1-D100-17 マリヴェラ格闘中
駆け足で現場まで行くと修羅場だった。
木々があちこちで焼けただれている。
怪我人などいない。
全て焼けて死んでいた。
せめての抵抗を試みたのであろう兵士だけではなく、一般人もだ。
無差別である。
少しでも動くものに対して、闇雲に攻撃を仕掛けていったように見える。
思わずつぶやいた。
「ひどいな」
ここは小さな港町なのだが、既に殆どの家屋が破壊されているか、焼けていた。
慎重に進む。
周りの空気がぴりぴりして、髪が逆立つ。
バシン、と物凄い音がして、通り一つ向こうの大木が爆ぜて燃えた。
あそこだ。
俺は近づいて、破損した建物の影から様子を伺おうとした。
バンッ!
今度は、俺が居るすぐそばに雷撃が当たった。
石の欠片が飛び散り、身体に当たる。
思わず身をすくめたが、冥属性の次元断層型結界を張っているので問題なさそうだ。
次元断層結界とは、簡単に言うと、その結界の部分だけ全く別の世界を現出させている様なモノだ。
別名「なんでもバリア」と言う。
なので、どうやら衝撃波も殆ど届いてこない。
いや、実は欠点もある。
結界を全方位に作ることが何故かできない事と、その結界の能力を上回る攻撃を受けると、攻撃が通ってしまう事だ。
しかし、今回は敵が一体だけである。だから、直接攻撃されなければOKだと思われる。
天を仰ぐと、ミツチヒメの化身の龍が、青い空を背景に優雅に八の字を描いている。
「余所見をするな!」
ミツチヒメが叫んだ。
気配を感じて後ろに飛ぶと、人の胴体ほどもある鉤爪が建物共々その場を粉砕した。
建物は一瞬で崩れ、盛大に土埃が舞った。
あぶねっ。
ナンだあの巨大猫パンチ。
パンチ一つの威力だけで、あんな感じに建物が粉々になるものなのか?
金色の雨は既に降り出している。が、「知る」はレジストされた。
ああもう!
面倒な!
空から声がした。
「それは恐らく魔属性攻撃だ!」
魔の属性。それは激烈と暴力。
俺も高魔属性値だけど、あんな攻撃、まともに受けたらどうなるんだろう。
いやぁ、ありゃ食らいたくないなあ。
攻撃/防御判定ってどんな式なんだったっけ?
俺は物陰を使って後退しつつ、叫んだ。
「姫様、甲種の持つ属性は我々と同じですかね? つまり、見た事もない属性なんか持ってませんよね?」
「同じだ。ただし、やたら強力なだけだ」
強力ね……。
強い攻撃魔法が欲しいなあ。
初級教科書の魔法は流石に効かないだろうな。
何か一つでも、メイナードに教わっておけば良かった。
ともかくやれるだけやってみよう。
少なくとも雷撃は結界で無効化できるのだ。
俺は左右が石造りの家々でできている細い路地へ入り込んだ。
ここは港町の中心らしく、しっかりした家が並んでいた地区だ。
未だに無傷な建物が残っているのはここだけだった。
俺はそこで待った。
すると、チラチラ見えていた雷獣が路地の入り口で全容を現した。
向こうも「なんだコイツ」と思い始めていたのかもしれない。
その姿は……。
ライオンだ。
ただし、かなりデカい。
ワンボックスカーか、二トントラック程もある。
もちろん、細かく見るとライオンそのものではない。
全身に火花を纏っているし、尻尾の先には燃えるような光が揺らめいている。
何より、全体的にちょっと太い。
ぽっちゃりだ。
「ねえ、ライオンだ! 姫様。ちょっと太目の電気ライオンですよ!」
俺が喚くとミツチヒメの呆れたような声が降って来た。
「はあ? おま、もうちょっとマシな表現をしないか」
「あ、こっちにもライオンっているんですね」
「いる。だがな……」
雷獣と目が合った。
ん?
今の表現がお気に召さなかったかな?
謝った方がいいかな?
いや、雷獣が大きく口を開けて欠伸を……。
次の瞬間、爆風が俺を襲い、周りの建物も丸ごと吹っ飛んだ。
地面が抉れ土煙が渦まき、視界が無くなる。
しかし例によって俺は結界で無事だ。
巻き込む風にさらされたが、それでも一歩も動かないで済んだ。
えへへ、楽なもんだ。
しかし、ミツチヒメが叫んだ。
「おい、バカ!動け!」
「え? あ!」
そうだよな。俺の位置は変わっていないのだ。
視界が悪くても、相手が何処にいるかが分かっていれば……。
ボカン!
「うぎゃ!」
巨大猫パンチの直撃だ。
とっさに魔属性掌底で相殺出来たから良いようなものの……。
とんでもない勢いでぶっ飛ばされ、崩れかけた建物を粉砕して止まった。
何とか瓦礫から身を起こし、呟いた。
「ちゃ、着地成功……」
「どこがだ」
「上空からの、迅速な突っ込み……恐れ入ります」
「お主余裕だな」
全く持って余裕では無い。
意識には問題が無い。
流石神族。
だが体中痛い。
掌底を当てた右手は肘から先が蒸発した。
判定としては、敵の攻撃は成功、俺が受けるダメージは軽減って所か。
金の雨で右手を形作り、「なおす」を使うと、右手は元に戻った。
クソ、こんなの、人間だったら跡形も残らないぞ?
冒険者パーティなんかでも普通は無理だ。
あーあ、せっかくのワンピが早速お釈迦だし。
雷獣が来ない内に、再び走って別の建物の影に入った。
「なおす」で服を応急修理し、その代わりに裾を太ももまで何箇所か縦に裂いた。
スカートでは流石に動きにくかったからだ。
ん?
俺がそんな事をした所で、ヴィジュアル的にお色気要素は無いだろう?
だから大丈夫だ。
しかしアイツ、全部計算して攻撃したんじゃないか?
言葉が通じないなんていうから、どんな脳筋なのかと思ったら……。
「ふうっ」
深呼吸した。
よし落ち着いた。
そもそもこの身体はアドレナリンなんか出ないしな。
だがどうする?
「オレサマ、いるか?」
すると、体の奥底から声がした。
(あたりめえだ。オレサマはお前で、お前はオレサマだと言ったじゃねえか)
「これ、お前ならどうする?」
(ああ、どうもこうも、オレサマに任せて呉れりゃあいい。大船に乗ったつもりでな)
「俺がしてみたい事はどうだ?」
(それはやってみないと分からないかな。似た事は出来ているんだから、多分問題無いと思うけどな)
「やってみていただけますか大先生!」
(しょうがねえなあ。じゃあ、しばらく、すっこんでろ!)
選手交代したオレサマは、雷獣を見つけると突風のように突っ込んでいった。
強さを増したカミナリライオンの雷撃も、俺より効率的にいなし、果ては避けてゆく。
一撃、二撃。
拳や蹴りが当たる。
オレサマが操る俺の体は、どう考えても格段に機動性を増している。
ラミアの時には一瞬でしかなかったが、こうやって雷獣を殴ったり蹴ったりできるほど素早いなんて、想像も出来なかった。
これではまるで本当にスーパー〇イヤ人ではないか。
よく見ると、金の雨がオーラの様に体を濃く覆っている。
いやいや、素早いなんてもんじゃない。
その濃く光る範囲内なら、僅かだが瞬間移動しているように見える。
もしかして……。
マリヴェラの本体は雨の方で、ワンピを着ている体の方が従なのだとしたら。
そう言えば、一番初めのキャラ作成場面でも、金の雨が先に現れ、身体はその後だったじゃないか。
今まで、雨も体の一部と考えていたのは少し違ったのだ。
それだけではない。移動には跳んだり走ったりという力学的な力だけでなく、冥属性の力も使っている。
凄くない?
この身体の取説、欲しいんだけれど。
俺だけでこんなの初めからできる訳無いじゃん?
オレサマが手を止めた。
当然だが、息が上がっているなんてことはない。
どこか楽しそうに言った。
「いやあ、はっはっは。属性を乗っけないと流石に殴っても殴っても大して効かないねえ。流石甲種だな」
(え?)
おいおい、効かないってアンタ。
確かに、移動はともかく、攻撃そのものには属性使ってないよなって、変だと思ったんだ。
嫌な予感がする。
(何やってたの?)
「ん? 挑発。あいつが何してくるか、興味あるよな?
あと実験もだな。まあまあ、ゆっくりやろうぜ。
あいつ、喧嘩が大好きそうに見えるしな。
それにオレサマだって、実技は初めてなんだからよ」
いや、興味なんてないし。
実験だって時と場合を考えていただきたいのですが。
それに、ゆっくりなんて余裕、有るんですかね?
(あの、先生、本気でおっしゃられているので?)
「おう。本気の本気。マジ中のマジ。おっと、魔法陣か? こりゃやべえ!」
オレサマが急いで後退した。
雷獣は血まみれの顔面を震わせ、うなり声を上げている。
どう見ても激おこモードだ。
雷獣が吠えた。
そこを中心に、黄緑色に光る魔方陣が円を描いて膨らんでいった。
「姫様! 離れろ!」
オレサマはそう言うと、身構えた。
周りが雷光で満たされ、これまでとは別格の衝撃音と熱が破壊の嵐を巻き起こした。
オレサマは、無事だ。
これまでの結界では無く、「言霊」「つくる」を魂に刻んだ上で、次元の隙間にちょっとした空間を創り、そこに逃げ込んだのだ。
そこから外を覗きながらオレサマが言った。
「うーん、ありゃただの断層結界だとやばかったなー。ま、『つくる』の『言霊』は予定通りだったからよかったろ?」
強力な爆弾が落ちたかのような光景を眺め、オレサマは暢気な事を言っている。
(なあ、今のって、風属性の雷撃の束に魔属性を混ぜたのかな。魔法陣はなんだろう。あいつ、どう見ても魔法使いに見えないんだけれど)
「さあ。単なる魔法とは思えなかったけどな。自然にああいうのが出来る奴もいるって事じゃないか?」
頃合いを見て、オレサマがぬるりと元の世界に戻った。
まだ空気が熱い。
足元が熱で溶けて、ガラス状になっている部分がある。
もはや建物も焼けた木々も何も無かった。
上空を見ると、ミツチヒメは遥か上空を飛んでいた。
雷獣がオレサマの姿を認めた。
軽く吼えると、突進してきた。
もはや雷撃も無い。
肉体をぶつけ、圧倒する。
それだけだ。
オレサマが何度かタクトを持っているかの様に手を振り、トントンとステップを踏んで後退した。
敵が迫る。
正にトラックが突っ込んでくるように思えた。
ピシッと音がした。
もう俺たちは動く必要が無かった。
雷獣は飛び掛って来たものの、その姿勢のまま、幾つかに切り分けられ、バラバラになり、地面に落ちた。
「ご注文どおり、一丁上がり」
(うーん。物理法則の違う空間を罠として置くってのは、使いにくいね。時間制限もあるし。これを相手にぶつけるとかはできないの?)
「動かせないからねえ」
(何かいい方法ないかな)
「ま、仕方がないさ。何なら他の攻撃方法を考えるしかないね。そのうち慣れるって。ただな、遠距離攻撃が苦手なのは変わらないね」
工夫かあ。
ネタ師の血が騒ぎそうなモノだけれど、今は何だか生々し過ぎて、何もいいアイデアが浮かんでこない。
「おー、無事か」
ミツチヒメが降りてきた。
光を発し、龍の姿から元に戻る。
そしていきなり俺の髪を摘まんで引っ張った。
「髪が元に戻ったぞ」
「あ」
いつの間にか、オレサマが引っ込んでいた。
「結局アレは、誰だ? 誰と喋っていた?」
「誰って……どうやら私ナンだそうです」
「そうなのか?」
ミツチヒメが眉を吊り上げた。
「お主はお主と会話していたのか。まあ、程ほどにな」
ありゃ、どうやら勘違いされているみたいだ。
「いや、どうあれ、よくやった」
ミツチヒメが手を叩き、見回した。
雷獣の断片が辺りに散らばって、早くも腐臭を発している。
ミツチヒメはその中を、何かを探して歩く。
「お、あった」
屈んで肉片から何かをむしりとった。
「ソレ、何ですか?」
「思念石だ。甲種や乙種を殺すと手に入る物だ」
ミツチヒメが思念石を太陽にかざした。
俺もその横から見る。
それはまるで琥珀のように黄色く、半透明に濁っている。唯の宝石で無い事は、中で何かが蠢いている事から分かる。
「売れるものですか? それとも何か力が?」
ミツチヒメは肩をすくめた。
「そんなに高くもないし、今の所有効活用できた例は無い」
「なんだー」
「わたくしの知る限りな。まあ、甲種退治の証明にはなる。取っておけ」
ミツチヒメが、俺の掌にそれを乗せた。
今だ暖かく、血に濡れている。
俺はそれをポケットに入れた。
そうだ。服も直さなきゃいけない。
応急処置はしてあるが、一部失われているので、同じ布地を手に入れるか、いっそ新調しないとだ。
二人でアグイラに歩いて帰る途中、アグイラの先遣隊と鉢合わせした。
総勢二十名ほどで、悲壮な決意を全身にみなぎらせて行軍していたのだ。
彼らは、俺が甲種をやっつけたといっても容易には信じなかった。
部隊の魔術師が思念石を確認して、ようやく安堵の空気が流れたのだった。
その後、一帯の捜索が行われたが、生存者はいなかったと言う。
2019/9/18 段落など修正。




