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そして聖女は旋風〈タビュロ〉と化す  作者: 天宮暁
第五章 聖魔再戦

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 シアへと押し寄せた魔物の数は途方もなかった。

 クラフトを狙われたことにカッなって魔王に一撃を加えたのがよくなかったのかもしれない。

 クラフトは危険を顧みずテレサの後を追っている。

 もうタビュロの制御はテレサへと引き継いでいるのだろう、クラフト自身が魔錠術を使ってテレサの背後から迫る魔物を引きつけようとしている。

 そのクラフトを、守る。

 無数の傷を負いながら、守る。

 これは、そのための力なのだ。

 悔いを残さないように、全てを出し尽くす!

「プリセット0001;〈千斬――」

「――魔錠解放:北Ⅱアレクシア39999から39900までを結合;灼き尽くせ〈炎壁〉!」

 突如横合いから割って入った声に、シアは考えるより早く飛び退いていた。

 そして――

「く……!」

 つい一瞬前までシアのいた空間を押し包むように燃えさかる炎の壁が襲いかかる。

 炎の壁は果てしなく高く、その包囲は完璧だった。

 シアは錠から生み出していた氷刃を包囲の一箇所にまとめて撃ち込むと、大量の水蒸気が吹きだす中へと飛び込み、炎壁の外へと抜けた。その次の瞬間、先ほどまでシアのいた場所で炎壁同士が激突し、巨大な火柱を上げていた。

 この術には見覚えがある。

 三桁に及ぶ錠を結合して強力な炎壁を生み出し、敵を包囲・殲滅する戦術級の魔錠術だ。

 こんな物騒な術の使い手は、一等魔錠官の中にもひとりしかいない。

「ハイラーク……!」

「よぉ、セレシア」

「魔王についたってのは本当だったのね。見損なったわ。実力ではあたしに及ばないにしても、〈高慢〉の二つ名に見合う程度のプライドは持ってるものだと思ってたんだけど?」

「言ってくれるな。だが、欲しい物を手に入れるためなら、役にも立たないプライドなんざいくらでも投げ捨ててやるよ。おまえと同じだ」

「あたしと同じ……ですって?」

「おまえは一等魔錠官としての責務よりも、あの男を選んだんだろう? 何が違う」

「違うわよ! あんたは、魔王に抱き込まれたドルーア市長に諾々と従った挙げ句、最後には魔王の側についた裏切り者じゃない!」

「そんなことは問題じゃない」

「じゃあ何が問題なのよ! あんたはなんで魔王になんかついたの!?」

「それは……だな」

 ハイラークは腰に吊した回炉刀を抜き放った。

 ハイラークの回炉刀は基本に忠実な直剣だった。シアの細剣型の回炉刀よりは長く身も太いが、クラフトのタビュロよりはだいぶ小さい。実戦における威力と取り回しとを天秤にかけた結果辿り着く、標準的な最適解のひとつだ。

 ハイラークは回炉刀の切っ先をシアへと向ける。

 そして、真面目な顔のまま、とんでもないことを言ってきた。

「……おまえを手に入れるためだ」

「はぁっ!?」

 シアは素っ頓狂な声を上げた。そのせいで、シアが維持していた錠の開放状態が緩んでしまう。その隙を見逃すハイラークではない。

「――北Ⅱアレクシア39899から39850までを回炉刀に接続ッ!」

 五十もの錠を回炉刀に接続しながら、ハイラークがシアへと斬りかかる。

「ちっ!」

 その一撃を受けるわけにはいかなかった。

 なぜなら、シアの回炉刀は細い分だけ取り込める魔力が少なく、限度一杯まで欲張っても錠四十個分が精々――現在は氷刃の制御に重きを置いていたため、回炉刀には二十弱の錠しか接続していない。五十もの錠を繋いで斬りかかってくるハイラークの斬撃を受け止めれば、シアの回炉刀は数秒の間に砕け散ってしまう。

「北Ⅱアレクシア15401から15430までを再結合;〈銀閃〉っ!」

 シアは咄嗟に術をと切り替え、ハイラークの突進を押しとどめようとする。

 が、

「うおおおおッ!」

 ハイラークは止まらない。回炉刀を乱暴に振り回して銀閃を振り払いながら強引にシアへと近づこうとする。

 とはいえ、もちろんシアとて一等魔錠官――甘い攻撃を放ったわけではない。払いきれない銀閃がハイラークの頬を、肩を、腿を切り裂き、左腕を貫通する。

 が、ハイラークはそれでも止まらなかった。血をしぶかせながら無理矢理振り下ろしてくるハイラークの斬撃を、シアは回炉刀で受け止めざるをえなくなった。

「相変わらず恐ろしい女だな……!」

 ハイラークが凄絶な笑みを浮かべて言う。

「なに考えてんのよ――これは模擬戦なんかじゃない……手加減なんてできないわよ!」

 シアの銀閃によって受けたダメージで、ハイラークの回炉刀は錠との接続の一部を失っているようだった。シアの細身の回炉刀でもハイラークの回炉刀をしばらく受け止めることはできそうだ。

「へっ……たりめーだ。これが実戦ってもんなんだよ。自分より強いかもしれない相手に、何の代償もなく勝てるなんて端から思ってねえ」

「……あんたの腕……!」

 シアはハイラークの左腕を目で示した。シアの放った銀閃は腕の筋を断ち切っていた。大きな血管にも傷をつけたらしく、いまだ消えない銀閃を伝って鮮血が溢れ出している。

 凍結獣との戦いで傷ついた魔錠官を何人も見てきた経験からすると、これは後遺症を残しかねない大怪我のように見える。嫉みまじりに〈高慢〉と呼ばれてきた優れた魔錠官のキャリアは、たぶん、この戦いを最後に終わる。

「なんだ、敵の怪我の心配か? ずいぶんと甘いな」

 シアはハイラークの軽口を無視し、

「……あんた、さっき馬鹿なことを言ってたわね?」

「馬鹿なこと? ああ、あんたを手に入れるために魔王に寝返ったって話か? 事実だぞ」

「……最低ね。女をなんだと思ってるの?」

 シアの声はこれ以上ないほど冷たい。

「なら聞くがな……黙っていたら、おまえは俺のものになったのか?」

「それは……」

「自分で言ってて悲しくなるけどな、客観的に見て一分の隙もねーだろうが? それなら、まだ目のありそうな方に賭けたいわな」

「正気なの!?」

「光栄に思えよ? この〈高慢〉ハイラーク様がすべてを抛ってでも手に入れるだけの価値が――おまえにはあるってことなんだからなッ!」

 ハイラークが回炉刀をねじり、強引にシアの剣を弾こうとする。

 力比べでは分がない。シアは逆らわず後ろへ大きく飛び退き、剣を構えつつ、支配下にある錠の開放状態を改めて引き締める。

「……あたしはね、あんたみたいなやり方は死んでも認めないわ」

「へっ……男なら正々堂々と。誰もがそう言う。反論もできねえ。それでも、どうしてもあきらめられなかったんだ。そういうことがあるんだ。そういうことがあるから……魔王なんて存在がのさばってくるんだよ。魔王ってのは結局人の業さ」

「あんた一人の身勝手を、勝手に人の業にしないで!」

 今度はシアから仕掛ける。錠を引き絞って無数の氷刃を放ちながら、フェイントをまじえて斬りかかる。ハイラークは冷静だった。飛び退って視界を確保しつつ、シアの剣撃を落ち着いて受け止める。

 魔力の火花が散る鍔競り合いが始まった。

 正面からのぶつかりあいに分はない。以前模擬戦で剣を交えた時も、シアはハイラークを徹底的に攪乱してから押し潰した。

 が、ハイラークとて一等魔錠官――前回の敗北から何も学んでいないはずがない。シアが回炉刀同士のぶつかりあいを嫌ってハイラークの回炉刀を弾き、いなそうとするのを、巧みな体捌きで封じ込めてくる。

「ケインズのおっさんは、妻と娘を人質に取られて、実の息子を手にかけたのさ」

「な……っ!」

「実力のわりに気の小さいおっさんだからな。それで精神に破綻を来して、北舷の警察病院に隔離されてるよ」

「なんだってそんなことに……」

「まったく、魔王側も市長側も喉から手が出るほど欲しい戦力だってのに、この戦場に現れることすらできねーんだからな。ま、らしいっちゃらしいが」

「らしい?」

「あのおっさんは、結局のところ、人並み外れた怖がりなのさ。負けるのが怖いから努力する。死ぬのが怖いから努力する。文字通り、死にものぐるいで努力するわけだ。だから、強い。ところが、その努力の及びもつかない敵が出てくると、途端に怖くなる。個人では抗いえない権力には従順だし、魔力では敵いっこない魔王に対しても従順だ。金科玉条は処世術。〈魔鞭〉ケインズ・ハーネスは、最強の小市民なのさ」

 ハイラークの言葉には皮肉とじれったさとが交じっていた。

「千年に一度の非常事態に、こせこせした処世術に終始してるからああなるんだ。どうして自分の力で妻子を取り戻そうとしない? 結局、自分の命を懸けて何かを得るってことができねーおっさんなんだよ。で、ついに事態についていけなくなって……狂ったのさ」

「奥さんと娘さんは……?」

「ふん。あのおっさんの役目を肩代わりする代わりに助けてやってくれと、俺から魔王に頼んだよ。もう人質としての価値もねーからな。魔王はどうでもよさそうに二人を俺に預けた。今頃は狂ったおっさんにすがりついて泣いてるだろうよ」

「……〈高慢〉にしては奇特なことね」

「おっさんを非難する阿呆も出てくるんだろうが、俺は立派だと思うね。あのおっさんは守るべきものの優先順位がわかってんだ。俺だってそうだ。魔王に屈することとあんたを手に入れることだったら、俺はあんたを手に入れることの方を選ぶ。何度やり直しても俺はそうする。たとえ他人から何と言われようとな」

「こんなことをしたって、あたしの心までは手に入らないわ」

「だろうな。だが、何も手に入らないよりはずっとマシだ。まかりまちがっておまえを殺しちまったとしても、他の誰かにおまえを渡すよりは遙かにマシだ……! 魔錠解放:北Ⅱアレクシア39849から39750までを結合;灼き尽くせ〈炎壁〉ッ!」

「くぅ……っ!」

 ハイラークは炎の壁でシアの動きを制限し、左右に身を躱せなくなった所で自ら斬り込んでくる。ハイラークの斬撃を受け止めるたびに、シアの回炉刀は軋むような音を立てた。

 おまけに、シアの隠し球だった氷の刃はハイラークの炎の壁と相性が悪い。

「同じく15401から15430までを結合;〈銀閃〉ッ!」

「無駄だッ! 39749から39700までを結合;融かせ〈灼熱の暴風〉ッ!」

 苦し紛れで放った銀閃を高温の火炎で融解させながら、ハイラークがシアへと肉迫する。

「どうした、こんな程度じゃねーだろッ!」

「なんで……こんな……っ!」

 シアは一等魔錠官に成り立ての頃、因縁をつけてきたハイラークと模擬戦を行い、完膚無きまでに叩きのめしたことがあった。ハイラークは格下だというのが、それ以来のシアの認識だった。

 が、その時と比べて、ハイラークはあきらかに手強くなっていた。いや――

(……手強く、というより、あたしのことを研究し尽くしてる……!)

 炎壁でシアの敏捷性を殺し、銀閃は高温の炎で無効化する。そうして回炉刀での斬り合いに持ち込めば、取り回しを優先して細身の回炉刀を使っているシアが不利となる。

 それだけだと一見簡単そうにも思えるが、剣捌きでは一等魔錠官中最強とも言われるシアの剣撃を、より大振りな剣で捌けるだけの技倆がなければ成立しない戦術だ。

「どうだ、俺もちったぁマシになったろうが!」

 ハイラークが獰猛に歯を剥きながらそう叫ぶ。

(……こいつ、あたしを倒すためだけに相当修練してきてるわね)

 シアに勝てたところで、こんなにもシアのみに特化した戦術では、取締局での本来の業務に生かせる所など、ほとんどないだろうに。

「俺はおまえ――〈銀閃〉セレシア・マーティレイに力で勝つ! 勝っておまえを力尽くで奪う! それが俺の望みだッ!」

 ハイラークが吼え、シア目がけて斬りかかってくる。

 ハイラークの欲望にぎらつく目からシアはわずかに視線を逸らす。

 その視線が、別の危機を捉えた。

「――クラフトッ!」

 シアは突進してくるハイラークに向かって地を蹴っていた。

「な――」

 シアは受けるとばかり思っていたハイラークは一瞬ひるむが、実戦で鍛えられた反射神経で即座に回炉刀を斬り下ろしてくる。

「回炉刀、聖鎧回炉0001;バースト!」

「――に!?」

 回炉刀の回炉を潰して放った魔力の奔流がハイラークの態勢を大きく崩す。

「魔錠解放:北Ⅱアレクシア15432から15423までを結合;あたしに〈斥力〉を!」

 シアはむりやり自分の身体を加速し、クラフトの背後から巨大な鉄槌を振り下ろそうとしていた単眼鬼(キュクロプス)目がけて体当たりをかけた。

 もちろん、いくら勢いがついているとはいえ、シアと単眼鬼では体重がまるで違う。

「――くぁっ!」

 シアは壁にでも激突したようなひどい衝撃を受けて受け身も取れずに地面に転がる。

 単眼鬼がゆらりと振り向く。単眼鬼は無様にのたうつシアを虫でも見るような目で見下ろすと、振りかぶっていた鉄槌をシア目がけて振り下ろす。先端にかぎ裂きのついた赤錆だらけの鉄塊は、鎚というよりはむしろ刃の潰れた斧に近い。

(これは、受けきれないわね)

 回炉刀に取り込んでいた魔力は、今使い果たしてしまった。

 今からでは魔錠術が間に合うはずもない。

「あああああ――ッ!!」

 シアは回炉刀に体内に残る魔力をすべて注ぎ込んで投擲する。

 銀色の槍と化した回炉刀が単眼鬼の頭部を貫き、その手から鉄槌が離れた。

 が、巨大な慣性力を宿した鉄槌の軌道は変わらない。

「……バイバイ、クラフト」

 シアは満足げな笑みを浮かべて目をつむった。

 すぐに、肉の裂ける音がした。

 痛みはない。

 あまりの衝撃に、身体が痛みを感じることを拒否したのか。

 しかし、それならどうして、シアはまだ生きている……?

「……え?」

「……よお」

 目を開いて――シアは絶句した。

「おまえ……あの二等のためなら……死んでもいいとか思ってやがるだろ」

 クラフトが助けてくれた……なんて可能性を、この期に及んでも少し期待していた。

 が、そこに立っていたのは、先ほどまで戦っていたはずの〈高慢〉ハイラーク・エルゴステットだった。

「ざけんな……俺の惚れた女は、そんなに安い女じゃねえ」

 ハイラークはひどいありさまだった。

 身体の前面――左肩から右脇腹にかけての部分に鉄槌のかぎ裂きを食らっていた。

 いや、受け止めたのだ。

 ハイラークの身体の腹側は焼け焦げ引き攣れていた。

 が、その代償だとでもいうかのように、魔物の鉄槌も半ば以上が溶け、蒸発していた。

 しかしそれでも、鉄槌の半分は残った。

 圧倒的な質量を持つ鉄槌の残骸を、ハイラークは自らの身体で受け止めたのだ。

「あんた……!」

 シアは駆け寄り、ハイラークの身体の状態を確認する。

「……っ」

 左側の肋骨は折れて皮膚から突き出し、その下にある左肺は潰れ、腹部の内臓も大部分が痛んでいる。鉄槌は腰にまで食い込んでいて、右側の腸骨が砕けているようだった。

 が、何より痛々しいのは、身体の前面を覆い尽くす重度の火傷と、それを上から覆う金属質の膜だった。蒸発した鉄槌が空気に冷まされメッキのように張りついたのだろう。

 ――ハイラークは、〈炎壁〉をその身にまとって、振り下ろされる鉄槌に正面から突っ込んだのだ。

「馬鹿なことを……!」

 これではもう、助かりようがない。

「おまえをあんな奴のために死なせてたまるか」

「そんなことのために……!」

「何がそんなことだ。おまえだって、あのクソ二等のために同じことをやろうとしてたんだろうが」

「そ、それは……」

 そう言われてはそれ以上反論できない。

 黙り込むシアに、ハイラークは引き攣れたような笑みを浮かべて言う。

「なあ……」

「何よ?」

「……俺は……もう、死ぬだろう?」

「…………」

 魔錠術を使えばかなり重傷の患者でも命を永らえさせることはできるが、ハイラークの受けた怪我はそんな段階を既に通り過ぎている。

〈高慢〉ハイラーク・エルゴステットは……間もなく死ぬ。

「最期の……、頼みが、あるんだけどよ」

「……何?」

「……キス、してくんねーか?」

「はぁっ!?」

 シアは驚いた。が……ある意味では順当な「頼み」かもしれない。

 シアはクラフトを見る。

 クラフトは自らが開発したタビュロをテレサに譲り、自身は魔錠術を使ってテレサの支援に回っている。

 一等魔錠官であるシアからすれば、危なっかしいことこの上ない戦い方だ。あんなレベルでは、シアはおろかハイラークにすら敵わないだろう。

 しかし、何故かシアを惹きつけてやまない戦い方だ。

 魔王を倒すべく他の全てを切り捨ててタビュロを振るうテレサを、クラフトは懸命に後ろから支えようとしている。

(……なんで、あそこにいるのはあたしじゃないの? どうしてテレサなの?)

 クラフトの力になろうと思って魔錠官としての力を磨き上げてきた自分ではなく、どうして突然千年前から現れた聖女なんかがあの場所にいるのか。

 目の前にいるこの男は、自分のために命まで賭けたというのに、あの男と来たら。

「……な、ひでぇ奴だろ」

 ハイラークが笑う。

「……たしかにね。あんなひどいやつ、見たことない」

 シアが応じる。

「おまえは、俺に似てるんだよ」

「はぁ? どこが?」

「おまえの男は幻の女を追いかけてる。おまえはそんな男を追いかけてる女だ。そして俺はそんな女を追いかけてる」

「……そんなことを思ってたの」

 シアに言わせれば、自分とハイラークは全く違う。シアはいつかクラフトを振り向かせるが、ハイラークが自分を振り向かせることは未来永劫ありえない。

 まだしもハイラークはクラフトの方に似ているかもしれない。手に入らない女を追いかけているという意味では。

「……で、答えは?」

「……ごめん。無理」

「最後までひでぇ女だ……だが、それでこそ俺の女だ」

「悪いけど、あたし、他に好きな人がいるのよ」

 シアの叩いた軽口にハイラークが鼻を鳴らした。

「知ってる。それでも俺は、おまえが俺の女なんだと思って死にたいんだ」

「馬鹿な奴」

「俺は……満足だ……満足、なんだ」

 薄ら笑いを浮かべながら、ハイラークは静かに目を閉じた。

 まだ聞こえているのかどうかわからなかったが、

「……あんたへの義理で言っといてあげるけど、あたしはあんたの女じゃないし、そうなる見込みは今後もないわ。勘違いしないように」

 それだけは言っておく。

 なぜだか、そう言ってやることの方が、ハイラークへの手向けになると思ったのだ。

「……それから、あたしとあんたは似てなんかないから。ちっともね」

 シアは倒れた魔物に近づき、頭部から自分の回炉刀を引き抜いた。

 その向こうでは、クラフトがこちらで起こったことになど気づきもせず、聖女の尻を追いかけている。

「……でも、そうね。好きな人のために命を捧げる。確かにくだらない、安っぽいドラマね。あたしはもう、ごめんだわ」

 そう。こんなことをしたところで、クラフトの気を引くことなんてできるわけもない。

 仮にクラフトが、シアのためなら命も惜しくないと言って、実際にその通りにしたとしたら、シアはそれを喜べるだろうか?

 結局自分は、クラフトが好きだと言いながら、クラフトに真っ正面から想いをぶつけるのが怖くて、自分のひとりよがりにすぎない「自己犠牲」に酔っていただけだ。目の前で死につつあるこの男のように。

 シアはクラフトだけのための〈犠牲の聖女〉になろうとしていたのかもしれない。

 それを教えてくれたことに関してなら、感謝してあげてもいいと思った。

「あたしはちゃんとあいつを振り向かせて、あいつの隣に立つ」

 シアは崩れ落ちるハイラークを背に、戦場にある想い人へと目を向ける。

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