1-D100-13 マリヴェラ実験中
美人エルフメイド登場回です。
人気の少ない道を更に歩くと、目当ての屋敷の門にたどり着いた。
聳える壁も、どっしりした屋敷自体も石造りだ。
敷地はアグイラの地理的条件の為にとても狭いので、まるで丘の上にある砦のような雰囲気である。
ロジャースが呼び鈴を鳴らすと、警備の兵士がやって来た。
その兵士もロジャースとは顔見知りらしい。
二人は笑顔で会話を交わしている。
屋敷の方から背の高い、切れ長の目をした美人のメイドが出迎えに来た。
「ようこそおいでくださいました、ロジャース様。マリヴェラ様は初めてでいらっしゃいますね。私は当館のメイド長、ルチアナと申します」
抜けるような白い肌に長い金髪。
軽く緑色のメッシュがかかっている。
しかし人間離れしている。
俺もお人形系だが、彼女も正に「お人形のよう」という表現がぴったりだ。
すらりとしたシルエットだが、彼女は着やせするタイプだ。
俺の「マリヴェラアイ」はごまかせない。
ここの主はエルフだという。
ならば彼女もエルフなのだろう。
よく見ると耳の先が少しとんがっている。
この世界では、エルフの耳は余り長くないのだ。
なお、「知る」はあっさりレジストされた。
ルチアナは無表情であるが、何故かチラリとロジャースを見てから、緑の瞳で一瞬俺を睨んだ。
建物の中に招き入れられると、応接室へ通された。
使用人はこのルチアナだけだろうか。がらんとして余り人気が無い。
「どうぞお待ちください」
ルチアナはそう言うと、一旦下がって行って、直ぐにお茶を持ってきた。
そしてまた怒った顔でロジャースを見る。
ロジャースは目を伏せている。
ははん。
なるほど。
「お知り合い」ですかな?
ルチアナが下がると今度はやはり背が高い男性が入ってきた。
ロジャースを見ると、
「心配したぞ、ウィル。此処を発った日にちからして、大丈夫だとは思っていたが。迂回してきたな?」
と言って両手を広げた。
金髪は短めに切りそろえられている。
肌が若干浅黒いのは、日焼けだろうか。
見た目からは、エルフだと言われてもちょっと判別できない。
声からすると、多分本人は笑っているつもりなのだろうが、表情はほぼ変わっていない。
ロジャースは立ち上がり一礼する。
俺もそれに習う。
「ご心配おかけしました。グリーン様。ついこの間立ち寄ったのがもう遠い夢のようです」
「そうだな。うちにも情報は届いてきている。国王もさぞや無念であったろう。詳しい情報はどうだ?持っているのか?」
「いえ、まだ何も」
全員ソファに坐った。
「後で報告書の抄録を渡そう。……変わった事は書いては居ないがな。何もな」
「有難うございます」
グリーンがふと俺の方を見た。
サファイアのような青く硬い視線が突き刺してくる。
「ふむ、ウィルがさっき寄越してきた使者が言っていた乙種とは、君の事か。なるほど」
「はい、マリヴェラと申します」
「マリヴェラ、か。確か、向こうの言葉で『マリ』は海、ヴェラは『帆』の意だったかな」
と、グリーンは独り頷いた。
「宜しい。マリヴェラよ。ウィルフレド・ロジャースの事、よろしく助けてやってくれ。頼むぞ」
「はい」
「ウィル。ユウカ王子とユキ王女、ミツチヒメ殿も脱出して共に入国手続きを済まされたとか。確かか」
「はい。いずれもこのマリヴェラ殿にお助けいただきました」
「ほう?」
グリーンが、俺を、次いでロジャースを見た。
「なるほど。それは幸いだった。しかし将はお前だ。王子と王女を導くのはお前なのだ。それは運命だろう」
「はい」
ロジャースの手がピクリと震えた。
緊張か。それとも武者震いか。
なんとなく分かった事がある。
意識的なのか無意識なのかは分からないが、ロジャースの佇まいや仕草は、グリーンに似ているのだ。
血はつながっていないとはいえ親子だからか。
「この後どうする?」
「は。ユキ様のご意向では、ホーブロにいらっしゃるサツキ様を頼るとの事です」
「そうか。それ以外にあるまいな。所で昨夜、ワクワク海軍のクライン艦隊が南の錨地に到着したぞ。知っているか?」
「はあ」
とロジャースが苦い顔をした。
「我々は北の錨地からでしたので見えませんでしたが、
港湾局の知人が教えてくれました。
彼らはホーブロからの帰りだったのですが……今の所、
こちらにコンタクトはありません」
ふん、とグリーンが鼻を鳴らした。
「無い? ユキ王女らがいらっしゃるのに? どういう事かな。使者は遣ったろう?」
「はい。所が彼らは上陸申請もしておらず、補給だけしたものの、艦に篭ったままだと言うのです。使者は会えずじまいでした」
グリーンは首を振った。
「良く分からないが、まるで当てにならないか。ならばいい考えがある」
「良い考えとは?」
「フォールスへの定期輸送船団が四日後に出る。私が船団の護衛を指揮する事になっているのだが、一緒に来るといい。スパロー号で護衛任務の契約を受けるのだ」
「なるほど……」
ここで、なんのこっちゃという顔をしていた俺にロジャースが気付いた。
「ああ、マリさん。フォールスという国はご存知ですよね?」
「はい。エルフの王国ですよね。ファーネ大陸北岸の」
「そうです。彼の地は寒冷な為に塩の生産が少なく、
必要量に足りません。そこで、塩の生産が多いアグイラから
年に何度か商業船団が送られるのです。
帰りには、塩漬けの魚や麦、木材、フォールスの魔法道具、
カッパーフェクツの金属製品等を仕入れて戻ります。
もちろんそれらはアグイラのみで消費するだけではなく、
場合によっては南のフォルカーサまで運ばれる場合もあります」
つまり、元の世界にもあった様な南北交易はこの世界にも普通に有るってことだ。
当然だよな。
この場合、距離と規模・交易品の内訳からして、地中海やイベリア半島と、北欧諸国間でのそれと似ているかな。
グリーンが頷いた。
「そう。それに、今回は行き場を失ったワクワク船籍にも声をかけている。マリヴェラ、その意味、分かるか?」
「えっ?」
どうなんだろう。
考え込んでいると、俺の代わりにロジャースが答えた。
「邪魔だからですよ。場所的にも、政治的にも」
「政治?」
「アグイラも一枚岩ではないのです。親ポントス派と、反ポントス派と二つに分かれています。ちなみにグリーン様は後者に属しておられます」
ふ、とグリーンが鼻で笑った。
「そもそも、単にいがみ合う二つの派閥がそうなっただけの事。
たったそれだけの理由なのだよ。本質的には、
親ポントスでも反ポントスでも彼らにはどうでもいいのだ。
国がどうなろうとな」
「そこまでこじれていますか」
「ああ。だから今回、カタリナを国に戻す事にした。
ここも長くはない。ポントスは、ワクワク攻略に
一年以上準備したが、ここへはもっと速く来るかも知れん。
残念だが」
酷い話である。
政治的にワクワクの船が邪魔だというのは、ポントスの顔色をうかがう連中がそれだけの発言力を持っているという事なのだろう。
それにしても、グリーンというおっさんは、ロジャースはともかく、初対面の俺の前でえらい事をお気楽にしゃべっているな。
そう言うのって機密じゃないのかな。
客将という比較的気楽な立場だからなのかね?
その時、ドアがノックされた。
グリーンがそちらに首をめぐらせて言った。
「カタリナか。お入り」
古くて重そうな木の扉を開けて入ってきたのは、エルフメイドと同じように綺麗な金髪の女性だ。
「まあ、ウィル、久しぶりね。この間は会えなかったものね」
カタリナ、と呼ばれたと言う事は、グリーンの奥さんなんだろう。
いかにも貴族といった贅沢な装いをしている。
さっきのメイドにも劣らない美貌なのだが、エルフって事は一体何歳なのやら……。
ロジャースが立ち上がってカタリナの手にキスをした。
「ご健勝で何よりです、奥様」
おっと! ロジャースのような挨拶は俺には無理だ。
無難に頭を下げる。
「こんにちは」
カタリナが目尻を下げる。
「あら、新しいウィルの彼女? さっきルチアナが不機嫌だったのはそのせいね」
ロジャースが狼狽した。
「え、いや、それは……」
「分かっているわよ。どんな乙種のお嬢さんかと思ったら、想像より可愛いので驚いたわ」
カタリナは、取り出した扇で口元を隠しつつそう言って笑った。
ああ、イヤですよロジャースさん。
こっち見ないで。
ここでの弄られ役はアナタ。
「しかし」
と、扇をひらひらさせながらカタリナは続ける。
「あのミツチヒメがこうも簡単に攻略されるとは思っていなかったわね」
「ああ、そうだな」
「ウィルがワクワクのフロール王妃に一目惚れしてワクワクに残ると言いだした時より意外だわ」
ぅっゎぁ。すげえなカタリナさん。
開いた口がふさがらないや。
「王妃、今頃どうしているのかしらね。知らせを聞いたら悲しむわ」
ふむ。
フロール王妃、つまり恐らくユキの母親か?
ワクワクにはいなかったんだな。
ユキの記憶を見てしまった時に、その辺の事情までは見てないんだよね。
ロジャースが顔を伏せた。
「私には……分かりません」
そうこうして、俺たちは辞去する事になった。
貴族の習慣としては、本来ならユキやユウカは共々夕食に招待されてしかるべきだったらしいが、なにせ時間が無い。
グリーン一家も引越しなのだ。
それも四日後にだ。
もっとも、屋敷の雰囲気を見る限りではそんな感じでもないのだが。
グリーンが別れ際にロジャースに言った。
「では、出港前の会議で会おう」
「はい」
「それまで、ご姉弟に護衛をつける。いいな?」
「は、護衛……、ですか」
「そうだ。ポントスを甘く見るな。明日の朝、宿に向かわせる。お前も気をつけろ」
「はい。有難うございます」
グリーンが最後に一つ、ポンとロジャースの腕を叩いた。
――――――――――――
午後の西日の中、来た道を引き返し始めたが、ロジャースは浮かない顔をしていた。
「ロジャースさん」
「……何も言わないでください。身から出た錆とはよく言ったものではありますが」
「わかりました」
俺も基本的にはプライベートには突っこまない主義だ。
あの別嬪のエルフメイドと過去に何があったのか、気にはなるけどな。
二人は無言で歩いた。
もう少しで本通りという所で、人影がバラバラと俺たちの前後を遮った。
ロジャースが舌打ちをして腰の剣に手を掛けた。
人影は柄の悪そうな男達だった。
地元のゴロツキ一家といった感じだ。
「ポントス……ではないですよね?」
俺はロジャースに言ったつもりだったが、相手のリーダーっぽい強面の大男が反応した。
「知る」によると、ブレイクと言う名だ。
「んなわけねえだろ! まあ、お宝を頂戴した後にポントスに引き渡してもいいがな」
ブレイクは棍棒を俺たちに向けて突き出し、威嚇している。
ニヤニヤしながら棍棒の先をくるくる回し、俺に言う。
「もちろん、お楽しみの後でな」
大層な事を言っているが、なんだろう?
簡単に俺たちをどうにかできるような口ぶりだ。
ロジャースもおかしいと思っているようで、首をかしげている。
「お宝とか言っているが、何のことか分からない。私はワクワク国海軍スパロー号艦長、ロジャースだ」
「そぉのロジャース様だ! そしてそこのマグロ女!
お前がお宝を手に入れたのは分かっているんだ。
命は助けてやるから大人しく人質になりな!」
「マグロ……」
「あっ、ちょ、マリさん、殺してはダメですよ!」
ロジャースが慌てて俺の腕を掴んだ。
ゴロツキ達がざわめいた。
舐められたと見たのか、殺気を感じたのか。
ハッと俺は我に帰った。
危ない危ない。
オレサマが出てきて暴れる所だった。
「ああ、すみません。大丈夫です」
ブレイクが痺れを切らせた。
「クソ、舐めやがって。おい」
合図に応じて何人かが何かを取り出した。
銃だ。
銃と言っても、元の世界のピストルなどではない。
火打石の代わりに小さな魔法道具を組み込んだ短筒だ。
と言っても、古いと言いたい訳ではなく、それなりに進化もしているようだった。
「へっへっへ。珍しいだろ。高かったんだぜ?
しかもただの銃じゃねえ。
魔法効果付き、二属性付与済みの、
極上対精霊・妖魔撃滅銃ってやつだ」
へえ、なるほど。
そりゃすげえな。
欲しい。
「ち、まだわからねえか。これで神族を倒せるとは思っていねえが、艦長様も無事ではいられねえんだぜ?」
「おー、なるほど。そうかもしれないね」
でも彼らはわかっていない。
もう終わっているのだ。
そもそも、俺は彼らがここで待ち伏せしていたのも分かっていたし、銃を持っているのも知っていた。
夕日に紛れていたものの、何となく周囲がキラキラ光っているのに気付いていなかったのかい?
情報が欲しかったのもあるが、何か他に奥の手があるのかと思って様子を見ていたのだが、どうも本当にただのゴロツキ一家らしい。
残念だ。
「ロジャースさん、どうしましょ?」
「衛兵に引き渡すのも面倒ですね。適当にお願いします」
「アイアイサー」
ブレイクがぶち切れた。
「やれ!」
……と、掛け声はいい勢いだったものの、何も起こらない。
俺が全ての銃を壊しておいたからだ。火打石の所をちょいちょいっとね。
いやいや、舐めるなよ、ってのはこっちの台詞だ。
粋がって踊っているそこは俺の掌の上なんだよな。
どう料理する?
ラミア同様眠らせるか。
いや、こういうのはどうだ?
地面をつま先でトントン、と叩くと、彼らの足元が池と化した。
当然、水音を立てて膝まで浸かる。
地面を「水化」したのだ。
もう一度トントンと叩き、「水化」を解除した。池が消えた。
皆さん、地面とご結婚おめでとうございます。
「固」属性もあれば、コンクリートの様に固められるのだけど、十分だ。
ロジャースが剣を突きつけて彼らを武装解除している。
もう悪態をつくでもなく、大人しくなった。
「ねえ、どうして私をどうにかできると思ってたのです?」
と、俺は一番近くの男の肩に手を置き、優しく尋ねた。
そいつは他の連中と顔を見合わせた。
「いや、だって、なあ」
「強いなんて話は、なあ」
「金の雨を降らせるとか、なあ?」
「艦長の愛人とか、なあ?」
「ミツチヒメの下僕とか、なあ?」
「マグロ女とか、なあ?」
「はあ?なんだよちょっと、今マグロとか言ったの、誰だ? ミンチにしてやるから手を上げろ!」
なんだかもう散々である。
アグイラ到着後、早速街に繰り出したスパロー号の誰かが、俺の事を面白おかしく喋ったのだろう。
こいつらはお宝の事すら知っていた。
情報漏えいは立派な軍規違反だ。
ロジャースも苦りきった顔をしている。
「ロジャースさん」
「わかっています、マリさん」
ロジャースがブレイクの前に立ちはだかった。
「お前は……その刺青、口入れ屋の絣屋一家の者だな?」
ブレイクが顔をそらして唾を吐いた。
「かっ。貴族様は下々の事まで良くご存知で」
「私は別に貴族ではない」
「そうかよ」
「お前達に我々のことを吹聴したのはどんな奴だ?」
ブレイクがニヤリとした。
「あんたの所の水兵が、この街の知人か誰かに喋っているのを、
ウチの者が聞いただけだ。
どうもあっさり国を取られるだけあって、
ゆるゆるだよな、はははっ」
精一杯の負け惜しみである。
なんとロジャースがこれにキレた。
手に提げていた剣を、いきなり突き出したのだ。
「わっ!」
避けようにも、ブレイクは両足が全く動かない。
なすすべなく彼が串刺しになろうとする瞬間……。
俺が手を伸ばしてその剣を掴んで止めましたとさ。
「ひっ」
「えっ」
「えっじゃないでしょ。ヒトの事言えないじゃない!」
「もっ、申し訳ない……」
ロジャースが慌てて剣を納めて鞘に仕舞った。
金属性の無効効果があるから、金属製の通常武器なら問題ない。
手をヒラヒラさせて、傷も無い事を見せた。
しかし、あのエルフメイドと顔を合わせてからこっち、ちょっと精神状態がまともじゃない。
まだまだ若いんだなあ。
と、ある意味安心した。
さて。
俺はブレイクに向き直った。
「ねえ、ブレイク君」
ブレイクが怪訝な顔をした。
「……なぜ俺の名前を知っていやがる?」
「顔に書いてあるからさ。では、さっきの話が本当かどうか、その身体に聞かせてもらうとしよう」
「はっ、拷問か? こんな路上で? 可愛い顔してとんでもない事言うな」
「……よく言う。こんな路上で鉄砲ぶっ放そうとしたのは何処のどいつだよ。ま、痛くはない筈だから、我慢してね☆」
ブレイクが息を呑んだ。
嫌な予感がしたのだろう。
当たりである。
俺の背中やわき腹から何本もの腕が生えてきて、ブレイクの口を塞ぎ、腕を掴んで動けなくした。
子分共ももうポカンと見ているだけである。
準備完了。
そして俺は空いている両手を半分冥化させ、ブレイクの腹腔にずぶりと突き入れた。
「うひぃっ」
では、これより人体実験を執り行います……。
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@KuromoriYou
です。今の所ここだけです。よろしくお願いします。
2019/9/5 段落など修正。




