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そして聖女は旋風〈タビュロ〉と化す  作者: 天宮暁
第一章 ただひとりの援軍

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02

 千年の時を経てめざめた聖女テレーシア・ケリュケインの後ろに――しかし、人類の大軍勢は現れない。

「……そんな」

 賭けに破れた聖女は、がっくりと膝をついた。

「ハーハッハッハ! 無様だなぁ、聖女! 貴様の楽観的な希望に答えてくれる者など、存在しなかったということだ!」

「……くっ……」

 容赦なく浴びせられる魔王の哄笑に、聖女は歯がみすることしかできなかった。

 千年後の世界に現れた聖女は、千年前と変わらず美しかった。

 白妙の古風なトーガの上にミスリルをふんだんに使った軽鎧をまとい、精緻な装飾の施された小刺剣(スティレット)をその手に握っている。魔王を討つ戦士であると同時に、聖女は大陸人類団結のシンボルでもあった。そんな聖女にふさわしい、神々しさすら感じられる装いだ。

 が、それらはむしろ、聖女の美しさを引き立てるための付属物でしかない。

 腰まで届くつややかな銀髪、白皙の美貌、儚げに揺らめく虹色の瞳、優美に伸びる眉と鼻梁……女神と呼びたくなるような美貌は、しかし焦燥に歪んでいた。

「思えば人ほど浅ましきものもあるまい。受けた恩は鳥獣よりも速やかに忘れ、自分が少しでも楽になれば、たちまち危機から目をそらす。貴様ほど人類に尽くしたものもあるまいに、その貴様のことをすら、人は忘れるのだ」

「……っ」

 聖女テレーシアは魔王の言葉に反論できなかった。

 魔王を倒すには自分では足りないと気づいた時に、テレーシアは迷わず用意していた大魔法を起動した。

 テレーシアの身体に集積した魔力を魔王にそのままぶつけるだけでは、おそらく力負けする。しかし、その同じ魔力で魔王を封じる結界を作り出せばどうか。

 幸いテレーシアには類い希な魔力制御の才があった。魔力の粒子に干渉し、その配置を意のままにする力は、ともすれば膨大な魔力許容量以上に稀少な才能だったかもしれない。

 テレーシアは、自らの魔力を解き放ち、それを巨大な網籠にして、暴れ狂う魔王の魔力を封じ込めた。正確には、力尽くで押し込めたのではなく、魔王の持つ魔力の流れに干渉し、外へと逃れられない永遠の循環の中へと流し込んだのである。

 それは、途方もない離れ業だった。

 が、それは成功した。

 成功はしたが、テレーシアはその先にある未来を的確に予測してもいた。

 テレーシアの生み出した魔力の網籠は、いつまでも保つものではない。魔王の魔力は単に強力なだけでなく、同時に強い腐食性も持っているのだ。

 適度に魔王の魔力を抜きつつ籠を維持すれば長く保たせることは可能だが、この腐食の速度では千年がいいところだとテレーシアは読んでいた。

 ――我、魔王を封印せり、しかれども魔王健在なり。我が封じる千年の間に、魔王を倒す手立てを見つけられたし。

 テレーシアは最後の一瞬で全人類へ宛てたメッセージを発し、次の瞬間から自らの作り出した魔力の繭の中で眠りはじめた。千年の時は人の身には永すぎる。テレーシアは自らを魔王封印のための部品と化し、千年の時を夢うつつのままにすごした。

 人類の軍勢が、魔王を倒しうる武器を持って現れるその時を、心待ちにしながら。

 しかし……しかし!

 人類の軍勢は、現れなかったのだ!

「なかなか愉快な余興ではあったが……私から千年もの時を奪った罪は、果てしなく重いぞ、聖女テレーシア・ケリュケイン」

 魔王はむしろ小柄な男だ。

 が、魔力を凝集させて生み出した漆黒のマントと鎧からは強烈な妖気が立ち上り、頭の左右から突きだした長大な一対の角がこの男が魔の者であることを主張している。

 今さら魔王の言葉に怖じ気づくテレーシアではなかったはずだが……先だっての魔王の哄笑は、テレーシアの胸の怒りを、絶望を、羞恥を否応なく駆り立て、テレーシアの精神を掻き乱していた。

 ――魔王の言葉に耳を貸してはならない。

 山吹谷の古老から教えられた基本中の基本を、テレーシアは束の間忘れ、魔王の言葉を悠長に待ってしまっていた。

「貴様とて、かくのごとき仕打ちを、裏切りを、背信を受けた今となっては、もはや人類のために戦う気力など残っておるまい。私から見てもさすがに哀れだ……せめて苦しまずに滅してやろう」

 情けをかけるような言葉を口にしながら、魔王の顔はむしろ嘲りの色に染まっていた。

「それだけの力を持ちながら、貴様は信じるべきものを誤った。よりにもよって人間などという、もっとも信用のおけぬものを信じてしまった。私のように己の力のみを信じておれば、あるいは世界に覇を唱えることもできただろうに」

 魔王は裏切られた聖女をなおも打ちのめしながら両手をゆらりと持ち上げた。

 その手の間に――宇宙が見えた。

 そう錯覚するほどに膨大な魔力が魔王自身の身体の中から湧きだし、一抱えほどの闇色の球の中に圧縮されていくのだ。

「さあ、聖女よ――貴様を裏切った人間どもを恨みながら死んでいけ――貴様の絶望は、私の何よりの糧となり、世界を破滅に導く大いなる力となるだろう――!」

 魔王にとっても、千年越しの決着だった。

 テレーシアとは異なり、時折意識を取り戻しては自分の置かれた状況に絶望しただろう。

 しかし、魔王はそれでも諦めなかった。

 じわじわとテレーシアの籠を食い破り、千年の時をかけて見事復活を果たしたのだ。

 その執念、その自信、そしてその力――どれも、今のテレーシアには残っていないものだった。

 それらは本来、魔王を倒すために、聖女こそが持っていなければならないものだった。

 しかし今、それらはみな、魔王の手の中にしかなかった。

(こんな――こんな裏切りに遭って死ぬなど……!)

「わたしは……わたしは……!」

「さあ、終わりの時間だ――聖女テレーシア・ケリュケイン――!」

 魔王の生み出した闇が、恐ろしい速度でテレーシアへと迫る。

 テレーシアの心が絶望に染まりかけた、

 その時だった。


「――人を、見損なうなあああああああ――ッッ!!」


 砕けた氷晶の影から、何者かが飛び出してきた。

 何者かは、あろうことかテレーシアの前へと割り込み、向かい来る闇に向かって、手にした巨大な何かを振り払った。


 ドッッ――!!


 凄まじい衝撃が、テレーシアを、何者かを、そして魔王を打った。

 その衝撃に備えていたのは、割って入った何者かだけだっただろう。

 何者か――二十歳前の少年のように見える戦士は、とても実用的には見えない無骨な金属の塊を手に、魔王目がけて疾駆する。

「うらああああああ――ッ!」

 金属の塊が、闇色の魔力を噴き出した。

「ぬ……っ!」

 戦士の接近に遅れて気づいた魔王が迎撃の構えを見せるが――間に合わない。

 若き戦士の振り下ろした鉄塊は、魔王の象徴たる右側の角へと叩きつけられた。

「タビュロ逆加速回炉0001から0003まで;バースト! クルーシャル・ブレードッ!」

 鉄塊から噴き出す闇が一瞬にして「重く」なった。

「ぐ、ぬおおおお……っ、ぐあああああ――ッ!」

 悲鳴を上げたのは、なんと魔王の方だった。

 戦士の振り下ろした鉄塊は、恐ろしい勢いで魔王の角を折り取ると、そのままの勢いで地面――罅の入った氷晶へとめり込んだ。

 しかし戦士は、それだけでは止まらない。

「魔錠解放:〈凍結された決戦場〉作業用架設(ポータル)07500から07519まで!」

 呪文……ではありえない言葉を戦士が口にした次の瞬間、見渡す限りに広がる氷晶の狭間から魔力の流れが複数飛んでくるのを感じた。

「貴様あああッ!」

 それに気づかない魔王が、怒りに顔を赤く染めて若き戦士へと手を伸ばす。

 殴るでもないただの手だが、絶大な魔力を持つ魔王に触れられることは、それだけで即、命の危機を招く。

「危な――」

 テレーシアが叫びかけたのと、

「――07500から07504までを結合;魔王に〈火球〉、07505から07509までを並列起動;タビュロ近傍の氷晶に〈空槌〉、残りのナンバーは俺に〈斥力〉!」

 戦士が叫んだのは同時だった。

 鉄塊がめり込んでいるせいで動けない状態だった戦士が、一瞬にして跳び退ってきた。

 いや、そんな軽いものではない。

 何かに弾かれたような猛烈な勢いでテレーシアの元へと向かってきて、

「失礼――!」

「きゃあっ!」

 テレーシアの身体が宙に浮いた。

 いや、戦士が通りすぎざまにテレーシアを抱きかかえたのだ。

 凄まじい勢いで後ろへと引っ張られるテレーシアの目に、火球をうとましげに払う魔王の姿と、鉄塊のめり込んでいた場所に生まれたクレーター、さらに鉄塊を引き摺ってできた一条の溝とが映った。

「07500から07509までを結合;魔王に〈大火球〉! 残りは〈跳躍〉と〈斥力〉!」

 戦士の言葉とともに火球を払う魔王の頭上にさらに巨大な火球が生まれ、同時に戦士とテレーシアの身体に上向きの急激な力と後ろ向きの持続的な力とが生じた。

 戦士はそれから何度も距離と方向とを微調整しながら、氷晶の山を一心不乱に逃げていく。横抱きにかかえられたテレーシアは、若い戦士の姿をようやく確かめることができた。

 最初の印象と同じく、年齢はテレーシアより少し下くらいだろう――テレーシアの年齢に封印期間の千年を加えなければ、だが。

 しかしそれ以上に、戦士はあどけなく見えた。戦士というよりは少年といった方がふさわしいような、どこか幼さの残る顔立ちだった。が、その幼さに反して、眉根は固く結ばれ、頬はこけ、顔には焦慮の色が浮いている。しかし、焦りで我を失うようなことは決してない。それは、少年の心身を強い目的意識が貫いているからだろう。

(……自分のなすべき使命を理解し、それに殉じようとしている者の顔ですね)

 この者は信じられると、テレーシアは聖女としての勘と経験とで判断していた。

「なぜ逃げるのです!? さきほどの武器なら、魔王を倒せるのではないですか!?」

「壊れた!」

「こ……っ!」

 テレーシアは絶句した。

「そ、そんなもので魔王に斬りかかったのですか!? 正気ですかっ!?」

「しかたがないだろう、これしかなかったんだから!」

「え、援軍は……?」

「ない!」

「ないって、どういうことですか!? わたしはちゃんと千年前に全人類に向けて言ったはずです! 魔王を倒す手立てを見つけよと!」

「らしいな! だけど、ないもんはないんだ! その点に関しちゃ、魔王の言い分が正解だったっぽいぜ!」

「聞いていたのですか!? でも、どうやって……わたしも魔王もあなたには気づかなかった……!」

「魔王に関しちゃ、魔力しか見てなかったんだろう! 俺自身は大して魔力のある方じゃないから、氷晶の魔力に紛れてたんだろうさ! あんたに関しちゃ……ちゃんとあんたから見えるとこに隠れてたのに、あんたが気づかなかっただけだ!」

 希望の綱だった人類の軍勢が現れず、魔王の言葉に動揺していた時に、この少年が到着したのだろう。

「で、でも、さきほどの一撃は凄まじいものでした! 魔王の身体に傷をつけたものなど、数々の勇者の中にもいないはずです!」

 氷晶に紛れてしまう程度の魔力しか持たない者に放てる攻撃ではなかった。

「ありゃあ魔王自身の魔力を取り込んで増幅して叩きつけたんだ! 本当は不意を打ってやるつもりだったんだが、あんたがあまりにしょんぼりしててやられそうだったから、助けざるをえなくなったんだよ!」

「そ、それは……」

 話している間に、氷晶の山を抜けていた。

 魔王は追ってきているのかいないのか、氷晶の奥から現れる様子がない。

 氷晶の山は、巨大な湖に囲まれていた。通常の岩盤は魔力による腐食に弱いから、千年後の今、魔王城のあった場所の岩盤が崩壊しているのは不思議なことではない。そこに雨水や地下水、砕けた氷晶の液化したものなどが貯まって池をなすことまでは想像の範疇だった。

 が、湖の向こうに広がる光景に、テレーシアは絶句した。

「ま、街……!?」

 銀色の瓦を並べる建物の群れが広がっていた。

 建物は二階建てか三階建てが多いようだが、建物の様式がテレーシアの知る時代のものとは大きく異なる。彫刻などの装飾の少ない直線的な建物が多く、建材も煉瓦ではない、継ぎ目のないタイルのようなものが主流だ。

 テレーシアが戸惑う間に、少年は湖の桟橋にもゆってあった小舟に乗り込み、抱えていたテレーシアを座席へと下ろした。少年はナイフでとも綱を切ると、

「対岸は……東舷だな。魔錠解放:東Ⅱクセルクス08300から08309;舟に〈斥力〉!」

「きゃっ……!」

 舟が猛スピードで発進した。

「ふぅ……やれやれだ」

 少年が脱力し、座席に座り込む。もちろん、揺れが激しいから休めはしないし、背後を警戒することも怠らない。

 テレーシアは、少年の手のひらが焼け爛れていることに気がついた。

「その手……」

「あ、ああ……思った以上にタビュロが熱を持ってな……」

 タビュロというのは、先ほど魔王に一撃を加えた、あの奇妙な武器のことだろう。

「……魔王の角を折るような一撃を放ってこの程度で済むのですか。あなたはわたしを凌ぐほどの魔力制御の才の持ち主なのですね」

 魔力を攻撃力へと転化する際にはどうしてもある程度の余熱が生じる。小規模の魔法ならばほとんど気にならない程度の熱だが、あれだけの魔力を転化した場合、全魔力の千分の一程度が熱になっただけでも、発生する熱の総量は無視できない量になる。

「いや、そうじゃない。俺が自分で制御してるわけじゃないんだ……()っ」

「見せてください」

 テレーシアは少年の手を取り、治癒の魔法をかける。

「……《女神の息吹》よ」

 千年の眠りから覚醒したばかりではあるが、魔法はきちんと発動し、少年の火傷はすぐに直った。

 しかし、思った以上に魔力の残りが少ない。あと一度か二度、中程度の魔法を使うだけで枯渇してしまうだろう。不透明な状況の中で魔法が自由に使えないのは痛い。

「これが、聖女さまの力か。助かったよ」

 少年は手のひらを何度も返しながら、感心したように見入っている。

「あなたからすれば、驚くようなものでもないでしょう?」

「いや、治癒系の魔法は魔錠術では実現が難しいんだよ」

 少年の言葉は半分もわからなかったが、今確かめておくべきなのは別のことだろう。

「その魔法剣……タビュロ? は、もう使えないのですか?」

「ああ。修理しない限りはな」

「修理?」

 テレーシアの常識では「修理」という言葉は、機械や農機具などに使うもので、剣のような単純な武器にはそぐわない。また、魔法剣の場合は再錬成というのでこれも違う。

「俺は機匠なんだ。あ、機匠がわからないか。魔力を利用した機械装置を開発する人間だと思ってくれればいい」

「機匠……ですか」

 そう言われても、テレーシアには具体的なイメージが浮かばなかった。千年もの時が経っている以上、テレーシアの常識にない職業があったところで不思議ではないが。

「あの……お名前は?」

「ああ、そうだった。俺はクラフト・エヴォルヴァ。あんたは、〈犠牲の聖女〉テレーシア・ケリュケイン……でいいんだよな?」

「犠牲の、というのはわかりませんが、それ以外はその通りです。クラフト、先ほどは危ないところを助けていただきありがとうございました」

 千年前にはなかった呼び名に戸惑いつつ、テレーシアはそう言って頭を下げた。

「いいんだよ。むしろ礼を言うのはこっちのはずだ。千年もの間、魔王を封じてくれていてありがとう。俺は別に人類を代表する立場でもないが、聖女さまのことは本当に尊敬してる」

「そ、そうですか……」

 にっこりと微笑んで言ってくるクラフトに、テレーシアは柄にもなく照れてしまう。

 昔は男など近寄せず、氷の聖女などと呼ばれていたテレーシアを動揺させるような何かを、この少年は持っている。それは、しっかりした受け答えの奥に見え隠れする子どものような無邪気さかもしれない。

「それで、その武器ですが……」

「ああ、こいつは、超多重魔錠接続型逆加速増幅式聖鎧回炉内蔵対魔王用聖鎧回炉刀〈旋風(タービュラント)(プロト)〉という。長いからタビュロでいい」

「は、はぁ……」

「こいつは、簡単に言えば魔力の制御装置さ。魔力を外部から取り込んで増幅し、再び外へと放出する――そういう武器だと思ってくれればいい」

「魔力を取り込んで……増幅する……!?」

「お、さすがは聖女さま、すぐにわかったみたいだな。そう。こいつは使いようによっちゃ魔王を倒せるかもしれない武器だ。魔力の塊みたいな魔王だが、奴の魔力をぶんどってそれを増幅して叩きつけてやれば、さすがに無傷とはいかないだろう。さっきの実証試験でもうまく行ったし」

「……今、実証試験と言いましたか?」

「ああ。あんな凄まじい魔力の持ち主なんか他にいないからな。事前に試験することすらできなかった。ぶっつけ本番で投入するしかなかったんだよ」

 この少年は、他の誰からの支援も受けずに、ぶっつけ本番で新開発の武器を実戦投入してのけたことになる。しかも、魔王を相手に。

「な、何を考えてるんですか……! 相手は魔王なのですよ!? 過去の勇者たちだって、慎重に慎重を重ねた上で魔王に挑み、そして敗北していったのです!」

「俺だってこんなことやりたくなかったが……しょうがないだろ、時間がなかったんだ」

 言いながらクラフトは、ナイフのような工具で例の武器――タビュロをいじっている。

 工具が触れた箇所から蒸気が噴き出し、霜が降りる。それにともなって魔力の流れが繊細に変化していることに、聖女であるテレーシアはすぐに気づいた。その不思議な光景とクラフトの機敏な手つきとに、テレーシアは思わず見入ってしまう。

「……よし。これで多少は保つだろう。でも、できれば使いたくねーな。完全に回炉が焼け付いちまうと、回炉から作り直しになっちまう。魔王が復活した今、それだけの時間的余裕があるかどうか。ったく、技術院の新素材を使わせてくれりゃあもうちょい保ちそうなんだが……」

「よくわかりませんが……ひょっとして、粗悪品なのですか?」

「粗悪ぅ……? 言ってくれるな、聖女さま。これでも天才機匠と呼ばれる身の俺が、ここ半年くらい全精力を費やして開発したんだ。今この都市の中にある回炉刀で――いや、大陸中のありとあらゆる武器の中で、魔王に一撃を加えられるのはたぶん、こいつだけだ」

「……それは失礼しました」

「いや、悪い。最良の状態まで持ってこられなかったのは、自分でも忸怩たるものがあるよ。でも、もともとタビュロの弱点はそこなんだ」

「そこ?」

「聖鎧回炉の小型化には成功して、魔力の取り込み、制御、増幅はなんとかできるようになったんだが、それだけの膨大な魔力に耐えられる素材がないのさ」

「……なるほど」

「ともあれ、こうなった以上は、もう狼少年扱いもされないだろう。市庁舎に駆け込んで保護を求め、防衛隊なり征伐局なりに時間稼ぎをしてもらって、その間にタビュロを修理……いや、できれば量産したいところだな。機匠組合にかけあえばひょっとしたら……」

 クラフトがぶつぶつとひとりごとをはじめたので、テレーシアは何気なく船尾側の空を見上げた。そして、凍りついた。

「クラフト!」

「……ん? 何だ?」

「あれを……!」

「あれって……まさか!」

 氷晶の山の向こうの空に、赤黒い点が無数に見えた。

 クラフトはウェストポーチから双眼鏡を取りだして「赤黒い点」に焦点を合わせる。

 拡大されたそれは――

「……魔蜂(ヘルホーネット)……か!」

 魔王は、キャラビニエールに魔物を放ったのだ。

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