お見送り
人生の終わりはあっけなかった。人はあまりにも簡単に死んでしまうのか、これで孝典と結婚することも、それどころか話すことももうできないし、実家の家族にだって育ててもらった恩返しもできない。実家のペットのトイプードルのモカちゃんをなでることもできない。仕事だって、毎日が同じような業務だったけどやりがいを感じてた。もう出勤することもないのか・・・
いろいろなことを考えたのち、たどり着いたのは、自分はこれからどうなるのだろう。ということだった。
死んだあとは意識がぷっつりとなくなってそれまでだと思っていたのだ。あの世があるなんて考えたこともなかったが、まさかあの世と現世をつなぐ駅のようなホームまであるとは。
「この書類に記入したらどうなるんですか?」
書類といってもホッチキス止めで2枚ほど、名前は住所などの項目があった。
「はい、こちらの書類に記入していただくときに、ご一緒に説明させていただきます。こちらのボールペンをお使いください。」
そう言って、ボールペンを差し出されるままに受け取り、書類の一番上にある「御名前」という欄に名前を書いた。これが最後に書く名前なのかな?あの世ってもう意識とかなくなるのかな。転生しちゃうんだっけ?いや、49日終わってからだっけ?
「あの、あの世に行ったら意識ってなくなるんですか?」
すると竹本は意外な答えを言ってきた。
「いえ、意識がなくなるということはございません。あの世でまた現世に生まれ変わる、云わば転生というのはご自身で時期を決めることができるんです。あの世は現世でいうところの天国ですから、なんでもありますし、なんでもできます。誰にとっても心地よい楽園でしょう。ですから1万年以上前にお亡くなりになられた方もいまだあの世で暮らしてる方もいらっしゃいますよ。」
「一万年以上前ですか・・。ではみんな転生しないのでは?」
「いえ、そうでもないんですよ。あの世ではほんとうになんでもできますし、時間という概念がございません。無限なんです。ですからご存命のご家族様が死亡されて、あの世で再会しますと、皆さまご家族様で転生されるケースが多いですね。しかしあくまでご自身のタイミングです。」
そうだったんだ、自分だったら天国にずっといたいなって思うけど、無限ってなると飽きちゃうのかも。
名前や住所、家族構成を書き終えたあと1枚目の書類をめくった。
2枚目の書類は、普段では書かないような項目がずらりと並んでいた。
・生きてきた中で一番嬉しかったこと、悲しかった、悔しかったことを簡潔に
・あの世では何をしたいか
・転生したらどのような人生を送りたいか
などなど、まるで人生アンケートのようだ。それらを無言で埋めている間も、竹本はずっと真顔だった。
そして、2枚目の書類の埋めるべき項目もあと一つになった。書くことが書くことなだけに、15分以上も書いていたのではなかったか。左利きの私の左手にはボールペンのインクが手のひらに滲んで汚れていた。さて、最後の項目を読む。
・最後のお見送りに来てほしいのは誰ですか?
お見送り?どういうことだろう。お見送りもなにももう死んでしまっているのである。疑問を浮かべた顔を見た竹本がすばやく解説を入れた。
「ここ現世とあの世をつなぐホームでは、お亡くなりになられた方に人生最後のお見送りとして生きている方をお一人だけお呼びすることができるのです。」
「生きている人ですか。」
うっすらと手には汗をかいていた。
「そうでございます。お一人だけ、最後にお見送りをして未練なくあの世に行くことができるのです。」
「誰でもいいんですか?」
「はい、さようでございます。」
最後に見送り・・・。誰を見送らせるかなんて決まってた。そんなの孝典しかいない。
私は、最後の項目に牧野孝典と書いた。