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2-D100-26 カンナギ・ユキ

 

 マリさんがいなくなってから二年。

 そして私がここに閉じ込められてからも、もう二年近くが経ちました。


 外の情報は全く入ってきません。


 生活の世話をしてくれている人たちも、ここの主であるムビ・マーサも、私がもっとも欲している外の話は全くしてくれないのです。


 一緒に居たクーコは? ロンドールは? ユウカは? 


 この国の大統領である父親と違い、マーサの方はいわゆるボンボンのバカ息子です。

 そんな彼でも、重要な事は分かっているのですね。

 私に何の情報も与えずに置けば、数日おきに私を抱きに来るマーサと言う存在にさえ、私は縋ってしまうのです。縋るようになってしまうのです。

 そんな自分の心と体が、私はおぞましく感じられます。


 退屈は恐ろしいものです。


 編み物ですら許されないこの状況に比べると、あの苦難の連続だったワクワクからロンドールへの道のりも懐かしく思えて仕方ありません。


 できる事と言えば、筋肉を鍛えることぐらいでしょうか。

 お陰で腹筋は自慢できる程になりましたが、その引き換えに胸がちょっとばかし……。


 いや、その話はよしましょう。


 今日このような事を改めて思い返しているのは、珍しく城のメイドがソワソワしながら言ってくれたことが気にかかったからです。


「あら、タンコさん、いつもご飯を持ってきてくれてありがとう」


 タンコは週の半分ほど、私の身の回りの世話をしてくれる狐の獣人のおばちゃんです。

 とても親切なのですが、お喋りなどは必要最小限にとどめるように固く命じられているので、口数は僅かです。


「いえ、奥方様。もったいないお言葉です」


 奥方様、とは私の事。

 私とムビ・マーサは対外的には結婚していると言う事になっているらしいのです。

 このような状況であるとしても……。


 ちょっと気にかかる事があったのです。

 タンコの目に少しだけ怯えの色があったからです。


「ねえ、今日はどうしたの? 何かあったの?」


「えっ、ええ……」


 タンコは私のそばに寄って耳打ちしてくれました。

 そうでもしないと、足かせを嵌められ、壁と鎖でつながれている私とは、内緒話ができないからでした。


「どうも、このお城を狙っている化け物がいるって話で……」


「化け物?」


「ええ。炎の鬼神だそうです。でも理由が分からないのですよ。先ほど、旦那様もこちらにいらしたそうで……」


 部屋の入り口にいた兵士が咳払いしました。

 いつもタンコについてくる衛兵です。

 タンコが笑顔で兵士に振り向いて言いました。


「ああ、ゴメンなさいね。女に必要な物の相談事だったんで」


 私も話を合わせました。


「ええ、最近結構辛くて……」


「今度、お医者様に薬を貰ってきてあげますね」


「有難う、タンコさん」


 タンコは深く一礼して下がって行きました。


 その「化け物」がやって来たのは、早くもその日の午後の事でした。



――――



 大きな爆発音の後、窓の外で誰かが争う声がしました。

 と言っても、ここは城にある塔の最上階。

 つまり、飛ぶ能力のある者たちが争っているのです。

 この城を守っているのは主に天使族。

 当然、空を自由に飛べます。

 では、その相手は?


 結界付きの鉄格子が嵌っている窓を開けて見てみたいのですが、その窓も私には開かないようになっています。


 叫び声と、何かを壊す音。

 地面が響き、塔が揺れる。


 もしかしたら、私はこれで死ぬのではないか?


 それもいいかもしれません。

 私がこれまで生き恥を晒して生きて来たのは、きっとマリさんが助けに来てくれると信じていたからでした。


 でももう2年。


 これ以上待てるのでしょうか?


 ムビ・マーサはなんだかんだ言って、一方的にだが私を2年続けて彼なりのやり方で私を愛してくれています。


 死んでもいい。

 堕ちてもいい。


 そんな曇った私の目を覆っていた開かない窓を、開けた者がおりました。

 いや、正確には窓を一瞬で溶かし去ったのです。

 熱気が部屋を覆い、次いで涼しい風が吹き渡りました。


 待望の風!

 

 そしてそこに居たのは……。


「マリさん?」


「ひさしうありんすなあ。ユキさん。俺だよ俺! オレオレ!」


 特別製の窓格子に掴まっているのは、赤く輝く炎を纏った鬼でした。


「探したぜ。ここの天使族、クソ強いんだもんなあ。

 あの坂上ちゃんと互角なんじゃないか?

 ……あーあ、もう再生してきやがった。火属性防御の防具もウゼ―し」


「本当に、マリさん?」


「あい。この姿は借りなれど、わっちは確かにまりヴぇらでおざんすえ」


「え? 何言ってるのマリさん?」


「ん? なんだって?」


 私の背中を冷や汗が流れ、足が震え出しました。

 これはマリさんではありません。


 その証拠に、私の「言霊」「繋がる」が全く目の前のマリさんにつながらないのですから。

 今までは、この城に張ってある結界のせいで「繋がる」が作用しないのだと思っていました。

 結界さえなければ、マリさんが世界のどこで復活してもわかる自信があったのですが……。


 赤い鬼は後ろを振り向いて呟きました。


「ああもう、仲間まで来やがった。今度こそ焼き殺してやりんす。ユキはゆるりとそこに居続ければよろしうおざんす」


 そして視界から消えました。


 膨れ上がっていた希望が消え去り、私はその場に崩れ落ちたのです。



ユキさん、結構不幸な子です。

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