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そして聖女は旋風〈タビュロ〉と化す  作者: 天宮暁
第二章 二人の逃亡者
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04

 魔蜂たちは〈凍結された決戦場〉から四方に散ったように見えた。

 クラフトが火球で目くらましをかけたおかげか、魔王ブカンフェラスはこちらの位置を見失っているようだ。

 後はこのまま市庁舎にでも駆け込んで保護を求めればいい。

 そう思っていたのだが、

「ちっ! なんであいつら、俺たちの居場所がわかるんだ!」

 飛来した魔蜂を物陰に身を隠してやりすごそうとしたクラフトとテレーシアだったが、魔蜂たちは二人の近くを通りかかると進路を変えて急降下してきた。

 慌てて細い路地へと逃げ込んだ二人を、魔蜂の群れが執拗に追いかけてくる。

「おそらく、わたしの魔力の波紋を探知しているのでしょう。この千年の間、わたしの魔力を研究するための時間が、魔王にはいくらでもあったわけですから」

「厄介だな……! 魔錠解放:東Ⅵソロニウス01032から01036までを結合;舐め尽くせ、〈炎の舌〉!」

 クラフトの言葉とともに、狭い路地の壁を這うように炎が走った。

 クラフトたちを追って角を曲がってきた魔蜂の先鋒が奇怪な悲鳴を上げてのけぞり、後続の仲間を巻き込んで地面に墜落した。

「……同じく01032から01036までを結合;〈空槌〉、魔蜂を叩きつぶせ!」

 クラフトが追い打ちで放った術が、地面でもがく魔蜂に向かって空気を猛烈に圧縮する。魔蜂がその圧力に悲鳴を上げる。外骨格に亀裂が生じ、紫色の体液を噴き出しながら絶命した。

 が、路地の奥から再び数匹の魔蜂が現れた。

「キリがないな……!」

「……わたしが戦えればよかったのですが……」

 小刺剣(スティレット)を手にしたテレーシアが無念そうに言う。

「あれだけの大魔法を使ってたんだ。魔力が残ってないのはしかたがない」

 そう慰めながら、クラフトは魔錠術を連打し、魔蜂の集団をどうにか全滅させることに成功した。が、クラフトの息は完全に上がっていた。

 魔蜂は、蜂といいながら硬い外骨格を持っているため耐久力が高い。凍結獣の中には魔蜂にそっくりな個体が存在するが、凍結獣の場合は素材が〈凍結された決戦場〉の氷晶であるため打撃にはむしろ弱かった。

「……く、少し休ませてくれ」

 クラフトはテレーシアをともなって細い路地を進み、東舷Ⅵ区と南舷Ⅲ区の境界地点付近で足を止めた。

(ここからなら……市庁舎よりも征伐局の支局か……?)

 予定では、北舷にある市庁舎に駆け込んで保護を求めるつもりだった。

 が、ここからではほとんど街の反対側になってしまう。魔王の放った魔蜂の哨戒をかいくぐりながら北舷を目指すのはほとんど不可能だ。

 一方、凍結獣征伐局の支局ならどの舷にも置かれている。当然のことながら、凍結獣は襲いかかる舷を選んだりはしない。従って、どの舷にも、凍結獣に対抗できるだけの魔錠官を配置した、征伐局の支局が置かれている。

 ここからなら、南舷か東舷の支局を目指すのがいいだろう。

「まともに相手してたらとても保たないな。ここは逃げを打とう」

 クラフトの言葉に、テレーシアが首を振った。

「あれを放っておいてはいけません。魔法の心得のない人間には対抗する手段のない相手なのです。倒しておかねば、この街に甚大な被害が出ます」

「大丈夫だ。この街には凍結獣征伐局ってのがある。凍結獣――氷晶でできた魔物の亡霊みたいな化け物がいるんだが、それを退治する専門家の集団だ。魔王の魔物なんざ、本当はお門違いなんだろうが、すぐに動いてくれるだろう。いや、もう動いてるかもしれない」

「…………」

「だから、魔蜂のことは彼らに任せて、俺たちは俺たちの身の安全を図るべきだ。俺たちは、魔王を倒さなくちゃならないんだからな」

「……わかりました。クラフトの判断に従いましょう」

 と言いながら、テレーシアはやや不満そうだった。自分を狙って放たれた魔物をみすみす野放しにすることに抵抗があるのだろう。

「タビュロは小回りが利かないし、そもそも今は故障中だ。聖女さまの魔力も尽きている。魔錠術だけで魔蜂の集団と戦い続けるのは、正直俺の腕じゃ厳しい」

 あいつがいればな、とつぶやくクラフトに、テレーシアが訊いた。

「先ほどから気になっていたのですが、クラフトの使っている奇妙な魔法は……何ですか?」

「ああ……魔錠術のことか」

「魔、錠……術?」

「ああ。聖女さま、あいつが見えるか?」

 クラフトはそう言って宙を指した。

 テレーシアはクラフトの指の先を追って目を凝らす。

「……鍵穴、ですか?」

 ぼんやりと青く光る魔力の構造体が宙に浮いていた。

 構造体の大きさはまちまちだが、共通して鍵穴のある錠の形をしていて、鍵穴の脇に識別記号が振られている。クラフトが指さしている錠では――『東Ⅵルクルス00906』。

「そうだ。あれが魔錠――ふつうは(ポータル)って呼んでるものだ」

(ポータル)……」

 識別記号は「舷・区・通り・番号」からなり、『東Ⅵルクルス00906』ならば、「東舷・第Ⅵ区・ルクルス通り・00906番の錠」という意味だ。

「聖女さまなら感じるだろう、あの錠の奥には魔力がある」

「あれは……魔王の、いえ、半ばはわたしが魔王を封印した時の魔力の残滓、ですね。波紋はだいぶ摩滅していますが、魔力の質自体は維持されているようです。……なるほど、氷晶から溢れ出す魔力を加工してあのような形で取り出せるようにしているのですね?」

 クラフトの一言から事実を見抜いてしまったテレーシアに、クラフトは目を丸くした。

「さすがだな、聖女さま」

 思わず、心からの賞賛を送ってしまった。

 が、その「賞賛」に、テレーシアは顔をしかめた。

「その『聖女さま』というのはやめてください。テレサで結構です」

「ああ、わかった。済まないな、テレサ。伝説に名高い〈犠牲の聖女〉にどう接したらいいか、わからなかったんだ」

「伝説、ですか」

「ああ。あんたがその身を犠牲にして魔王を〈凍結された決戦場〉に封印し、千年の時を稼いだって伝説だ。あんたは人類が千年の間に魔王を倒す手段を見つけることに賭けた。そう聞いている」

「……そうです」

「その時にあんたの使った大魔法の魔力と、魔王自身の魔力とが、あの〈凍結された決戦場〉から時とともに漏れ出すようになったんだ」

「ああ、それは、もともとそのようにしておいたのです。そうしなければ、封印氷晶の内圧が高まって、百年と経たずに封印が破綻してしまうのです」

「そうか、そういうことだったのか! だから〈凍結された決戦場〉からの魔力漏出量はあんなにも安定して……! ……って、その話は後だな。

〈凍結された決戦場〉からの魔力漏出が初めて観測されたのは、聖魔決戦後まもなくのことだった。当時のファルダール大陸会議があわてて調査を行ってるんだが、封印には影響なしとのことで様子見という結論を出している」

「大陸会議……?」

「聖魔決戦後、荒廃した大陸を復興するために作られた史上初にして史上最後の大陸統一機関だな。ま、お望みなら歴史の講釈は後でしてやるよ。……とにかく、魔力漏出は封印直後から観測されていて、専門の観測機関もあったらしい。そして、それから戦後百年が経とうという頃に、〈凍結された決戦場〉には新たな変化が現れた」

「新たな変化……?」

「〈凍結された決戦場〉と周囲の地殻が浮上し、空飛ぶ浮島として大陸を漂うようになったんだ」

「空を……!?」

「……このことはテレサにも予想外だったのか。魔力は自然界に存在するすべての力に反発するからな。あれだけの量が集まれば、万物を大地に繋ぎ止めている力にすら逆らって宙に浮くくらいしても不思議じゃない。

 とにかく、空飛ぶ浮島の監視のために、〈凍結された決戦場〉の周囲にキャラビニエール聖鎧観測所が作られた。が、なにせ宙に浮いてるからな。物資の供給も大変だ。だから、手近なところから、観測に必要な魔力を調達しようと考えた」

「手近なところって……まさか」

「そう、〈凍結された決戦場〉から滾々と溢れ出す魔力を取り込み、観測所における研究用の魔力需要に充てることにしたんだ。最初は研究者の創意による簡便な井戸のような代物だったらしいんだが、やがてその『井戸』は整備され、魔錠と呼ばれる魔力の引き出し口をあちこちに設けるという、現在の聖鎧都市キャラビニエールの基となるシステムができあがった」

「…………」

 テレサは眉根を寄せ、クラフトの言葉をなんとか咀嚼しようとしているようだった。

「ま、川から井戸へ、井戸から水道への都市上水道の進化と同じだよ。魔力の流れを引き込み、振り分け、循環させ、魔力を必要な時に必要な所で必要な量だけ取り出せるようにする――魔錠ってのはそういうもので、さっき見せた魔錠術は、その利用法のひとつにすぎない」

「……水道、とは?」

「ああ、そうか、千年前には水道もなかったか。生活用水を循環させるための一種の灌漑みたいな設備だと思ってくれ。魔錠から魔力を得るように、蛇口をひねると清潔な水を得ることができる都市設備だ」

 水道の仕組みを魔錠で喩えるのではあべこべだと、クラフトは密かに苦笑した。

「なんとか、理解できたように思います。それで、わたしがあの魔錠とやらを利用するにはどうしたらいいのですか?」

「それは難しいな。観測所が出自のキャラビニエールは伝統的に戸籍が厳密なんだ。キャラビニエールの戸籍がないと魔錠から魔力を引き出すことはできない」

「元々はわたしの魔力だというのに、ですか?」

「テレサにしてみればそうだよな。ただ、魔錠術が発達したおかげで生活は便利になったし、魔法が犯罪に使われることも少なくなった。魔力という危険なものを、個人ではなく都市が管理するようになったからだ。そして、厳しい修練を必要とする魔法は急速に廃れていった」

 魔術師から魔錠官へ。

 魔錠の普及にともなう魔法の担い手の変化を、歴史家たちはそう表現している。

「魔物はどうなったのですか? わたしが言うのは、わたしが魔王に挑んだ当時大陸中に散らばっていた魔物たちのことですが」

「ああ、それに関してなら朗報が伝えられるよ。魔物たちは魔王の封印とともに力を失い弱体化した。人間は魔物の駆逐に成功した。しばらくは野良の魔物もいたらしいが、魔物には生殖能力がないってことで、聖魔決戦後十年と経たずに全滅したと言われている」

「凍結獣、と言うのは?」

「あれは例外だな。大陸でもこのキャラビニエールにしか発生しない」

「発生、ですか?」

「ああ。凍結獣ってのは、〈凍結された決戦場〉の氷晶にできた虫食い――洞窟(ケイヴ)から出現する化け物のことだ。その姿形は伝説にある魔物に酷似しているが、氷晶を身体の構成素材としてるから、ぱっと見はでかい氷像みたいな印象だ。魔王の魔力によって造られた氷のゴーレムってところか。とはいえ、もともとが氷晶と魔王の魔力だから、砕いちまえばそれまでだ。凍結獣を構成する氷晶は魔力密度が高いから、研究や産業の役に立ったりもする」

 クラフトも、征伐局に務める幼なじみからその手の素材を買い取ることがある。

「では、この街の人々には、凍結獣のような存在に対する備えがあるのですね?」

「……どうかな。最近は〈凍結された決戦場〉の観測態勢も整備されてきて、凍結獣が人工湖を渡ってくる前に征伐局の部隊が退治しちまう感じだから、市民の備えってのはあまり期待できないだろうな」

「と、いうことは、この街の戦力としては、征伐局が当てにできる程度、ですか?」

「一応、都市防衛隊という外敵の侵入に備える軍事組織があるし、魔錠犯罪取締局の魔錠官も魔錠術に関しては征伐局にさして劣らないとは思う。ただ、都市防も取締局も基本的には対人戦闘の専門家だ。魔物相手なら、やはり征伐局に分があるだろう。定期的に出現する凍結獣と戦っている征伐局の方が、実戦経験も豊富なはずだ」

「魔物はそれでいいとしても、魔王はどうするつもりなのです?」

「それは……」

 クラフトの顔が曇った。

「タビュロはなぜ、一機しかないのです? 征伐局とやらの戦士に行き渡る程度の数を用意しておけば、魔物など問題にならなかったはずです。むしろ、それで覚醒間もない魔王を片付けてしまうことすらできたかもしれません」

 しばらく沈黙してから、クラフトは観念したように答えた。

「……こいつは、俺一人で組み上げたものなんだ。タビュロの開発に対して、市からの助成は下りそうになかった。どころか、こんな危険なものを開発してるなんて知られたら、機匠免許や二等魔錠官免許を取り上げられる可能性まであった。そうなったら魔錠を使うことすらできなくなる。そんな事情だから、大がかりな実戦試験もできないし、大量生産なんて夢のまた夢だった。技術院にあるはずの最新素材の提供を受けることも難しかったから、結局耐久性の問題は解決できないまま、魔王復活の時を迎えることになっちまった」

「そ、そんな武器で魔王に挑んだのですか!?」

「悪かったな! これが俺にできた精一杯なんだ! あんたがあと数年持ちこたえてくれりゃ、完成させられたんだけどな!」

「無理を言わないでください! わたしが何年魔王を封じていたと思ってるんです!?」

「千年だろ!? みんな知ってる!」

「そうです、千年です! どうしてその間にあなたがたは魔王を倒しうる武装を備えた軍勢を用意してくれなかったのです!?」

「テレサの憤りはもっともだが、俺に言われたって困る。最初の百年くらいは、それでもちゃんと魔王復活に備えて何かをしておこうって話はあったらしいけどな。そもそもこの街自体、いざって時には魔王の再封印装置に転用できるよう構想されてたらしい」

「では、なぜ――!」

「簡単な話だ。それ以降は、どうせ先のことだと魔王復活に真剣に取り組む奴なんていなくなっちまったんだ。魔王研究の成果である聖鎧回炉を利用してこの街は膨大な魔力をどこからでも引き出すことができる、前代未聞の魔力集積都市として発展した。魔王の魔力は貪欲な人間どもに利用され、皮肉にも都市発展の礎になっちまったってわけだ。いまやこの街――聖鎧都市キャラビニエールは人口三〇〇万を誇る大陸最大の都市にまでなった」

「そんな――ここには魔王が封印されているのですよ!? そのまわりに三〇〇万もの人口を抱える都市を作るだなんて、正気の沙汰ではありません!」

「だから俺に言うな。俺は残念ながら人類の代表でもなんでもない。ただの一人の機匠だ。魔王復活だなんてお伽噺に取り憑かれ、無益な研究に勤しむ狂った天才機匠ってのが周囲の評価さ。……それはともかく」

 クラフトは咳払いして続けた。

「魔王の魔力は蜜の味だった。死してなお人々を惹きつけ破滅へと導いていく辺り、魔王の面目躍如ではあるが、魔王自身こんな結末は予想してなかったに違いない。俺が思うに、魔王ブカンフェラスは不安に震えながら千年の時を過ごしたんじゃねーか? 千年先の人類を信じるっていうあんたの言葉にいちばんビビってたのは、たぶん魔王その人さ。だが、蓋を開けてみりゃあこのザマだ。人類はあんたの想いに応えることより身の回りの便利さを優先した。魔王をその核に抱いて、キャラビニエールは大いに発展した。そして人々は、快適な暮らしを送っているうちに、魔王と聖女のことなんかすっかり忘れちまったんだ」

「そんな……!」

「最近じゃ、魔王だの聖女だのは脚色された昔話にすぎない、魔王の復活なんてありえないと、自称『良識派』の知識人たちまで言い出す始末だ! じゃあ街のド真ん中にあるあのバカでかい氷の塊は一体何だ、そこから溢れ出す魔力は一体どこのどいつの魔力なんだ、そう聞いてみたところで満足な答えなんか返っちゃ来ない! 魔王と戦うための研究なんてどこもやってねーし、市の研究所で働くエリート研究員様たちは魔王の『ま』の字を口にしただけで鼻で笑う始末だ! 〈凍結された決戦場〉は千年で破れ、封印されていた魔王が復活する、こいつは否定できない歴史的な事実なんだ! それに、〈凍結された決戦場〉から溢れる魔力をちょっとでも調べてみりゃ、復活が近いんじゃないかってことだって簡単に確かめられる! だってのに、どいつもこいつも自分の頭で考えようとしねえ! 魔王だの聖女だの自分に都合の悪いことには目をつむって耳障りのいい言説を信じ込んで安穏としてやがる! ああ、そうさ、聖女さま、あんたの信じた人類はこんな程度の連中だったってことなんだよ!」

「あなたは――」

 何かを言いかけたテレサが、顔を強ばらせて空を見上げる。

 耳障りな羽音がクラフトの耳にも届いた。

「ちっ――また来たか!」

 確認するまでもない。クラフトは重い身体をもたれていた壁から引き剥がす。

 それから改めて上を見る。魔蜂。太陽に紛れて見にくいが、おそらく十体以上。

「く……こいつを使うか――!?」

 クラフトは背中に負ったタビュロの柄に手をかける。

 が、クラフトは躊躇した。

(ここで使ったら回炉が焼け付くかもしれない。そうしたら修理に時間がかかる。その間魔王が何もしないでいる保障なんてない……)

 クラフトは二等魔錠官の資格を持っているとはいえ、実戦よりは開発の人間だ。

 もちろん、魔王との戦いに備えてクラフト自身修練を積んではいたのだが、征伐局や取締局で日夜命賭けの戦いを繰り返している魔錠官たちに比べれば、刹那の判断能力では見劣りする。

 戦場で致命的な思考停止に陥ったクラフトに、テレサが叫ぶ。

「何をしているのです! 後のことなど考えずに使いなさい!」

「……くッ! 魔錠解放:東Ⅵルクルス00904から00953までをタビュロに接続――」

 クラフトは魔蜂をぎりぎりまで引き付け、タビュロを一息に振り抜いた。

「タビュロ逆加速回炉0002;起動、バースト! ニューメラル・ブレッド!」

 五十もの魔錠から供給された魔力を、タビュロ内部で増幅、魔蜂の群れに向かって発射する。

 魔王の時とは異なり、魔力は魔錠五個分ずつをまとめた十個の小型弾頭となって魔蜂たちに襲いかかる。いくつかの弾頭は魔蜂に直撃してその身体を消し飛ばす。外れた弾頭も魔蜂の周囲で自爆、魔蜂の外殻こそ壊せないものの、三対ある巨大な羽根をむしりとっていた。

 結果として、約半数の魔蜂が消し飛んだ。残りもダメージを負っている。行動可能な魔蜂は残り数匹といったところか。

「ちっ……加減しすぎたか!」

「煮え切り……ませんね!」

 テレサが飛び出す。手にした小刺剣を魔蜂の外骨格の隙間に突き立てる。クラフトは、飛行可能なまま生き残った魔蜂の突撃をタビュロの腹で受け止めながら叫び返す。

「仕方ないだろ! 今こいつを壊すわけにはいかねーんだから!」

 クラフトは魔蜂をいなして地面に落とし、その背中――羽根の付け根に向かってタビュロを振り下ろす。先のタビュロによる一撃で魔蜂は羽根の周囲が弱いことに気づいたのだ。

「わたしが言ってるのはそのことではありません! 気づいてないのですか!?」

 テレサは同時に襲いかかってきた魔蜂二体を体捌きで躱しつつ、小刺剣で両方の羽根を斬り落とす。行動不能になった魔蜂にはとどめを刺す手間をかけずに放置している。

 さすがに魔物の弱点を知り尽くした無駄のない立ち回りだった。

「何に――!?」

「この魔蜂は囮です! わたしたちを何者かが包囲しつつあります!」

「なっ!」

 その声が聞こえていたかのように、路地の奥から何者かが飛び出してきた。

 それは――

「……な、なんだ。都市防の隊員じゃないか」

 グレーの戦闘服に身を包み、ライフル銃を手にした都市防衛隊の一個分隊四人がクラフトたちの前から現れた。足音を聞いて振り返ると、後ろからも同じく一分隊の防衛隊員が現れるところだった。

「ふぅ……なんとか助かったか」

 クラフトは思わず胸を撫で下ろした。

 が、テレサは警戒心も露わに防衛隊員を観察しながら、クラフトと背中合わせに立った。

「……クラフト。どうもそうはいかないようですよ」

「……何?」

 クラフトが訝るような視線をテレサに向けようとした時、防衛隊の中からリーダーらしき男が歩み出て言った。

「――機匠クラフト・エヴォルヴァ。及び、〈犠牲の聖女〉テレーシア・ケリュケイン。戒厳令に基づく市長命令により、おまえたちを逮捕する」

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