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そして聖女は旋風〈タビュロ〉と化す  作者: 天宮暁
第五章 聖魔再戦

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 魔王に斬り込むテレサを援護しながら、クラフトは思ったほど自分が昂ぶっていないことに困惑していた。

 これまでこの一戦に向けて高まっていた自分の中の熱が、急激に冷めていくのだ。

(……こりゃ、たまんねぇな)

 千年に及ぶ宿願を果たそうとしている〈犠牲の聖女〉テレーシア・ケリュケインの目には魔王しか映っていない。

 クラフトがこの時のために作り上げたタビュロは、素材の限界をはるかに超える魔力の流入によって溶融し、聖女の手の中でほぼ蒸発してしまった。

 それでもテレサの手の中から〈タビュロ〉が失われていないのは、テレサが自身の魔法によってクラフトの組み込んだ回炉を模倣し、魔力そのものによって魔力を制御しているからだ。

 もはや、タビュロに送り込む魔力をクラフトの方で制御する必要すらなかった。テレサは解放されたキャラビニエール中の錠から自由に魔力を取り込み、〈タビュロ〉の中に圧縮して、魔王を倒す現代の聖剣を自力で維持しているのだ。

〈タビュロ〉は時間とともにその密度を増していく。最初は〈凍結された決戦場〉とよく似た氷の形状をしていたものが、しばらくすると雷の束になり、さらに時間が経つにつれて今度は透明な水晶のような結晶構造へと変化していく。その度に〈タビュロ〉は威力を増し、もはや魔王に斬りつける余波だけで周囲の魔物が粉々に砕け散り、凍結獣にはありえないグロテスクな生の肉片と化して、キャラビニエールの街路を赤紫に染めていく。

 最初は魔錠術で後方支援にあたっていたクラフトだが、こうなってはもはや支援もできない。シアならともかく、クラフトの腕では〈タビュロ〉の吐き出す余波を食らって巻き添えになるだけだ。

〈タビュロ〉を手に、この都市の生命である魔力を吸い上げ、それを片端から増幅して魔王へと叩きつけるテレサは、さながら荒れ狂う雷嵐(サンダーストーム)――人智を越えた天災のようにしか思えない。

 そんなテレサを相手にする魔王の表情も、次第に強ばっていくようだった。

 テレサは嬉嬉として〈タビュロ〉をふるい、魔王の展開する魔力の盾を引き裂き、押し寄せる巨大な炎の奔流を弾き返し、高みから打ち落とされる稲妻をその手の内に吸収する。

(……たまらないな)

 テレサは見事なほどに魔王しか見ていない。

 もはや配下の魔物など相手にもならない。魔王への攻撃の余波に巻き込まれて散っていく魔物たちは、魔王を討つ聖女という劇の悲しい引き立て役にしかなっていない。

 千年の時を超えて魔王を討たんとする聖女の物語に憧れ、危機感に燃えてタビュロを作り上げたクラフトだったが、その夢の果てるこの時になって、自分がまったく蚊帳の外に置かれていることに気がついた。

(……俺は、物語の英雄にはなれそうにないな)

 テレサはまぎれもなく英雄だ。

 もちろん、そのうちに数え切れないほどの悲しみを抱えていることは知っている。

 が、仇敵を前にしたテレサの、この迷いのなさはどうだろう?

 脇目もふらずに目的を果たそうとする意志の固さには、もちろん感動する。

 しかし、ふと思ってしまったのだ。

 この戦いが終わった後、テレサはどうなってしまうのか、と。

 そして、今クラフトが感じ始めているこの寂寥は、きっと、戦いが終わった後のテレサに何倍にもなってのしかかってくる。

 英雄として遇されることを楽しめるような、そんなわかりやすい性格をしていれば救いもあっただろう。

 が、テレサはもちろん、英雄扱いをされたくて魔王を倒そうとしているのではない。

 ここに至るまでにはさまざまな心境の変化があったにちがいないが、今現在のテレサは魔王を倒すという究極の目的以外になにものも持っていないように見える。

 テレサは、剣だ。

 テレサが今手にしている〈タビュロ〉などよりもはるかに、テレサ自身こそが魔王に突き立てられるべき剣なのだ。

〈タビュロ〉は魔王を倒すとともにその役目を終える。テレサが魔力によって維持している擬似的な回炉から魔力を解放すれば、タビュロとしての実体を蒸発させた〈タビュロ〉は文字通り雲散霧消する。

 それと同様に、あるいはテレサ自身も――

「……っ!」

 クラフトは弾かれたように跳び出した。

〈タビュロ〉の余波を受けて単なる血しぶきと化した魔物を避け、魔王がテレサ目がけて放った苦し紛れの稲妻を魔錠術でいなし、クラフトはテレサの背中を追う。





「――終わりです、魔王。われわれはこの世界から退場しなければならない――!」

「貴様……まさか!」

 テレサが〈タビュロ〉をかつぐように構え、斬りつける。

 隙の多い、いわば捨て身の攻撃だ。

 魔王はテレサ目がけて闇の(あぎと)を放ち、足止めしようとする。

 が、食い破られた。

 テレサは〈タビュロ〉ごと闇の顎へと飛び込み、全身に傷を負いながらそれを突き抜けた。

 驚愕に固まった魔王の肩を〈タビュロ〉が貫く。

 魔王はその攻撃に痛みを感じなかった。

 ただ、魔王の肩がなくなっていただけだ。

「ぐ……ぬおおお……っ!」

 魔王が吼えたのは痛みのせいではなかった。

〈タビュロ〉の一撃が、魔王の肩ごと魔王の魔力をごっそりと吸い取ったからだ。

 魔力を大量に失った虚脱感で魔王が棒立ちになった。テレサが〈タビュロ〉を振り下ろす。魔王は慌てて飛び退くが、魔王の身体の前面を〈タビュロ〉が削った。

「あ、ああああああああああああああ――っっ!!」

〈蜂と蛆どもの主〉魔王ブカンフェラスが、悲鳴を上げていた。

 ブカンフェラスは突如、かつてない恐怖に襲われたのだ。

 今の〈タビュロ〉の二撃で、ブカンフェラスの蓄えた魔力のおよそ三分の一が持っていかれた。

 つまり、同じ攻撃をあと四度受ければ、魔王ブカンフェラスはこの世から跡形もなく消滅する。

「あああああああッ、あ、あああああああ――ッ!」

 にわかに突きつけられた死の恐怖に、魔王ブカンフェラスは狂乱した。

 圧倒的な力を持って生まれたブカンフェラスは、自分が死ぬということを、この時まで、一度たりとも考えたことがなかった。ブカンフェラスにとって死はあくまでも人ごとであり、自分の身に降りかかることは未来永劫ありえないはずの事象だった。

 だが、今こうして、ブカンフェラスは死に直面している。どれほどの魔力があろうと、どれだけの配下がいようと抗いえない運命――死。その途方もない闇の深さに、魔王を自称して憚らない者が――溺れた。

 ブカンフェラスは、さながら赤子のように悲鳴を上げ、泣き叫び、まるでだだをこねるように闇の稲妻を、顎を、火球をばら撒く。

 テレサはそれらの攻撃をかいくぐり、あるいはわざと食らいながら、泣きわめく魔王へと〈タビュロ〉を振り下ろし、突き、なぎ払う。

〈タビュロ〉が魔王自身から魔力を奪えるようになるとは、クラフトもテレサも想定していなかった。

 が、もともとキャラビニエールの聖鎧回炉に蓄えられた魔力は、〈凍結された決戦場〉に封じられていた魔王と聖女に由来するものだった。タビュロがキャラビニエール中の魔力を吸収し、増幅して放つことができるよう設計されている以上、それは原理的には魔王自身の魔力についても同じはずだ。現に、復活の日、クラフトが魔王に一撃を加えた際にも、魔王の放った闇の火球を吸収し、増幅して叩きつけることに成功していた。

 しかし、それはあくまでも魔王の放った魔力であり、魔王自身の(うち)にある魔力ではない。魔王の制御下にある魔力をむりやり奪うことまでできるとは、テレサ自身やってみるまで想像すらしていなかった。おそらく、キャラビニエール中から集めた膨大な魔力と、溶融したタビュロの逆加速回炉をテレサの〈雷〉で代替したこととが重なって得られた結果だろう。

 テレサは全身に傷を負いながら一心不乱に〈タビュロ〉を振るう。

 ブカンフェラスは惨めに逃げ回るばかりでなかなか捉えられないが、それでも時間とともに〈タビュロ〉がブカンフェラスをかすめる回数も増えていく。そうして魔力を奪われれば魔王の動きはさらに鈍くなっていく。

 ――あと一太刀で、魔王ブカンフェラスは消滅する。

「待……てっ! やめろ……! これ以上は……! やめてくれ……!」

 魔王ブカンフェラスはついに逃げることを諦め、テレサの足下に平伏した。

「く……っ! こ、降伏だ、降伏する……! だから、これ以上は……やめてくれ……! 私の……、私の、身体が……なくなってしまう! 消えてしまう……! 嫌だ、死にたくない……消えたくない……っ!」

「……あなたに降伏する権利など、あると思っているのですか」

 テレサは魔王の無様な命乞いを冷然と切って捨てた。

「あなたはそうやって命乞いする人々を、笑いながら殺してきたではないですか……!」

「わ、私は見ての通り降伏しているだろう!? 人間どもの(いくさ)でも、降伏したものは殺さぬではないか!」

「……あなたが捕虜を魔物の餌にしていたことは有名ですよね? ……とにかく」

 テレサは〈タビュロ〉の切っ先を魔王に突きつけ、冷厳と告げる。

「生き延びればあなたはまた同じことをする」

「し、しない……! 私は、私は、この街を支える礎となろう……! 我が魔力は見返りを求めずに提供しよう……! 私のことは、どこへなりと幽閉してくれて構わない……! だ、だから……だから……命だけは、助けてくれええええええ……っ!」

 一度折れた魔王は、途方もなく弱かった。

 いたずらが親に見つかった子どものように、あわてふためき、こちらの慈悲にすがろうとしている。

 魔王はこれまで不敗だった。だから、潔い負け方を知らない。

(……これが、悪なのですね)

 一際小さく見える魔王を見下ろしながら、テレサは思う。

(悪とはこんなにも醜く卑小で、尊敬できる部分がひとかけらも存在しないものなのですね。そして、わたしはこんなもののために戦ってきた……)

 使命に酔っている間は気づかなかった。

 いや、薄々気づいていながら、気づかないふりをしてきたのかもしれない。

 自分がすべてを賭して戦ってきた敵は、こんな程度のものだった。

「あなたの前に立った時から、わたしにはふたつの選択肢しかありません。すなわち――滅ぼすか、滅びるか」

 テレサの言葉に、魔王はびくりと肩を震わせた。

「いえ――結局、同じことなのかもしれませんね。魔王ブカンフェラス――あなたの降伏は聞けませんが、ひとつだけはなむけを差し上げましょう」

 そうでもなければ、自分の方が報われない。

 すべてを賭して戦ってきた敵は、やはり可能な限り強大なほうがいい。

「〈蜂と蛆どもの主〉魔王ブカンフェラスはあまりにも強大で……千年の時を超えて戦いを挑んだ〈犠牲の聖女〉テレーシア・ケリュケインをもってしても、完全には倒しきれなかった。だから――」

 テレサが無造作に薙いだ〈タビュロ〉が、魔王の最後のひとかけらを吸い上げた。

 人類を長きにわたって苦しめた魔王は、今ここに滅んでいた。

 壮絶な討ち死にを遂げたわけでもなんでもなく、〈タビュロ〉にすべての魔力を吸い上げられて消滅した。ただ、消えた。

 しかし、これで終わりではたまらない。

(わたしは――そう、〈犠牲の聖女〉です)

 幼き日のクラフトが憧れたような、強く気高く優しく勇敢な伝説の聖女――。

 そうでなければ嘘だ……!

「――聖女は魔王を、自らの命を贖って滅ぼした」

 テレサは逆手に握り直した〈タビュロ〉を、自らの胸へと――

「駄目だ――やめろッ!」

 クラフトの声とともに、何かがテレサの手元へと飛び込んできた。

「……っ!」

 それは、ナイフ大の回炉刀だった。

 回炉刀は〈タビュロ〉の魔力制御回炉を正確に貫いていた。

「冷却ジャイロ、タビュロ逆加速回炉すべてを強制凍結!」

「な……っ!」

 クラフトの投げ込んだ回炉刀がうなりを上げて駆動し、テレサの〈タビュロ〉を内部の魔力を一時的に凍結する形で機能停止へと追い込んだ。

 クラフトが投げ込んだ回炉刀――冷却ジャイロと呼ぶそれは、タビュロが制御を失い暴走した際に外部から強制停止するための工具だった。タビュロの暴走に備えてクラフトはこの工具を持ち歩いていたのだ。

 内部で魔力を循環し、外部に漏らすことのない閉鎖的な魔力の系――〈タビュロ〉は今、第二の〈凍結された決戦場〉と化して沈黙した。

 凍りついた〈タビュロ〉から手を放し、テレサはその場にへたりこんだ。

 涙が次から次へと溢れてきて、止まらなかった。

「……どうして!」

 テレサが叫ぶ。

「どうして、死なせてくれなかったんですか!」

「どうしてはこっちのセリフだ! なんでわざわざ死のうとなんてした! 十分に倒し切れてたじゃないか!」

「助けに来たのですから、クラフトにはわかっているのでしょう!? 魔王のいない世界で、どうして聖女が必要ですか! わたしは千年前の幽霊です……千年前に魔王もろとも散るはずだった幽霊なのです!」

「そうか、あんたはもともと……」

「そうです! 何が聖女ですか! わたしはただ、身体の中に限界まで魔力を注ぎ込まれて放たれた、生きた魔法爆弾なんです! わたしはもともと差し違えるつもりで魔王に挑んだのです!」

「そんなこと、知るか!」

 クラフトの一喝にテレサが身を震わせる。

「俺は、あんたを死なせるためにタビュロを作ったんじゃないんだよ! 俺は、あんたのことを救いたかったんだ! 世界のために犠牲になる? ふざけんな! 俺は、使命感の強い奴に大変なことを押しつけるだけ押しつけて、後は知らぬ存ぜぬを通してる連中が気に入らなかったんだ!」

「……人は、みな弱いのです」

「ああ、弱いさ! だけど、だからこそテレサは生きていなくちゃならないんだ! 俺はな、〈犠牲の聖女〉の物語が、初めて聞いた時から大嫌いだったんだ! だから、俺はその結末を書き換えてやろうと思った! みんなのことを思った聖女さまは見事魔王を討ち滅ぼし、その後はみんなとなかよく暮らしました……ってな!」

 テレサがはっとした顔でクラフトを見た。

「だから、生きていこうぜ。魔王だの、命懸けの戦いだのはもう沢山だ」

 がくん、と地面が沈んだ。キャラビニエール全体が不安定に傾き、揺れている。

「ついに排魔路か公転ジャイロがいかれちまったか? へたすりゃ、キャラビニエールはもう浮かべないかもしれないな。魔力に関しちゃ、凍結した〈タビュロ〉を〈凍結された決戦場〉に持っていって繋げばなんとかなりそうなんだが」

 クラフトはベルトに吊したポーチから携帯型錠話機を取りだし、番号を押した。

「親方、作戦は成った。魔王は滅んだ。俺たちの勝利だ」

 携帯型錠話機の向こうから機匠たちの歓声が聞こえてきた。

 クラフトは公転の再逆転を依頼すると、苦笑しながら錠話を切った。

「二十四のうち、過半数の公転ジャイロがぶっ壊れたらしい。責任持ってなんとかしろって言われた」

 愉快そうに笑うクラフトの横顔を、テレサはただ呆然と見上げた。


「――魔王のいなくなった世界で生きてくのは……それはそれで大変なことだぜ」


 そう言いながらクラフトが伸ばしてきた手を、テレサはまじまじと見つめた。

 まるで、それが何だかわからない赤子のように。

 そして――


「……そんな結末も、いいかもしれませんね」


 クラフトの手をしっかりと握りしめながら、テレサはそうつぶやいていた。





『そして聖女は旋風〈タビュロ〉と化す』、これにて完結となります。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

皆様に楽しんでいただけていれば、これにまさる幸いはございません。


最後に、既存シリーズのご紹介です。

『NO FATIGUE 24時間戦える男の転生譚』は、現在週1回更新で連載中です。

3年近くに渡った連載も、いよいよクライマックスが近づいてきました。

ここを見ている方にはチェック済みの方が多いかもしれませんが、まだの方はぜひ。

http://ncode.syosetu.com/n6990ch/


その他、完結済み作品:

『17⇔70転生? いいえ、人格の入れ替わりです。』

17歳の冒険者と70歳の定年退職者の心と身体が入れ替わったお話です。

現代と異世界、両方で無双します。

http://ncode.syosetu.com/n6929do/


『鋼の転生車 ~自動運転トラック、異世界を行く~』

自動運転のトラック「が」事故に遭い、異世界に転生するお話です。

http://ncode.syosetu.com/n3905dx/


『転移したうちの生徒会が強すぎる件』

異世界の王に召喚された生徒会役員たちは、一癖も二癖もある連中で――!?

気軽に読んでもらえるコミカルな作品です。

http://ncode.syosetu.com/n0616dv/


その他にも作品があります。気になる方はマイページをチェックしてみてください。


既刊:

書籍になっているものです。

『NO FATIGUE ~24時間戦える男の転生譚~』①~③(オーバーラップノベルス)

『焰狼のエレオノラ』(講談社ラノベ文庫)

どちらも書店では手に入りにくいと思います。お手数ですがネット書店からどうぞ。



転生モノもいろいろ書いたなあという感じで、次に何を書こうか迷ってます。

今回はかなり硬派なファンタジーにしましたが、ポイントからすると需要がないと判断するしかないですね。

当面は『NO FATIGUE』の更新を維持しつつ、構想を練ろうかと思ってます。

こういうものが読みたい、あるいは読みたくない等ありましたら、感想でお知らせ願えると助かります。


それでは、また。

ありがとうございました。


2017/07/05

天宮暁

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