2-D100-28 クーコ、走る
クーコは『船の神』マリヴェラが指示した通り城内を疾走した。
主であり親友であるユキの元へと。
クーコは走った。
途中、何人かの使用人とぶつかりそうになりながらも、ユキが居る塔の下まで。
この城への潜入自体が急な事だったので、ナイフ一本しか持ってきてはいないが、今のクーコには大したことではなかった。
ナイフを口に咥え、四つ足で音も無く階段を駆け上がる。
最上階。鉄製の扉の前に、衛兵が一人座っていた。
スケールメイルを着込み、頭には鉄兜を乗せている。
しかし待たない。止まらない。
衛兵がクーコを認め動こうとした時には、クーコの膝が衛兵の顔にめり込んでいた。
「ぐおっ!」
次いでナイフで手甲が覆っていない指先を薙ぐ。
クーコは衛兵の腰に挿してあるショートソードを奪い、顔面に突き刺した。
動きを止めた衛兵は、大型の人型魔物ホブゴブリンだった。
(打たれ強い妖魔系じゃなくてよかった)
クーコは衛兵に止めを刺し、その腰回りを探った。
鍵束が見つかった。
そして、幾つか目のカギで、ようやく開く。
扉が開いた。
「……クーコ? 本当に?」
懐かしい声。
自分の主であり、親友。
護れなくて、動けなくて。
どんなにこの二年悔しい思いをしたか。
でも、もうそれもどうでもいい。
クーコはベッドに腰かけているユキの胸に飛び込んでいった。
「申し訳ありません。二年も……」
クーコは泣きながらやっとの事で謝罪の言葉を口にした。
逆にユキの方がクーコの背中を撫でて慰めた。
「ううん。大丈夫。クーコこそ無事だったのね。来てくれてうれしい」
クーコはユキを繋いでいる鎖に気付いた。
「足枷?! ……何と言う……!」
鎖を引き千切ろうとしたクーコの腕を、ユキが触って止めさせた。
「ねえ、マリさん来てるでしょ?」
「……はい。良くお分かりですね」
「うふふ。つい今しがた気づいたの。ほら、そこ!」
ユキが部屋の入り口を指さすと、そこに水の塊が出現し、マリヴェラの形をとった。
『船の神』の姿だ。
マリヴェラはウインクすると、ユキに手を振った。
「正解でーす。いよう。お久しぶり!」
「……何それ。全然別人じゃないの」
「まあな。何ならお前の恰好になってもいいんだけれど?」
「やめて。もう……」
今度はユキの目から涙がこぼれ、止まらなくなった。
マリヴェラはユキに歩み寄って、軽く額にキスをすると言った。
「今、俺の分身が連中の相手をしてるけれど、時間がない。今から脱出するから」
「どうやって?」
クーコは訊いた。
外には天使族もいる。
階段の下から兵士が登ってくる足音も聞こえてきた。
普通に考えれば、絶体絶命である。
「お前らを『水化』して外の堀から逃げる。もう水路は繋いであるんだ。
ユキは多分できると思うけど。どうするクーコ、また『スリープ』使うか?」
クーコは首を振った。
眠らされると、何かあった時に即応できない。
マリヴェラが言っているのは「俺と一心同体となって脱出しよう」ということ。
一度は受け入れているとはいえ、普段なら拒否しているだろう。
でも今なら何でもできる。
皆で家に帰れるのであれば。
マリヴェラが笑顔を弾けさせた。
「よし、じゃあみんなで帰ろうか!」
その時、地響きと大きな揺れが旧王宮を襲ったのだった。




