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人類の上げた反撃の咆哮に突き動かされるようにして、魔王は強烈な闇の稲妻を解き放った。
狙いは――クラフト。
数条の稲妻は先頭に立つテレサを大きく迂回して、直接クラフトへと襲いかかる。
「魔錠解放:北Ⅱアレクシア15401から15430までを結合;〈銀閃〉ッ!」
シアの放った銀閃が数条の稲妻を受け止め、地面へと逃がした。銀閃を避雷針のように利用したのだ。そしてシアは言い放つ。
「あたしだって、好きな男をむざむざ死なせるために魔錠官になったんじゃないのよ!」
「なっ――おまえっ!?」
「馬ぁ鹿馬鹿馬鹿馬鹿ッ! なんで今の今まで気づかないのよこの朴念仁ッ! 目の前で他の女の尻ばっか追いかけられる気持ちがあんたにわかるかッ!」
シアはやけくそのように叫ぶと、
「北Ⅱアレクシア15401から15430までを再結合、ついでに15450までを追加結合;回炉刀に接続! 魔錠解放:北Ⅰカサンドラ39999から39960までを並列起動;〈氷刃〉! 39959から39930までを並列起動;〈斥力〉を待機!」
広場の反対側、北Ⅰ区にあたる場所にある魔錠からも魔力を引っ張り、百二十ものの錠を制御下に置く。北Ⅱ区の錠五十個からは無数の氷の刃を作りだし、北Ⅰ区の七十個は四十を回炉刀に接続、残り三十をシア自身の加速と姿勢制御に利用する。
「行くわよっ! 回炉刀魔力制御用プリセット0001;起動、〈千斬氷刃牙〉ぁっ!」
回炉刀に記録された手順に従い、無数の氷刃が魔王へと襲いかかる。
が、氷刃はあくまでも牽制でしかない。膨大な魔力を手にしたシアがそれをも凌駕する速度で魔王へと斬りかかる。
さしもの魔王もこれは無視できず魔力の盾を生んでいなすが、いなされたシアは先回りさせた氷刃を足場に背後から魔王へと襲いかかる。
「……ッ」
不意を打たれた魔王はシアの斬撃を避け損ない、肩から血をしぶかせた。
が、シアはまだ止まらない。
千を超える氷刃を足場に目にもとまらない高速の斬撃を繰り出していく。
魔王の周囲に、赤い霧ができていた。
斬られてしぶいた魔王の血が、飛び交う氷刃に切り裂かれて霧と化しているのだ。
が、その霧は所詮、攻撃の余波にすぎない。
魔王に加えられるシアの攻撃の威力はその比ではなかった。
そして――
「これが最後よ――食らええッ!」
シアの気合いとともに、宙を舞う氷刃の残りが一斉に魔王へと襲いかかった。
「ぐ……やってくれたな、小娘……!」
「テレサ! 最後はあんたが決めなさい!」
飛び退きながら叫ぶシアに、魔王の放った魔物が殺到する。
魔物の群の向こうにシアの姿が見えなくなった。
が、テレサはシアの身の安全を全く心配しなかった。
テレサが今見ているのは、千年越しの宿敵である魔王ブカンフェラスただ一人だった。
テレサの手にしたタビュロが重低音を発しながら振動している。
それはさながら心臓の鼓動だった。
クラフトが作り上げた、魔力を食って破壊を吐き出す機械仕掛けの生物。
生身の生き物とは似ても似つかないこの機械の振動が、テレサには千年の時を生きた全ての人々の鼓動のように思えた。
魔王に滅ぼされた村、街、城塞、国。
瓦礫の下敷きになってうめく人々。
飢餓で腹を膨らませた難民の子ども。
交渉の席で魔王に惨殺された宥和派の使者たち――その中には養父の姿もある。
彼らの無念が、悲嘆が、憤怒が、テレサの手にした機械の中に流れ込み、怒濤のごとく猛り狂う。
もちろんそれは錯覚にすぎないが――魔王を討ち滅ぼす力を得るために、テレサはその「錯覚」を採用した。
テレサは〈雷〉の力を駆使してキャラビニエール中から絶え間なく恐ろしい勢いで流れ込んでくる魔力を織り上げていく。
魔王に虐げられた人々の顔が脳裏に甦るたびにテレサの精神は鋭さを増し、テレサの〈雷〉は激しさを増していく。
魔王を封じた魔力は再び氷と化し、さらに密度を増して氷晶と化す。氷晶はその魔力に耐えかねて内側に向かって崩壊し、歪な稲妻となってテレサの手の中で荒れ狂う。
その稲妻に耐えきれず、タビュロはところどころが溶融し始めている。
が、ここまで持ちこたえれば十分だった。
錠からの魔力の経路、及びそれを捌くための回炉は、もうテレサ自身が〈雷〉の力で半ば作り替えていた。
最終的にタビュロが燃え尽きたとしても、しばらくはテレサ自身の力で〈タビュロ〉を維持できるはずだ。
潤沢に溢れ出す魔力を手品のように操る魔錠術とは違う。これが〈犠牲の聖女〉テレーシア・ケリュケインのみに許された魔法の力――魔王を倒しうる究極の力だった。
「馬鹿な……いかな貴様といえど、人の身でこれだけの魔力を制御できるはずが――!」
魔王の叫びにテレサは失笑した。
愚かな。あの男は人類が千年のうちになしえた成果をまるで理解していないのだ。
このキャラビニエールは巨大な魔力集積装置だ。
千年前には、魔力を集積するための適切な「容器」は人以外になく、聖女に選ばれたテレサが世界中の魔力をその身に宿して決戦に挑むしかなかった。
しかし、今ならばそれがある。
しかもその基盤となる技術は、テレサがかつて用いた魔法から発展したものだ。
テレサにとってこの都市は、まさしく魔王を討つための聖なる鎧だった。
半径十五キルアにもなる巨大な鋼鉄の聖鎧を身にまとい、そこから供給される膨大な魔力を、若き天才機匠の手になる機械仕掛けの聖剣で制御する。
これが、千年を賭して魔王を封じた聖女に対し、同じく千年の時をかけて人類が用意した、魔王を倒すための史上最高の装備だった。
テレサは仇敵に向かって囁く。
それはむしろ、呪詛よりも愛の囁きに似ていた。
「魔王」
「なんだ?」
「わたしはやはり、賭けに勝っていたようですね」
「だからどうした? 貴様さえ倒してしまえば、残りは所詮烏合の衆――私の敵ではない」
「本当にそう思っているのなら、あなたは単なる愚か者だということです。では……賭け金を頂きます」
そして聖女は――旋風と化した。




