1-D100-26 マリヴェラ協議中
案の定、ミツチヒメは意識を失って漂っていた。
俺にはそんなに強烈な攻撃には見えなかったが、実際はそうでもなかったらしい。
彼女の体のかなりの部分が焼け焦げている。
危ない危ない。
下手すれば、彼女は再度、漬物石の妖精を演じなければいけなかった。
そうなれば憂さ晴らしに蹴飛ばされるのはどうせ俺なのだ。
オレサマは即座に治療を開始した。
ミツチヒメの治癒も速い。神族にとって、体は有ってない様なモノだからだ。
そしてオレサマはミツチヒメを両手で抱えながら、スパロー号の甲板上に復帰した。
するとどうしたことか、ギガントもロジャースも、さっきの位置のままだ。
ギガントは頭髪の薄い頭を掻いた。
「……ようやく帰ってきやがった。落ち着かない奴だ。まあ、そういうことで、だ。お前さんには、わが主に会ってもらう」
オレサマは周りを見回した。
近くの水兵たちに、ミツチヒメを託す。
「……オレサマの事か?」
「そうだ。他に誰がいる? 言い遅れたが、ワシの名はアレハンドロ。ポントス武装運輸株式会社、警備部長だ」
アレハンドロが不敵に笑った。
「……ふ、これが、名刺代わりだ」
コレとは、強襲の事だ。
上空から聞こえた羽ばたきの音は、ガルーダに違いない。
フォルカーサには、ガルーダを飼いならして乗りこなす、ガルーダ兵と言う名高い部隊が存在する。
まず間違いなく、アレハンドロはガルーダに乗りスパロー号の上から飛び降りたのだ。
そして、皆殺しにできる腕を持ちながらそうしなかった。何故だ?
「その、アラハゲンドロがオレサマに何の用だ?」
アレハンドロががっくりと肩を落とした。
「お前さん、ハゲと言いたいだけではないのか?」
余りに深いダメージを与えたのを見て、オレサマが少しうろたえた。
「あ、いや、よく見るとそんなでもないな。大丈夫だよ、オッサン。アンタん所の社長に会えばいいんだろう?」
と、オレサマはフォローにならないフォローをした。
ロジャースが来て俺の腕に触り、小声で言った。
「申し訳有りません。取引をしたい、と彼が言っているのです。少々意図が読めません」
「ああ、いいさ。万一の事があったら、何とかやってくれな」
「そこは心得ています」
オレサマが引っ込んだ。
(どうやら交渉事みたいだからな。よろしく)
「はいはい」
スループは、何事も無かったかのようにスパロー号から百メートル位まで接近している。
トライアンフ号が、異常を察知して徐々に近づいてい来た。
しかしまだ遠い。
アレハンドロは、鞘に収めた剣を片手に持ったまま、艦尾付近に座り込んだ。
水兵が、切れた索具の復旧に動き始めた。
スループの船首に艶やかな服を着た一人の若い女性が現れ、こちらに手を振った。
それに気づいた俺がアレハンドロに教えた。
「おやっさん、女の子が手を振っていますよ」
「おお、ではスループに移ってくれ。社長はあそこに居る。きっと、悪い事にはならないはずだ。ワシはその間、ここにいる」
アレハンドロがそう言って頷いた時、白い人影がアレハンドロに向かって走った。
ユウカだ。
アレハンドロは立ち上がりもしない。
もしかしたら、持っている剣を突き出すつもりだったのかもしれない。
だがその前に、俺がユウカを阻止した。
俺が正面から彼の身体を抱き止めると、ユウカは動かなくなった。
ユウカは俺の肩で搾り出すように言った。
「……何故止めるのですか? 会いに行くなんて、罠かもしれませんよ?」
ユウカが腕の中でかすかにふるえた。俺は耳元で答えた。
「俺はとりあえずアンタを死なせたくはないけどね」
背後でアレハンドロが頷いた。
「マリヴェラ殿の考えは正しい。ユウカ殿下」
アレハンドロは立ち上がって、ユウカが握っていた剣を取り、近くにいた水兵に渡した。
「殿下。勇気がある事は素晴らしい。
しかし、無駄な勇気は、自らを殺します。
上に立つ者なら、部下をも殺します。
王であるなら、何より、無駄な戦争を引き起こし、
民をも殺します」
おおう。このおやっさん、見かけによらず良い事言う。
「そうですよ。私はちゃんと帰ってきますから」
俺はそう言ってユウカの頭をぽんと叩いて体を離した。
ユウカは口惜しそうに甲板を叩くと、下へ降りて行った。
甲板から艦尾甲板に通じる階段から、ユキが少しだけ姿を見せた。
両手を合わせて、ゴメンネ、のジェスチャーをしている。
俺はユキにウインクして、スループに行く為に舷側を乗り越えた。
――――――――――――
やはりこのスループは小さい。
船体に触って「知る」を使ったが、特に抵抗無く構造についての情報を取得できた。
大砲は積んでおらず、しかし魔道装置らしきものはある。
装飾も相当お金をかけた凝った造りだし、全体的にスパロー号よりも高級な船材を使っていると思われた。
きっと、お金持ちのプライベートヨットみたいなものなのだろう。
ま、持ち主はきっと社長様なんだもんな……。
低い舷側を越えて甲板に降り立つと、先ほど手を振っていた女性が上品な礼をした。
すらりとした体に、長い銀色の髪。
船の上に似つかわしくない、ダンサーのような服装だ。
良く見ると、耳が若干とんがっていて、肌が黒い。
例によって「知る」はレジストされるが、多分ダークエルフだ。
ダークエルフと言っても、この世界においては、ただ、そう言う種族なだけである。
別に腹の底まで黒いとか、暗黒神を崇拝しているとか、そういう訳ではない。
「ようこそ、お客様。私の名はジル。どうぞ、こちらへ」
ジルの案内で、スループの甲板から階段を降りた。
小さいといえども、乗組員は二十名以上いる。
水兵達は、別に悪態をつくでもないが、歓迎している感じでもない。
水兵でも士官でもない、人間でもない異形も二・三人居る。
そいつらは、俺を見て小馬鹿にした表情を浮かべている。
「こちらです」
ジルがキャビンの前で立ち止まった。
ジルが扉をノックすると、中から「どうぞ」と、女の子の声がした。
キャビンは狭かった。
スパロー号とは比較にならない。ロジャースだったら、真っ直ぐ立つと梁に頭をぶつけてしまうだろう。
魔法道具の灯かりに照らされ、正面のソファに坐っていたのは、そっくりな顔をした男の子と女の子だった。
二人とも十歳過ぎ位だろうか。
人間で無い事は一目瞭然であった。
額に短い二本の角が生え、背中に黒い大きな羽が生えている。
隠してもいない。
顔は二人とも人形のように整い、美しい。
目は白目が無く、全てが黒かった。瞳があるのかどうか判別もできない。
スーツのような服を着た男の子の方が言った。
「ようこそ。僕がポントス武装運輸株式会社、社長のフロインだ。宜しく」
そして二人とも立ち上がると、同時に手を伸ばした。
……握手、でいいのかな。
俺は男の子、次に女の子と握手した。
その手はとても冷たかった。俺の体温も低いが、二人には負ける。
生きているとは信じがたいほどだ。
「初めまして。マリヴェラです」
俺が軽く頭を下げると、今度は女の子が口を開いた。
彼女は、レースの多い白いロングドレスを着ている。
「どうぞ、そこへ座ってくれ。まず君には詫びておこう。少々強引に事を運ばせてもらって、すまなかった」
コンコン、とドアがノックされ、ジルが入ってきた。
彼女は、コーヒーの入ったマグカップを二つ、小さなテーブルに置き、退室した。
俺はまだ黙ったままだ。
正直、彼らの意図を測りかねている。
どうもユキらを殺害しに来ただけでは無いらしい。
とは言えあの魚雷は、一つでもスパロー号に命中していたらただではすまなかった。
殺意は確かにあったのだ。
「遠慮せず、飲んでおくれ」
男の子が言った。
一言ごとに、交互に喋るらしい。
この双子の様な二人が一人で即ちフロインなのだろう。
コーヒーに毒などは無かった。
マグカップを手に取り、一口飲んだ。酸味が強めの、フルーティな香りがする豆だった。
「噂によると、君も聖者だという話だが、本当かね?」
次はやはり、女の子が言った。
そういえば、悪魔族や妖精族に、身体が二つで人格は一人というややこしい種族がいたのを思い出した。
フロインは、「君も」と言った。
つまり、彼(彼ら)も、聖者なのだ。
そして、やはりこちらの事は筒抜けだったのだろう。
知られていると思われる情報は、隠してもしょうがない。ただ、バカ正直に答える事も無い。
「そうです。まだこちらに来たばかりですが。……ここは、本当に『アンガーワールド』の世界なのですか?」
男の子も女の子も同時にニッコリ笑った。
先が二股に分かれている舌が、ちらりと見えた。
男の子が答えた。
「そう、であるとも言え、そうで無い、とも言えるね。
帝国の狸宰相も転生してきたクチなのだが、
彼も聖者で、しかもアンガーワールドの製作に
携わった一人らしい。所が彼によると、
『似ているが違う』んだそうだ」
……似てるが違う。
それは厄介な状況だ。
自分の知識を信じきれないからだ。
「そうなんですか。GMいませんしね」
「ああ、GMと呼べる存在はいないね」
フロインが(二人同時に)身を乗り出した。
「さて、本題に入らせてもらう。
ユキ王女でもユウカ王子でもなく、
君をここに招いたのは他でもない。
マリヴェラ君。ウチに入らないか?」
ウチに入らないか? と言ったのか?
……つまりヘッドハンティングか?
俺はきっと目を見開いていたに違いない。
女の子の番だ。
「君はもう知っているかもしれないが、
我々の政策のひとつに、侵攻した土地の支配者層は、
全て取り除くと言うのがある。
特に多く死者が出るのは、支配者の残党が担がれて
反乱が生じる時なのだが、それを防ぐ為だ」
俺は頷いた。
その政策は聞いているし、後者についても、理屈はそうだ。
(男)
「僕が個人的に掲げている目標は、世界征服でね」
俺は飲みかけたコーヒーを噴出しそうになった。
フロインが(同時に)照れくさそうな顔をした。
(女)
「まあ、笑わないでくれ。
それと、他の者には言わないで置いてくれ。
……折角、ただの人ではなく、力のある存在になったのなら、
目標も大きい方が良いと僕は思うし、
何より刺激がある。そして、せっかく世界征服するのなら、
支配地域の人たちには、安定した暮らしを送ってもらう。
多数を死なせずに済むように、少数には死んでもらう」
徐々にフロインの黒い目が鋭い光を帯びてきた。
(男)
「それが僕の矜持だ。だがそれには、
同志も優秀な部下も要る。全然足りない。
そこでだ。どうだろう。
ユキ王女とユウカ王子のお命を見逃す代わりに、
君に協力してもらいたい。もし来てくれるなら、
年棒も、出来高合わせて億の単位で支払う」
勝手な事を、と言いかけてよした。
今、コイツと戦って勝てるか?
悪魔族は、天使族と並んで、神族の次に強力な種族だ。
当然、サイコロの目次第では属性値が下手な神族を十分上回る。
戦闘の経験値の優劣は言うまでも無い。
ここにはフロインの部下もいる。
スパロー号には、ギガントのおっさんもいる。
こっちは何とかなるかもしれないが、あっちは厳しい。
ミツチヒメも戦闘不能だ。
もしかしたら、俺が取るべき行動は「敵を見たら殺せ」だったのかもしれない。
でも手遅れだ。
フロインが、くっくっく、と笑った。
(女)
「まあ、そんな顔をしないでいただきたい。
我々は、君の事も、ユキ王女の事も、
高く評価している。ではこうしよう。
お二人のお命を見逃すのは変わりない。
君が我々に協力するのは、一つの作戦の間だけだ。
それならいいだろう?」
「作戦一つ……」
(男)
「その作戦が何時、何処で、どの位の期間になるかは、
まだ分からないがね。いわば『レンタル移籍』だ。
場合によっては、君がその時期を選んでもいい」
「例え何年後であっても?」
(女)
「そうだ。僕も君も、時間は味方だろう?」
なるほど。
それでユキとユウカを狙われるリスクが大幅に減るのであれば、アリだ。
(男)
「もちろん、お二人が我々に敵対しない、という前提だ。
どうやら、そこは余り心配しなくてよさそうだがね。
それに、君と我々は、元々一つの陣営にいる」
「一つの陣営?」
(女)
「『委員会』という組織を耳にした事は?」
俺は頷いた。まさかこんな所で聞くとは。
(男)
「ほう、もう知っていたか。
『委員会』は、まさにアンガーワールドの世界には
無い筈の物の一つなのだがな」
「医者の真似事をしていて、聞きました。何かご存知ですか?」
フロインが(またも同時に)首を傾けた。鋭い牙が、唇から零れた。
(女)
「ご存知も何も、我々及び、フォルカーサ帝国の主敵の一つでもある。
奴らの正体は、我々でもはっきり掴めていないが、
一言で言うと、高度な科学技術や医療技術を持つ者は抹殺する、
という連中だ。我々だけではなく人類の敵だ」
「人類の……」
(男)
「そうだ。アグイラで、君たちを部下に見張らせていたのは気付いていようが、あの患者の列は、『委員会』があるが故だ」
フロインが言葉を切って、コーヒーを口にした。
男の子と女の子、交互に飲んでいるのが奇妙だ。
(女)
「鉄工所を作っても、テロで壊されてしまう。
よほど警備を厳重にしないとダメなんだ。
しかも、犯人は捕まらない。結果、採算が取れない。
他にも、連中の仕業と思われる事案が多数ある。
お陰で、大勢の人が死んでいる。
技術も進まない。経験の蓄積もできない」
俺はマグカップを手にして、再度コーヒーを口に含んだ。
もしユキとユウカの家族の仇でなければ、俺は普通にフロインに協力していたかもしれない。
色々、酷い話だ。
俺は応えた。
「いいでしょう。ではそれで」
(男)
「ありがたい。宜しく頼む」
と、俺は二人のフロインとそれぞれ握手を交わしたのであった。
2019/8/5 ナンバリング追加。本文微修正。
2019/9/18 段落など修正。




