2-D100-24 ウイング オブ ヒュブリス2
オッサン回。
ダニエルの船団「ウイングオブヒュブリス」は、北上を続けた。
本来ならば「ロンドール候マリヴェラに1か月間雇われている」筈の立場だったのだが、風向きが変わりつつある。
ダニエルはキャビンでため息をつきながらラム酒をぐいぐいあおっている。
「船長……」
と、給仕のジムが絶対的な上司の心境を思いやって声をかけた。
ダニエルはそのジムの心遣いに気付いているが、どうしても声を荒げてしまうのだ。
「何だ? ジム。ワシを憐れんでおるのか? それともお前もあの鬼神に心を奪われたのか?」
「いえ、船長。僕はあの方が最近怖くって……」
ダニエルは頷いた。ジムがそう言うのも無理はない。
今や赤い鬼神と化したマリヴェラは、船団の怪魚人以外の乗組員の内、半数以上を支配していた。
ダニエルが思うに、抵抗力の低いものから順に侵されているようなのだ。
それはまるで、崇拝だった。
乗組員たちは神を(確かにロンドール候は神族ではあるが)見るような目で鬼神を見、命令を聞く。
ダニエルは、何かしらの「言霊」の作用だとは思ってはいるが、鬼神に聞いても笑うだけで答えは返ってこない。
もう、ダニエルが何も言わなくても船団は港から港を北へ北へと渡り続け、そして鬼神はその度に飛んで行ってなにがしかを焼き、殺してくるのだ。
奇妙な事に、その仕事を終えてこのリヴェンジ号に戻って来るなり、泣く。
全身を震わせて泣くのだ。
普段は何故か、最下層の香織が閉じ込められていた部屋に引きこもっているのだが、泣く時にもそこにこもる。
ただ香織のみが入室を許され、彼が泣きたい時にはその膝で泣くのだという。
姉妹も今や離れ離れだ。
香織は普段あの部屋で鬼神といるが、鬼神が出かける時にはずっとそこで待っており、まるで恋人同士のよう。
沙織の方はと言うと、一人海中で船団の後を追っている。
沙織はたまにキャビンへきて食事をするが、そんな時にもダニエルと沙織は会話もしない。
だが、どことなく通じる物はあったのだった。
マグヘイレンの国境を過ぎた頃、海上を警備していたマグヘイレン国境警備隊の船が襲ってきた。
停船を求められてにもかかわらず、ダニエルの船団はそれを無視したからであった。
ダニエルが止める間もなく、鬼神は飛んで行って終わらせた。
そして香織の膝で泣いた。
泣き終わると、鬼神はキャビンにやって来てダニエルにこう言いだした。
「さっきの船の連中が吐いたけど、ユキが首都の旧王宮って所に閉じ込められているってさ」
それは、ダニエルも噂程度には知っていた。
マグヘイレン首脳とその家族の話は、良いゴシップのネタだからだ。
「どうやら、そう噂されているらしいですな」
「ちょっと行ってくるよ」
「救出ですか? もう少し情報を集めてもいいのでは?」
「いや……。もうわっちにかなうものなどありんせん」
ダニエルはため息をついた。
もう、彼はおかしくなりかけているのだろう。
時々、言葉遣いが変わる。
風貌も変化してしまった。
特に額に生えた2本の角は、鬼神化の証。
経験豊かなダニエルでさえ、おとぎ話で聞いた事があるだけという代物だ。
一緒についてきた香織が心配そうに言う。
「でも、マリ様。マグヘイレンの主都には強い天使族がいます。私は心配です」
鬼神は微笑んで香織の頭を撫でた。
「大丈夫だって。あいつら、すり潰しても死なないけれどね。試しに焼いてみるさ。『鳴かぬなら骨まで焼こうホトトギス』ってね」
「ハイクですか? マリ様は何でもできるのですね」
「いやあそんな事ないさ」
もうダニエルも口をはさむ気力は無かった。
やっぱり短いです。




