1-D100-20 マリヴェラ会議中
翌早朝。
予告通り使者がやってきた。
彼によると、なんと、13:00に内務省大臣が直々こちらに出向いて来ると言う。
しかも、マスコミを引き連れて、との事だ。
記者会見やインタビューの準備もしておいてくれ、と使者は言い、去っていった。
使者に会ったのは起きていた俺だったのだが、直後に顔を合わせた寝起きのユキに伝えると、真っ青になっていた。
「記者会見って……」
絶句している。
困惑しているのは俺も同じ。
ユキが若干早口で、
「それ、私も出席するの?甲種退治した英雄様への取材じゃないの?」
「さあ?でも、寄付の言いだしっぺもコメント要るんじゃない?」
「寄付?言いだしっぺ?」
ああ、酔っ払って聞いていなかったか。
結構酒癖悪いな。
俺はユキに説明した。
甲種退治の賞金を寄付する事、見込まれる効用、今回セッティングされた場についての意味についてをだ。
それは、今やワクワク王国を唯一代表する我々の、意思表示をするほぼ唯一の機会である。
普通に取材されたりするだけではダメだ。
第三者のアグイラ政府高官やマスコミのいる場に於いてであって、初めて正確に言葉を発せるというものだ。
ユキも目つきが変わった。
「ユキさん、どういう事を言うか、打ち合わせしようか?」
「いえ。大丈夫です」
「了解。じゃ、皆にも伝えておくよ」
「はい」
全く、朝食前なのに既にドタバタしている。
そして更に、予期せぬ来客まであった。
宿の人によると、ちょっと強面な男で、俺を名指しで宿の前で待っているらしい。
表に出ると、見覚えのある大男と、大八車に乗せられた老婆がいる。
「ブレイクのお兄さんじゃないか」
お礼参りかと一瞬思ったが、そんな雰囲気ではない。
「何の用……」
俺が問いかけると、ブレイクがいきなり土下座した。
「お頼み申し上げます!」
――――――――――――
表ではナンなので、ロビーに移って話を聞く事にした。
老婆はブレイクがそっと抱えてソファに寝かした。
動かすたびに老婆が呻いた。
ブレイクは、俺があの時結石を取ってやったのに気付いたらしい。
そして情報収集の末、俺が高い治癒能力を持つと結論したのだ。
そこで、病に苦しむ母親を連れてきたという按配だ。
しょうがないな、と母親を見てみると、息子と同じような結石がある。
おまけに、骨が脆くなる病気で骨折をしている事が分かった。
ふむ。
俺は余り浮かない表情でブレイクに念を押した。
「やってみるけど、多分、結石ができやすい体質と、骨が脆くなる病気自体は多分治せないよ?」
俺の「なおす」と「キュア」は、それほどレベルが高くない。
覚えたばかりなんだから、当然と言えば当然だ。
それにキュアは、どちらかと言うと感染症には良く効き、代謝の病気なんかは効能がイマイチだと、教科書にも書いてあった。
「そうですか」
ブレイクはがっくりうつむいた。
「でも、結石の除去と、折れた骨の修復は出来る」
「お、お願いします!」
俺は頷いて、老婆に手を伸ばした。
両手を中心に金色の光が広がった。
金の雨だ。もっとも、範囲を限定しているので雨には見えない。
まずは麻酔。月属性の「眠り」。
「冥化」で浸透し、「知る」で患部の状況を見る。
結石は「冥化」させて除去し、患部に「なおす」と「ヒール」。
骨折部は「つく」と「なおす」に「ヒール」。
最後に全身対象で「キュア」。
これでどうだ?
老婆の荒かった息が安らかになった。
頭を抱えつつ見守っていたブレイクが、半ば泣き顔で頭を下げた。
「あ、有難うございます! 恩に着ます!」
……声が大きいってば。
「ねえ、ブレイクさん」
「はい、なんでございましょう」
「アグイラほど大きな町なら、完全回復とまでは行かないけど、ある程度の回復魔法を使える医者や魔術師がいるんじゃないの?」
「……」
ブレイクが俺を見つめた。
「?」
「おりません」
「いない?」
思わず目を剥いた。そんな馬鹿な。
お金が無くて医者にかかれないとかじゃないんだ?
「どうして?」
「腕のいい医者の先生や、回復魔法を得意とする魔術士は、暗殺される事が多いんですわ」
暗殺?
冗談だろ?
開いた口がふさがらない。だがブレイクの表情は真剣だ。
ブレイクが体を寄せて耳打ちした。
「裏の世界では、『委員会』という組織が有ると言われてます。
真実は分かりませんが、どこの国も、状況は同じなんですわ。
今では殆ど成り手も居りませんし、例え腕があっても、
治療をしたがらないのですわ」
「マジかよ」
まあ、理不尽に命を狙われるのなら、手を引くのは当たり前だ。
彼らは責められない。
風間らの治療をした時のイタバシを思い出した。
そういえば、彼は今も艦の中に留まったままだ。
「奴らの目的は分かっていません。自分の身を守れる程の高名な魔法使いや、国や軍に守られている連中ならば別ですが……。俺たち庶民には縁が有りませんわ」
そうだよな……。
しかし、その「委員会」成る物は、「設定外」の存在だろう。
俺も全く耳にした事が無い。
ブレイクが憤る。
「だから、お袋がこんなに苦しむ事に……」
俺はブレイクの肩を叩いた。
「そうだな、アンタもつらかったろう」
「はい……どんなお礼をしたらいいやら……」
「いや、いいさ。今の情報は貴重だったからね。十分対価に値するよ」
これは誇張でもない。
他人への治療を続ければ、もしかしたら俺にも刺客が差し向けられるかもしれない。
知っているのと知らないのとでは天と地の差がある。
ロビーには、アグイラにいるワクワク王国の人達が、ユキとユウカに会いにやってきていた。
09:00時から始まる会議の出席者も、早くもポツポツ姿を見せている。
ブレイクはそんな中、頭を下げ下げ帰って行った。
俺が憮然として座っていると、ロビーの隅からベルがやってきて俺に話しかけてきた。
「姐さん、あの婆さんなんですがね、今ではあんなですけど、一昔前までこの港一帯を取り仕切っていたアリダって女傑ですぜ」
「え?」
ベルはポンポン、と俺の肩を叩いて去っていった。
――――――――――――
さあ、楽しい楽しい会議だ!
まあ、会議については、俺個人はただ居るだけ見物するだけの筈だ。
従って準備する事も無い。
とはいえ朝食はお預けで、「委員会」についての情報収集と、会議後の内務省大臣との会談及びマスコミへの対応準備に追われた。
「委員会」については、何も新たな情報は無かった。
皆、医師や回復魔法術者が殺される、という事実を知ってるだけだった。
会議室に擬せられている大広間の末席に居ると、ロジャースと同じ軍服を着た一行が、ドカドカと入ってきた。
ロジャースと同じ軍服と言う事は、彼らがクライン艦隊とやらの連中なのだろう。
先頭の男が提督殿のようだ。
部屋に入ってくるや、周囲を睥睨し、フン、と鼻を鳴らした。
いかにも不遜な態度だ。
そして誰に挨拶するでもなく、そのまま自分の席に着座した。
部下たちがその背後を固めた。
人数が徐々に揃い、ミツチヒメや姉弟が最後に上座について、会議が始まった。
出席したのは以下の通り。
スパロー号から、ミツチヒメにユキ&ユウカ、ロジャースと暮井、八島に俺。
クライン艦隊からクライン、部下である三人の艦長たち。
なお、クライン艦隊は三隻で構成され、うち一隻がクラインの旗艦である。
ワクワク王国のアグイラ駐在大使と数名。
アグイラ在住のワクワク国民の代表数名。
議長は大使だ。
会議が始まると、先日の会議の内容を確認した。
次いで、ユキが自分の考えを述べた
事実上、今日の会議の方向はこれで定まったのだ。
おしまい。
後はそれぞれの立場で、どうすれば最良の戦略を立てればいいか、連携すればいいかの検討をするのだ。
クラインはきょとんとしたまま聞いていたが、いきなり叫び始めた。
「馬鹿な!」
そこからは、昨日と同じ、暮井から聞いたそのままの内容を繰り返した。
彼も必死ではある。
俺に指を突き付けて喚いた。
「そこの、マリヴェラとやら、そなたはどうだ?
ユキ様とユウカ様のお役に立ちたいであろう?
そうだ! もしワクワク奪還が成ったら、
島の三分の一をそなたにやろう!」
などと言い、議長の大使に窘められた。
その姿は少し哀れを誘った。
この人は、自分しかない。
そうなれば良いな、という願望だけでは誰も付いてこない。
俺もそういう傾向はあるので、注意しないとな……。
クラインが矛先を変え、引きつった笑顔をしながらユキに手を差し伸べた。
「お待ちください、ユキ様。私達が共に歩めば、ワクワクは……」
ユキは冷たく突き放した。
「提督も、良いご縁があるといいですね」
クラインはがっくりと肩を落とした。
俺の出る幕は全く無い。
もちろん、野次馬根性的に期待したほど面白くも無かった。
暮井を見ると、彼は俺の視線に直ぐ気付いた。
そして、目玉をくるっと回して軽く肩をすくめた。
ついに、汗だくのクラインの視線が宙を彷徨いだした。
そんなクラインを尻目に、ロジャースが、ワクワクへ戻りたい場合の手順とリスク、ホーブロ行きのアグイラ船団への参加手続き方法を全員に説明し始めた。
「所でミヤカ艦長、艦隊ではどうでした?」
ミヤカは何時も、笑っているのか笑っていないのかわからないような、不思議な表情をしている男だ。
クライン艦隊旗艦のスクーナー・トライアンフ号の艦長である。
「はい、ロジャース艦長。約半数が、ワクワクに戻るか、ここに残るという選択をしました」
「何だと?」
これにクラインが激怒した。
自分に諮ることなく、部下が勝手に行き先を決めようと言うのだ。
「これは反逆だ!絞首刑だ!」
と、怒鳴りながら立ち上がり、ミヤカの胸ぐらをつかんだ。
しかしミヤカに簡単に手を外されてしまい、信じられないといった表情をした。
どすん。
とクラインが足を鳴らした。
どすんどすん。
まるで子供の地団駄だ。
ここで、ユウカがすっと立ち上がり、クラインの前に立ちふさがった。
「クライン」
言われて初めて、クラインは目の前にユウカが立っていると認識したようだ。
今度はユウカがクラインの胸倉を掴んだ。
「お前は先ほど、姉上の意志に対して、『馬鹿な』と申したな」
息を荒げて居たクラインの顔が、さっと青ざめた。
「あ……。あの、言葉の綾で……」
俺は目を丸くしてその成り行きを見ていた。
何時も姉の後ろに居るあのユウカとは思えない程の迫力だ。
「邪魔だ。二度と顔を見せるな!」
クラインは尻もちをつき、周りを見回した。
誰も何も言わないで居ると、足音を立てて何処かへ行ってしまった。
何事も無かったかのように、ユキが続けた。
「ミヤカ艦長、皆さんの針路の件、よろしくお願いします」
「は」
「資金に問題があるなら、ロジャースに言って下さい。その他、全て四人の艦長にて進めて下さい。お任せします」
「は」
ロジャースがやれやれ、と言う風に小さくため息をついた。
会議がお開きになると、ロジャースは、三人の艦長にかなりの額のお金を渡す事を約束した。
実は、彼らの資金は底をつきかけていたのだ。
護送船団に加わるにしても、お金は要る。
一旦荷揚げすると税金が掛かるので、海上で受け渡しをすることになろう。
乗組員が不足する見通しとなった今、一番小さいスループと、次に小さいスクーナーは手放す事にした。
スループはアグイラ在住のワクワク国民の代表に譲り、スクーナーはアグイラ政府に売却する事に決した。
艦長たちにとっては、苦渋の決断であった。
特に艦を手放すことになった二隻の艦長、荒山とサス両名の度重なる沈痛は察するに余りある。
だが、これによってスパロー号とトライアンフ号は、定員を満たす。
艦長らは、早速、再編成と荷物の積み直しの為に出て行った。
出発まで、寝る時間も無いだろう。
――――――――――――
昼食は、宿の部屋でいただく事にした。
メンバーは、ミツチヒメと姉弟、クーコに俺。
「ユキさんユウカさんお疲れ様」
俺がねぎらっても、ユキは眉根を寄せたままだ。
「ええ、有難うございます。でも、あれで良かったのかと……」
「何だ?ユキ。クラインの事か?」
「いえ、姫様。あの方は別に……」
「あやつは一族の中でもガキのまま育ってしまったからな。余り悪く思わんでくれ」
一応ミツチヒメがフォローを入れている。
「でも、生理的にちょっと……」
まあ、コレばかりはしょうがない。
「そういえば、お姉様を護るユウカさんもカッコよかったですよね」
「え?」
とユウカがびっくりした様な反応をして、赤くなった。
「ふうん、見てみたかったですね」
と、クーコも面白がっている。
「そんな……やめて下さい」
うんうん、こうやって、年下らしく、良き弄られ役として育っていただきたいものだ。
「で、ユキさんの悩みは、今後の方針の是非でしょうか?」
「はい」
徹底抗戦しなくていいのか。
しかし、歴然とした戦力差を埋める方法は見つからない。
テロ? ゲリラ? ちょっと無理だよね?
ではどうするか。
「一番賢明な選択だと思いますけどね。少なくとも、人死には一番少ない」
ユキが一瞬息を呑み、うなだれた。
「そうだといいのですが」
「それは確かです。でもその後ですよね。先立つモノが必要ですから」
「資金か」
「はい、将来的にワクワクを取り戻すにしても、お金が必要です」
戦争したいなら、領地がない以上、兵は雇い入れるしかない。
他国に援軍を頼むにも、担保がいる。
兵糧は?
船は?
そもそも、今の二隻の人員すら維持し続けられるのか?
ミツチヒメが頬杖をついた。
「そうだな。貿易でもするか?」
「それだと現状維持程度じゃないですか?」
「じゃあどうする?傭兵稼業か? それこそじり貧だぞ。それにわたくし達とて、お主の財宝探しに頼る気はないぞ」
ユキもユウカも頷いた。
それはそうだ。皆の言いたい事は分かる。
「うーん、やっぱり領地なり根拠地なりは欲しいですよねえ。姫様は、どういう経緯でワクワク島に鎮座なされたのです?」
「うん?あの頃は、戦乱の世であったからな。偶々三の島が無主になったのでいただいただけだ。はっはっは」
つまり分捕ったって事か。
なんか目に浮かぶ様だ。
ただ、現在の地図を見る限りでは、そう簡単に分捕れる土地はない。
内海には、何らかの勢力の力が及んでいない場所はない。
あっても辺境だ。
「そういえば、フォルカーサの『辺境討伐』はあるんですか?」
辺境討伐。
フォルカーサ帝国のある大陸は広大である。
フォルカーサ自体、その領土は大陸の北岸沿いにあるのだが、大陸を制しているとはとても言えない。
昔と状況が余り変わっていないようだ、というのはディレイラに聞いている。
なぜ、強大な力を有していると言う帝国でも、簡単に領土を広げられないのか。
それは、大陸のそこかしこに、あのリヴァイアサンの鱗のような、モンスター出現ポイントがあるからだ。
いや、更にその親玉みたいな出現ポイントが。
辺境討伐は、帝国の軍や、一般の冒険者の力によってそのポイントを破壊し、人が住める領域を広げる為の活動である。
むろん、シナリオのネタとしては定番となっていた。
そして、難易度の高い出現ポイントを破壊し、帝国の領土を広げた功績を挙げた者は、その広がった領土の半分を、一代貴族として与えられるのだ。
「ある、が、流石にな」
ミツチヒメが首を振った。
まあ、俺も聞いてみただけだ。
「でしょうね。となると、結局、ホーブロですか」
「王国の臣下となるというのか?」
ミツチヒメが少しムッとしたようだ。
「でも、現実的に今ホーブロを目指そうとしているのですし、手元にはヴォルシヴォ公爵家の財宝、王様でもなければ必要としない宝石というカー
ドがありますからね」
ため息交じりにユキが頷いた。
「私は、皆を養えて、もし将来ワクワクを奪還しなければいけなくなった時に、そうできれば形はこだわりません」
「では、その方向で行きましょうか」
手元のカードを北の国で有効に使い、足場を作るのだ。
「仕方が無いな」
ミツチヒメは今だ不服らしいが、納得してもらうしかない。
食事が終わった直後、ドアかノックされた。
部屋の外を護っている衛兵が叫んだ。
「ルチアナ殿です」
「どうぞー」
ルチアナだ。今日も美しい。
「こんちはー」
荷物を抱えた志願兵もいる。
ルチアナは水兵どもに中々の人気らしい。
今日は、サツキ叔母に贈る物をルチアナに選んで来てもらったのだ。
何しろ貴族様の召使。この手の仕事は慣れたものだ。
「ルーシ、ありがとう。助かります」
「いいのいいの」
「何買って来たんですか?」
朝、ミツチヒメとユキとルチアナであれこれ相談していたのだが。
「やっぱりね、アグイラといったら布は欠かせないでしょ。いい織り物があったのよね。あとは無難に宝飾品」
「まあ、妥当だと思う。すまんな、ルチアナ」
「もったいないお言葉です。姫様」
「ルチアナ、本当に報酬は受け取らんのか?」
「それは……旦那様から十分頂いておりますので。……強いて、と仰られるのであれば、マリちゃんが欲しいのですが」
「おお、そんなものでいいのか。身柄はやれんが、煮るなり焼くなり舐めるなり、好きにしていいぞ」
「やったー!!!」
え?
お前ら、今何て言った?
食後のお茶を啜っていた俺は反応が遅れた。
ぽーんと飛んで来たルチアナにタックルされた。
「んーやっぱり体温低くて涼しい!」
「や、ちょ。待てよ! おい! うぎゃっ! おま、いきなり何処触ってんの! 揉むな! 揉むなーー!!」
ミツチヒメとユキは、
「さて、内務大臣殿を迎える準備が要るな……」
「そうですね。今はファーガソン大臣ですよね。確かにあのお方でしたら、私たちに会いたいとお考えになるかも知れませんね」
と、部屋を出て行ってしまった。
ユウカがユキについてゆこうと立ち上がり、躊躇したようにチラッと俺達の方を見た。
「いけません、ユウカ様、見てはいけません」
これはクーコだ。
クーコはユウカを部屋から押し出すと、後ろ手にドアを閉めた。
「や、閉め……!?」
バタン。
セクハラはダメですよ?
2019/9/3 段落など調整。




