1-D100-16 マリヴェラ覚悟中
昼時となったので、近くのレストランで食事をする事にした。
志願兵達は店の表のバルに陣取り、俺達は中に入った。
店の壁は白い漆喰で塗られ、木造部分も白く塗られている。
奥にあるキッチンでは、シェフらが忙しそうにしている。
「ここ、シーフードがおいしいのよ。アグイラ自体は貿易兼軍港だから、食材は近くの港から運ばれてくるの」
ここでルチアナが苦笑いした。
「ってあら、珍しい方々がいらっしゃるわ」
奥のテーブルにいる二人連れのうち一人が、ルチアナに気づいて手を振った。
一人はピンクの髪を高く結い上げた十五歳位の女の子で、和風を基調とした奇抜な衣装を着ている。
もう一人は、ひょろっとした中年のオジサンだ。
まるで地元の職人と言った出で立ちだが、大きな剣を手元に立てかけてある。
「ああ、ルチアナ。丁度いい。こっちだ」
オジサンが手招いた。
「師匠……に、魔王様」
ルチアナが挨拶した。
魔王と呼ばれた少女が、ワインのグラスを片手にぞんざいに尋ねた。
「公爵の所の小娘ではないか。公爵が里帰りすると聞いたが?」
ルチアナがいささか硬い表情で答えた。
「旦那様は護衛の任務で、里帰りは奥方様のみと承っております」
「であるか。……ん? そこにいるのはミツチヒメか?」
魔王が目を丸くして、次いでニヤニヤと笑い始めた。
「ほほう。百年見ない間に随分ちまっこくなったものだな」
ミツチヒメは苦虫を噛み潰したような表情で横を向いた。
「うるさいわ」
「噂は聞いたぞ。男は選ぶべきだったな。油断しすぎだ、うつけ者め」
魔王はミツチヒメを自分の隣の椅子に誘った。
「まあ坐れ」
「ちっ」
ルチアナが双方を紹介した。
魔王は単に魔王様と呼ばれていると言う。
年齢も本当の名前も知られていない。
居城など持たず流浪しているが、襲ってくる者共はことごとく返り討ちにしていると言う。
もう一人のオジサンは、ルチアナに剣の手ほどきをしている師匠で、実はこのアグイラと言う都市の守護神である。
俺はもう、なんと言ったら分からない。冗談でしょ?
そんな凄いのが、町のレストランでピザ頬張っているのかよ。
ただ、魔王は俺たちには余り興味なさげに杯をあおっている。
全員席についた所で、店員が注文を取りに来て、ルチアナがそれに対応した。
こういう時に場数をこなした彼女がいてくれるのは感謝するしかない。
魔王がミツチヒメにじゃれつき始めた。
結界を張っているらしく、会話の内容は俺にも聞こえない。
ルチアナが守護神に頭を下げた。
「師匠、申し訳ございません、暫く此処を離れる事になりそうなので、昨日の夜ご挨拶に伺ったのですが……」
守護神が軽く片手を上げた。
「ああ、昨日はちょっと家を空けていてね。すまなかった。……長くなりそうなのか?」
「いえ、予定では、順調なら十一月中には戻るとの事です」
「まあそうか。北行船団はそんなもんか。昔に比べると格段に早くなったもんだが。いやね、ポントスの動向もあるし、寂しくてね」
ここで、魔王が顔を突っ込んできた。
「そうだな、予も公爵の船に乗せてもらおうか。どうだ?」
ルチアナは一瞬、それが冗談なのか計りかねたように逡巡したが、
「畏まりました。旦那様に申し伝えます」
と答えた。
「頼むぞ」
守護神が困惑した様子で言う。
「あーあ、皆逃げてしまうのですか」
「そうだな。帝国が来ると面倒だし、もうここに半年も居たから、飽きた」
あっはっは、と魔王が大口あけて笑った。
ワインとミルクがやってきた。
サラダとイワシのマリネも到着し、シーフードピザとベーコンのピザが焼きあがった。
さあ、食事の時間だ。
既に少し酔っていた守護神のオジサンが、ルチアナに文句を言っている。
「ポントスが次に侵攻して来るのはココ、と言うので、有力者は早くも逃げる算段を始めてるんだ。まさか公爵殿や魔王様までとはねえ」
「いえ、旦那様は護衛の任務を仰せつかっただけで……」
「えええぇぇ? 本当にぃ?」
……どうやらルチアナの絡み酒は師匠譲りか。
そう思っていると俺に飛び火した。
「そうだ、マリヴェラ君、キミ、ここの守護神やってみない?」
「ええっ?」
「食事代は全部街が持ってくれるし、住処費もタダだから!」
おいおい、そんなに簡単に替われるものかよ!
ルチアナが何とかたしなめた。
ルチアナも大変ね。
普段のストレスのせいで反動が出ちゃうのかな?
テーブルの端では、ミツチヒメと魔王が、再びサイレントモードでなにやら話をしている。
時折二人とも悪い顔になっている気がするので、見ない振りをした方がいいだろう。
結局、無難にユキの相手をする事にした。
と思ったがぎょっとした。
ユキの顔と耳が赤い。
目が据わっている。
手にはワインのグラスが。
横でクーコが心配そうな顔をしている。
「あの? おユキさん? お酒飲めるのですか?」
「たまにお神酒をいただいていました」
「いやそうじゃなくて」
「だいじょうぶっれす」
ろれつが回っていない気がするが?
ミツチヒメがその様子に気づいて呆れて言った。
「神職が普段酒を飲むことなどある訳が無いだろう」
そうですよね? そりゃそうです。御尤もです。
「でも……うg」
まあ、酒に逃げたくなるのも分かるけどさ。
色々有ったし、これからもつらい事ばかりだろう。
でも酔いの果てに答えは無い。
俺はユキの頭をなでて、「なおす」である程度アルコールを抜いてやった。
「とりあえず、飲むより食えって」
「ごめんなさい」
食事が終わった。
魔王と守護神はまだ帰らないと言うので、俺たちは先にお暇する事にした。
――――――――――――
レストランを出て早々にミツチヒメがのたまった。
「さて、マリヴェラ。行きたい店があるのだが、いいか?」
満を持して、という風な顔だ。
いいか? なんて言ってるけど、それは「反対する奴がいたらブち殺すが、いいか?」という意味だ。
俺も学んだのだ。
レストランの裏通りの直ぐそばに、その店はあった。
一見地味だが、店構えが大きい。
此処は、反物や和服を商う店であった。
ミツチヒメのお召し物を購入するのだ。
ただ、入ろうとしたらお店の人に、
「申し訳ありませんが、一見様は……」
と言われて止められた。
だがそこで引き下がっては嵐を呼ぶことになる。
「そこで、魔王様に言われてきたのだけれど?」
と答えたら、
「それでしたら……」
と直ぐに態度が変わった。
すごいな魔王様、本当に大物なんだな。
中に入ると、店の奥に向かって衣桁が列をなしていて、仮縫いされた服が沢山掛けられていた。
全て、和服・呉服と呼ばれる日本の服の類だ。
これには、ミツチヒメも「ほう……」と驚嘆の声を上げたものだ。
良く見ると、小説の資料に有ったような、様々な時代の特徴を備えた様式の服がある。
ミツチヒメの好みはかなり古い時代のモノと思われる。
彼女が今着ている小袖も、桃山時代から江戸時代初期の様式に見える。
今の和服とは違い、帯が細く、全体的に緩やかなつくりだ。
ミツチヒメはそういうデザインの服を置いているエリアでうろうろしている。
お店と言うよりも殆ど博物館なのだが、この世界ではそれぞれに需要があるという事だろう。
店員に聞く所によると、反物から仕立て上げる場合、予約が入っている為一ヶ月以上掛かるらしい。
「一ヶ月か……」
それを聞いて肩を落としたのはむろんミツチヒメだ。
仮縫いではなく、仕立ててある物を買おうかどうか、悩んでいる。
ふっふっふ。やっぱりな。
想定内、と言うか予定通り。
どうしても「言霊」の「つくる」が要る。
「知る」「なおす」もそうだけど、「つくる」も極めるとかなりとんでもない事になるのは秘密だ。
「つくる」は、当然材料がなければつくれない。
幾つも同時につくる事はできない。
「なおす」と同様、目の前で作業する事になる。
後の話になるが、「つくる」はモノをつくるだけに留まらない。
中々楽しみじゃないか。
俺は高らかに宣言した。
「じゃ、君たち、反物でもなんでもいいので、選んで頂戴」
ミツチヒメがくるりと振り返って俺を見た。
「何でも?お主、縫えるのか?」
「ふっふっふ。『言霊』『つくる』に不可能は有りません」
「そうか……『言霊』がのう。すまんな」
おや。
単に喜ぶかと思ったら、少しでも済まないと思っているみたいだ。
言霊のスロットを一つ消費すると知ったからか?
……いや、そんな事はない。
程なく、綸子、金箔置き、更紗と、特に上等な反物や仮縫いの小袖を抱えてきた。
その「すまんな」は、「めっちゃ高いモノを買ってもらって済まんな」の「すまんな」なんだな。
ユキにもクーコにも、気に入った物を選んでもらう。
ユウカも、一着だけでも良い物を持っていて良いだろう。
ただ、襦袢や帯などの小物はできているもので我慢していただく。
俺もささやかに自分の分をチョイスした。
金額がどれ程か、言うまでも無い。
「さて、あとは……」
ミツチヒメを満足させた今、身の回りの物、生活用品がいる。
ルチアナは疲れを見せず先頭を歩く。
荷物持ち部隊は結構ヘロヘロなのだが。
「ちょっと歩くわね。良いお店があるの……」
ふと、ルチアナが歩みを止めた。
……鐘の音?
「早鐘か?」
「火事かな?」
ルチアナが首を振った。
「火事の叩き方じゃないわね」
丁度、警備兵が数人、こちらに向かって来たので、ルチアナが何事か聞く事にした。
「すみません、グリーン家の者です。何がありましたか?」
汗だくの兵士の一人が立ち止まった。
「これはどうも。城壁から四キロほどの西の町で、甲種が出現する予兆、との事で、我々は城壁へ向かう所です」
「そんな近く!」
「閣下のお出ましをお願いする可能性もありそうですが、まだそれ以上の事は我々には何も」
兵士は敬礼をして去って行った。
「甲種って、あの?」
「話の通じない化け物が甲種。通じる化け物が乙種。化け物に近い人が丙種だ」
ミツチヒメが分かりやすく言った。
「ま、ピンキリだ。何がどの位の強さで現れるかは、その時々によるな」
周辺住民は既にざわつき始めている。
「予兆って、まだ出現していないって事ですよね?」
「直ぐという場合もある。いや、直ぐ出る見込みなのであろう。ユキ」
「はい」
「宿に戻り、ロジャースに伝えろ。状況によってはスパロー号で脱出せねばならん」
「そんなに……」
「ルチアナ、クーコ、ユキとユウカを頼む」
「畏まりました」
「お任せください」
「っていう事は……」
「わたくしとマリヴェラは西へ向かう」
ですよねー。
「マリさん」
ユキが俺を呼び止めた。
「やられちゃダメですよ?」
心配そうな顔ではなく、さわやかに笑いながらユキは言う。
俺は思わず微笑み返してしまった。
ああもう。
かわいいねえ。
「ま、なんとかします」
何とかしなきゃ男が廃る。
もっとも、何とかならなきゃ命が無いんだけど。
「よし、では行くぞ」
ミツチヒメが裾を摘まみながらパタパタと先に走り、まずは城壁へ向かう。
街の陸地側をぐるりと巡っている城壁は、高さ十メートル、厚みが二~三メートルもある。
幾つか設けられている城門には、城壁の外に住んでいる住民達が、我先にと中に入ろうとしていて大混雑だ。
城壁の上から見覚えのある顔が覗いた。
「やあ、来たね」
守護神のおじさんだ。
肩口から彼が背負っている大きな剣の柄が見える。
階段を上ると、魔王もいた。魔王は立って腕を組んだまま、城壁の外を睨んでいる。
「来ると思っていたよ。ルチアナは宿に戻ったね?」
「はい」
「それでいい」
「甲種、いるのですか?」
今の所、城門付近の騒がしさの他は、セミの声位しか聞こえない。
アグイラの周辺の地形は、木々の生い茂った小さな山が多く、遠くを見通すことはできない。
四キロ先、と言う事は、西に見える小さな山の峠を一つ越えた辺りか。
「山の向こうに、小さな漁港があってね、その辺りらしい」
守護神は厳しい表情のまま言った。
城壁の外で兵士が整列し、点呼を受けている。
その港へ向かうのだろうか?
どう見ても彼らは普通の兵士だ。
「守護神様や魔王様は行かれないのですか?」
俺は浮かんだ疑問を口にした。
この二人なら、いかに甲種が強いと言えども何とかなるのではないか?
守護神が口元をゆがめた。
「私はね、この街に縛られた存在なんだ。だから、甲種が一キロ位まで近
づけばやっつけられるけどね」
ミツチヒメが肩をすくめて言った。
「守護神殿がその甲種より強ければ、の話だがな。……そして、魔王殿は自分が直接襲われでもしない限り、動かない」
「そうなんですか?」
「そういう事になっているのだ。何せ、『魔王』だからな」
などと言われても、俺にはピンとこない。
魔王を見ると、相変わらず佇んで城壁の外を眺めている。
その表情からは何も読み取れない。
ミツチヒメは横目で魔王を見た。
「詳しくは言えないが、ま、そう言う事だ」
遠くの方から、巨大な太鼓が鳴ったような音が聞こえた。
あるいは、雷鳴か、先日聞いた砲撃の音にも似ている。
それを耳にした住民達がパニックになった。
「雷みたいですね」
「そうだな。雷獣系、か」
手びさしをして音のする方角を眺めていたミツチヒメが呟く。
「運がいい。お主なら何とかなるかもしれん」
「本当ですか?私、風系は苦手ですよ?」
しばしの沈黙の後。
「今のわたくしよりは遥かに見込みがある。
わたくしは、こういう時、全てを助けられるとは思ってはいない。
だが、力ある者として、手に届く場所にいる善良な弱き者は助けたい。
その思いを疑った事はない」
「……」
「お主もそうだろう? わたくしは、それも疑わない」
俺はため息をついた。
そんな事を言われたら行くしかないじゃないか。
ミツチヒメが俺の肩をポンと叩いた。
「恐れるな。お主なら出来る」
ミツチヒメは力強くそう言うと、仄かに青い光を発し始めた。
「先に行く。ついて来い」
俺は城壁から飛び降り、走った。
パニックに陥っていた住民達は、静まり返って空を仰いでいた。
ミツチヒメが変化した、空を登っていく美しい龍を見ていたのだ。
人はいつか、自分が何者になるかの覚悟をしなくてはいけません。
時には、別の自分になる覚悟も必要です。
2019/9/18 段落など修正。




