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そして聖女は旋風〈タビュロ〉と化す  作者: 天宮暁
第二章 二人の逃亡者
7/23

06

 防衛隊のリーダーらしき男の言葉に、クラフトは耳を疑った。

「戒厳令……逮捕だって? 何の容疑で?」

「命令書では容疑の欄は空白だ。が、最優先で拘束しろとの命令が下っている」

「ドルーア市長から、か?」

「そうだ」

「俺はともかく、〈犠牲の聖女〉まで捕らえる気か? 魔王を今の今まで封じ込めてきた功労者だぞ?」

「それを判断するのは私たちの仕事ではない」

「ちっ……軍人はこれだから……」

 揺るぎのない隊長の言葉に、クラフトは思わず舌打ちする。

 そして、意を決した。

「……、……」

「……ん? 何と言った?」

「……放、東……ルス00907……00911までを――」

「なっ! 貴様……ッ!」

「俺を軸に放射しろ……〈炎の舌〉!」

 クラフトの周囲から迸った炎が取り囲む防衛隊員の視界を奪う。

「ぐっ……!」

「逃げるぞ、テレサ!」

「く……、逃がすな、撃てッ!」

 隊長が命令を下すが、隊員が発砲するまでには間があった。

 隊員たちは前後からクラフトたちを挟み込んでいるので、見通しが利かない状況で発砲すれば反対側に展開した味方に当たってしまう可能性があるのだ。

 隊長としてはまさか逃げることはあるまいと思っての布陣だったが、それが完全に裏目に出た格好だ。戒厳令が出るような非常事態であるにもかかわらず、長く戦争など経験していないキャラビニエールの防衛隊には、どこか緊張感に欠けるところがあったのだろう。

 ともあれ、クラフトとテレサは防衛隊員たちが戸惑う間に角を折れ、南舷の方向へ逃げ出すことに成功していた。

「あれは……新型の(いしゆみ)、ですか?」

 隣を走りながらテレサがそう聞いてくる。

 封印から解放された直後で体力が衰えているかと心配していたが、そんなことはまったくなく、下手をすればクラフトが置いていかれそうな俊足だ。

「あれは銃だ!」

「銃?」

「火薬の力で鉛の弾体を高速で飛ばす武器だ! 小型の大砲だと思ってくれればいい!」

「あの速度では、見てから躱すのは難しいですね」

「ああ、銃によっちゃ音より早く飛ぶからな! 身を隠しながら戦うのが基本だ!」

「それでは近づけません……あなたはあれと同じものを持っていないのですか?」

「ない!」

「どうして?」

「たとえ魔錠官でも公務以外での銃の携帯は禁止なんだ! それに……」

「それに?」

「魔王を相手にするにはあれじゃあ不足だと思ったんだ! まさか都市防とやりあうことになるとは思わなかったからな!」

「確かに魔王にとっては、石つぶてに毛が生えた程度の脅威にしかなりませんね」

「俺たちは一発でも食らったら死にかねないけどな! ……魔錠解放:南Ⅲエウメネス02116から02097までを結合;〈大火柱(おおひばしら)〉!」

 通りに並ぶ錠から噴き出した炎の奔流が防衛隊の目の前の地面に突き立った。発動からしばらくの間術の効果が残存する持続型の魔錠術だ。

 追いすがる防衛隊員たちが慌てて足を止める。

 が、

「魔錠解放:南Ⅲエウメネス02096から02077までを結合;〈水煙(みずけむり)〉!」

 防衛隊の後衛術師が消火用魔錠術を使って燃え猛る炎の柱を鎮めてしまう。

 同時に、

「魔錠解放:南Ⅲエウメネス02131から02117までを結合;〈鉄鎖〉!」

 別の術師の放った拘束用魔錠術が立ちこめる水蒸気の奥から飛来する。

 襲いかかる紫色の光の鎖を、クラフトは十分に引きつけてからステップを踏んで躱した。

 テレサもまた、何を言われるまでもなく鎖を躱している。

 が、

「――魔錠解放:南Ⅲエウメネス02151から02132までを〈鉄鎖〉に追加結合;分岐せよ!」

「なっ!」

 声は、クラフトの進行方向から聞こえた。

 躱したはずの鎖から、無数の鎖が分岐し、クラフトとテレサに殺到する。

 クラフトは再び引きつけては躱していくが、分岐した鎖はあまりに多い。最後はタビュロを乱暴に振り回して鎖を払う。テレサの方を心配する余裕すらなかった。

 そこへ――

「撃てッ!」

 魔錠官の号令とともに都市防衛隊が一斉に銃弾を放ってくる。

「――《黄昏の盾》よ!」

 テレサの声――いや、

(……呪文、か!)

 夕闇色の光の盾がクラフトとテレサの前面に展開し、降り注ぐ銃弾を受け止めた。

 何もないところに生み出されたその盾は堅固で、打ち寄せる銃弾をものともしない。弾かれた銃弾が地面に転がっていく。

(これが、〈犠牲の聖女〉の魔法――!)

 魔錠術に依存しきったキャラビニエールの術師には到底真似のできない威力だった。

 もちろん、クラフトであっても、錠をいくつか結合すれば同様の盾を張ることはできる。が、自身の体内に蓄えられた魔力だけでこれほどの術を行使しうる魔錠官が、現在のキャラビニエールに一体何人いるだろう?

 テレサの術の凄みがわかったのか、対峙している術師もひるんだ様子を見せていた。

 が、

「く……っ」

「テレサ!」

 その場にくずおれるテレサをクラフトが抱き留める。

「っ……、魔力……が……」

 魔王ブカンフェラスを封じる氷晶――〈凍結された決戦場〉を作りだした千年前の大魔法でテレサの魔力は枯渇していたはずだ。今の術は文字通り命を削る覚悟で放ったのだろう。

 動きを止めたクラフトの背後から防衛隊員たちが近づいてくる。

 が、クラフトが睨んでいるのは正面だった。

 街路の影から、二人の魔錠官が現れる。

 紺地に赤。その制服は、この街に暮らす者なら誰もが知っていた。

「魔錠犯罪取締局……」

 クラフトのつぶやきに答えるように、中背で四十がらみの魔錠官が口を開いた。

「君がクラフト君か。セレシア嬢がご執心と噂の」

「知っててもらえたとは光栄だな、〈魔鞭〉ケインズ・ハーネス」

 魔錠官資格の中でも飛び抜けて難関とされる一等魔錠官の有資格者は、キャラビニエール全市で現在十人しかいない。一見どこにでもいそうな小役人風の男。一等魔錠官だとは信じがたいが、その実力は折り紙付きだという話だ。

 クラフトはもう一人の魔錠官に視線を移す。

「あの〈銀閃〉がこだわってるからどんな男かと思ってみれば、何だ、ただの雑魚じゃないか。機匠を兼ねているとはいえ、所詮は二等魔錠官か」

 金髪を短く刈り上げた、目つきの鋭い若い男が吐き捨てた。

 ベルトに吊した回炉刀を抜きもせず、腰に両手をあてて顎を突き出すその姿勢は、なるほど彼の二つ名にふさわしい。

「……〈高慢〉ハイラーク・エルゴステットまでお出ましか」

 一等魔錠官の中でも実力派で有名な二人だった。クラフトとて弱いわけではないが、正直言って二人のどちらであっても一対一で勝てる気はしない。

 クラフトの背後から、都市防の隊長が声を上げた。

「……協力に感謝する、ケインズ取締局長。だが、これは元々我々の追っていた標的だ」

「私たちも彼らに用がある。戒厳令下においても、市民を逮捕する優先権は市警察にある。ここは任せてもらおうか」

「……仕方ありませんね」

 隊長は苦々しい声でそう言うと、部下たちを率いて路地から去っていく。

 ケインズは何ごともなかったかのようにクラフトに向き直って言った。

「さて、降伏してくれるかな? 聖女さまはどうやら錠を使えないようだし、持ち前の魔力は枯渇寸前といった様子だ。君一人で我々を相手にするのは荷が重いのではないか?」

「荷が重ぃ~? 局長、はっきり言ってやったらどうです? おまえじゃ逆立ちしても俺たちには敵わねーぞって」

 クラフトはハイラークの挑発を無視し、ケインズに問いかける。

「あんたは、今キャラビニエールで起こってることを、どこまで把握している?」

「さて、な。司法取引でもなければ、容疑者に不要な情報など渡さぬよ」

「ふざけるな……! 今がどんな時かわかってるだろう!」

「わかっているからこそ、平常通りにふるまわねばならんのだ。でなければ、我が身を滅ぼすことになる」

「あんた一人の身を守って、それで街が滅ぶんじゃ意味がないだろう!」

「私が死んでは、この街が存続したところで何になる? 私は私の命と私の立場とを守らねばならん。それが大人の辛いところだ」

 ケインズが肩をすくめてみせる。食ってかかろうとしたクラフトを、テレサが止めた。

 テレサはクラフトの手を借りて立ち上がると、気丈にケインズを睨みながら言う。

「――この街の代表が、魔王と手を結んだのですね?」

 テレサの言葉に、ケインズの眉がぴくりと動いた。

「だからあなたは、保身のために自らの良心に蓋をしようとしている。わたしとクラフトを魔王に売って身の安全を買おうとしている……違いますか?」

「……知らんよ。私はただ、自らの職責に忠実であろうとしているだけだ」

 ケインズはそう言ってのけたが、視線はテレサの目から微妙に逸らされていた。

「本当なのか? ドルーア市長が魔王と組んだというのは」

 クラフトの問いに、ハイラークが嘲るように答える。

「そりゃ、確証はねーけどな。こうして聖女テレーシア・ケリュケインに逮捕命令が出ている以上、他に考えようもねーだろうが?」

「……〈高慢〉ハイラーク・エルゴステット。あんたはなんで命令に従ってる? 普段から権威なんて鼻で笑って命令違反を繰り返してるって話じゃないか」

「ふん。俺はおまえが気にいらねーのさ、二等。おまえを痛めつけられるってんなら、俺は魔王の猟犬にだってなってやる」

「……あんたとは面識はなかったと思うが」

「知らないね。どっちにせよ、魔王ってのはなかなか面白そうな話じゃねーか。クソ下らん魔錠犯罪者どもを捕まえるのにも飽きてきてたところだ。破壊と混沌。恐怖と欺瞞。俺が求めてやまない刺激を、魔王ブカンフェラスは与えてくれるかもしれねえ」

「魔王は人に何かを与えたりはしません。与えたように見えるとしたら、それは後から奪うためです。魔王に尻尾を振ってみせたところで、後で身体ごと食いちぎられるのが関の山です」

「へっ……聖女さまのご高説はもっともだけどな、俺はこの世でもっともなものほど嫌いなものはねーんだよ。……それとだな」

「魔錠解放:南Ⅲエウメネス――」「……から02146までを結合;〈魔鞭〉」

「……姑息な不意打ちしかできねーやつも、反吐が出るほど嫌いだ」

 隙を見て魔錠術を使おうとしたクラフトだが、ケインズはそれを見越して術を完成させていた。

 ケインズの二つ名でもある闇色の魔鞭がクラフトのそばにある魔錠から迸り、クラフトの右腕に絡みついた。続いて他の魔錠からも魔鞭が伸び、クラフトとテレサを幾重にも拘束する。

「……ぐっ」

「く……」

 呻くクラフトとテレサにハイラークが近づく。

「へっ……いいざまだな、二等」

 ハイラークは言いながらクラフトの顎を掴み上げた。

「天才的機匠だかなんだか知らねーが、てめえにできるのは所詮この程度のこった。こちとら、普段から命懸けでドンパチやってんだ。工房に籠もって機械いじって喜んでるクソガキとは戦いに臨む覚悟が違うんだよッ」

 ハイラークはクラフトの顎を思い切り突き上げ、拳の甲をクラフトの頬に叩きつけた。

「……いい加減になさい」

 怒気の籠もった声に、ハイラークが視線を移した。

 テレサはクラフトともどもケインズの魔鞭で雁字搦めにされている。

「中途半端な腕に傲り、人を人とも思わぬその所業――恥を知りなさい」

「……んだと?」

 ハイラークは目を細めてテレサを睨みつけるが、テレサはその視線を正面から受け止めてひるまない。

 当然だ。魔王ブカンフェラスと一対一で対決し、引き分けにまで持ち込んだのがこの聖女なのだから。

「ハイラーク。そのくらいにしておけ。私は君の行為で始末書など書かされたくはない」

「ちっ」

 ハイラークがクラフトたちから身を離す。

「さあ、早く二人に手錠をかけろ」

「……っせーな。わかってるよ」

 ケインズの言葉にしぶしぶ動き出したハイラークが――


 吹き飛んだ。

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