1-D100-14 ロジャース沈没中
美人エルフメイド登場回です。
少し後。
アグイラ政府が付けてくれた衛兵が入り口で敬礼をする中、俺たちは宿に帰り着いた。
そのまま、ロジャースの自室に共に行く。
俺は安堵の息を吐いた。
「やれやれでしたね。でも、この銃は儲けもんでしたねえ」
何故かロジャースは些か怒っていた。
「マリさん。なんですかさっきのあれは。悪趣味すぎます」
「え? そうですか?」
さっきの「アレ」とは、ブレイクへの「アレ」だ。
「半冥化」した手で、ブレイクの臓器を撫でまわしたり目ン玉摘んだりしたアレだ。
あんなの俺はされたくないし、ブレイクだってそうだろう。
泣いてたもんな。
ただの嫌がらせだけではなく、実験と称した甲斐もあった。
「憑依」しなくても、あそこまで相手を支配できたなら、ほんの少しだが「知る」でその記憶を見る事ができると判った。
脳みそを直接触るのはいい気分ではなかったけどな。
ブレイクが情報の入手について喋った事は本当だった。
彼らは、ポントスの手先ではない。
誰かが不用意に喋ったのを子分が聞いたのだ。
しかし、スパロー号の者が、言うか?普通。
「申し訳有りませんが、その件は私からきつく申し渡します」
とロジャースは言うが。
今後に向けての不安要素ではある。
そのロジャースが続けた。
「マリさん、拷問……いえ、実験途中、もしかして、彼を治療したりしていませんでしたか?」
おおぅ……。鋭い。
結石を発見したんで、除去した上で損傷をちょいちょい、とね。
「全く、襲ってきた者に慈悲をかけるとは……。いや、海軍でもそういう情けはありますがね……」
「すみません。……ま、なんにせよもう近寄ってはこないんじゃないですか?」
「だといいですが」
とりあえず、俺たちは明日以降の予定を検討した。
先ずは買い物だ。
明日朝の護衛の到着を待って、女性陣に必要なものを色々買い込むのだ。
玉手箱の中身を鑑定したり、挨拶回りもしなければならない。
艦の方も、補給物資を買い入れ、積み込まないといけない。
それも四日後までにだ。時間がない。
グリーンからの書簡を読んでいたロジャースが懐中時計を見た。
「ああ、もう時間です。大広間に向かいましょう」
廊下に出ると、乗組員達がぞろぞろと大広間に向かっていた。
浴衣半分、水兵服半分だ。
この時間から酒臭い者もいる。
大広間では、既にミツチヒメと姉弟が上座に控えていた。
俺はクーコとネルソンの間に坐った。
時間になり、ロジャースがポンポンと手を叩いた。
「よし、全員聞くように。
……知っての通り、王都は陥落した。
この街にも既に聞こえている。
国王陛下もお隠れあそばされた可能性が高い。
やはり敵はヴェネロ共和国。
つまりポントスだ」
水兵たちの間からうめき声が上がった。
ロジャースが淡々と続ける。
「ひとまず、我々はホーブロ王国に居るサツキ様、
つまり国王陛下の妹君を頼る事となる。
四日後、アグイラの商業船団とともに北へ向かう。
従って……。此処に残りたい者やワクワクに戻りたい者は、
遠慮なく私や士官に申し出るがいい」
今度は、どよめきが起こった。
不安そうにしている者、明らかにほっとした者、憤りを隠さない者、それぞれだ。
「同じく知っての通り、ポントスは旧支配階級以外には
害をなさないと思われる。尚、これは姫様とユキ様、
ユウカ様のご提案でもある」
ロジャースがユキに頷いて見せ、ユキがそれに応えた。
「はい、そうです。ご家族は大事にして下さい。
ホーブロ行きは、見通しが難しい決断です。
皆さまについてきて下さいとは軽々しく申し上げられません」
ロジャースが後を継いだ。
「言った通り、引き上げた財宝の分配もある。
帰って商売する元手にはなるだろう。
ワクワク王国としてやれる事は、
現時点ではもう余り無いからな」
乗組員は、仲のいいグループ等で話し合いをし始めている。
「そういう訳で、各々考えてくれ。
ただ、即刻帰国して、その大金を持ち込めるかは、
まだちょっと分からないので、情報収集はするように。
我々でもしておく」
以上で解散となった。
ミツチヒメは終始腕を組んで坐ったままだった。
大広間では食事は出されなかった。20:00に当直が替わるので、既に食事をしている者、この後食事をする者、それぞれだったからだ。
ミツチヒメや姉弟も、既に食事を済ませてある。
お開きの後大広間を出ると、ロジャースが俺に、くいっと杯を傾ける仕草をした。
「行きますか?」
「ああ、いいですね」
丁度当直から戻ってきた暮井に、正装からシャツとズボン姿になったロジャースは幾つか指示を出した。
そして俺とロジャースは盛り場へと繰り出したのだった。
夜のアグイラは、意外に明るい。
どの店先にも魔法の明かりが灯っているし、街灯もある。
元の世界の電灯ほどの明るさではないのだが、それが逆に情緒を醸し出している気がする。
メインストリートには飲み屋や食事処が多く、その裏には色町がある。
流石に裏には行かず、ロジャースはこじんまりした店の前で止まると、少し考えてからそこに入っていった。
「へいいらっしゃい! 二名様で?」
「ああ」
その飲み屋の若い店員に答えたロジャースだったが、不意に硬直し、「すまん、また来る」といいつつ外に逃げ始めた。
「こらこら、ウィールー君。逃げるんじゃないー!」
と言う声がして、店の中から伸びてきた手がロジャースの首根っこを掴んで引きずり込んだ。
手の持ち主を見ると、体の線を強調する露出の多い服を着た、金髪の別嬪だ。
うん? 金髪?
「ほらほら、彼女も入った入った!」
と、唖然としていた俺も手招きされる。
テーブル席のその別嬪の隣へ引っ張り込まれて、数秒もしないうちにお酒や食べ物が並んだ。
「きっと、ここに来ると思ったんだよねえー。はっはー、大正解。ささ、食べてのんで。今日はロジャース艦長様の奢りなんだから」
ロジャースは、姿勢をピンと伸ばして目を伏せている。
自分に平静で居るように言い聞かせているようだ。
その別嬪がにっこり笑って挨拶してきた。
「先ほどはどうも」
先ほど? 金髪? え? そういや緑のメッシュが??
「あ、もしかしてルチアナさん?」
「あら、今頃分かったの? ウィルの元カノのルチアナちゃんでーす!」
とジョッキ片手にバンザイをした。
すでに出来上がっているようで、やたら御機嫌の体である。
思わずロジャースを見た。
こめかみがぴくぴくしているが、姿勢は崩していない。想定の範囲内らしい。
しかしまあ。
クールビューティなエルフメイドだと思ったら……。
まるで別人だ。
しかも早々に元カノ宣言とは面白過ぎる。
ルチアナは俺の髪や体をいじり始めた。
「ふんふん、確かに神族みたいね。お肌綺麗ー。それにひんやりして気持ちいいわ」
まるで何処かの誰かさんのような傍若無人っぷりだ。
「こら、ルーシ、やめないか」
ロジャースが言うが、
「減るもんじゃないし。いいじゃない、ねえ?」
ルチアナは俺に抱きついて、頬をペロンと一嘗めした。
「うひっ」
「ん、でも確かにウィルの愛人じゃないのかしらね。ある意味残念だわ」
……どういう意味である意味なんだか?
「彼女、マリヴェラって言ったわね」
「はあ」
「じゃあマリちゃんって呼ぶわ。うふ」
そう言っている間にも、ルチアナはジョッキの中身を減らし、お替りする。
「ねえマリちゃん、乙種転生者って本当?」
俺はどう答えたものか、目でロジャースに助けを求める。
「そうだよ。ルーシ。私の彼女や愛人なんかではなくて、いわば同志なんだ」
「えへへ」
なぜかルチアナが喜んでいる。
「じゃあマリちゃん、フリーならあたしと付き合わない? 最近全然いい男居なくってさあ」
ロジャースは飲み掛けたお酒を「ブフォ」と噴き出した。
そうこうする間にも、身体中がまさぐられて、心臓も無いのにどっきどきが止まらない。
ああもう、自分の乳房でさえまだ慣れていないのに、そんなに押し付けないで……。
ああああ、そこはダメ……。
俺が金魚みたいに口をパクパクさせていると、
「冗談よー。ちょっとだけ本気だけど。やっぱり、マリちゃんの中の人は男の子ねえ」
「男の子、というかおっさんですが……」
「ハイエルフの寿命ってご存知?」
ぎゃふんである。
「バb……っ!」
ロジャースが何か言いかけて、テーブルの下で蹴りを食らった模様だ。
この人もお約束は外さないんだなあ。
ま、なんというか、俺の中のエルフへの幻想は粉々だ。
「転生って、結構ランダム要素が強いって言うけれど、どうしてこうなったのかしら? あら、髪の毛、布の切れ端で結んでいるの? 変なの」
ルチアナはまだ俺の髪の毛を弄っている。
転生にランダム要素が強いというのは当たっている。
サイコロだもん。
「そういえば、ルチアナさん」
「ルーシって呼んで」
「……ルーシさん、転生者って多いのですか?」
「あら、ウィルは教えてくれなかった?」
「色々忙しすぎて詳しくは……」
「ふうん、まあいいわ。そんなに居ないわよ。
アグイラ領だけで年十数人かしら。
もっとも、それは生き残った人の数で、
転生即エンドは相当多いらしいけれど」
そっか、人間に転生したはいいものの、門が海の上だったりすると……。
「ま、どのみち乙種は珍しいわね。属性値高いのかしら?」
俺はちょっとだけ話を逸らした。
「高いと強さに直結すると思っていいのですか?」
ルチアナは少し落ち着いたのか、頬杖を付いて「んー」と考えている。
「そう、とも限らないけど、当然低いよりは高い方がいいわ」
「ルーシはどうなんです? 強いんですか?」
「……強さ、かあ。旦那様や奥方様に比べたらまだまだよねえ。それに、自分で言うのもなんだけど、あたし、エルフの中では地味で特徴が無いし」
なんかの冗談かと思ったら、ロジャースまで頷いている。
「何か一つに秀でていて、それを上手く使えれば、そうそう負けないとは言えるかな。そうだ!」
肩をガッと掴まれた。
「お金持っているんでしょ? 噂になっているわよ? 明日お買い物に行きましょう。みんな、着の身着のままなんでしょうし」
ロジャースが何かを言おうとしたが、さっと手で制して、
「ウィル、あんたは自分の仕事があるでしょ? いつもマリちゃんと居る訳に行かないじゃない」
ルチアナがロジャースにドヤ顔を見せた。
「どの道あたし、旦那様から、明日の朝より君たちを護衛するように仰せつかっていますので、よ・ろ・し・くぅ」
ロジャースが頭を抱えた。
ドタバタ係が一人追加である。
とは言え、ここにいられる時間は少ない。
ロジャースにはやらなければいけない事が山ほどある。
アグイラにいるワクワク関係者との連絡、スパロー号乗務員の世話、出航の準備。
俺としても、案内係がいてくれるととても助かる。それはユキたちにしてもそうだ。
「明日はどの道買い物予定だったから、助かります」
「でしょー?」
「でも、お屋敷の仕事は?」
ああ、とルチアナが笑う。
「それは大丈夫。あたし一人いなくても。出港の荷造りも特にする事ないし」
「そうなんだ」
「まあお姉さんに任せなさいって!」
ロジャースは涙目で刺身をつついているが、護衛兼任なのだからありがたい話じゃないですか。
ねえ?
2019/7/31 ナンバリング追加。本文微修正。
2019/9/18 段落等修正。




