1-D100-10 マリヴェラ引揚中
海中は、嵐の後ではあるが、周囲に陸地が少ないせいか余り濁ってはいない。
朝日がきらきらと屈折して降り注ぐ。
その中を、スパロー号の影がゆらゆらと揺らめいている。
下を見ると、当然底など見えず、黒々と動きなど無いかのように静粛な海水が横たわっていて……。
そしてそこから巨大な生き物が無感情な目で俺を見つめて……。
いる。
いるよ。そこ。いるじゃん!
来てるじゃん!
朝食は俺だ!
サーペントはその大きさに見合わず、体を上手く使って俺めがけて突進してくる。
ええい!
水属性必殺「泡大量発生」!
俺はなるべくスパロー号から遠ざかり、サーペントをひきつける。
そしてスパロー号が異変を感じられるように、泡を吹き続ける。
口を開いたサーペントの突進をすれすれで避け、深みへ移動した。
どうやらスパロー号は展帆を始めた。
取り合えず作戦は成功。
向こうはもう大丈夫だろう。
そこへ誰かが海に飛び込んできた。
ミツチヒメだ。
「おー、やはりいたか。こんな所まで来るのはめずらしいな」
などと暢気にのたまっている。
「やはり、って、もしかして気付いていたのですか?」
「別に、食われるタマでもあるまい。お主は強い。ほれ、相手から目を離すな」
ああもう!
試してやがる。
なんだよアレ。
ニヤニヤ笑いが止まらないって顔をしてるよ。
サーペントは方向転換し、距離を図っている。
近づいて、パクっと行きたい所だろう。
その姿は、海蛇というより海竜のようだ。
長さはディレイラが予想していた程ではないが、意外と太さがある。
それでも、ヒレを上手く使い、繊細な動きを可能にしている。
俺は誘うように徐々に沈んだ。
サーペントは鞭打つような動きをすると、再び突進を掛けて来た。
迎え撃つ俺は……肉弾戦!
目の前に大きな口が開き、一瞬で閉じた。
口が開くと圧力差が生じて、目標が口の中に移動すると言う仕掛けだ。
それを体を「冥化」することでいなし、その大きな頭の上に移動。
「冥化」を解除。
「水化」で水の抵抗をなくした腕で、「つく」の言霊効果付き魔属性パンチを叩き込んだ。
マッハパンチだ。
バキン!
と音がして、右手がサーペントの頭にめり込んだ。
手ごたえはあり。
脳まで達していればそれで終了なんだが、頭蓋骨の一部を粉砕しただけにとどまった。
サーペントはビクン、と痙攣すると、気を失ったのか漂い始めた。
ミツチヒメが近寄ってきた。
ヒトを小馬鹿にした表情で、
「何だ?素人め。今の攻撃は一体なんだ?」
辛らつな言葉に、俺は少しむっとした。
「素人といわれましても」
「ふん、まあ、自分の能力の使い方が分からないのは仕方ないのか。……おい、目を覚ますぞ?」
サーペントがぶるっと震えて、泳ぎだした。
「ふむ、逃げるか。止めを刺さんのか?」
「考えがあります。追えば、巣までたどり着けると思います。何かあるかもしれませんし、無いかもしれません」
「ああ、そうか。巣に何か溜め込んでいるかもしれんか」
「はい。私は追います。姫様はスパロー号に伝えていただけますか?」
「ほう!わたくしを使うか。……まあよい、後ほど追う。見失うなよ?」
とミツチヒメはスパロー号目指して行った。
魔物の巣には何かあるかもしれない。
それはRPGのお約束でもある。
魔物の巣を調査しない冒険者は、それこそ素人である。
俺はサーペントの後を追い、泳いだ。
ミツチヒメが程なく追いついて来た。
「この先に、ノープ岩礁がある。海底に横たわる台地のてっぺんの何箇所かが表に出ているのだな。一番南に位置する岩礁はもう直ぐそこだ」
「姫様……」
「何だ?」
「あいつ、サーペントじゃなくて、リヴァイアサンの眷属でしたよ」
攻撃で触れた際に発動させた「知る」は、レジストされなかったのだった。
ああいう存在は、情報収集系の魔法や言霊に対しては、無抵抗な事が多い。
「本当か? リヴァイアサンと言えば、
長さ五キロとも十キロとも言われる外海のヌシじゃないか。
わたくしもこの目では見た事が無い。
しかし眷属とはな。
わたくしがワクワクに鎮まった頃には、
すでにこの岩礁を住処にしていたぞ」
「それ、どの位前なんですか?」
首を傾げたミツチヒメが、俺の肩に右腕を回してきた。
「四百年ほど前だが」
声が低くなった。
地雷かな?コレも地雷かな?
「凄い……歴史おありですね」
するとミツチヒメは左手で俺の顎をつかんだ。
「その歴史も、つい先日絶えたがな」
地雷でしたー。
しかし、身構えた俺にそれ以上の折檻は無かった。
「おい、奴がいるぞ……」
ミツチヒメが指差した先を見ると、サーペント、ではなくミニリヴァイアサンが、大きな岩に体を巻きつけていた。
「あれが巣か。お主ならどうする? 止めを刺すならさっさと刺して来い」
止めか。
どうする?
さっきのパンチで行くか?
それともオレサマを呼ぶか?
「手が無いなら、わたくしが見本を見せてやろうか?
ひよっこ神族殿。うん?」
その言葉に、俺は思わずミツチヒメの横顔を見た。
ミツチヒメのお手本!
ミツチヒメには、設定上幾つかの「必殺技」がある。
シナリオによっては傍観者の立場として、酷い場合には試練として立ち向かわなくてはいけなかった。
本物の神様の「必殺技」だ。
見たい。見たいよね?
「お願いします」
「なんだ、随分素直な……。そうか、お主はわたくしを知っていたな……。見稽古か。まあいいだろう」
ミツチヒメは俺から離れると、ミニリヴァイアサンへ向かって漂った。
まだ距離がある。
だがミツチヒメはすうっと両手を広げると、拍手を一つ打った。
パン!
一瞬、暗い海中を火花のような光が走った。
その後は何も起こらない。
いや、音がする。蜂の羽音のような……。
その音は徐々に大きくなり、耳を聾するほどになった。
ボッ!
リヴァイアサンの眷属と、その巣の岩が纏めて破裂した。
残されたのは、白と黒と赤の粘液、砂だけだった。
「えっ」
今のは?
柏手一つで何が起こった?
ミツチヒメと言えば、水属性の神様だけど……。
「ふん、やはり酷く衰えているな……」
ミツチヒメは、拍手を打った両手を天にかざし透かして見ている。
ここは水深もさほど無いので、太陽の光が届いているのだ。
「今のが『抱擁』だ。ワクワクから離れると使えんがな。どういうものかは自分で考えよ」
なるほど。
羽音のような音はまだ微かに聞こえている。
恐らく、長い年月をかけてこの一帯の海を自分の波動で染め上げたのだ。
だから、この海域の全ての海水を、同時にホンの少しづつ一点に集中させ相手を圧殺するなどと言うことができる。
「凄い……」
ミツチヒメは肩をすくめた。
「そうでもない。慣れれば、お主の方が色々できるであろう。わたくしは少し羨ましい」
……あなたにそんなこと言われると、ちょっと寒気がするのですが。
ミツチヒメは、例の紫に光る瞳で砕けた岩の辺りを見ていたが、急に俺の腕を掴んだ。
「ひっ」
「……何を驚いている?それより、海底を見てみろ。巣の回り、全てだ……」
と、彼女は顎で指し示した。
言われて俺も目を凝らす。
この海域の底質は主に岩。加えて珊瑚砂が少々と思われた。
だがこの巣の回りだけは厚い泥が積もっている。それはあのミニリヴァイアサンの排泄物なのではないか。
「船が沈んでいる。それも一隻ではないぞ?これは……」
無数の沈没船が泥の下に眠っていた。
ビンゴだ。
あのミニリヴァイアサンは、船を襲っては戦利品を自分の巣に持ち帰っていたのだ。
あのデブリと化した船は、やはりミニリヴァイアサンに襲われ、巣に持ち帰られるかそれともその場で粉砕されるかの運命で、結局後者と相成ったのだろう。
「ちょっと見てみましょう」
俺は巣近くの海底に降り立った。
海中に雨が降り出した。
例の金色に光る雨だ。
海中でも、雨は雨だった。
不思議な光景だ。
水にも干渉されず広がっていく。
そしてある程度広がった時点で、海底に浸透させる。
オレサマがやって見せてくれたおかげで、どうすれば良いかが解る。
一……二……三メートル。こんなもんか。
とりあえず、よし。
言霊「知る」を発動。
……。
……。
「どうだマリヴェラ」
「う、これは」
「なんだ大口開けて」
「ロジャースさんを呼びましょう。こんなの運びきれない……」
「良し来た。わたくしが呼んで来る」
ミツチヒメはそう言うとあっという間に姿を消した。
現金だなあ。
それにしても、だ。
少なくとも四百年前から積もりに積もったモノが、ここにある。
船は原形をとどめていない。
襲撃されて引き込まれたのだから当然ではある。
だが、全ての船がバラバラになったかというとそうでもないらしい。
結果的に集められたお宝を、「知る」は感知した。
金・銀は分かりやすい。
金銀は唯の物質なので、容易に「冥化」して手元に引き寄せる事が出来る。
何か貴重な何かが入っているであろう箱も分かる。海中にあっても新品同様に朽ちていないのだから。
ただ、その箱を開けるとトラップが作動するのか、呪われるかは今の所分からない。
「知る」も万能ではない。「言霊」もレベルアップするので、もっと使えるようにはなるかもしれないけど。
そこらの岩に腰掛けて「サルベージ」をしていると、ミツチヒメが戻ってきた。
「この後三十分位で到着するそうだ。しかしお主……。この山全て財宝か?」
「はい」
俺の目の前には、背丈位の山ができていた。
作業は順調。
この場面を考古学者に見られたら、きっと俺は殺されるだろうけどな。
ミツチヒメが金貨を幾つか手に取った。
「懐に入れちゃだめですよ?」
冗談を言ったつもりだったのだが、びくっと動きを止めたミツチヒメは泣きそうな顔でこっちを見た。
「だめか?」
「だめです。皆で分けますので、それまで我慢してください」
「そうか」
そういいつつ、ミツチヒメは金貨を弄んでいる。
「これは二百年前、こっちは百年前の金貨、か。この海域で行方不明になった船はかなりの数がコイツのせいだったのかもしれんな」
「姫様はこの海域を監視していたのではないのですか?」
「四六時中は流石に無理だ。それにこの巣にも気付かなかった位だからな。毎回、もっと離れた場所で奴を葬って終わり、だ」
「そうそう」
と、俺は財宝の山とは別の場所においてある大きな板のような物を指差した。
ミニリヴァイアサンが巻きついていた岩の残骸と一緒にあった物だ。
「それ、ミニリヴァイアサンがたびたび復活できた理由です」
畳み半畳ほどの大きさで、海草やフジツボ、その他色々くっついていて、もうなんだか良く分からない。
「何だこれは?」
「リヴァイアサンの鱗、だと思います」
「鱗か」
原理的にはミツチヒメの漬物石のような物だと思う。
「アンガーワールド」には、こういうモノがあちこちにある。
誰が置いたか等は不明だ。
あるのだから仕方が無い。
俺がミニリヴァイアサンの後を追ったのは、これが念頭にあったからだ。
「原理的には、わたくしの漬物石と似ているな」
「滅相もございません! そのような事、ございません!」
「……そうか?しかし、お主の能力は、というより思考だろうな。戦闘はさっぱりなのに。こういうことが得意とはな」
「それはまあ、私は草食系ですから」
「フン、草食系ねえ」
その時、ドボンと音がした。
「お、ロジャースが投錨したぞ。どうする?」
「こまめに持って行くしかないです。
全部纏めて「冥化」や「水化」はできません。
記憶できない分は数秒も保持できないようですから」
「何だ不便だな。……いやわたくしもそう変わらないか。
まあよい。わたくしが直々に運んでやるから、
お主はお宝探しに注力するのだ。よし、袋を持って来よう」
「お願いします」
運んでやる、とは言ったものの、むしろルンルンでミツチヒメはスパロー号へ戻って行った。
そうして作業は続き、数時間後、完遂した。
炎熱に炙られたスパロー号に帰ると、乗組員全員が帽子を取って出迎えた。
歓声が上がる。
財宝は既に船倉にしまいこまれていた。
汗にまみれたロジャースが、握手を求めてきた。ユキもユウカも続いた。
俺は戸惑った。
「そんな、大げさな」
「いえいえ、それだけの事をしていただいたのです。昼食はいかがですか?」
「いえ、すみません。とりあえず、ちょっと眠らせてください」
慣れない事をしたので疲れている。
こっちに来てから一番の疲労感だ。
イエロにご褒美のコーヒーを淹れてもらい、マグカップを片手に客室にたどり着いた。
しかしその後、すぐに意識が無くなってしまった。
時間ができたので一つアップです。
意外に読んでくださる方が多くて驚いています。
ありがとうございます。
2019/7/29 ナンバリング追加。本文微修正。
2019/9/5 段落など修正。




