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1-D100-24 マリヴェラ反省中


 団結式は、パーティだ。

 ちょっといい服を着て、オサレに杯を交わす。

 それぞれの船にどういう人物が乗っているのか、顔見世の意味もある。

 当然、運行計画などは既に練ってあって遺漏(いろう)は無いはず。

 そもそも、北行船団は毎年数回づつ組織されるのだ。


 宿の部屋にルチアナが来た。


「はーい。お着替え済んでます?」


 彼女の服装はメイド服ではなかった。

 控えめではあるがフォーマルなドレスで決めてある。

 

 ユキの部屋に、ユウカを除く何時もの面子が集まった。

 ユウカだけは、ロジャースと共に、既に会場へ向かったのだ。


「うふふ」


「どうしたマリヴェラ。ニヤニヤして」


「そこの箱を開けてみてください」


「ん? どれ?」


 ミツチヒメが箱を開けると、昨夜作った服が入っていた。


 どれも、あの和服屋で各々選んだ布、若しくは仮縫いしてあった服からつくったものだ。

 現代の着物よりもゆったりした単衣の小袖で、帯も細い。

 ミツチヒメ好みのデザインとなっている。

 ガチガチフォーマルの席ではどうかと思うが、この世界での今日のパーティ位ならまあいいだろう。


「綺麗……」


 皆、手にとってうっとりしている。


「団結式、それでどうです?」


 ミツチヒメが満足そうに頷いた。


「うむ。褒めてやる」


 ルチアナが物欲しげに見ている。

 そんな彼女に言ってやった。


「ルーシの分もあるよ?」


「うそっ」


「色々世話になったお礼。姫様とユキさんの気持ち」


 あのルチアナが赤くなってどぎまぎしている。


「え、でもドレス、え、ホントに? いいの?」


 と言って、早速脱ぎ始めた。


「マリヴェラ、外に出ておれ」


 ミツチヒメが言った。


「え」


「出ておれ」


 分かりましたよ。もう。

 俺は自分の分の着物を持って、自分の部屋で着替えましたとさ。


 着替え終わった頃に、皆が俺の部屋にやってきた。


「まあ、マリさんの服も綺麗」


 ユキが言う。お世辞ではないだろう。

 白の縮緬(ちりめん)地に扇を散らして、裾に流水。涼しげなデザインの小袖だ。

 髪を結い上げず、相変わらずのポニテなのは残念な所。


 全員馬子にも衣装と言った感じだが、ミツチヒメの印象が最も変わっている。

 普段濃い青色の小袖に慣れているからか、紅と金糸をふんだんに使った色合いの小袖を着ると、別人に見える。


 クーコも目論見通りの美しさだ。

 地味に思える黒地の小袖も、金糸を使った揚羽の刺繍がアクセントになって、華やかな雰囲気である。


 花魁行列よろしく、護衛を従えて会場に着くと、ロジャースやユウカ、グリーンも既に居た。

 彼らは、会場の建物の一角で、艦長同士の打ち合わせの続きをしていたのだ。


 ロジャースが目を丸くした。


「どうしたのですか。これは」


「海底に眠っていた金貨が、地上で花を咲かせたんですよ」


 言い過ぎではない。

 現に、その丸くなった目はユキに釘付けだ。


 ユキの小袖は、俺の物と同じく縮緬地で、はなだ色、つまりスカイブルーに近い色に染められている。

 柄は夏草にトンボ。


 一人だけ、紺地の打ち掛けを腰に巻いているので、目立っている。

 コレまですっぴんだったので、化粧をしているユキは別人のようだ。

 クーコも化粧しているけど、俺も化粧してもらうべきだったかな?

 流石に俺個人用の化粧道具は買っていないし、自分で化粧は無理だ。

 もしかして、「つくる」の「言霊」でなんとかなるのかな……。


「姉上はもちろん、マリさんもクーコも、素敵ですよ」


 近寄ってきたユウカが、何を思ったのか、俺も含めて褒めた。

 クーコは噴き出しそうになっている。


「そうね、マリさん綺麗よ」


「やめてくださいよ」


 俺はそう言って手を振り、クーコをユウカに押し付けてその場を逃げた。


 踊りや音楽は無く、静かなパーティだった。

 ルチアナも、今はカタリナの横で控えて、大人しくしていた。

 彼女も()地の小袖で垢抜けた雰囲気であるが、ゴージャスなカタリナの横では、それも霞んで見える。


 カタリナは、胸の開いたドレスに豪華なネックレス、高く高く結い上げた髪に花を飾っている。

 白い皮の手袋をした手に羽のついた扇子を持って、挨拶に来る人たちに鷹揚に応えている。

 グリーンもパリッとした軍服で、いかにもな感じだ。


 しかし、俺はこういうパーティに参加した事が無い。

 出版記念のパーティが一度だけあったけど、パーティと言うより打ち上げで、場所は居酒屋だったしなあ。

 結局何だか自分が場違いな感じがしてどうしていいか分からず、何人か会話を求めてきた男子を無粋に断り、隅っこでじっとしていたのだ。


 見かねたのか、ユキが隣にやってきた。


「マリさん、ちょっと」


「なんです?」


「さっきは言いそびれてましたけど」


 ユキが少し怒っている。耳元でささやいてきた。


「お尻の所の穴、恥ずかしいんですよ」


 穴。

 穴?


 ああ、尻尾を外に出す為に服に開けた穴ね。


「念の為に打ち掛けも用意してもらってよかった。尻尾は、人に見せた事

殆どないんですよ?」


「そりゃ失礼」


 といっても、ユキになった事がある経験から言って、服の下に仕舞ったままだと苦しいし、椅子に座るときに痛いだろう。

 穴の位置も、検討に検討を重ねて開けてある。

 それにナンと言ってもだ。


「ユキさん、尻尾、とても綺麗なんだから、見せても大丈夫だよ?」


 そう彼女の耳元でささやき返した。

 ユキの頬がぷくっと膨らんで、赤くなった。


「もう」


「すんません」


 そんな感じで睦みあっていると、トライアンフ号のミヤカ艦長と、元艦長である荒山、サスが揃ってやってきた。

 まずはユキに跪いて挨拶する。

 三人共に日焼けしていて精悍だが体型が全然違う。

 ミヤカはずんぐり型、荒山は背が高く痩せていて、サスは真ん中位である。

 ユキが笑顔で返礼した。


「皆さん、ついて来て頂いて有難うございます」


 ミヤカが白い歯を見せる。


「なんの。我らがユキ様をお護りしないで誰が護ると言うのでしょう」


 三人とも、ユキへの忠誠が厚いようだ。

 そこに、輸送船の若い船長らも加わって、ユキを中心に輪ができた。ユキはほんの少し引いたポジションでそつなく会話をしている。


 俺はちょっと置いて行かれていたのだが、会場の反対の隅に目を遣ってギョッとした。

 見覚えのある派手な和装。

 高く結い上げたピンクの髪。

 魔王だ。

 魔王様だ。

 何やってんだこんな所で。


 いや、そういえば、グリーンの船に乗るって言ってたっけ。

 一人ぽつねんと杯を煽っている。


 あっ……。


 魔王が俺に気付いた。手招きしている。

 慌ててユキに耳打ちした。


「魔王様が私めを招いておられまする」


「え……。ホントだ。が、頑張ってね」


 別れの挨拶をして、俺は魔王に伺候(しこう)した。


「あの、魔王様にはご機嫌うるわしう……」


「うるさい、うつけめ。できぬ挨拶はムカつくだけだ。いいから横に坐れ」


 と、魔王は横の椅子をボンボン叩く。


 俺が恐る恐る坐ると、魔王は、ぐいとグラスを俺の手に押し込み、ワインを注いだ。


「飲めなくは無いのだろう? まずいワインだが、付き合え。誰も近づいてこないからな。つまらぬ」


「はあ」


「ミツチヒメも、あのユキという娘の面倒で手一杯のようだしな。所で、貴様や他の連中の着ている物は、予がミツチヒメに教えた店の物か?」


「はい、そうです」


「仕立てはどうした? 針子が居るのか?」


「あの、私が……」


「ほう? 心得があると?」


「いえ、『言霊』で……」


 もうたじたじだった。

 有無を言わせぬ、とはこの事だ。ミツチヒメもそうだったが、どうやら今の彼女はあれで大人しいらしいと後で聞いた。


「『言霊』だけで作成法を知らぬ物を作れると? それは珍しいな。今度、その作業を予にも見せよ」


「畏まりました」


「ふふ、最近の転生者では、フォルカーサの宰相とポントスの社長は面白そうだと思っていたが、やはり貴様も中々」


 ワインをチビチビやっているが、全然味が無い。


「あ、ありがたき幸せ」


「無理してそう窮屈に答えなくてよい。予の時代の言葉は、元の世界の現代とも違うし、政治体制も身分制度もそうだ」


「え?」


「昔は身分がはっきりあった。今はそうでもない。ならば言語も変化する。できぬことをせよとは、予は言わぬ」


「魔王様も、転生されたのですか」


 魔王が鼻を鳴らした。


「そうだ。ミツチヒメと同時期だ」


 魔王のグラスが空いたので、酌をする。


「ではなぜ、現代の政治体制までご存知なのです?」


「学んだ。予は、向こうにも居る」


 何を言っているのか? 分身がいるとでも?

 その点については、魔王はもう語らなかった。


 お開きになるまで、酌をし合い、服についての話を延々続けただけであった。


――――――――――――


 そして、未明。


 荷物は全て積み込んだ。

 乗組員も全員揃った。


 スパロー号とトライアンフ号は、船団の最後尾を護る形となる。

 僅かに明るくなり始めた時点で、グリーンのトップスルスクーナー、ドラゴニア号がまず抜錨した。

 ドラゴニア号では登檣礼(とうしょうれい)が行われ、港から大きな鐘の音が何度も鳴らされた。どうも、礼砲が存在しないので、鐘がその代わりらしい。

 続々と船団の船が出港してゆく。否が応でも気分が高まる。

 船団員の家族の他にも、艦を降りた連中が埠頭に見送りに来ている。

 最後に、スパロー号も抜錨し、彼らの姿もやがて見えなくなった。


 風は北西からの向かい風が弱く吹いていた。

 輸送船はどれもずんぐりした船で、足も遅い。

 風への切り上がり性能もスパロー号ほどは無い。

 従って、何度か間切ることになる。

 先ずは西に向かい、ある程度行った所で北東へ舵を切る。

 遅い。だが仕方がない。

 どの船も、塩はもちろん、南方で取れる香辛料などを満載しているのだ。


 これでも、魔道装置ほどではないが、同じ様な技術で船底を表面処理したりしているので、昔よりかなり速い、とディレイラが言っていた。

 そもそも、風が悪ければ何日も何週間も港で風待ちをしなければならなかったのが、かつての帆船という乗り物なのだ。

 とはいえ、スパロー号もトライアンフ号も、ある程度帆を畳んでおかないと追い越してしまいそうになる。


 四の島の西に出ると、風が変わった。

 今度は北東に回ったのだ。

 船団は北西に針路を変更した。

 もちろん少し斜め後ろからの追い風が最高なのだが、この季節のこの辺りは、北西からの風が卓越している。

 潮流の関係で、第一の目的地、ソレイェレへ行くには北東からの風では西に流れ過ぎてしまうのだ、とこれは風間が言っていた。


 現状余り宜しくない。

 しかしどうしようもない。

 凪いでしまうよりはマシだ。


 スパロー号は、再編成で新顔が増えている。

 二十名減ったが、三十名増えたのだ。

 新顔と言っても全員旧クライン艦隊の者なのでペーペーは居ないのだが、それでも呼吸を合わせられるように、操帆訓練や戦闘訓練が初日から行われている。


 キャビンのソファに寝転がっている「あのお方」を除けば、誰一人ぼけっとしている暇は無い。

 ユキやユウカも、必要な知識を見につけるべく読書などをしている。


 俺も親衛隊のうち、三人組の個人面談を済ませた。

 人相はそれぞれ凶悪だが、意外に真面目な印象である。

 ブレイクからの命令というより、尊敬するアリダを俺が救ったと言う恩に報いる為の参加なのだそうだ。

 一応、契約は船団がアグイラに戻るまでだそうな。

 しかし、そんな彼らを、親衛隊などという色物……ではなく、重要な任務につけるとか、ロジャースも良く分からない人だ。


 よく分からないといえば、風間だ。

 彼の同僚達に聞いてみると、古くからミツチヒメに仕えている家系で、真面目、有能、忠実、と褒め言葉ばかり出てくる。

 その彼が、俺を崇拝する、というのはまだ分かる。酷い怪我を治したんだから。

 何処がどう間違って俺を嫁にするなどと思い込んだのか。

 ちょっと怖いので、これまで少ししか会話をしていない。

 その人柄を知る為に、面談に望まなくてないけない。

 配下を恐れては話にならない。


 時刻は夕方。

 この時間、風間はフォアマストの上で、見張りの任務に就く。

 俺は当直の暮井に許可を貰い、横静索(シュラウド)をひょいひょいと登り、見張り台に顔を出した。


「毎度、体の調子はどうです?」


 風間が笑って答えた。彼が笑うのは初めて見る。


「おかげさまで。見張りももう大丈夫です」


「良かったですね」


 風間がその場で頭を下げた。


「女神様のお陰です」


「女神様ってなんです」


「自分の女神様ですので。姫様と艦長に、

 以後女神様について行くと申し上げ、

 お許しをいただいた際に、姫様にご指導いただきました。

 むろん、自分も気に入っております」


 出た。

 出た出た。

 またミツチヒメだ。

 ご指導だって?

 それは笑えそうだ、などと内心思っているに違いない。


 あれ?

 でも。


「ん? 姫様とロジャースさんに? 何故?」


 親衛隊入りの話なら、ロジャースだろう。

 風間がつるりと顔を撫でた。


「実は、自分の家系は、代々姫様に直接お仕えしてきたものですから。それは艦長もご存知です」


「なるほど、直接ね。これからは私に仕えると?」


「ええ! 天地神明に誓って、全身全霊を持って、お仕えいたします。本家は兄が継いで居ますので、くたばっていなければ大丈夫です」


 大丈夫ってお前。

 お仕えはいいけどよ。

 嫁にする宣言はナンなんだよ。

 堅苦しそうな面してるが、実はお調子者なのかな。


 つい、返事にため息が混じった。


「はあ。そうなんですか」


 風間はぴくぴくと眉の辺りを震わせた。


「あの、女神様。上辺だけでもいいので、もう少し喜んでいただけると……」


 決定。

 結構バカだこいつ。しょうがねえな。

 俺はまたため息を吐いて、見張り台で立ち上がった。


「いい景色……」


 風間が得意げに鼻を鳴らした。


「ええ。ここからは大体二十キロメートル先まで見渡せます。夜空は最高ですよ。ただ、夏は暑いし、冬は寒いし、です」


「そして、揺れもひどいですね」


「その通りです。強風の時には、地獄の様に揺れます」


 俺は周囲を見渡した。

 進行方向には、石を投げて散らばったかの如く、船団の船が、帆に風をはらんで進んでいる。

 この艦は、船団の一番後方に位置している筈なのだが、後方にも船がいる。大小十隻以上だ。


「風間さん、あの後ろのはなんです? 船団の船ではないですよね?」


 風間が頷いた。


「ええ。あれらは、コバンザメです」


「コバンザメ?」


「ええ。基本的に、船団の中に入ってくる関係無い船は、

 我々が追っ払うんですが、ああやって後ろについていれば、

 そうする事も有りません。

 アグイラの交易船団は有名ですし、

 内海にしては護衛も強力ですので、

 彼らにしてみればタダで安心に航海できる、ってやつです」


「それは確かにコバンザメですねえ」


 船団は行き先を隠していない。

 行き先が同じなら、少しでも安全に航海したいのは当然である。

 それでも、船団についてこれるだけの速力は必要なのだが。


 風間が表情を曇らせ苦情を申し立てた。


「……所で女神様。自分は女神様の配下ですので、もう少しそれなりのお言葉遣いでお願いします」


 ……もしかしてこの男、ミツチヒメなんかに弄られると喜ぶタイプか?

 なんかそんな臭いがするな。


 下から暮井の罵声が飛んで来た。


「こらー、何時までもそこでいちゃついているんじゃない!」


「断じていちゃついてなどいない!!」


 くそ。コイツと絡むと弄られる様になっちゃったか。


「マリさん、もう良いでしょう? 降りてきてください。風間が仕事になりませんから」


「はーいすみませーん。反省して頭冷やして来まーす!」


 そういうと、俺はそこからぽーんと海に飛び込んだのであった。



文中の様に「反省しまーす」でさっさと頭を冷やせるならどんなにいい事かと思います。


2019/8/3 ナンバリング追加。本文微修正。

2019/9/18 段落など修正。

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