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1-D100-22 マリヴェラ登録中


 ロビーに出ると、ルチアナが俺達に気付き手を振った。

 この後、冒険ギルドと海洋ギルドへの身分登録をするのだ。

 同時に、ギルドで仕入れられる情報があれば、買うつもりだ。

 ルチアナ自身は、魔術師・冒険・海洋の各ギルドに登録してあると言う。


「色々便利よ。あたしもたまに休暇を取って、気晴らしに討伐系のクエスト受ける事があるの。海洋ギルドは、船で移動するなら必須だしね」


 と言う訳で、ミツチヒメ・ユキ・ユウカ・クーコ・俺が登録の為にルチアナと連れ立って街に出た。

 少し雨が降っている。

 全員、傘は持たない。

 傘にもなる便利な道具代わりの神族サマが居るからだ。

 むろんミツチヒメではない。

 人目を引くが、もう有名人らしいし、そこは諦めた。


 先ずは冒険者ギルド。

 怪しさ満点の魔術師ギルドとは違い、まるでお役所のような建物と入り口である。

 冒険者用の宿泊施設も併設していると言う。

 もし俺が人間キャラなら、真っ先にお世話になっていたはずだ。


 ルチアナが守衛に手を振って挨拶し、ずんずんと中に入って行った。

 眼鏡をかけた受付のお姉さんが「あらルーシお久しぶり」と挨拶する。

 相変わらずルチアナは顔が利く。


「シェリー元気ぃ?今日はこの子達の登録しにきたのよね」


「あら、随分かわいい冒険……」


 シェリーと呼ばれたお姉さんはそこまで言いさして、


「あの? ルーシさん?」


 と目を細め、眉間に皺を寄せた。

 ルチアナはにやにやしている。


「多分、正解よ?」


「もう、相変わらずね」


 シェリーは奥にいる同僚に受付のカウンターを託して、俺達を応接室へ案内した。


「こちらで少々お待ちくださいませ、只今ギルド長を呼んでまいります」


 シェリーが去ってからも、ルチアナのニヤニヤは止まらない。

 可愛いへそを見せてソファーにふんぞり返っている。

 今日の彼女はスリムなボトムスに、丈の短いノースリーブである。


「まあ、普通はアポ取るんだけどねー」


「おいおい。取ってないの?」


「その方が面白そうだもん」


「登録するだけであろうが。一々長が出てくるほどの事か?」


 ミツチヒメは怪訝そうにそう言うが、今そこに坐っているのは隣国の王女と王子と守護神である。

 もっとも、三人の顔も知らなかったであろうあの受付のシェリーってお姉さん、中々鋭いよな。


 そのシェリーが戻ってきてお茶とお菓子を運んできた。

 後を追ってくるように、ヒゲ面の中年の男性が部屋に入ってきた。かなりがっしりしたプロレスラーのような体格だ。

 揉み手をせんばかりに柔らかい物腰である。


「これは皆さま、良くお越しいただきました、私が冒険者ギルドアグイラ支部長、熊坂と申します」


「熊ちゃん久しぶり。こちら、ワクワク王国のミツチヒメ様。ユキ様。ユウカ様。護衛のクーコさん。甲種退治のマリヴェラちゃん」


 ここでもルチアナはマイペースだ。

 熊坂がルチアナに近寄って耳打ちした。


「ちょっと。なに。こういうのは事前に言ってくれないと! プライベートってコトでいいの?」


「そうよ。お友達として登録のお手伝いをしに来ただけだもの」


「登録だけ?」


「うん。情報はちょっと欲しいかもだけど」


「それだけ?」


「うん」


 熊坂がふう、とため息をついた。


「失礼いたしました。現状、たいした情報はございません。ですが、もし護衛の依頼でしたら、ご希望に添えない所でした」


「そうなんだ?」


「はい。ポントスのワクワク侵攻が成功し、次はここが狙われると予想されているのですが、もしかすると数ヶ月内だと言う噂が流れています」


 ミツチヒメが声を上げた。


「ほう? それは早いな」


「ええ。そこで、元貴族や大商人がホーブロやフォルカーサへ避難する計画を立て始めているのです。護衛が出来るフリーの兵や冒険者は引く手あまたです」


「なるほど」


 実は俺はちょっとがっかりした。

 場合によっては、ユキを狙う刺客を排除せよ、という依頼を出そうかと思っていたからだ。


 ま、仕方がない。

 登録するとしよう。


 渡された書類に書く込んでゆく。

 別にこの世界独特の言葉ではなく、日本語そのままなのだから楽なものだ。


 名前、所属、クラス……クラス?

 ああ、職業ね。

 「無職」、と。

 得意魔法、言霊…… 。

 俺はここで気づいた。

 ああ、これ、人間サマ用か。

 まともに書いてもアレか。

 得意魔法、ヒール。言霊、なおす。……と。

 お次は……紋章?


 ユキの登録用紙を覗き込むと、家紋が入っている。中々上手く描けている。ミツチヒメのも同じだ。


「マリさん、どうしました?」


「いえね、紋章が……。ユキさんの、それ家紋です?」


「そう。青海波に帆掛け舟。カンナギ家の家紋です。姫様も同じです」


 家紋かあ。元の世界の家紋書いてもつまらないな。

 どうしようか。


「何、適当でいいのだぞ。見よ」


 と、ミツチヒメがクーコの登録用紙に顎をしゃくった。

 俺はそれを見て目を疑った。


「肉球……」


 クーコが笑顔を見せた。


「かわいいでしょ」


「かわいいけど。良いの?」


 シェリーが笑った。


「いいのですよ。結構適当に描かれる方は多いです。後に変更は可能ですし。もし絵が苦手でしたら、仰ってください。私が書いて差し上げます」


「ではお願いします」


 マグロ?


 いやダメだダメだ。

 マグロとか大漁旗はやめよう……。


 なんて言うか、運命の神様っぽいのにしたいなあ。

 俺は過去の記憶を掘り漁った。


「……舵輪とそれを巡るウロボロス。頭上に城壁冠」


「あら、結構本格的なリクエストね」


 時々、ペンが止まったが、シェリーの腕のおかげでそれなりの紋章になった気がする。


 舵輪はスパロー号、ウロボロスは永遠とミツチヒメ。

 そして城壁冠は運命の神を表す。


「これでいいかしら?」


「ばっちりです」


 シェリーお姉さん、いい仕事しますね。


 カードが発行され、会費を払い、登録完了。

 これで今後、冒険者ギルドのサービスを利用できるって訳だ。

 時間があれば、冒険初心者向けのレクチャーなんかを受けられたのだが、それが心残りではある。


――――――――――――


 海洋ギルドはより港に近い場所にあった。

 ここでも、さっきと同じような場面が繰り返された。

 そういえば、エルフってのは元々悪戯をする妖精の一種なんだっけ。

 そんな事を思い出してしまう。


 海洋ギルドの長はこれもマッチョのガチムチでマスイという。

 今度は、被雇用者としてのみならず、雇用者としての登録をもするのだ。

 登録だけならお金は掛からないが、実際に船を持つなり積荷を扱うなりするには、航路使用料や保険の費用が必要となる。

 よほどヤバい物を積んでいない限り、この辺りをケチる船主はいないらしい。

 この港に入港するのにも、入港税だけでなく、正式には船籍登録が必要である。

 民間なら国か海洋ギルドが発行する登録証が必要だし、軍関係の船ならば、国から出る証明証がそれに当たる。


 スパロー号は現在微妙な立場に居る。


 今の所、アグイラなど各国も、ワクワク王国滅亡及びヴェネロ共和国によるワクワク島の領有は承認していないから、今まで通りで良い。

 でも、今後はどうなるか分からない。

 万が一の為の登録なのだし、登録料は場合によっては後払いが可能だ。

 この内の誰かがスパロー号以外の船のオーナーになるかもしれないし。

 ま、一応ね。


 そこで、マスイに船の相場を聞いてみる。


「いやあ、それは掛かりますよ」


 と、彼は分厚いカタログを書棚から手に取った。

 まず船そのもの。

 漁船ならともかく、ちょっとまともに貿易をしようと言うなら少なくとも百~二百トン位のスクーナーは欲しい。

 それだと、材質によってピンキリになるが、艤装代あわせると五千万円~一億五千万円もするらしい。


 この値段がコストとして高いのか安いのかは、今の俺には分からない。

 ちなみに、現世の帆船時代の花形戦列艦は、今のお金にざっくり換算して百億円超えるお金が必要となる。


 凄いよね。

 これに人件費と積荷の原資と。

 こっそり魔道装置なんてつけるとそれだけで数億円。

 流石にそんな事をするとペイできるのは何年後なんですかと。

 マスイが見せてくれた、造船工廠がつくったカタログを捲りながら妄想する。


 所がどうも女性陣はあまり関心がなさそう。


「そういうのはお主とロジャースに任せる」


 とミツチヒメも仰せだ。

 つまんないの。


――――――――――――


 港の近くでささやかな夕食を済ませ宿に帰ると、驚きの一報が入っていた。

 クラインがアグイラ政府に身柄の保護を要請したらしい。

 実質亡命と言える。

 クラインは半ば錯乱して怯えているそうだ。

 ポントスの手が伸びるのを恐れているとの事である。

 僅かでも王族の血が入っている軍高官ならば、それも仕方はない気はする。

 直接知らせを受け取った八島によると、クラインがアグイラ寄港直後、外との接触を絶ったのは、怯えが原因だったらしい。

 あの威勢は、怯えの裏返しだったのだ。


 ミツチヒメ、姉弟、クーコは部屋に下がった。

 ルチアナと八島と俺は、ロビーで寛いで宿のサービスのコーヒーを飲んだ。


「提督は、自分が王だと勘違いして、潰れましたね」


「ユキさんはその点強いですよね」


「それに美人ですしねえ」


「八島さんって、頭の中は何時も女の子の事だけかしら」


 ルチアナが言う。

 お前が言うか、と思わず突っ込みそうになったが、我慢した。


「別に悪い事じゃないでしょ。こっちに来てからは結構楽しかったからね。なんせ向こうでは全くモテなかったし。結局外見が大事、中身少々だと思うな」


「それは否定はしないけど」


「八島さんはユキさんについて行くのですよね?」


「それはまあ、ね。別に王都に家族もいないし……」


「淡白ねえ」


 八島が立ち上がった。


「僕みたいな転生者は、皆そうじゃないかな?強い帰属意識はどうかなあ。配偶者がいれば別だけど。では、おやすみなさい」


 ルチアナと俺が残った。


「俺はユキさん達と行くけどな。もう他人って気がしないし」


 何故かルチアナが照れた。


「あら、まあ。となると、三角関係? それとも四角関係? まいっちゃうなー」


「いやそうじゃないし。ユキさんも俺が兄のようだって」


 流石に、数時間でも俺がユキでユキが俺だった、とは言えないが。


「分かってるわよ」


 ルチアナが「んふふー」と笑い出した。


「どうしたの?」


「だって、マリちゃんがようやく『素』でお喋りしてくれるようになったのだもの」


「ルーシと居ると、仮面かぶってるのがめんどくさくなるんだよな」


「そう? それって良いコトなのかしら」


「どうかな? それこそ俺には分からないさ」


 ルチアナが立ち上がった。


「さて、今日はお暇するわね」


「今日も有難う」


「いいのよ。明日は、船団の団結式ね。またその時にお会いしましょ」


 宿の外に出ると、雨は止んでいた。

 暑気が薄れ、アグイラは晩夏を迎えつつある。

 夜だと言うのに、どこかでヒグラシが鳴いている。


「送って行こうか?」


 ルチアナが噴き出した。


「流石にその辺の小娘ではないもん。大丈夫よ」


「丸腰なのに? 刀を使うって言ってたけど、魔法も得意なの?」


「んーん。丸腰じゃないよ?」


 ルチアナはそう言うと、左の掌から「ずるり」と刀を取り出した。


「ね?」


「おおう」


 俺はびっくりして何も言えなかった。


「エルフは元々冥属性魔法も得意なの。これもそう。あたしは得意とまでは言えないから、刀二本と荷物少々しか仕舞えないけど」


 これは、あの別空間創造と似たようなものか。

 物を冥化させて保持するよりも良さそうだ。

 試す価値はありそうだな。


「奥様が、この手の魔法の達人なの。引越しの準備が大して要らないのも、そういう事なの」


「便利だなあ。俺も冥属性系統だから、色々教わりたい所だね」


「そうね、お願いしてみる」


「よろしく。所で、その刀……」


「え? あはは」


 ルチアナは何故か刀を後ろ手に隠した。


「『名刀素寒貧(すかんぴん)』っていうの」


「名刀? すごいじゃん」


「名前があるってだけで。駄刀よ。えへへ」


 しかし、素寒貧って、どういうセンスのネーミングだ。

 ルチアナは刀を仕舞ってしまった。


「という訳で、大丈夫だから。お休み、マリちゃん!」


 と、何故か彼女は走って帰って行ったのだった。


昔々。その刀に一目ぼれしてしまい、全財産を投じて購入したのだそうな。

名付け主は子供の頃のロジャースさん。


2019/8/3 ナンバリング追加。本文微修正。後書き追加。

2019/9/18 段落など修正。

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