2-D100-27 船の神10 アンタ、船は好きか?
首尾よく城の中に潜入した『船の神』マリヴェラとクーコ。
外では『愛の神』マリヴェラと、天使族マグファイブの戦闘が続いている。
その中、ユキを監禁している張本人ムビ・マーサに相対したマリヴェラは、一体どうするつもりなのだろうか?!
「水化」で糸状に伸びた俺のセンサーは、大統領の息子ムビ・マーサの居場所を捉えた。
奴は玄関ホールに居る。
「行こう」
隠れることなく、クーコと連れ立って廊下を堂々と歩く。
だって、この城の主の奥さんなんだぜ?
そばの部屋から出てきたメイドが、俺を見つけた。
驚いて、何も言い出せずに立ちすくんでいる。
俺はそんなメイドに駆け寄った。
「ねえ! 大変なのよ! あの鬼神がこの城を粉々にする魔法を使ったの!
なるべく早く皆に外に出るように伝えて!」
と、迫真の演技だ。
後でクーコに聞いた所、
「大根」
の一言で片づけられたのだが。
メイドは頷いて何処かへ走っていった。
さて、玄関ホールだ。
表からは衝撃音や爆発音が続いていた。
そんな外に通じる大きな扉を、一人の天使族が沢山の兵士に囲まれながら見つめている。
仕立てのいい背広を着ている太った天使。
ただ、天使族と言う一族は、顔がいい。
ギリシアの彫刻みたいに彫りが深く、整っているのだ。
へんてこな悪魔族とはまるで違う。
俺はクーコにすぐそばの通路を示した。
「ここを行って突き当たりを左。そのまた突き当りを左。すると、向こう側の回廊に出るから、今度は右。またまた突き当りにユキが閉じ込められている塔への階段がある。丁度今言った通路には兵士はいない。塔の上だけだ。行けるか?」
「……色々言いたい事はあるけど分かったわ」
「取り合えず、衛兵を何とかしたら、ドアを開けて。そこだけ密封されてるんで、入れないんだ。それでユキを確保したら待っていてくれ」
「衛兵は何とかするけど……。もし、あの赤い方が来たら?」
「抵抗せずに言われたままに従って。何とかする」
「天使の方が来たら?」
「同じくだ」
「信じてるから」
「ほんとかよ!」
クーコは「戦闘モード」の猫娘に変身すると、脱兎のごとく走って消えた。
よし、じゃあやるか。
俺は物陰から姿を現し、ムビ・マーサに叫んだ。
「この城は今から3分後に崩れ去ります! 皆さん外に避難してください!」
ホールに響き渡る声に、そこにいた20名ほどの兵士たちがどよめいた。
獣人や妖魔、色々いる。
もちろん、このような場所に居るのだから雑兵な訳はない。
「ああ? 何だ? ……ユキ? なぜそこに居る?」
そう言ったのはムビ・マーサだ。
如何にも苦々しいと言う表情をしている。
「あなたの妻がここに居てはいけませんか?
危険です! あの鬼神が魔法を使ったのが分かりませんでしたか?!
城が崩れるのです!」
再びどよめき。
兵士はお互い顔を見合わせている。
俺はムビ・マーサに歩み寄り、繰り返した。
「早くお城の使用人さんたちを避難させないと! 危険です!」
「黙れ!」
ムビ・マーサが叫んだ。
そして俺の方へと歩み寄る。
俺はその分後ろへ下がる。
「お前。似てはいるが偽物だろう? そう言えばそれらしき噂が流れていたからな。魂胆は何だ? おい、兵士ども何やっている? コイツを捕え、ユキがいるか見て来い!」
「はっ!」
と、数人の兵士が走っていった。
その時、外から歓声が上がった。
扉が開かれ、外に居た兵士が中に顔を覗かせ叫んだ。
「鬼神が逃げました!」
中に居た兵士も歓声を上げた。
俺も作り笑いを見せた。
内心はマグファイブに感心していた。
多分グリーンだけじゃないと思うけれど、あの炎のマリちゃんを退けるとはね。
アホみたいな回復力も、立派な武器だよなあ。
俺はそんなのとは戦いたくないね。
だから逃げるんだ。
ムビ・マーサだけは緊張を崩していない。
軽く顎を上げて、俺の方に突き出して見せた。
「どうやら鬼神は去ったようだ。この城はまだ崩れておらんぞ?」
「そのようですね。でも崩れるのは確定済みですよ」
「馬鹿な事を……ん?」
ムビ・マーサが戸惑ったのは、メイドたちが何人か、玄関ホールに入って来たからだ。
「お前ら何をしに来た?」
俺が答えた。
「この城から避難してもらってるのさ」
正にその通り。
ユキの姿で言いまわっただけではなく、城内のほぼ全てに張り巡らせた糸が声で知らせたのだ。
既に、裏の勝手口等では避難が始まっている。
「戻れ! 勝手な事……」
俺は最後まで言わせなかった。
「ムビ・マーサ!!!」
いきなりの大音声だった。
言われた本人も兵士も、ポカンと口を開けた。
俺は続けた。
「なあ、ムビさんや。良い事を聞かせてあげる」
「は……?」
扉が開いて、マグイエローが入って来た。
黄色いタイツなので多分そうだ。
異様な雰囲気に身構えたが、ムビ・マーサが手で制した。
「アンタ、船は好きか?」
「船……だと……? そのような物、我らは飛べるからな。不要だ」
「そうかい。一応、物流を担ってるんだけれどな。結構重要な輸送インフラだから覚えておいた方が良いぞ」
「だから何だ?」
「俺はね、前の世界でも船が好きでねえ」
「……?」
「珍しい船が、住んでる場所に近い港に来ると、カメラを手に見に行ったもんさ」
突然始まった俺の自分語りに、ムビ・マーサもイエローも兵士も戸惑っている。
「でね、たまに、海上自衛隊やアメリカ海軍の艦船が一般公開されると、必ず行く事にしていた。ま、今じゃそれももう遠い夜の夢、なんだけれどな」
「貴様、乙者か?」
俺はとっておきの笑顔を見せながら、変身を解いた。
白い光が一瞬だけ全身を包むと、もう元の姿――――大和撫子マリちゃん――――に戻っていた。
そして、さっと優雅に礼をした。
「あ、まだ名乗ってなかったっけね。失礼! 始めましてムビ・マーサ閣下。俺の名は、マリヴェラ・ムーラン・ロンドール。本物さ!」
ムビ・マーサが一歩下がった。
「まさか、本物か! 生きて……」
「まあね! それで、俺は俺の身内を取り返しに来た。それだけの話。でもね、邪魔をするならこの大陸丸ごと更地にしてもいいんだよね。分かる?」
実際には、今の俺では大陸を丸ごと滅ぼすなどできない相談だ。
しかし、もしユキがどうにかなるならば、俺は何だってするだろう。
俺は自分の笑顔が消えていたのに気づいた。
無理やり表情筋を動かし、笑顔に戻る。
「話の続きをしよう。それでね、俺が乗った事のある船で一番印象に残った船はね……。アメリカ海軍がある時、世界でも最大級の軍艦を一般公開したんだよね。そりゃあもう凄かった。アレに比べればガレオンなんか小さいもんだよな」
「アメリカ? なんだそれは。いや、貴様は何を言いたい?」
「おおっと、残念! そろそろ3分だ。では皆さん、ごきげんよう」




