外伝 八島七海5
重なる不運。とらは自分が貧乏神なのだと明かします。
八島は不運がトラのせいでは無いと強く否定しましたが、彼らを取り巻く状況はさらに悪化していきます。
更に日にちは経ち、しかし状況は急速に悪化していきました。
南の大陸フォルカーサ帝国が、ついに本格的な内戦ともいえる状態になってしまったのです。
皇帝と始めとする主流派と、宰相を頭に頂く宰相派とが衝突したのです。
本格的な戦闘には至っていないものの、小規模の小競り合いはすでに起こり始めており、両者の交流は既に絶えました。
見えない所での桎梏も、軋んだ音を上げ始めていました。
あの八島が受けた仕打ちも、当初の予想通り、その流れの中で起こった物だったのです。
八島の元へ、アグイラの港を縄張りとして幅を利かせている口入屋、霞屋一家の知りあい、イイダが情報を持ってきてくれました。
こすっからいイタチのような容貌のイイダは、マリヴェラには「詐欺師」とか言われておりましたが、
本当は船乗り堅気の気のいい男でした。
八島とは短い間でしたが、イイダの同僚ガルベス、ロイドと共に、スパロー号で同じ釜の飯を食った仲です。
イイダが机の向こうで八島に告げました。
「八島さん、とらさんの事、当局が感づいたかもしれませんぜ」
「……遂に、ですか」
イイダたちは八島のパートナーの事情をある程度知っていました。
勿論、知っていても誰かに言うなどと言う事はあり得ません。
「うちの若大将も心配しておられます。
先日、本国から監察官が到着していますし。
ここの連中も、間違いなくノルマは課されていましょうな」
「そうですか……。帝国も引き締めざるを得ないのでしょうね」
「ええ。乙者狩りもやっているようです。西の大陸にも部隊を派遣したって噂もあります」
「両勢力とも、本格的に衝突する前に戦力を搔き集めておきたいんですね」
「ねえ、八島さん。もしとらさんの事を考えなさるのでしたら、ここを出るべきです。
これはわっしの考えでもありますし、若大将の見立てでもあります」
「やはり……そうなりますか」
「もし宜しければ、ウチで船も船員も手配します。勿論足が付かないやつです」
八島はガタっと立ち上がり、イイダの手を取った。
「本当ですか! 何とお礼を言ったらいいか……」
「よしてください。仲間じゃないですか」
八島の目から涙が落ちました。彼らの友情に心を打たれました。
「お言葉に甘えさせていただきます」
「手順は追ってお知らせします」
「若大将はじめ皆さんによろしくお伝えください」
「では……」
――――
八島は荷づくりを始めました。
それとは別に、指定されたアグイラ郊外の小さな港へ、手元に残ったすべての荷を送る手配も済ませました。
最後の賭けです。
出航は二週間後。
直ぐに旅立てるほど身軽ではありません。
出資先に色々指示を与え、借金も奇麗にしておかないと問題が生じるでしょう。
それは八島にとって不本意なのでした。
そんな彼の元に、ニュースがもたらされました。
アグイラのある新聞社が発行した号外には、
「ロンドールのマリヴェラ帰還す」
と大きく書かれていたのです。
彼と行動を共にしたのはわずかな期間でしたが、八島は懐かしさでいっぱいになりました。
もう、あれから三年が経ちます。
とらが号外を横から覗きました。
「そんなに凄い方なんですか?」
号外には、ロンドールの主たるマリヴェラの、これまでの事跡が並べられています。
しかし八島は首をひねりました。
「うーん、そこまでは?」
とらは思わず笑ってしまいました。
そんなとらに八島は続けました。
「でもね、困難が有っても最後には上手くいってしまう、そんな存在かな。ここ二年行方不明だったけど。君と同じ神族さ」
「まあ、神族ですか」
「そうさ」
八島は決めました。
「よし、ロンドールに行ってみようよ。本当は、彼に『ロンドールに来ないか』って誘われてたんだ。乙種登録も、彼がいるならあそこでした方が絶対いいしね」
「でも、迷惑になりませんか?」
「それは大丈夫だと思う。第一、あそこは人間よりも乙種や亜人の方が多いんだし」
と、八島はわざと、論点のずれた回答をしました。
――――
早速八島はマリヴェラに向けて手紙を書きました。
内容な主は二点。
これからロンドールへと亡命する旨と、八島が「これからすること」についてアドバイスを請うものでした。
速達ではありますが、返事が戻って来る頃には八島たちはアグイラを離れているでしょう。
出航迄の二週間、八島の心中は焼け焦げるかと思う程焦れに焦れました。
いつ当局が踏み込んでくるのか分かりませんし、もう一つ、新聞が「マリヴェラは本当に帰還したのか」「偽物ではないか」などと報じ始めていたからです。
荷の積み込みも終わり、そしてようやく出航の時。
アグイラそばの小さな港から離れつつあるスループの上から、八島は自分の「都」となりつつあった国に惜別の情を感じていました。
船長は霞屋一家とかかわりの深い男で、八島とも顔見知りです。
乗組員も同様に、口の堅い身内同然でした。
船長が言うには、
「航路はいつもの航路を使います。潮の流れのまま北に向かい、大陸に突き当たったら西へ向かうのです。基本的に何処かに寄港する気はありません」
とのこと。
八島に異存などある筈もありません。
航海は当初順調でした。
船は予定通り北北西へ進み、次いで西に進みました。
このまま何処までも西に向かい、少し北へ進むとロンドールです。
それでも、何だかんだで3000キロメートルはあるのです。
季節は秋。
嵐がやって来ました。




