「口唇まであと1㎝」「アラベスク」「告白」
本作は三作からなるアンソロジーで、二作目「アラベスク」は、黒森冬炎さま主催「劇伴企画」参加作品です。
セシル・シャミナーデ作曲「アラベスク第1番 Op.61」をダニエル・ラヴァルのピアノ演奏でお楽しみ下さい。
『口唇まであと1㎝』
壁際で俺は彼女に覆い被さった。
獲物を追い詰めるように俺は、ゆっくりと口唇を近づける。
しかし。
そのほんの触れる一瞬、ドン!と彼女は弾かれたように、俺の胸板を押しやった。
弱々しげに俺を見つめる。
その目は、何かを訴えかけているようだった。
彼女の大きな黒い切れ長の瞳から、大粒の涙が溢れて、落ちた。
彼女の流れる涙に、俺は初めて自分の本当の気持ちに気がついた。
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『アラベスク』
バスで帰宅途中に、FMを聴き流していたらふと、ある曲に耳がとまった。
何だろう……。
ショパンでも、ラヴェルでも、ドビュッシーでもない。
切り裂かれるような、切なく、魂の叫びのような……。
私は、最後までその曲に意識を傾け、注意深く、曲名と作曲者を聞いた。
そしてそれは、シャミナーデのピアノ小品『アラベスク』と知った。
シャミナーデ!
「俺、シャミナーデの『コンチェルティーノ』が一番好きなんだ」
十七歳の時。
教室で、隣の席に座っていた彼が白い歯をこぼしながらそう言っていた。
彼が一番好きな作曲家の曲に、私ははっきりと感応したのだ。
あの頃……。
カフェで、私達は好きなクラシック音楽について熱く語り合い、帰り道、手を繋いで帰った。
公園のベンチに寄り添い座り、そっと口づけた……。
私達は未来を知らず、ただ愛を語り、ふたり重なる夢を見ていた。
そして……。
いつしか大人になり、今、違う別々の人生を歩んでいる。
そう、それは遠い昔。
もう二度と戻れない若かりしあの頃……。
私は、切ない心を切り裂くような『アラベスク』の美しいピアノの音色にただ耳を傾けながら、バスに揺られ一人、泣いた。
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『告白』
校舎裏の陰で、私は彼と対峙している。
私は俯きかげんで、内心、告白なんてするんじゃなかった…と、深く後悔していた。
しかし。
次の瞬間。
くしゃり…
頭の上で音がした。
顔を上げると、私の髪の毛に触れている彼の手があった。
「有難う。嬉しいよ」
彼が笑んでいる。
私は泣き笑いになって、頭の上の彼の暖かい指に触れた。
この作品は、なななん様が「活動報告」で主催された「お題小説」に香月が書いた物です。
それぞれ上から、
・「恋をした瞬間」
・「音、もしくは音楽」
・「触覚」
が、そのお題でした。
香月は、長年の創作生活の中、お題小説というモノを書いたことがなく、今回初挑戦でした。
拙い出来で、わざわざ載せるレベルには達していないと思うのですが、書けて嬉しかったので、載せることにしました。お目汚しでした。
このような機会を授けて下さったなななん様、どうも有難うございました!
尚、「口唇まであと1㎝」作中のFAは、「檸檬絵郎」さまから頂きました。
檸檬さま、素敵な香月初のFA、どうも有難うございました!
【追記】2021.6.1
本作は、2021年6月の黒森冬炎さま主催「劇伴企画」参加作品です。
参加させて頂いた黒森さま、お読み頂いた方、どうも有難うございました。