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1-D100-29 金目殿準備中


 三日後の早朝、予定通りに船団は出航した。


 俺たちは当然、ソレイェレの街では宿を取らず、スパロー号で寝起きした。

 グリーンらも、何が起きたかを聞いて、同様の行動を取った。

 ただ、アムニオンの軍は姿を見せず、嫌がらせの類も無かった。


 グリーンは、アムニオンがアグイラに明確に敵対する可能性を示唆した手紙をアグイラに送ったようだ。

彼のため息の種が、一つ増えたのだ。


 アレハンドロと副官白井の二人組みは、遅刻などせずにちゃんと乗船した。

 旅に必要なものは、白井が買い、アレハンドロが運んだ。


 まるで夫婦である。


 俺はそう思っただけだが、同じ事を思い、うかつにも口にした者がいた。

 八島だ。ガチ切れした白井に追い回され、魔法でケツを焼かれてしまったのだった。


 この先、ファーネ大陸の西岸に沿って北上し、ぐるりと時計回りに回って大陸北岸のフォールスに到るまで、無寄航となる。

 その距離、なんと三千キロメートルを軽く越える。

 無寄航なのは、途中に適切な港が無いからだ。

 ファーネ大陸の西岸は山地で、あまり人が住んでいない。

 山賊も多いし、海賊も出る。


 西岸からロンドール海峡を隔てて約百キロメートル西向かい側には、ロンドリア大陸がある。

 この大陸も大きいが、人間は殆ど住んでいないらしい。

 住んでいるのは、殆どがドワーフやコボルド、ゴブリンなどの亜人や魔獣程度だ。

 一応、ホーブロ王国が支配下に置いているものの、カタチだけだと言う。


 海峡は、荒れている事が多い。

 内海から北上する海流と、北から流れてくる海流がぶつかっているからだ。

 おまけに西からの風がロンドリア大陸の山脈を迂回するので、安定しないのだ。

 屈指の漁業資源を誇る海域ではあるが、厳重な警戒が必要な危険な海域なのである。


 である。

 と言っても、ガイドブックや地理の本の受け売りである。


 ソレイェレを出港して、行程の三分の一を消化した。

 西に向かった船団は、陸に沿って北上を始めた。

 ここまでは天気も風もそこそこ良かった。

 所が海峡に入るや否や、ちょっとした嵐になった。

 スパロー号なら縮帆するだけでやり切れるが、輸送船はそうもいかない。

 一時は全船漂駐状態となった。


 陸岸とは十分距離をとっていた為、座礁の心配などは無かったが、一番東に位置していた輸送船は、更にかなり東に流されてしまった。

 嵐が弱まり、全ての船が元の位置へ戻ろうとした時、西の方から一隻の船が現れた。

 その船は風上から、荒れた海原を滑る様に船団に近付いた。

 スパロー号が立ちふさがるような針路となる。


 見張りが上から叫んだ。


「おーい、甲板! あの船、何も旗を掲げていません!」


 ロジャースも、横静索に登り、バランスを取りながら望遠鏡を掲げた。

 俺も登ってその横に並ぶ。


 異様だった。

 船体は一回り小さいものの、艤装もスパロー号に似ていた。

 マストが三本で、何れも縦帆だ。

 唯一、フォアマストの上部が横帆になっている。

 この形式は、トップスルスクーナーという。ドラゴニア号とほぼ変わらない。

 異様というのは、船体も帆も、黒く塗られている事だ。


「ロジャースさん。ナンですかあれ?」


「さあ、な。しかしあれでは、海賊と思われても仕方がないのですけどね」


 スパロー号は、ワクワク王国の海軍旗と、旗艦である事を示す旗を掲げている。

 この後、これに交戦旗も加わるかもしれない。


「何だあれは。亜人が船員に混じっている」


 ロジャースがそう呟くのを、俺は聞き逃さなかった。


 改めて手びさしで観察した。

 どうも、向こうの甲板上で動いている者たちのうち、半分が人間では無さそうだ。

 色々いる。「知る」をレジストした者も多いが、オークやノーム、ドワーフだけではなく妖魔や獣人まで乗っている。

 まるで内海辺境域か、西の大陸に住む種族の見本市だ。


 上から叫び声がした。


「トライアンフ号、旗を掲げました! ……東から敵襲だそうです! 東です! 交戦旗を掲げて、本艦から離れていきます!」


 ロジャースも俺も、甲板にいてそれを聞いた全員が、見張りのいるマスト上を見、ついで黒いトップスルスクーナーを見た。

 目の前に現れた船は、現在、船団の西にいるのだ。

 反対側にも敵が出た事になる。


「戦闘配置! ドラゴニア号へ信号!」


 ロジャースが叫び、号笛が鳴った。

 とはいえ、危険な気配を感じた非直の水兵たちは、既にあらかた甲板に上がってきていた。


 黒い船が、スパロー号と交差する針路をとった。

 ロジャースの舌打ちが聞こえた。

 黒い船はこのスパロー号と白兵戦も辞さないつもりなのだ。

 俺とロジャースが下に降りると、メイナードがやってきた。


「メイナード!」


「はい」


「かまわん。有効距離になったらぶっ放せ! 早目に片付けたい!」


「はい!」


 メイナードが舌なめずりしながら魔方陣を構築し始めた。手には例の深紅の杖が握られている。

 スパロー号の魔道装置も稼動し始めた。


 ポントスの二人にはスパロー号の性能を見られてしまうが、仕方がない。

 その二人も、甲板に上がり、なるべく邪魔にならないようにしている。

 まあ、お手並み拝見としゃれこむつもりだ。


 近寄ってきている黒い船の甲板が、光り始めた。

 俺はロジャースに警告した。


「向こうさんも魔法陣です」


「了解しました」


 そして俺は、金の雨を降らせ始めた。

 アレハンドロは、一瞬本物の雨と勘違いしたのか、天を仰いだ。


「ほう」


「あら、綺麗ね」


 何度か見たことがある白井は微笑んだだけだ。


 メイナードがロジャースに言った。


「もう、いけます!」


「なんだ? まだ距離があるじゃないか」


「えへへ、改良したんです」


 深紅の杖の効果だけではない。

 師匠ってば、白井に対抗心を燃やして色々やってたからなあ。


 その時、俺の結界を侵入してきた奴がいた。海の中からだ。

 そいつは海面に顔を出すと、併走しながらこちらに呼びかけた。


「こんにちわ皆さーん」


 女の声だった。


 皆が釣られて舷側の手摺に並んだ。


 人魚だ。


 上半身が人間で、下半身が魚。

 ウェーブの強い髪は腰より長く、色はエメラルドブルー。

 本物の人魚である。

 中々の美人で、服も着ていない。豊かな胸を惜しげもなくさらけ出している。


 艶かしい姿に水兵共が見とれている。口笛を吹いている者までいた。

 人魚は泳ぎながら、こちらに手を振っている。なんと手を振り返すバカも居た。


 俺も一緒になって騒いだ。


「誰か!釣竿持ってきて!」


 人魚がそれを聞きとがめた。


「アタシは魚類じゃないわ! 釣れるかボケ!」


「人魚の肉って食べると不死身になるんでしょ?」


「唯の伝説だわ!このバカ女!」


 と、お約束のやり取りをしていると、上空から何者かが結界に入り込んだ。


「うわっ」


 と、見張りの叫び声がした。


 今度はセイレーンだ。

 両手の代わりに大きな羽を持ち、腿から下も鳥のような足をしている。

 こちらも人魚に劣らず魅力的な女性であった。

 当然のように、服は着ていない。

 セイレーンはボケや突っ込みの儀式もせず、歌い始めた。


 伝説の怪物セイレーンは、航行している船に歌いかけ、座礁させては乗組員を食うとも言われている。

 強力な月系統の力を載せた眠りの歌だ。

 もし抵抗力の弱い普通の人間が直接聞けば、即座に眠りに落ちるか魅了されたかだったであろう。

 幸い、俺の月属性は高い。結界内部での眠りの歌の効果を無効化できる。

 それでも、聞き惚れてしまうほどの美声だった。


 メイナードが、あっと叫んだ。

 彼も、主に人魚の姿に目が釘付けだった口だ。


「艦長、恐らく風属性の魔法、来ます!」


 緑色に光る魔方陣が、敵船の甲板上で膨らみ、鋭い刃となって、スパロー号へ突進してきた。


「総員、伏せ!」


 伏せなかったのは俺とポントス二人組みだけだ。

 ガツン、と言う金属音がした。風の刃は、結界を破れずに、表面を緑色の光となって流れ、海に消えた。

 刃が着弾する直前に、セイレーンは飛び去り、人魚は海中に没した。

 結局、二人とも敵の一員だったのだ。


 ロジャースがメイナードを一喝した。


「メイナード、撃て!」


「は、はいぃ!」


 魔法陣の光が、赤く膨れ上がる。彼の十八番、ヒートウェイブだ。

 灼熱の空気の塊が、敵の船に襲い掛かった。

 しかし、敵の船にダメージを与える事はできなかった。

 直前で、魔法の効果が霧散してしまったのだ。


「うそぉ!」


 メイナードは身を乗り出して叫んだ。


「そんな!こんな所でレベル五以上の防御結界? 帝国の海軍だってこんな……」


 叫びは弱まって呟きに変わり、彼はまずロジャースを、次いで白井の方をチラリと見た。


「艦長、もう一度やります!」


「了解だ」


 ロジャースは狼狽もせずに頷いた。


 メイナードが魔法陣を再び構築している間にも、敵とスパロー号の距離はみるみる縮まっている。

 艦首付近に陣取っていた暮井が、剣を振って配下に合図した。


「長弓、てぇ!」


 弦の音を残し、矢が敵船の甲板に飛んだ。

 当たる事を期待しては居ないだろうが、威嚇にはなるはずだ。


 所がやはり、全ての矢が、敵船の手前で透明な盾に当たったかのように弾かれ、落ちた。

 魔法だけではなく、物理攻撃も弾く結界らしい。俺の結界に匹敵するのかもしれない。

 引き続いて、メイナードの二度目の魔法が用意できた。


 右手に赤い宝珠、左手に黒い宝珠を持っている。宝珠はまるで生き物のように震えている。


「今度こそ! レッド・ドラゴン! ブラック・ドラゴン!」


 それぞれの宝珠から、赤と黒の奔流が空へと伸びて舞った。

 マストのてっぺんよりも伸びて行き、まるで本当の龍の様に踊り、そして敵船に向けて襲い掛かった。


 まず黒い龍が敵の結界とぶつかり、黒い火花をあたりに撒き散らした。

 黒は魔。魔は暴力だけを司るのではなく、自由と解放をも意味する。

 得体の知れない結界を破壊するのなら、うってつけだ。

 数秒の後、板が割れるような音がした。同時に黒い龍は消えた。


 メイナードがガッツポーズした。


「よっしゃー!」


 敵船目掛け、赤い龍が突っ込んでゆく。

 直撃すれば、一瞬で帆は焼け、甲板にも穴が開くだろう。

 直ぐに消火しないと、全員海の底に沈む事にもなりかねない。

 俺ですら、不意にあの赤い龍をぶつけられたら、どうなるか分からない。


 だが、一瞬で片付けられた。

 敵船の甲板に、紺色に光る剣を片手に持った黒ずくめの服を着た男が現れ、舷側を蹴って空を高く舞ったかと思うと、赤い龍をバラバラに切り裂いたのだ。

 ほぼ同時に海から水の柱が突き上がり、龍の残骸を飲み込んだ。

 剣を持った男は、空で優雅に宙返りして反転したかと思うと、甲板に戻って行った。

 敵船の乗組員はやんややんやの歓声である。


 かわいそうなのはメイナードだ。

 目を丸くしていたが、やがてがっくりとうなだれた。

 どうもメイナードは、戦闘の為に魔法を使っているというより、魔法を使いたいから戦闘をしている感じがする。

 軍属と言うより芸術家肌だ。しかし、がっくりしている暇は無い。

 既にスパロー号の乗組員は、白兵戦に備えて各々武器を手にしている。


 背後から、アレサンドロの声が聞こえた。


「艦長殿。金目殿が行って制圧すればいいではないか? 簡単だろう?」


 「金目殿」とは、俺の事だ。

 まあ、文字通りで間違ってはいない。確かに光る。しかし煮付けの食材っぽくて困る。

 俺はキンメダイ目キンメダイ科の魚じゃない。

 あのハゲには「やめてくれ」と言っているのだが、どうにも名前で呼んでくれない。


 それに、アレハンドロの素朴な疑問は、遠慮の要らない立場だから言える事である。

 ロジャースは考え込んだし、暮井もネルソンも若干渋い顔をしている。

 なるべく、俺の力を使わずに事を解決したい。

 俺が彼らの立場だとするなら、そう考える。


 しかしまあ、そうは言っていられないだろう。もう、お互いの顔が見える距離だ。

 ミツチヒメも遅まきながら甲板に上がってきた。


「なんだ。まだ終わっていないのか。マリヴェラ、ちょっと行って挨拶してやれ」


 こう言われると、ロジャースもどうにもできない。


「では、マリさん、お願いします」


 となった。


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