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1-D100-25 マリヴェラ爆発中


 辺りを覆いつつある闇夜の中、船団はそれぞれ魔法道具による明かりをつけた。

 それはお互いの衝突を防ぐ為でもあるし、色と明滅で信号にもなる。

 靄が出ていたり海が荒れているのでなければ、夜間であっても、信号でお互いの距離を測りつつ、ある程度の速度で前進できる。


 スパロー号とトライアンフ号は、はぐれた船団の一員が居ないか交代で行ったり来たりする。正直、昼間よりも仕事が多い。

 出港して初めての夜である。皆、ぴりぴりしている。


 船団も一丸とはいえない。

 全てが同じ形の船ではないので、なるべく同じ速度で進めるような編成にはしているものの、どうしても夜は遅れる船、風下に落ちてしまう船、まちまちだ。

 これだけ船団が広がると、風だって一様には吹かない。

 だから護衛は、羊を追う牧羊犬よろしく忙しく動き回る事になる。


 先頭には、グリーンの乗るトップスルスクーナー、ドラゴニア号が居て、灯台のような明るさで後続を照らす。

 ドラゴニア号は、誘導灯の役割を果たしているのだ。

 もちろん、安全な海域だからこそできるのだが、アレだけ明るいと甲板上が明るくなりすぎないか、心配になる。


 とりあえずは何事も起こらず、日付が変わった。

 メイナードが当直になり、お気に入りの場所でサボり……いや、有益な読書を開始した。

 ネルソンがこつこつと足音を立てて、何時ものコースを歩いている。


 風もよし、波もよし。


 状況が安定しているので、俺は少し寝ておくことにした。

 睡眠に関しては、やはり、二十四時間当たり一時間寝れば問題無いと思われた。ただ、四十八時間続けて寝ずに居ると、流石に眠くなる。

 ミツチヒメも俺とそう変わりが無い。普段暇そうにキャビンのソファでゴロゴロしていても、寝ているとは限らない。


 そのお方が、珍しく自室にいた。

 部屋割りは、アグイラ到着前と変わりなく、ユウカと八島、ユキとクーコ、ミツチヒメと俺の組み合わせである。


「おう、戻ったか」


「はい。ちょっと寝ようかと」


「そうか。何かあったら起こすとしよう」


 その「何か」を一番起こしそうな、前科持ちの本人が請け負った。


「……お願いします」


 と言う訳で、俺は寝巻きに着替えて上の寝台に登り、「冥化」させて体内にしまっておいた影免(かげなし)を取り出し、脇に置いた。

 この国宝は、当面俺が預かる事になったのだった。

 水底の白玉はミツチヒメが預かり、他の宝物は、必要な時に各自が借り受ける形となる。

 影免は、とりあえずは問題なく「冥化」して取り込めた。

 だから手ぶらで歩き回ることができる。

 しかし「冥化」は、睡眠時には解けてしまう。

 今の所は寝る際には傍に置いておくしかない。

 ルチアナが見せてくれた冥魔法なら、こうならずに済むかもしれないのだが。


「じゃ、姫様、おやすみなさい」


「おう。おやすみ」


――――――――――――


 薄掛けをかぶると、眠りは直ぐに訪れた。


 夢を見た。

 俺はロードバイクを駆って、国道を走っていた。

 何時ものコースで、でも今日は日差しが強いのでのんびり走っている。

 俺の様なヘタレがこんな暑い日に強度を上げると、直ぐ熱中症だなんだで碌な事がない。

 のんびりとは言え、今日は路駐が多くてイライラする。

 その都度後ろを確認し、手信号しながら避けなくてないけない。

 ある路駐を避けた際、後ろを視認して手信号をしたにも関わらず、逆に加速してギリギリに追い抜きを掛けようとした車が居た。


 幅寄せの一種だ。


 「おどろかせてやれ」と考えたのだろう。

 しかし手信号の為に出した俺の手にその車がぶつかり、俺は左側にバランスを崩した。

 そして路駐の車と激しく接触し、反動で右に投げ出され……。


 その瞬間、背中に感じたトラックのバンパーの硬さと、一瞬後のタイヤの感触。


――――――――――――


「はっ」


 飛び起きた。

 汗はかかない筈なのに、この全身濡れているのは何だ?

 ミツチヒメが寝台の梯子を上り、心配そうな顔を見せていた。


「どうした。うなされたな」


「うーん。死んだ時の記憶は無かったんですけどね。結構生々しかったですわ」


「そうか」


 と、ミツチヒメが言って肩をすくめた、


「まあ、わたくしも先日十分堪能したしな。そうできる体験で無い事は確かだ」


 ああ、そういえばそうか。

 二人とも、死んだばかり同士だ。


「いやあ、キツイですね」


 俺は影免を手に取り、「冥化」させて体内に取り込んだ。


「ちょっと、風に当たってきます」


「そうするがいい」


 水兵服に着替え、寝巻きは私物入れの箱に戻した。


 そして甲板に出たが、風は寝る前と変わっていなかった。

 船団の船の位置も同様だ。それぞれの船尾に灯された明かりが、ゆらゆらと揺れていた。

 ただ、ネルソンが、何時もいる辺りにいなかった。

 彼は、魔法の灯かりで照らされた艦尾甲板の手すりから、艦の後方を見ていた。

 手の空いている水兵数人も、舷縁から身を乗り出して後ろを見ている。 

 メイナードすら、読書を中断していた。


 俺は、メガホンを抱えてイライラしている様子のネルソンに並んだ。


「どうしました?」


「いえね、コバンザメのうち一隻が、近づき過ぎているんです」


 後方の暗闇に目を凝らすと、確かに二百メートル程の所に小型の船がいる。

 スループだ。

 スループとは、スクーナーがマストを二本以上備えているのに対し、縦帆を艤装したマスト一本だけの船の一種の事を言う。

 昼間、コバンザメ達は五百メートル以上は近づいては来なかったのに、だ。


「見張りが寝ているのか、それとも……」


 ネルソンが、口をへの字にした。

 そして、メガホンを構え、スループに向けた。


「こちらはワクワク王国海軍所属スパロー号である!

 警告する。そこのスループ、速度を落とすか進路を変えろ!

 そのままでは本艦に近づきすぎる!

 応答無ければ、水先案内人も見張りも船長も居ないとみなし、

 焼き払う! 繰り返す、焼き払う!」


 メガホンはもちろん魔法道具で、声を大きく響かせるものだ。

 だが、警告にもかかわらず、そのスループは帆を一杯に開いたままだ。

 まだ二百メートル程後方だが、このままでは、減帆して船団にスピードを同調させているスパロー号に衝突してしまうだろう。

 ただ、こちらに気付いていない事は無いと思う。

 あの長さ二十メートル程しかないスループの甲板には、人影が見えるのだ。


「ねえネルソンさん。あのスループ、甲板に動く人が見えますよ」


 俺の言葉にネルソンが目じりをぴくつかせ、歯を食いしばった。

 メイナードの方を向いた。


「……先生、ちょっと脅してください」


「しょうがないですね。分かりました」


 にっこり笑ったメイナードは、ポケットの中を何やらジャラジャラ音をさせていたが、それを一つ取り出し、掌に載せた。


「ファイアボール!」


 人の頭程度の大きさの炎の塊が、メイナードの手の上に出現し、音を立てて飛んで行った。

 炎はスループの手前まで飛び、弾けて消えた。

 警告なので、当てるつもりはなかったのだ。


 どうしたことか、スループには全く変化が見られない。

 ネルソンがしびれを切らせた。


「ち、何だアレは。敵か?

 おーい、ササ、居るだろう?

 艦長に報告してくれ」


 艦尾甲板に続く階段の下あたりで、「アイアイサー」と返事があった。

 もっとも、コレだけ大声を出していれば、艦内の人間は皆目を覚ましただろう。

 もしかしたら、こちらの針路を変えなくてはならない。

 悪ければ……。


 クーコが甲板に上がってきた。俺を見つけると、やってきた。


「何の騒ぎですか? 敵ですか?」


「かも、しれないですね」


 遂にネルソンが、総員呼集の号令を掛けた。

 自分の当直員だけで何とかできる状況ではなくなったと判断したのだ。

 メイナードも警戒を解いていない。あれはなんでしょうねえ、と首をひねっている。


 もし敵だとしたら、ポントス以外には考えにくい。

 ポントスの幹部がアグイラに居ると、ファーガソンが警告してくれていたではないか。

 では、どんな攻撃を仕掛けてくるか?

 あのスループは小さいので、大砲は積んでいないだろう。

 あっても口径が小さいだろうし、大砲についての対策は考えてある。

 仕掛けてくるなら二通り。

 近寄って、魔法の一撃。最もありそうだ。

 もう一つは、接舷して、斬り込み。

 もし、敵に強力な乙種兵などがいたら、ありうる。


 甲板に水兵が溢れてきた。ロジャースも剣を片手に出てきた。

 ロジャースは、見張りに叫んだ。


「他に近づいてくる船はいるか?」


 上から返事があった。


「いませーん」


 となると、挟撃や陽動でもないのか。

 メイナードが、


「しかたないなあ、もう一つ、お見舞いしますね」


 そう言い掛けた。


 その時、俺の目は、スループの舷側で、数人の乗組員が何か大きなものを海に落としたのを捉えた。

 ミツチヒメが甲板に駆け上がってきた。


「海の中だ! 何かがこっちに来るぞ!」


 ロジャースが一瞬のち、叫んだ。


「戦闘配置!」


 俺は即座に金の雨の結界を展開し、海に飛び込んだ。

 その何かとは、黒光りする魚雷だった。


 マジかよ!

 スクリュー音を立てながら、金の雨の結界の中を突進してくる。

俺の後ろには、スパロー号がいる。

 流石に魚雷は当たっちゃまずいだろ。

 大砲も然り、この世界にはそういう兵器は無いって設定なはずなのに、一体ナンなんだ。

 それに金の雨の結界はもう突破されたぞ?

 あれが只の魚雷で無いことは確かだ。


 どうする?

 ぶん殴っちゃまずいか?

 オレサマが答えた。


(バカかてめえ。まずいに決まってんだろ)


 断層結界はどうだ?


(結界に触れたとたんに爆発するかもな?)


 ナンだよオレサマ、じゃどうすんだ。


(こうすんだよ)


 選手交代したオレサマは、一瞬で魚雷を切り刻んだ。

 俺には何が何だか分からなかった。


(うぉい、何したのか全然分からないじゃん!)


「何ッて、影免で魚雷の()()()にしてやったんだよ。

 青葱と生姜が無いのは残念だったな。

 影免は『冥化』して体内に取り込んでいるんだから、

 雨の中ならワザワザ手に持って振るわなくていいんだよ。

 しかも……って、おいおい、判ってて『冥化』して

 持ち歩いていたんじゃねえのかよ?」


 俺は絶句した。

 つまり影免を「冥化」した状態であれば、金の雨の中全てが攻撃範囲となるのだ。


(い、いや、なんとなく判ってましたよ?)


 オレサマは呆れたように言う。


「ああそうかいそうかい。さ、お次が来るぜ」


 またも、スループから何かが海に投じられ、こちらに向かって来た。

 スクリュー音を鳴らしつつ、今回も金の雨の結界をあっさり抜けてくる。

 さっきと同じ形の魚雷だ。

 ふざけやがって。一体何発持っているのだか。


 オレサマが腕を組んで待ち受けた。


「刻んだ時に『知った』んだけど、さっきのは、

 頭に反思念場結界を組み込んだ、

 普通の爆薬と推進剤を使った魚雷だったんだがな」


 魚雷は、俺の後ろに居るスパロー号を沈めんと進む。

 オレサマがさっと右手を払った。

 金の雨の結界に満ちる影免の無数の刃が、魚雷を襲った。

 

 ズドン!


 あろう事か魚雷は爆発し、光と衝撃波を撒き散らした。

 大きな水柱が上り、スパロー号もスループも大きく揺れた。

 オレサマはとっさに魚雷との間に断層結界を張ったが、衝撃を半分に減らせた程度だった。


 泡の渦の中、オレサマが嘆いた。


「あちゃ、やっちゃったな。結構ダメージ来たぞ?」


 全身がしびれている。頭もぼおっとしていた。

 一応、身体には変化が無いのだが、金の雨の結界も俺自身なのだ。

 HPで言えば、四分の一減である。


(びっくりしたなあ。もしかしてあの魚雷、初めのと中身が違わなかった?)


 オレサマが肯定した。


「あー、違ったな。クソ、二発目の頭に何がくっついていたか、わかるか?」


(判らないよ)


「思念石か、それに類する物だ。それで、あの魚雷は生き物と同じ扱いになったんだな。結界なんて似たようなもんだしな」


 俺の使う金の雨の結界。

 この結界は、思念場に干渉できる生物は通す。

 ただの物体は通さない。

 それを通す為に、魚雷を「生き物扱い」するように細工したのだ。

 オレサマはそう言っているのだ。

 一発目は普通の魚雷に反思念場結界をくっつけたもの。

 反思念場結界は魔法道具の効力を無くしてしまうので、本体は普通の火薬を使わざるを得ない。

 次のは、思念石をつけた上で、本体に魔法道具をも詰め込んだのだ。

 触れたりするだけで、雷管も使わずに爆発させる事ができる。

 そして、相手の持つ属性値次第では、大きなダメージを与えられる。


「ま、そういうことだな」


 しかし、これであのスループがポントスだというのは確定したといっていいだろう。

 嵐山の爺さんは、あれで高名な魔法使いなのだとか。

 だからあんな攻撃を仕掛けるやつは他に居ない。

 いや全く。ポントスには兵器マニアでもいるのだろうか。


(もう一つ、来るかな?)


「どうかな?」


「おい、大丈夫か?」


 頭上から声がした。ミツチヒメだ。

 海面の上に立って俺を見下ろしている。

 オレサマは、浮上して顔を出した。


「問題無し。どうするね姫様。あのクソったれスループにご挨拶するかい?」


 その時だ。

 はるか上空から、微かに鳥の羽ばたき音がした。

 スパロー号のミズンマスト後方の索具が、上の方からバシバシン、と音を立てて何本も 切れていった。

 帆がバタつき、裏を打つ。

 船体が揺れた。


「やばいな、姫様、スループは頼むぜ!」


 オレサマはそう言って、海中からスパロー号の艦尾甲板まで、一気に跳んだ。

 とん、と音を立てて艦尾甲板に降り立つと、いきなり長大な刃が襲ってきた。


 ぶん!


 オレサマは予想していたかの様な動きで避けると、金の雨で周囲を照らした。


 巨人だ。


 そこには巨人がいた。

 正確にはギガント族。

 ファーネ大陸、北の亜人三国の一つブロイレッドの住人。

 内海には、傭兵稼業や出稼ぎ以外で住んでいるギガントは殆どいない。

 目の前のギガントは、身長二・五メートル弱。

 筋骨隆々の体は肌が赤く、上半身裸である。

 人間基準では長大と言える両刃の剣を、ショートソード宜しく振り回している。


 何人か、斬られている。

 剣の心得があるネルソンが、前に出て斬り込もうとしているものの、ギガントに軽くいなされ、その間にも近くにいる水兵が手や胴を斬られていた。


 僅かな灯りしかないこの揺れる狭い足場で、しかも切れた索具の散乱する中、巨体をものともせずにバランスも崩さない。

 水兵の放つ弓矢も、近距離であるにもかかわらず、かわすか、剣で叩き落す。


 おいおい。

 こいつ、凄腕なんじゃないか?


 オレサマは直ぐに攻撃には転じず、怪我人全員の治療をした。

 それは数秒で終わった。致命傷を受けた者はいない。


 オレサマが呟いた。


「このデカいの、手加減してやがる」


(マジか?)


「この状況で矢を叩き落せるんだぜ。まず間違いねえ」


 ギガントはその呟きが聞こえたのか、こちらを見てニヤリと口元をゆがめた。


 その僅かな隙に、ネルソンが必殺の一撃を繰り出した。

 所がギガントは、目にも止まらぬ速さでネルソンの剣の腹を打ち、剣を真っ二つにしてしまった。


「くっ」


 ネルソンがたたらを踏んでから下がったが、追い討ちは無かった。


 ギガントが呼ばわった。


「ロジャース艦長殿、居られるか」


 ロジャースが前に出た。

 手には抜き身の剣を持っているが、構えてはいない。


「私がそうだが」


 その時、スループの方で轟音がした。

 火薬などの爆発音ではない。

 ミツチヒメが大波でスループを襲ったのだった。

 だが大波は、一瞬走った電撃の後に、爆散してしまった。


(あっ)


「あっ」


 俺もオレサマも、思わず声を上げた。

 ミツチヒメがダメージを負った気がする。

 電撃も爆散も、風属性の攻撃に見えた。

 彼女は恐らく風属性はそんなに高くない。


「ちょっと、姫様拾って来るよ」


 オレサマはロジャースにそう言って海に飛び込んだ。

 どうやら、ギガントはロジャースと何かを話したがっているふうだった。

 放って置いても問題あるまい。



車の幅寄せで死にかけた事が有ります。

2019/8/3 ナンバリング追加。本文微修正。

2019/9/18 段落など修正。

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