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1-D100-02 マリヴェラ喫茶中


 ふう。

 やっぱり、何がどうなってんだかピンと来ない。


 まずは着替えなきゃな。


 客室もキャビンと同じく、飾り気が無い。

 木造の寝台が上下二段に据えつけてある。

 あとは、椅子兼用のチェストと側壁に備え付けの小さなテーブルしかない。


 その寝台の上に、水兵用の服が一そろい畳んで置いてある。

 着てみると、胸が少々苦しい以外は丁度のサイズだった。


 明かり取りの丸い窓から外を覗く。

 黒い雲が出てきており、空を千切れ飛んでいる。

 波も高く、艦はかなり動揺している。

 人間の身体だったら十分も持たずに船酔いしただろう。

 神族である事に感謝だ。


 初めにも少し触れたが、神族は人型の種族としては最上位である。

 強さだけなら古代龍(エンシェントドラゴン)などが居る。

 だが、人や亜人の社会に関わるのであれば、人の姿であって損はしない。


 キャラメイクの種族選択テーブルには、稀にだが犬とかサルとかも有るのだ。

 リプレイ小説なんかにはオイシイ役かもしれないが、実際には、癒しをもたらす他には非常食でしか役に立ちそうには無い。

 もちろん、キャラメイクで失敗したなら、神族であってもただの精霊みたいなものになってしまうのだが。


 一応神族はレア種族である。

 ゲーム中では、都市や国家の守護神や、各種教団のご本尊、シナリオのラスボス位でしかお目にかかれない。


 次に、属性値について改めて触れておこう。


 俺の属性値で高数値といえるのは、「金」が12。「聖」が14。「月」・「水」・「魔」が18で、「冥」が50。

 欲を言えば、「固」か「流」が14有れば攻撃や防御に便利で万々歳だったが、どれか一つでも18があれば十分強いからOKだ。


 特に「冥」は凶悪。


 50という数字は、基本属性値決定で出たゾロ目の6+6に、ゾロ目ボーナス6+6+6+6+3と、種族補正にボーナスポイントの割り振りを合わせた数である。


 属性値の数字は、そのままの意味ではない。

 数字が一つ多くなるにつれて「1.618」が掛け合わされる。

 属性値が高くなればなる程より強くなるのだ。


 確か、属性値18は、実際値3500台だったと思う。

 50なんてのは計算もしたことないから分からない。

 まあどの道、これだけ属性値が高いのであれば、堂々と神様を名乗ってもOKだろう。


 噂によると、「冥」属性が極めて高いと、宇宙創造までできるらしい。

 ただそれは、三桁以上でないとダメなんだそうだ。

 でも、どうやれば三桁なんて行くんだろうな?

 ま、俺の空間を操る能力は、相当なものだと思われる。


 設定によれば、冥属性が司る要素は大体以下の通り。


 復活 位置の変更 更新 永遠 異界 審判 終末


 ざっと言えば死と時空。

 これに、裏設定として「重力」「相対性理論」「量子力学」なんかがあるそうだけど……。


 設定を担当した作者の一人は、タロットと中国の陰陽五行、欧州の四大元素の考え方をごちゃごちゃに混ぜた、もう訳分からない。とぶっちゃけてたが。


 シナリオ中、俺が人間だとしてこんな敵に出会って追いかけられたら、逃げるしかない。

 何とかしろ、と言われても、一人では不可能だ。

 ただ、10以下の属性値であるなら、その強さは強力な付与アイテムを持つ人間とそう変わりがない。

 弱点が無いわけではないのだ。


 俺の弱点は「火」「日」「風」「固」。


 魔法やブレスで焼かれたら、判定次第では結構簡単にゲームオーバーになるかもしれない。

 従って属性値は、人には知られたくない。

 教えてはいけないのだ。


 なお、属性値は、10まで達すると「無効」、12は「同化」、14は「操作」、16は「吸収」、18に達すると「神化」という効果がつく。

 18と言う数字には大きな意味があるのだ。


 試してみよう。


 チェストに腰掛けて、左手を見つめる。

 白くて滑らかな肌には毛穴も無い。

 手には造型のいい爪がついている。出来のいいマネキン人形の手のようだ。

 いつかそのうち見慣れるのだろうか。


 僅かにイメージしただけで、手は半透明となった。

 空間と同化したのだ。

 同化したまま自由に行動したければ、「操作」の能力も必要である。

 俺が今しているのは更に上、「冥化」だ。

 

「神化」は、それぞれの属性値に即して呼ばれる。

 冥なら「冥化」。

 水なら「水化」というふうに。


 半透明の手を船の外側の壁に当てると、さほどの抵抗も無く通り抜けた。

 今度は、頭を壁に押し付けた。

 やはり若干の抵抗の後、頭は船殻の外に出てしまった。

 迫りくる波と直下に逆巻く海面との一大スペクタクル。


「うほっ」


 直ぐに頭を引き抜いて目をしばたかせた。


 「神化」は、抵抗されない限り、触れた物をも同化する効果がある。

 今、服も一緒に壁を通り抜けたのは、それだ。

 一般に、思考力のある生き物については無意識にでも抵抗力がある。

 だから、生物対象の「神化」はそうそう効かないと思った方がいい。


 で、常に「神化」していれば無敵ではないか、と思われるが、それはできない。

 「神化」など、属性に関する行動をし続けると、精神力を消耗するのだ。

 マジックポイントのような物が有ると思ってもらっていい。


 更に俺の場合、属性値の数値を見る限り、多少の睡眠を取らなければならないと思われる。


 なんと、その間は全くの無防備である。


 結局、どんな化け物でも、属性値ALL18越えでもしていない限り、無敵ではないのだ。

 それでも普通の人間からすれば、神族や高属性値のモンスターは十分脅威だ。

 では人間に対抗手段はあるのか?


 ある。


 先ず一つ。神話やRPGでお馴染みの「魔法」がある。


 魔法というのは、属性で起こせる現象をより効率化・省力化させ、さらに効果を増幅したものだ。


 いい所は、何より人間でも扱えると言う点だ。

 簡単な「着火」などは一般人でも使えるし、訓練すれば強力なモンスターを屠るほどの威力を得られる。


 それに、少し触れたが、この世界は化石燃料や鉱物が少なく、貴重だ。

 カンテラの代わりに魔法の明かりが使われ、この艦内が夏にもかかわらず過ごし易いのも、ジンジャーエールが冷えていたのも、全て魔法だ。


 今の所、俺は魔法を使えないけどな。


 「魔法」の他にもう一つある。「言霊」という奴だ。


 単独では魔法ほど便利でもない。

 ただ、レベルが上がればそれなりに強力だし、使い様によっては更に面白くなる。


 俺は先ず初めに「知る」と「つく」を身に付けた。

 普通の人間でゼロから二つほど、神族だと三つから五つ、いわば空きスロットがある。

 一度取得すると、取り消したり書き換えたりはできないので注意が要る。


 ネタ目的で身につけると後悔するだろう。

 いや、俺はそう言うのは嫌いではないが。


 魔法のように使う「言霊」もあれば、魔法と相乗効果を期待できるもの、常時発動のものもある。

 俺の「知る」は常時発動で、「それは何か」という情報を得る。


 「つく」は平仮名だ。

 「付く」でもあり「突く」でもあり「憑く」でもある。

 その代わり、総量としての効果は小さい。

 俺のこの高属性値は、「運がツいた」結果なのかもしれない。

 そうなのかどうかは確かめようがないけどね。


 昔、TRPG仲間と、どんな「言霊」が「使える言霊」か検討したことがある。

 それは種族や状況によって違うが、かなり厳選された「言霊」を俺は知っているのだ。

 ま、今回は種族が神族で、ナチュラルに強い。

 という事で、補助系を中心に選んで、あとは状況に応じて決めようと思う。


 目的があってここに居るわけでもない。

 何処かへ冒険に出かけようって訳でもないのだから。


 程なく、ドアがコンコンとノックされた。


「はい」


「ロランです。お時間となりました。よろしいでしょうか?」


 もう時間か。

 ドアを開けると、もじゃもじゃ頭がぺこりと下がった。


「艦長より、ぜひ朝食へお越しくださいと仰せつかりました」


 まあ、これも儀礼的なものだ。

 無碍にする理由も無い。


「承りました。ロランさん、ご案内お願いします」


「はい、畏まりました」


 例の狭い階段を登り、キャビン前に出た。

 この距離でご案内も何もないのだが、仕方が無い。

 どこか遠くを見たままの衛兵がパシッと気を付けをした。


「お客様がいらっしゃいました」


 中からロジャースの返事がある。


「ご案内してください」


「はっ」


 ドアが開かれ、ロランと衛兵に会釈をして中に入った。

 中ではロジャースが、さっきよりはマシな格好をして待っていた。

 キャビンにはもう一人、これも白いワイシャツ姿の若い男がいて、俺を見ると立ち上がって礼をした。


「ご招待、有難うございます」


 俺がそう挨拶すると、ロジャースは何故か苦笑した後、若い男を俺に紹介した。

 むろん、「知る」によって名前は既にわかってはいる。


「マリヴェラさん、この方はワクワク王国の通商官補佐の八島七海(やしまななみ)さんです」


 八島と呼ばれた男は、さっぱりした身なりで二十歳位に見える。

 若くて元気なサラリーマンと言った感じだ。


「よろしく、八島です」


「マリヴェラです」


 握手をすると、八島は名刺を取り出した。


「こっちにも名刺はあるのですね」


「それはもう、こっちでも官僚や商人には必需品ですよ」


 名刺を受け取り、ロジャースに従ってテーブルに着席した。


「マリヴェラさん、て、変わったお名前ですね。

 転生者の殆どは日本人らしいですが、何処のご出身です?

 僕、日本の東京なんですけど」


 俺は八島を観察した。

 この人、ロジャースとはタイプが対極だな。

 カッコよくてモテるか、かわいくてモテるか、だ。

 間違いない。

 妬ましくなんかは……無いよ?


「私も日本人ですよ。東京です。名前は……マリヴェラである、としか言いようがありませんが」


「ふうん」


 給仕がワインやパンなどを運んできた。

 香ばしい香りがしているのは、アレだ。マグロを焼いているのだ。


「ではどうぞ、お召し上がり下さい。大した物は有りませんが、ご容赦下さい」


 ロジャースがワイングラスを手にとって、軽く捧げた。


「マリヴェラさんの転生を祝福して」


 八島もグラスを掲げ、俺も会釈しながら同様にする。

 ワインを口にして、グラスを置く。


 何事も無いように食事を始めているが、波は徐々に強くなっていて、時にはグラスのワインが零れそうになる。


 グラスや食器が落ちたり、椅子や机が動いたりしないのは、それぞれの底や足に「固」の属性魔法の刻印が施してあるからだ。

 ただし、魔法道具の力は、近くに居る人間から思念場と言う場を通してエネルギーを得る。

 この艦が無人であれば、「固」の属性魔法は働かない。


 八島がロジャースに話しかけた。


「ねえ、艦長。マリヴェラさんって、落ち着きありますよねえ。

 転生してきたばかりとは思えないですよ」


「確かに」


「マリヴェラさん、僕も転生の時にこの艦に助けられたんですよ」


「そうなんですか」


「ええ。僕の『門』は、マリヴェラさんみたいに

 大きな金ピカの門ではなくて、

 小さな木造の門だったんですよ。面白いですよね」


 金ピカって……。

 もしかして、俺の「転生の門」は光っていたのか。

 なんかちょっと恥ずかしいな。


 マグロのステーキがやってきた。

 それを切り分け、口に運ぶ。

 オリーブ油で焼いて、ハーブと塩で味付けしただけだが、旨い。


「結構、転生する方は多いのですか?」


 ロジャースがグラスのワインを見つめながら答えた。


「左様ですな……。ここ二十年ほどで増えたようです。そもそも転生とは……」


 俺たちが元いた世界で死んで、この世界に生まれ変わるのが転生。

 元いた世界から直接この世界へ現れるのが転移。

 更に、以下のように分類までされている。


 甲種は、俺たちのいた世界では無い世界から転移してきた存在。

 この場合、転生の例は確認されていない。


 乙種は、俺たちのいた世界から転生してきた、人間・亜人以外の存在。

 及び、転移してきた人間以外の存在。


 丙種は、俺たちのいた世界から転生してきた、人間・亜人。


 だそうだ。


 はあ?

 とするとナニかい。

 俺、何時の間に死んだのかね。

 一大イベントだったはずなのに、記憶が無い。

 うーん、ま、そういうものか。

 今頃寝床で冷たくなっているのかもしれない。

 俺よ安らかに。


 ……いや待て、今は夏だぞ。

 あああ……どうか速やかに発見されますように……。


 まあ、とりあえず一つだけあった仕事の入稿は済ませた。

 バイトの勤務先の連中も、何だかんだどうにかするだろう。

 遺書なんぞ作ってもいないが、身軽な身。


 俺が居なくても世の中は回る。


 八島の顔がすっかり赤くなっていた。


「だから、僕は丙種です。マリヴェラさんはどうかな?」


「マリヴェラさんは乙種です。瞳が金色に光っていますし、ね。そうですよね?」


 ロジャースはそういうと俺の瞳を見た。

 俺はその意味ありげな視線から目を逸らした。


 マツムラが「俺の目が光っている」って言っていたのが、比喩ではなかったことにも若干衝撃を受けた。

 それよりも、もしかして……。

 この世界が「アンガーワールド」だとして、それを知っていると言うのは結構問題あるのではないか?


 知らなくて良い事を知っているかもしれない。

 誰かが知りたい事を知っているかもしれない。

 知っていると思った事がそうでないかもしれない。


 やはり初めは、誰もいない場所で自分の能力を研究した方が良かったのではないか?


 色んな考えが頭に浮かんだ。

 とはいえ……俺は開き直った。


「そう、だと思います」


「この世界のこと、ご存知なのではないですか?」


「少しだけですが……」


 八島が「へー」などと言いながら感心している。


「僕は転生者講習の時に色々教わったんですよねー。

 艦長、稀に出現する、この世界を知っている転生者って、

 福者って言うのでしたっけ?」


 ロジャースが首を振った。


「聖者です」


「ああ、それそれ」


「やはり二十年ほど前から出現し始めました。

 有名なのは、『南の帝国フォルカーサ』の宰相ですね。

 魔法や『言霊』の理解は、彼らによって急速に深まりました」


 ロジャースの言葉に納得した。


 確かに「アンガーワールド」知ってる人がこっちに来れば、下手すれば俺ツエーできる。

 これも転生モノで良くあるパターンだな。

 そして、この世界は国家の力がかなり強い筈だった。

 だから乙種などの特異な存在がいれば、「保護」されて利用されるか、抹殺されるかなのではないか。


「何れにしましても、マリヴェラさんには

 転生者登録をしてもらわねばなりません。

 本当は食事後に切り出すつもりでしたが」


 あ、やっぱり。

 ロジャースは渋い顔をしている。

 逆に八島はニコニコしている。


「や、でもワクワクは規制もきつくないし、いい所ですよ?

 ミツチヒメ様は美しくておやさしいし」


 ……ミツチヒメ?


 あーー……。


 そういえば居たな。

 ミツチヒメはワクワク王国の守護神である。

 強くて美人の姫海神と言う。

 幾つものシナリオにおいて、彼女はプレイヤーに試練を与えたり、プレイヤーは場合によっては彼女と戦わなければいけなかったりした。


 いわゆる名物キャラだ。


 お や さ し い だって? 


 『きっっっつい性格』だっていう設定は何処行った?

 ちなみに、「っ」を三つ並べるのが公式設定である。


 もう、俺の知識と実際とに齟齬が生じている。

 大体、「アンガーワールド」に転生の概念は無い。

 従ってこの登録なんて制度も知らない。


「それに、何処かの国で登録しておかないと、『まつろわぬモノ』として討伐されるかもしれません」


 八島も頷いた。

 俺は観念した。


「選択肢は無いですよね?」


「はい、申し訳ないですが」


 あーあ。


 食事が終わり、コーヒーが出てきた。

 濃い目に淹れて、塩を一摘みいれてある海軍流だ。

 こいつはいい。

 まあ、しょうがないか。

 運命系統の神族らしく、流れに身を任せるとするかね。


 漆黒のコーヒーを味わいながら、そう思った。


2019/7/26 ナンバリング追加。本文段落など微修正。

2019/8/27 幾つか段落など修正。

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