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1-D100-21 マリヴェラ会見中


 アグイラ共和国政府内務大臣ファーガソンは、13:00丁度にやってきた。

 マスコミの記者数人は、既に待ち受けている。

 こちらも全員、宿の外で出迎えた。

 二頭立ての馬車が宿の前に止まった。

 降りたったのは、大臣本人と、彼の部下のようだ。

 黒い細身のスーツを着た大臣は、馬車から降りると帽子を取った。

 すっかり禿げ上がった頭頂部を、白いクセ毛が取り巻いている。

 何処と無くディレイラを思わせる枯れ方をしているが、ファーガソンは服装も姿勢のよさも、気品を感じさせる。


「やあ、皆さまでお出迎えとは、恐縮です」


 ユキが代表して一歩前に出た。


「ファーガソン様も、わざわざお越しいただいて……」


「いやいや、今度の王国の件、国王も無念であったでしょう。お悔やみ申します」


「ありがとうございます。ひとまず、中へどうぞ。お茶の用意をしております」


「公式の訪問では有りませんから、お構いなく」


 ぞろぞろと宿の一室に入る際、ファーガソンがロジャースの肩をポンと叩いた。

 二人も旧知のようだ。


 宿の中の応接室に入り、ファーガソンと姉弟、ミツチヒメがソファで相対し、改めて挨拶を交わした。

 俺とロジャースは、姉弟とミツチヒメの後ろに立つ。

 ファーガソンの後ろには、彼の部下だ。

 一旦、記者たちは部屋の外で待機を命じられた。


 ファーガソンが、いかにも懐かしそうに言った。


「ユキ様とは、十年以上前にお目にかかって以来ですな。お綺麗になられた」


「いえ、そんな事は……」


「ユウカ様は、お初にお目にかかりますな」


「はい。ファーガソン殿の事は、父からも聞かされたことがあります」


「ほう、きっと、褒め言葉ではございますまい」


「いえ。父はファーガソン殿の事を、内海一の官吏と」


 ファーガソンが、クックック、と笑った。


「……いや、失礼しました」


 ミツチヒメが身を乗り出した。


「さあ、大臣殿。茶を召し上がってくれ」


「はい、頂きます。ミツチヒメ様も暫くぶりでございますな」


「もう十年以上だな。大臣殿もご健勝で何より。今日はどうした、わざわざ足を運んで来るとは」


「個人的にお悔やみを申し上げたかったのと、有体に申し上げれば、お顔を拝見したかったのと、ですな」


 ミツチヒメが肩をすくめた。


「どんな酷い顔をしてるか見物に来たか」


 ファーガソンが笑う。


「左様ですな。しかし、背が縮んでいるとは思いませんでしたぞ」


「ちぇ、旧知に会うたび言われそうだな」


「いやいや、ポントスの手から逃れられただけでも運が良かったと、

 私は思いますぞ。それほど、彼らの戦力は

 充実の一途を辿っております。

 今後、皆さんのお命を狙う可能性が高いと

 私は考えます。ご注意下さい」


 ファーガソンは、そう軽く言う。


 多分、こちらが承知している事だと思っているからだろう。

 暗殺という手段をとるかもしれないとは、俺もそう思う。

 そして、あえて言うからには、疑わしい人物がアグイラにいると掴んでいるのだろう。

 なにせ警察警備のトップ、内務大臣だ。

 だからと言って怪しい人物を証拠も無しに捕らえる事も出来ない。

 アグイラ共和国とヴェネロ共和国は、仲がいいとは言えないとは言え、国交を断絶している訳ではないのだ。

 現にヴェネロの旗を掲げた交易船も、何隻か港にいる。


「お気遣い、有難うございます、閣下」


 ロジャースが礼を言った。


「いやいや、アグイラ産の腕白小僧なら大丈夫であろうよ。心配はしておらん」


「閣下のお言葉は、毎回冷や汗が出ますね」


「ふふ。所で、君があのマリヴェラ君だな?」


 ファーガソンが、ロジャースの隣の俺に目を移した。

 探る感じではなく、どうも好奇心が勝っている感じだ。

 もちろん、海千山千だろうから、表情など当てにはならない。


「はい。お初にお目にかかります」


「甲種討伐、この街を代表して、御礼申し上げますぞ」


 ファーガソンはそう言うと、立ち上がって頭を垂れた。


「え?」


 俺がどう反応していいか固まっていると、ミツチヒメが替わってファーガソンに言った。


「これ、大臣殿。マリヴェラも当然の事をしたまで。もう一つ言えば、この街に『運』があっただけの事」


 ファーガソンがソファに戻った。

 ゆっくりと首を振り、微笑んだ。


「その『当然』と『運』がどれほど貴重なものか……。

 いずれにせよ、僅か二億の褒賞では報いたとは思っておりません。

 それは、街の者全員の想いでもあります。

 甲種は、都市の真ん中に出現すれば、

 甚大な被害をもたらす災厄。

 十数年前にも、ある場所で都市が一つ消滅しておりますからな」


「まあな」


「しかも、褒賞をご寄付いただけるとの事。感動いたしましたぞ。ユキ様とユウカ様の案だとか」


 ユキが思わず否定した。


「あ、いえ、本当はマリヴェラさんの……」


「ふむ。それは聞かなかった事にしましょう。ご姉弟の案とした方が外聞がいい。いい考えです」


「そ、そうですか」


「相変わらず大臣殿は細かいな」


「いえいえ、細かいのは、そうでも無いと生き残れなかった、

 そして今もこうやって生きている理由です。

 所で、この後の予定は? 北行船団に加わられるとか」


 ロジャースが答えた。


「はい。その任務が終わったら、ディアモルトン男爵のトヨシマ様に嫁いでいらっしゃるサツキ様を頼ろうかと」


 ファーガソンが眉をしかめた。


「やはりそうでしたか。しかし、お気をつけ下さい。

 男爵は王国内の西側同盟の一員、アムニオン侯爵の与力。

 耳にした事はありましょうが、

 西側同盟は王国内での発言力を増す為に手段を問わないですからな」


「最近も、ヴォルシヴォ公と戦争寸前まで行ったとか」


「今もそうです。ただでさえ、ホーブロ王都の門の件が有るゆえに情勢は安定はしておりませんからな」


 王都の門?

 俺の疑問の気配を察知して、ロジャースが解説した。


「ホーブロ王都上空に、甲種出現の前兆『転移の門』が出現して、はや五年になるのです」


「五年?!」


「はい。幸い、と言いますか、住民は既にヴォルシヴォ公領地等に避難しています。王国内の諸侯がその地に出兵しているのですが、それが問題で……」


「出兵してるだけで負担ですよね?」


「そうなんです。加えて、転移の門については、出現している期間が長いと現れる甲種も強力だ、という定説があります」


 ファーガソンが頷いた。


「先日の甲種は、三時間でしたな」


「たった三時間!」


 その定説に従えば、あのカミナリライオンと比べ物にならない化け物が出てくるのか。

 単純に強さが時間に比例するとは考えたくないけどなあ。

 兵にとって見れば、そんな門の前で待機するのもいやだし、諸侯にとって見れば、軍事費も馬鹿にならない。


 ファーガソンは苦笑した。


「まあ、西側同盟の面々は、一言で言えば短絡的なんですがね。

 ですので、金や権力になりそうな話には飛びつく傾向にありますし、

 上がそうなら下もそうです」


 急に苦笑が消えた。


「これはまだ未確認ですが、西側同盟諸国の一部が、ポントス及びフォルカーサ帝国と通じている様です」


 これには、ミツチヒメとユキが身を乗り出した。


「真か?」


「有りそうな話ではあります。我が国でも確認中です。将来、ポントスとホーブロが直接対峙する可能性が有りますので、その流れかもしれません」


 ミツチヒメがため息をした。


「そうか、大臣殿、情報感謝する」


「いやいや、大したことでは有りませんよ。さて、そろそろ次に移るとし

ますか。次官殿、マスコミを入れてください」


 次官と呼ばれたファーガソンの部下が応えた。


「畏まりました」


 やがて、数人の記者が入室した。

 各々腕に記者章を巻き、手に余る程度の箱型の何かを抱えている。

 俺は小声で隣のロジャースに尋ねた。


「ロジャースさん、あれは?」


「ああ、『魔カメラ』という物です。画像と音声を記録できる便利なものです。結構いい値段がしますけどね」


 魔カメラ……。

 誰だ、そんなふざけた名前つけた奴は。


 次官がその場を進めた。


「では、アグイラ報道協会の会員の方々、始めましょう。マリヴェラさん、カバンを持って、魔カメラの前へどうぞ」


 ダメだ。

 魔カメラという単語がツボにはまってジワジワ来てしまう。

 顔が緩む。


 俺がカバンをファーガソンに差出し、彼がそれを受け取る。

 そして、両者の握手。


 魔カメラが何やら「ウィンウィン」音を立てている。

 くっそ。音立てるんじゃねーよw

 記者の一人が魔カメラから顔を離して言った。


「OKです」


 もう一人の魔カメラを持っていた記者が頷いた。


「マリヴェラさん、中々いい笑顔でしたよ」


 そうか? どっちかと言うとニヤニヤ笑いだったんだけど。


 ファーガソンとミツチヒメ、姉弟がソファに戻った。

 記者の代表が、インタビューを始めた。


「まず、ミツチヒメ様、ユキ様、ユウカ様。

 この度は故国に訪れた悲しむべき災難、

 心中お察し申し上げます。

 ではまず、ユキ様がワクワクの奪還活動を当面見合わせる、

 と宣言されたそうですが、間違い有りませんか?

 その真意は?」


 ユキがちょっと考えて、答えた。


「その通りです。少なくとも、ここに居るミツチヒメ様、

 私、弟の意思だと考えていただいて結構です。

 理由は……。さまざまな要因がありますので、

 明言は致しません。ですが、無謀な反攻は、

 国民を死地に追いやるだけだと考えています」


「それは、こう申し上げるのをお許しいただければ、ワクワクの主権を放棄するとも受け取られかねませんが?」


 ユウカがぐっと頭を上げたが、押しとどまった。

 ユキがその手に触れた。


「いえ、主権を放棄する事は有りません。

 正面から返還を求め続けます。

 今は力を蓄える時と心得ているだけです。

 ただし、ポントスがワクワクの民を虐げるような

 事があれば、その時は直ぐにでも駆けつけるでしょう」


「なるほど。それは、ヴェネロ島の状況を踏まえての事ですね」


「はい」


「今後のご予定をお聞かせ願えますか?」


「叔母上が、ディアモルトンのトヨシマ様に嫁いでいらっしゃいますので、北行船団の護衛契約が終わり次第、向かう予定です」


「分かりました。有難うございます」


 ふうん、あまり深く突っ込まれなかったね。

 ファーガソンが事前に手を回している感じだ。


 記者の矛先が、ユキの後ろに立っていた俺に向かった。


「では、お待ちかね、甲種退治の英雄、マリヴェラさんの登場でーす!」


 魔カメラが、ずいと近づいた。

 記者の口調も変わった。

 ユキと俺とはカテゴリーが違う。そう直感した。


 その後何を聞かれたか。あえて細かくは言うまい。

 根掘り葉掘り、彼氏は居るのとか、チャームポイントはどこかとか……ええい! 余計なお世話だ!


 と言う訳で、滞りなく全て終わった。

 ミツチヒメがファーガソンと握手した。


「大臣殿、色々、恩に着る」


「いやいや、大した事では有りませんよ」


「また、会いたいものだな」


「私もトシですので、どうでしょうな」


 そしてファーガソンは全員と握手した。


 ファーガソンを見送る時、彼はロジャースに向けて妙な仕草をした。

 手信号だ。

 ロジャースは目に見えて蒼白となり、同じく手信号をファーガソンに送り返し、頭を下げた。


「やはりな。では皆さん、失礼します」


 ファーガソンは別れの挨拶をし、帽子をかぶり、馬車で去っていった。

 ミツチヒメも、手信号を見ていた。


「ロジャース、なんださっきのは」


「いえ、何でも有りません」


「そうか」


 ミツチヒメはそれ以上追及しなかった。


 後に新聞で知ったのだが、この時点でヴェネロ共和国すなわちポントスから、ユキとユウカの身柄の引き渡しがアグイラ政府に求められていたのだ。

 しかしその脅迫ともとれる要請はきっぱり拒否された。

 親ポントス派ですら同意したのだと言う。


2019/8/3 ナンバリング追加。本文微修正。

2019/9/18 段落など修正。

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