閑話 騒動 説教 宿屋にて
Side ディーン
これは紡が去って少し経ったとある宿屋の記録である。
「お父さんのバカ!!」
宿屋の中に響き渡る叫び声。声の主は『守護者の休息』の看板娘であるマリーであった。
目に涙を溜め、必死に泣くのを耐えながらも憤るその姿に宿屋の客達は可愛らしさを感じていた。
その目の前、対峙する形で立つ男がいた。
いかついゴリラ顔をしているのにもかかわらずオロオロと困った表情をしている。
マリーの怒りの理由、それは…
「なんでお兄ちゃんが出る前に私を呼んでくれなかったの!!」
紡の事であった。
どうしようか、これはやばいぞ。ここまでマリーが切れたのは初めてじゃないか…
いつも宿屋のために働く勤労少女はあまり怒るタイプではなく、むしろいつも可愛らしい笑顔で客にも評判であった。
それが…
この怒りっぷりだもんな…どうしたものか…
「ごめんな、お父さんと話してすぐに出ていったからマリーを呼ぶ暇もなかったんだよ」
まぁ、こんないいわけじゃ無理だろうな…
案の定、マリーはディーンを睨みつけている。
ローサも買い出しに行ってるしどうしたものか。
いかつい顔をしながらもディーンはマリーに甘く、また、いつも必死に働くマリーの珍しい癇癪にすこし嬉しさすら感じていた。
その為、マリーを怒ることもできずにただ困り果てるだけであった。
ここで、諦めろって言うわけにもいかないしな。
一人で解決に悩むディーンに救いの声がかかる。
「おや、どうしたんだい?マリーちゃんがここまで荒げてるのを見るのは初めてだね」
声を掛けたのは魔法士ギルドマスターであるフーパであった。
「ああ、フーパさんか。騒がしくして悪いな」
実はフーパはここの常連であり、ディーンとは見知った顔である。彼は一人身のため晩飯は高確率でここを利用していた。
「それはいいけれど、ここの常連としてマリーちゃんが笑顔じゃないと悲しいな。
なんでこんなに怒っているんだい?」
相談してみるか…フーパさんなら信用できる。
「マリーの気に入っている少年のお客が帰っちゃってな…それに挨拶できなかったのを怒っているんだよ」
マリーはかなりツムグの事を気に入っていたからな。それに…
「それだけじゃないもん!フォルちゃんにも挨拶したかったんだもん…」
今回はフォルがいた。
戦場に紡が行ってる間マリーが預かったフォルととても仲良くなっていたもんな。
それが今回裏目に出た。仲良くなり過ぎたことでマリーは見送れなかったことが嫌だったのだろう…
「その少年はもうこの街にはいないのかい?」
「多分な、もう出て行っているはずだ」
すぐにここから出て行ったからな、朝から此処にツムグを探している者達が訪ねてきているし、多分面倒を避けるためにもうこの街にはいないだろう。
「んー…そうか、それは…どうしようもないな」
その一言が傷ついたのかより一層マリーが泣きそうになる。
周りで見守る視線も一斉にフーパを非難する。
「ちょっ!もう少し言い方があるだろう!そんな言い方だとうちのマリーが可哀想だろ」
急に悪役になったフーパは困った顔で苦笑いしている。
「ごめんよ、マリーちゃん。僕の言い方が悪かったね」
はぁ…気をつけてくれよ。ここでマリーに泣かれた日には俺はローサに吊るし上げになるんだからな。
「それにしても、その少年は何者だい?ここまでマリーちゃんが気にいるなんてかなり珍しいじゃないか」
「お兄ちゃんはね、とっても優しいの…初めて会った時に優しく撫でてくれたの。
それに、お兄ちゃんのお陰でフォルちゃんとお友達になれたの」
思い出しながら話しているのか、マリーは少し嬉しそうに話す。
よし。いいぞよくやった!この調子で機嫌が治るように持っていくんだ。
ディーンは完璧にフーパへと任せていた。
「しかも、お母さんが言ってた。お兄ちゃんはこの街の救世主だって。私たちの宿も守ってくれたんだって、だから私はお兄ちゃんが大好きなの!」
「…」
まずいな…口止めしておくべきだった。フーパさんが何か勘づきやがったな。
「なぁ、ディーン」
「なんだ?」
「まさかだがそのお兄ちゃんとやらはツムグって名前じゃないよな?」
やはりか…いつもは抜けているようだがフーパさんはこういう勘だけ、誰よりも良いからな。
「申し訳ないが客の情報は言えない」
魔法士ギルドマスターに言ったならば紡に迷惑がかかるそれだけは避けなければならない。
「…もしかしたらだけと、ディーンはツムグという少年に迷惑をかけると考えているんならそれには及ばないよ。
これは、ギルドマスターとしての発言になるけど、僕達魔法士ギルドはあの者に対し、一切の敵対行為を禁止する事を僕の権限で決定したからね。
何があってもあの者に対して迷惑行為なんてしないよ」
俺はその言葉に驚く。
ツムグのやつ一体何やらかしたらそんな事になるんだよ…
魔法士ギルドが一個人に対しそんな処置を下すなんて聞いたことがない。
「それでも俺からフーパさんに言える事はない」
「そうか」
それでも、客の情報は渡せない。宿屋としての俺の矜持に反する。
そんなやり取りをしている時…
「あなた、泣きそうなマリーを前にして何をしているの?」
背筋が凍るような、凍てつく一言が聞こえてくる。
やばい…やらかした。
後ろから感じる怒気に体が動かない。
「はやくこちらを向きなさい」
「はい」
俺は素早く振り返る。
そこには般若がいた。
周りの客は恐怖から皆はけていく。
当然のようにフーパも帰ろうとしていた。
「フーパさん待ちなさい」
どうやらフーパさんも許されないみたいだな。
「ど…どうしたんだい?」
「マリーを蔑ろにしていた時点で同罪よ。あなたも残るように」
俺たちは怒気に負け、自主的にその場で並んで正座した。
ここは宿屋『守護者の休息』。守られたこの宿では説教が響き渡っていた。




