険なんじゃないだろうか。

 迷惑極まりない。


 薬の購入は皆に任せ、俺は俺で目当てのモノを探し、見つけた。

 ホムンクルス。

 アグイラで腕だけ買ったアレだ。

 人間そっくりなホムンクルスが、目の前に有る透明な液体の満ちたガラスケースに入っている。

 この世界の彼らは、動いたりしない。純粋に、人間や亜人の体のスペアとして製造されているのだ。


 担当者らしい店員が寄ってきた。


「お客様、ホムンクルスをご入用でしょうか?」


「うん。治療用に二体、男型と女型が欲しいんです」


 担当者は一瞬驚いたようだったが、俺の顔を見て納得したように頷いた。


「なるほど。ご入用なのは、部分ですか?それとも……」


「全身二体です。デザインには、種類があるのですか?」


「はい、ございますが、何か治療だけではなく実験にでもお使いですか?」


 担当者の問いに、俺はちょっと考えてから答えた。


「うーん、実験? それもあるけど、どっちかと言うとやっぱり治療かな? まあ、大丈夫ですよ」


「左様ですか。では、カタログはこちらになります」


 と、担当者は手書きの絵で描かれたカタログを持ち出して来た。


「一部を移植した場合、移植後は適応して患者ご本人と変わらない外見となります。ですが、男型は筋肉質、女型はスレンダーな体型が好まれますね」


 例えば、だらしない体型の人が、マッチョになりたいといって首から下を取り替えても、鍛えたりしなければ直ぐにだらしなくなると言う意味だ。

 もちろん、そんな手術を出来る魔法医師など、今のこの世界にいるかどうかだが。

 面白系シナリオにはたまに出てきたんだけどな。


 俺はカタログを吟味して、男型は適当に、女型はなるべく俺好みの容姿のデザインを指定した。


 一体、五千万円。

 つまり合計一億円。


 店内を見終わったユキがやってきた。

 台車に載せられたケース入りのホムンクルスが運ばれてきた。


「うわあ。本物の人間みたい」


「へえ、中々いい男だね。女の方もかわいいな。よし、これにします」


 担当者が頭を下げた。


「有難うございます」


「フォールスレーに停泊している船に積み込みます。そこまでの配送はお願いできますか?」


「はい、もちろんです。無事、フォールスレーにお届けします」


 早速、現金で支払った。

 高い買い物なので、念の為、配送にはガルベスと荷物持ち部隊一名を付き添わせる。


 その後、布屋などを回り交易用や自分たち用の買い物もした。

 それでも、個人で買った大きな買い物は、結局、ホムンクルスとユウカの剣、メイナードの魔法書程度だった。



塩と魚肉の関係は、ヨーロッパの交易に於いて大変重要でした。

2019/9/18 段落など修正。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ