1-D100-30 マリヴェラ剣闘中
俺は波のタイミングを見て舷側の手すりから飛び降りると、海面を疾走して敵船に到達した。
黒い船が操る防護結界は、やはり俺の結界と似ていて、俺自身は防げないようだ。
もし防がれていたなら、透明な壁と「ごっつんこ」だったので、かなりみっともない姿をさらしていたはずだ。
まずは第一関門クリアと言った所である。
海面を蹴って黒い船の甲板に飛び乗った。
ここまで、予想された反撃は無かった。
弓矢も魔法も飛んでこない。
甲板で周囲を威嚇するように見回した。
敵の人数は多い。
それぞれ武器を持ってはいるが、水兵用の武器ではなく、陸上用の普通の武器が殆どだ。
ダガー、ショートソード、メイス、槍。
しかし水兵用の近接武器なら、普通は片刃のカトラスが定番だ。
揺れる船の上では両刃は危険だし、突くのも難しい。
メイスを振り回すには船の索具が邪魔だし、その点槍は言わずもがなだ。
水兵用のカトラスの柄尻には、皮でできた輪がついていて、これに手首を通しておく。
そうする事によって、つい手を離してもカトラスが何処かへ行ってしまう事を防げるのだ。
こいつら、もしかして殆どが陸者か?
メイナードの赤い龍を始末した男がいた。
服はスーツに似ている。所々綻びているが、素材はシルクである。
ワイシャツ以外は全て黒い。
髪も服装に劣らず黒く、長い。
顔立ちはスリムで整っているものの、いささか顔色が悪く見える。
毎度の事ながら、「知る」はレジストされている。
ただ、俺が持った男の印象を強いて言うなら、「困惑」だ。
こいつら、海賊には間違いないんだろうけど、何か大きなミスをした様な、そんな雰囲気だ。
「皆さんこんにちは……」
挨拶しようとした瞬間、男が踏み込んで提げていた剣で突いてきた。
赤い龍を斬った時に見えた紺色の刀身は、恐らく水属性と、月か魔の属性が付与されているだろう。
柄や鍔には金や銀の装飾が施されている。
何処かの貴族の家宝位の価値はありそうだ。
もちろん、直接喰らうとヤバい。
俺は一撃目を避け、続けて斬り上げられた剣も避けた。
男はその反動を使い、蹴りを放った。
蹴りは避けずに、右手で受け止めた。
(おいおい、楽しそうじゃねえか)
オレサマだ。
俺と男は、パッと間合いを取った。
「ナンだよ。邪魔するなって」
(つれねえなあ。しばらく出番がなかったからさあ。このヴァンパイアのあんちゃんとやらせろよ!)
「あ、こら!」
そうか、この男はヴァンパイアか。
顔色が悪いのは船酔いしてるんじゃないのね。
この世界でのヴァンパイアは、日光に晒されても灰にはならない。
苦手なだけだ。
それでも、船に乗っているヴァンパイアは珍しいと思うけどね。
能力的には、長く生きていれば天使族や悪魔族、稀に神族に匹敵する程に成長する。
身体能力はさほどではないのだが、魔法や言霊の扱いに長ける。
ヴァンパイアは、俺とオレサマのやり取りに、不審の表情を浮かべていた。
そりゃそうだよな。
しかし間もなく、俺の髪は金色に輝き始め、彼の不審の表情は、険しいものになった。
「よう、あんちゃん。オレサマと遊ぼうぜ。オレサマはマリヴェラ。あんちゃんは?」
「……我が名は、クローカー・クローリス」
クローリスの声は深く、低い。
奈落の底の様だ。
「ふうん。いい名前じゃねえか」
周囲を金の雨が覆った。
これまでは、用心の為に見せなかったのだ。
「ほう。これはあの船を覆っていた結界か」
「だったらなんだい?」
「光る目の娘よ。降伏する気はないか?」
オレサマがせせら笑った。
「あるワケねえだろ。何言ってやがる」
「では娘。譲れない勝利の為に死んでもらう」
「はっ。やってみr」
クローリスの気配が変わり、さっきとは比べ物にならない程に速い突きが連続で繰り出された。
オレサマも凄まじい速度でかわし、たまに「冥化」してある影免を使い刃を逸らす。
船が大きな波を受けて、大きく揺れた。
クローリスの体勢が僅かに崩れ、突きの際の踏み込みが深くなった。
オレサマはその隙を逃さず、影免で紺色の剣を左に受け流してクローリスの懐に入った。
左手で左腕を、伸びた右手で右腕を、それぞれ掴んだ。
そしてわき腹からにゅっと生えた二本の腕で、クローリスの胴体に無数の拳をお見舞いした。
「ぐは!」
クローリスは苦悶の表情をして膝をついた。
「なんだい、もう終わりか?じゃあ、お言葉を返して差し上げようか。降伏する気は……」
オレサマがドヤ顔で言いかけた時、クローリスの腕を掴んでいた左手から、掴んでいる感触が無くなった。
(っ!)
ガッ、と言う感覚が左わき腹から胸に掛けて走った。
「くっ」
とっさに金の雨そのものに変化したが、身体を属性付きの剣で斬られたのは間違いない。
クローリスも、斬った筈の相手が消えたので、二三歩下がった。
俺は、オレサマと交代した。
相手を嘗めてダメージを受けるなんて。
マジ何やってんだよ。
吸血鬼は、霧に変身する事が出来るという。
霧そのものであるとも言える。
つまり、俺と似てる。大して変わらない。
結界は魔法によるものだとしても、これほど似た能力の持ち主だとはな。
再び姿を現した俺に対し、クローリスは畳み掛けるように斬りかかって来た。
こちらもここからはマジになる。
紺色の剣の直撃は避けつつ、甲種の止めを刺した時のような罠を置く。もちろん、相応に小さなものである。
所がクローリスはその罠に中々掛からない。
クローリスも斬撃だけではなく、左手で常に緑色の魔法陣を展開させつつ、風系の魔法で俺を押し込もうとした。
意識のある場所に俺は姿をとる。クローリスはそこを狙う。
逆も同じようなものだ。霧の中で、たまに彼の体が見えるので、俺はそれを狙う。
同じ場所に意識がとどまらないように、集中する。
お互いに、何度も相手を捉えるが、殆ど当たらない。
二人の間でまともに形を取り続けているのは、クローリスの剣だけだ。
じゃあその剣をどうにかしようと影免で叩いても、びくともしない。
かなりいい剣のようだった。
うーん。
困った。
これじゃ、千日手じゃないか。
クローリスは風系魔法が得意のようだが、大きな風系魔法ではこの船ごと吹っ飛ばしてしまうだろう。
俺にとっても、この船を沈める方が簡単だったりするが、それは望まない。
トライアンフ号が向かった東側の状況も気になるし、時間かけるとアレだな……。
と考えた時、ピンとひらめいた。
この手は使えるかもしれない。
クローリスも、唐竹割にした位では死にはしないだろうしな。
俺は、影免による刃の雨をクローリスに叩き付けた。
数百数千の刃がクローリスを襲うが、文字通り霧を斬っているだけでしかない。
だが、ガツン、と急に手ごたえがあり、実体を現したクローリスが甲板に叩きつけられた。
「があ!」
クローリスの腕が剣を掴んだまま切り落とされ、胴体にもぱっくりと大きな傷ができている。
見る見るうちに、甲板が血に染まった。
実は、影免だけではなく、なづみも持ってきていたのだった。
なづみは「固」属性単体の魔刀である。
日本刀の様な柄と鍔だけで、刀身が目に見えないのだが、実はある。
大体影免と同じくらいの、六十センチ程の見えない刀身だ。
見た目おもちゃみたいだが、使い様によっては対生物や実体のない敵には凶悪なアイテムだったりする。
現に今、クローリスが転がっている。
なづみの「刃」に斬られたクローリスは、切られた部分が属性「固」の作用により霧ではなくなってしまったのだ。
そこを影免の刃の嵐が断ち切った。
クローリスには、何が起こったのか理解できていないようだ。
乗組員達に動揺が広がった。
「とおっ!」
俺の背後から声がした。
見なくても、結界で認識した声の主は……。
あの人魚だ。
おとぎ話だと、人魚は人間の足を手に入れるのに大きな犠牲を払ったが、この世界の人魚にその必要は無い。
基本はヒレ型なのだが、アシ型にも自由になれる。
水属性系の魔法にはめっぽう強いが、その肉を食うと不死になれるという伝説のせいで、人間のいる領域からは姿を消してしまっていた。
種族の設定上、そういう事になっている。
人魚は真っ裸のまま、海から舷側によじ登ると、俺に向かってドロップキックを発射したのだった。
「クロ様に何するの!」
俺は避けもせず、人魚の片足を引っつかむと、そのまま逆さ吊りにした。
見た目の俺は華奢だが、実はかなりの馬鹿力なのである。
「うぎゃー! スケベ! 何すんの! 放せー!」
バタバタ暴れているのだが、素っ裸なので、大事な場所も丸見えである。
顔を真っ赤にして手で隠そうとしても、あまり意味が無い。
小説の挿絵なら角度次第ではあるが、漫画やアニメだったら確実にモザイクが入る場面だ。
上の方から声がした。
これは、マストの上に止まっているセイレーンだ。
「沙織ーぃ。アンタ、露出狂なのに、今更何恥ずかしがってんの?」
「はぁ? ミキ、お前、人の事言えるかよ! 大体ねえ、意図して見せるのと、不意に見られるのとでは訳が違うのよ! 全く美学がないわよね!」
なんてこった。お騒がせな奴だ。
俺は、ぽい、と手を放した。
沙織と言う名の人魚は、むぎゅ、と声を上げて落ちた。
その間に、クローリスは一度全身霧になり、そして元の姿に戻って甲板に座り込んだ。
表から見る限りでは、さっきの傷は消えている。
「お疲れさん」
と、俺はクローリスと沙織に声をかけた。
「どうやら、クロ様には俺は倒せないようだね」
「なにおぉ?」
と沙織が睨んだが、クローリスが彼女の肩に手をやって止めた。
「どうやら、命運尽きたらしい。相手が悪かったな。内海にこんな化け物が乗っている船がいるとはな」
「そんな……」
どうやら彼は敗北を認めたらしい。ま、実力と言うより装備の差だったがな。
「じゃ、とりあえず下手回しで漂駐してもらいましょうか」
「……皆の者、下手回し、漂駐の用意を」
乗組員が、のろのろと動き、それでも帆を操って下手回しを完了させ、ついで帆を降ろした。
スパロー号がそれを見て、寄ってきた。
幾つもの望遠鏡がこちらを伺っている。
俺はクローリスを見下ろした。
「東西からの挟撃はいい案だったけど、アグイラの船団相手じゃ流石に無理でしょ?」
クローリスが変な顔をした。
「東西? ……我らはこの『ブラックマンバ号』一隻だが?」
「あれ? そうなの?」
て言う事は、偶々挟撃する様に海賊が現れたって事か?
クローリスがため息をついた。
「止むに止まれぬとは言え、海賊行為に至ってこの有様だ。我輩の命と引き換えに、乗組員は助けて欲しい」
「クロ様!」
「若様!」
「クロあにぃ!」
どうも、クロ様は乗組員に慕われているみたいね。
海賊なら問答無用でヤードから吊るしてオシマイなのだが、俺個人に彼らをどうするかの判断はできかねる。
まずはスパロー号を待ち、その後は船団の長であるグリーンの指示を仰ぐ事にしたのだった。
PVもブクマも少しづつですが増えてまいりました。
大変感謝でございます。
「もっと先読ませて!」
と言われるように努力してまいります。
2019/9/18 段落など修正。




