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1-D100-23 マリヴェラ点呼中


 ほんの僅かな睡眠を取った後、俺は夜の仕事に入る。


 見張りである。

 与えられた仕事ではなく、自主的にやっているだけだ。

 読書用の本を片手に、スパロー号のマスト上や宿の屋根の上から、薄く広く、金の雨を降らせているのだ。

 鋭敏な感覚を持つ人なら、妙な光が漂っているのが分かるはず。

 怪しい者がこの結界の中に進入してくれば、俺には分かる。

 恐らく、先方もこれを感知するだろうが、警戒を強めて退いてくれれば良い。

 気にせず特攻してきたりするのが一番困る。

 あるいは、警戒しつつも、情報取得系の「言霊」でも持っているのか、じっとこちらの様子を伺い続けているのも困る。


 あそこの路地の影からチラチラ見える男のように。

 当然と言っては何だが、「知る」はレジストされているので、こちらからは彼がどんな人物なのかはほぼ分からない。


 もしかして、誘っているのだろうか?

 こちらが追うと、罠が待ち構えているとか?

 そんなのを相手にするほど、暇でもない。


 読書と見張りの傍ら、針仕事もしているのだ。

 今、俺の目の前に、圧縮した金の雨の丸い塊がある。

 この中に、道具と服の材料をぶち込んでいる。

 あとは殆ど全自動だ。

 ドラえもん風に言うと、「全自動お針マシ~ン」?

 手を使うという制約が無い。

 これがでかい。


 種族が変わると、言霊の性質までがこうも変わるとは思っても見なかった。

 人間キャラだと、例えば「つくる」を持っているのとそうでないのとでは、「つくるのが上手」から「凄く上手」になる程度の違いだ。

 レベルが上がれば、神業とも名人とも言われるが、そこまでだ。

 俺の場合、この手元の金色の空間が、全て俺の手であり目であり頭脳である。

 殆ど暴力的な手際なのだ。

 容量が小さいので、一枚一枚仕立てなければいけないが、明け方までには、全ての作業が終わっているだろう。


 夜半に、クーコが音も無く屋根に上ってきた。


「あらあら、マリさん、目と手、光らせすぎです」


「近所から苦情でも?」


「そうじゃないけど」


 クーコは俺の隣に坐り、丸い光を見つめた。


「これ、なんですか?」


「金の雨の応用です。例の反物屋で買った布を、仕立てている最中です」


「ふうん。楽しみね」


「まあ、仕立て済みの物を参考にしているので、形はどれも似ていますけどね」


「あたし、似合うかなあ」


「似合いますよ、そりゃ。クーコ先生かわいいですもん」


 クーコが目を見開いた。


「あら、おだてても何もでないわよ?」


「まあまあ、仕上がりをごろうじろ、ですな。きっと、ユウカさんもびっくりですよ」


「ふふ。あの子は……」


 と、クーコが言葉を切った。


「……それにしても、静かな夜ね」


「でも、もう直ぐ船の上です」


「腰を落ち着けられる日って、来るのかしら?」


 クーコに聞かれ、俺は言葉を捜した。

 はっきり言ってしまえば、その日は来ないだろう。

 俺もクーコも。

 この世界に、乙種として転生してきてしまった以上。


「それは分からないです。でも、ここに居ると、ポントスの手に落ちる可能性が高いですので」


 つまり、悪名高いフォルカーサ帝国の手に落ちると同義だ。

 具体的に言うと、軍に編成されるか、機械代わりに過酷な労働を強いられるかである。


「厳しいなあ。あたし、マリさんの様に役に立ててないしなあ」


「そんなこと無いでしょ? 十分あの二人の支えになっているじゃないですか」


「だといいのだけど。この世界に来て、あっちに攫われ、こっちに売られ、助けられてようやく姫様の社で働けるようになったのに……」


 そう言ってクーコは目を細め歯を食いしばった。

 両手もきゅっと握りしめた。


 俺は言葉を失った。

 この間はさらりと言っていたが、やはり彼女に深い傷痕を残しているのだ。


「大丈夫ですよ。何とかなります」


 と、俺は彼女の腕にそっと触れた。


「ありがとう……。もう、下に下りなきゃ」


「気をつけて」


 手を貸そうと思ったが、クーコはその前にトントン、と屋根から降りていった。


――――――――――――

 

 夜明けと共に、宿の前に人が集まりつつあったのは知っていた。

 人々の会話から、それが、俺目当てなのも。

 まさか、数十人の列になるとは。

 病人・怪我人と、その家族だ。


 今日は夕方に、スパロー号から降りる連中への送別会に参加した後、グリーンら北行船団船長らとの顔合わせを兼ねた団結式がある。

 それまではフリータイムの予定だった。


 何か買い物の続きを、などと思っていたけどこれじゃどうかな?

 断る勇気もない。

 諦めた。

 もう、ボランティアか「言霊」の経験値稼ぎとでも思うしかない。

 ユキが、「今日は午後まで予定は無いから」と手伝ってくれる事になった。

 クーコも一緒だ。

 二人とも、「委員会」の話について憤っていたからな。


 ミツチヒメとユウカは、スパロー号での積み込みや編成作業を見守る為に、港に向かった。

 俺たちは話し合いをし、患者から受ける報酬は、任意とした。

 「無し」では流石に問題だと思った。

 そして、中には治らない病や怪我もあるだろう。

 一時的に良くなっても元の木阿弥になってしまう場合もあるだろう。

 そこは事前に説明して、患者には書類に承諾のサインをしてもらうことにする。

 何か間違いがあってはいけないので、風間やベルを始め、数名の水兵にも監視として手伝ってもらう。


 一番初めの患者は、木製の車椅子に乗って家族に押して貰って来た。


「今日は」


 家族が状況の説明をした。

 この働き盛りの患者は、交易船で働いていたが、ある時高い所から落ちて腰を折り、歩けなくなったそうだ。

 同じ様な怪我をした風間が口をへの字にした。あの痛みを思い出したのだろうか。

 そして風間の時と同じように、雨を浸透させて「なおす」と「つく」、「ヒール」を使う。

 細かく言うと、一旦癒着した場所を壊して戻すのだ。

 月属性の麻酔も欠かせない。


 ……何とかなった。


 寝たままの患者を車椅子に戻し、家族に今後の注意を与える。

 筋力は低下しているので、リハビリは重要である。

 報酬として家族が差し出したのは、十万円相当だった。

 働き手を失っていた家族としては、目一杯の金額なのではないか。

 ユキも察したのだろう。それを受け取り、二万円だけ抜き、残りを返した。

 相変わらず太っ腹だよな。

 対価はきっちり貰っておいてもいいのにな、と俺は思うけど。

 という感じで、次から次へと片付けていった。


 目の前に、杖をついた初老の紳士が現れた。

 暑いと言うのに上等なスーツを着こんで涼しい顔をしている。


「こんにちは。どうしました?」


 紳士は彫りの深い顔を歪ませた。


「胃の腑に、腫瘍があるそうです」


「そうですか。では失礼」


 診て見ると、確かにそうだ。

 早速麻酔をし、腫瘍を切り取って、傷を塞ぐ。

 周辺のリンパなども「なおす」と「キュア」で治して行く。


「終わりましたよ。ご家族はご一緒ではないのですか?」


 麻酔でふらついている紳士は、起き上がって椅子に深く腰掛けた。


「……おかげで、何年か生き延びる事ができそうですな」


 紳士の表情が一変した。

 それは、鬼か。


「私の名は嵐山三蔵。ヴェネロ共和国駐アグイラ大使」


 嵐山は首を振った。


「いや、元大使だな。辞表は先ほど本国に送付した」


 ベルが嵐山の背後に立った。風間もユキの横に立つ。


 嵐山は口元をゆがめた。


「家族、と仰いましたが、私の唯一の家族、息子のヴェネロ共和国海軍士官、芳蔵は、八月二十二日、スパロー号との戦闘の際、戦死しました」


「……あの時は、先に砲撃してきたのはあちらでしたけどね」


「わかっています。しかしそれを消化出来るほど、私は冷静ではいられません。これは、私個人のスパロー号への宣戦布告です」


 ベルがチラリと俺を見た。

 意図は分かっている。

 殺しますか? だ。

 俺は首を振った。


 それを見た嵐山が、声を立てて笑う。


「金色の神よ。情けをかけるなど、笑止千万。その様な甘さで、この先生き残れるとでも?」


 その嘲笑に、俺もつい素でやり返した。


「やってみるさ。オッサンも、いきり立って頭の血管切るなよ? そんなの俺でも治せないぞ」


 嵐山が立ち上がろうとしてふらついた。


「マリヴェラ殿には、感謝はしている。ユキ様にもユウカ様にも恨みは無い、が、あの呪うべき艦に乗っている以上、私の怒りの炎を避ける手立ては無いだろう」


 そう言い、金貨の入った袋をユキの膝元に放り投げた。


「そうそう、アグイラに、ポントスの幹部が数人到着しているようです。私に知らせがあったわけではないですがね」


「……何故それを?」


 嵐山が笑みを浮かべた。


「そう簡単に滅んでもらっては私が困る。それだけだ」


 そう言い、嵐山は杖をついて出て行った。


 ユキがかすかに震えている。


「酷い憎悪……。理不尽な……」


 俺はその手を握った。


「余り、見るな。良くないぞ」


「ええ。でも……」


 「どくしん」の「言霊」の事だ。

 人の目が有るので、直接言わなかったのだ。

 例え相手の心を読まなくとも、感情に対する感受性が敏感なのだ。


 風間が、嵐山の出て行った方を見据えながら言った。


「尾行しますか?」


「いや。彼も直ぐにどうこうと言うわけではないでしょう。

 ただ、彼がどういう人物か、知る必要が有ります。

 ワクワクの大使館と、アグイラの内務省に

 誰か遣って聞いてみてはどうでしょう」


「賛成です。艦長にも報告します」


「お願いします」


 程なく、宿の奥から非直で動ける者がどやどやと出てきて、散っていった。


 その後、昼食の時間まで、診療を行った。

 とても多くの人から感謝されたし、思惑通り「なおす」も「つく」もレベルアップしたが、心は重かった。


――――――――――――


 昼食は、ワクワクに戻る者、ここに残る者に対する送別会だ。

 ロジャースの意向で、士官候補生の三人は強制的に帰国と相成った。

 彼らもついて来ると言い張っていたが、命令だ。

 ロランともここでお別れだ。


 主だったる面子はスパロー号に残った。

 とは言え、ワクワクに家族を残している者はまだ居る。

 この北行船団護衛の任務が終わった時点で再検討するつもりの者も多い。

 そもそもこの護衛の仕事は、状況が落ち着くまでの繋ぎの為でもあった。


 ユキは一人ひとりに声をかけ、手を握る。

 そして、給料と財宝の分け前が、袋で手渡された。

 居残り組も、情勢が落ち着き安全が確認されるまでは、当分ワクワクには戻れない。

 年長の水兵をリーダーに、まとまって行動すると決めてある。

 ちなみに財宝の分け前は個人が所有するには多額なので、アグイラにある銀行に預けられるのだ。


 送別会が終わり、スパロー号としての仕事は、積み込み作業の残りと、北行船団の団結式を残すだけとなった。

 団結式、要するにパーティーだ。

 俺達は翌朝夜明けと共に出港なのである。


 俺は午後もひっきりなしに集まってくる患者を何とかするだけで手一杯だった。


 ユキや付き合ってくれる水兵には申し訳ない。

 まさか、ブレイクへの悪戯がこんな事になるなんて。


 そのブレイクだが、彼の子分が三人、志願兵としてやってきた。

 元より素人ではなく、元船乗りの面々である。

 ブレイクの意向だけではなく、アリダへの恩に報いる為に、自らの意志でやってきたらしい。


 その時宿に居たクロスビーなどは、あからさまに嫌な顔をしたが、ロジャースは即決で採用した。


 ……全く、物好きだよな。

 なんて他人事に思っていたら、全員俺の配下になった。


 「ユキ様ユウカ様親衛隊」などと恥ずかしい名前の部隊が創設され、俺が初代隊長に任命されたのだ。

 ロジャースもいいセンスしてる。頭が痛い。


 診察が終わり、団結式に参加する為の準備をする前に、親衛隊の顔合わせがあった。

 怖いモノ見たさなのか、ユキもユウカも居る。


 もうやけくそだ。


「気をつけ! ユキ様ユウカ様親衛隊(仮)」隊長、マリヴェラだ! 今回発足するに当たり、全員の顔合わせをする!」


 なんて、軍隊ごっこじゃないか。


 隊員1号は、まさかのクーコだ。

 いや、元々二人の護衛みたいな物なんだから、自然の流れか。

 貧乏くじのような気がするけど、本人は結構ノリノリで有る。


 2号は、これもある意味まさかの風間だ。

 ストーカーかお前は。

 俺の中の人は男なのだと何度も言ったが、関係無いらしい。

 それを除けば、どうも忍者の家系らしく、「言霊」を少なくとも二つ持っていると言う。

 本来、相当有能な人材なのだ。

 弓手長という役職は解かれておらず、兼任となる。


 あとは絣屋(かすりや)三人組。

 彼らも、普段は他の水兵と同じ仕事をする。


 どう見ても海賊なロイド。

 どう見ても詐欺師なイイダ。

 どう見てもヤクザなガルベス。


 俺含め、全部で六人。

 陸上においては三つの当直に分かれ、交代でユキとユウカの警護につくことになる。

 海上では、戦闘時以外はスパロー号の衛兵にお任せする。


 いや、無茶振りでしょ?

 コレ。

 時間も無いし、仕方がないので、それぞれの能力の把握や訓練なんかは海上に出てからすることにした。


 俺はどんよりしながら、部屋に戻ったのだった。



PVが1000超えました。

嬉しいです。皆様、有難うございます。(*´з`)


2019/8/3 ナンバリング追加。本文微修正。

2019/9/18 段落など修正。

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