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そして聖女は旋風〈タビュロ〉と化す  作者: 天宮暁
第五章 聖魔再戦
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 クラフトは工房の床で目覚めて、しくじったことに気がついた。

「シア……っ!」

 あの抗いがたい眠気は、まちがいなく魔錠術によるもので、あの場で魔錠術が使えたのはクラフトを除けばシアだけだ。

「テレサ……いるか!?」

 居室にはシアだけでなくテレサの姿もなかった。

 そして、明らかにそれとわかる争った跡……それも、シアの〈銀閃〉によるものが混じっている。シアが戦っていた相手は、足跡や部屋の様子からして、テレサにちがいない。

 シアがクラフトを魔錠術で眠らせ、その隙にテレサを力尽くで拉致し、どこかへと連れ去った――残念ながら、そう結論づけるしかない状況だ。

「……シアは、テレサをどうするつもりなんだ?」

 魔王/市長側に売り渡して身の安全を買う……なんてことを考える奴じゃない。

 どちらかといえば、危険を顧みずに自分で魔王を討とうと考えるような性格だ。

 だとすれば、クラフトやテレサとともに作戦を練り、魔王に挑む方が理に適っている。

 だから、クラフトもシアがこんな行動に出るとは思ってもみなかった。

 とはいえ、シアはもともと魔王を倒せるかどうかについては懐疑的だった。

 それは別に、シアがクラフトを信用していないわけではない。

 クラフトは発明家だ。常に「可能かもしれないこと」に目を向けている。前向きといえば聞こえはいいが、楽観的すぎるという批判は実際よく受ける。

 シアは優れた魔錠官であり、現実感覚に富んだ現場の人間だ。シアの疑問はクラフトの見えないところに光を当てることがよくあるし、一等魔錠官ならではの実戦を踏まえた否定的意見はクラフトにとっては常に乗り越えるべき壁だった。

 シアは、魔王を倒すことはできないのではないかと疑っている。

 だとすれば、

「……次善の策を考える、か」

 千年前、聖魔決戦の前に、何人もの英雄たちが魔王に挑んだという伝承がある。

 畏敬の念を込めて「勇者」と呼ばれる彼らは、しかし、魔王を倒すことができずに無残な討ち死にを遂げた。

 その結果として、当時の人間側の実力者は、魔王を倒すことをあきらめた。

 そして、次善の策として考え出されたのが――

「……〈犠牲の聖女〉。つまり、世界中からかき集めた膨大な魔力でもって、魔王を封印するという計画だ」

 シアの狙いは、まずそれだろう。

 そもそもこの街、聖鎧都市キャラビニエールは、その名の通り、魔王を封印するための聖なる鎧として構想されたものだ。

 だから、現在〈凍結された決戦場〉からの魔力を輸送する経路として用いられている排魔路は、いざという時に世界中から集めた魔力を循環・増幅させて魔王を再封印するための〈聖紋〉と呼ばれる魔法陣となるよう設計されている。

 といっても、〈聖紋〉が設計されたのはキャラビニエールの創建当時――今から九〇〇年近く前のことだから、〈聖紋〉の起動方法も制御方法もわからなくなっている。また、排魔路の中には改造されたり、逆に使わなくなって塞がれているものもあるから、〈聖紋〉の起動は絶望的と言っていい。下手をすれば魔王を封印できないばかりか、制御できなくなった魔力によってキャラビニエールそのものを破壊してしまう恐れすらあった。

 だが、

「……市長はまず、それを考えるだろうな」

〈聖紋〉の調査と復旧――キャラビニエール中の機匠や研究者を動員すれば、それなりの成果は得られるかもしれない。

 しかし、クラフトは〈聖紋〉については既に調査し尽くしている。昔の史料を漁って地図を作り、埋もれた排魔路を探索してその規模と出力の程度を推計するところまでやった。

 その結果としては、

「……仮に完全に復旧できたとしても、魔王を封印するには出力が足りない」

 当たり前だ。テレサが魔王を封印した時には、世界中から魔力を持ち寄ってテレサに預けたというのだから。いくら決戦から一〇〇年ほど後のことで、決戦当時よりは技術的な発展が見込めるとはいえ、〈聖紋〉だけの出力で魔王を封印できるわけがなかった。

「……それでも、現在の魔錠技術や改良された聖鎧回炉を利用すれば、大幅な出力増は見込めた」

 一応、その旨の上申書を市議会宛に提出してはみたが、予想通り一笑に付されただけだった。クラフトは今さら怒りもしなかったが、シアがかんかんに怒っていたのをよく覚えている。

「……そういえば、あの上申書はシアと一緒に作ったんだったな」

 シアは主に法律面を、クラフトは技術的な側面を担当したが、シアはもちろんクラフトの書いた技術的解説を読み込んでいる。一等魔錠官であるシアは、当然聖鎧回炉技術について一定以上の知識を持っているから、極度に専門的な内容でない限りは読みこなせる。

 つまりシアは上申書の内容――クラフトによる〈聖紋〉の調査結果と、クラフトが提案した現在の技術による〈聖紋〉の整備拡張計画をよく把握しているということだ。

 もちろん、それは平時に時間をかけて行うべき計画であり、魔王の監視と隣人の密告を恐れなければならないこの状況でできることではない。

 が、

「……テレサがいる」

 単身で魔王を封印したテレサと〈聖紋〉の力とを合わせれば、なんとか魔王を封印することができるのではないか?

 テレサの身柄を確保した上で、父であり市長であるドルーアに〈聖紋〉の整備を行わせれば、シアには魔王を封印する目がある、ということになる。

 もちろん、その場合にはテレサは再び〈凍結された決戦場〉の中で眠りにつくことになるだろう。が、ドルーアは無論、シアもまた、テレサのことを必要な犠牲として割り切ることに決めたのだ。

「……くそっ!」

 シアを責めることはできそうにない。

 シアの判断はきわめて合理的で現実的だ。

 同じく合理的で現実的な頭脳を持つドルーア市長も、シアの提案に乗ることだろう。ドルーアとて好きで魔王と手を結んでいるわけではないのだろうから。

 それに、

「……テレサも、まず間違いなく乗るだろうな」

 何と言っても〈犠牲の聖女〉だ。自分がもう少し余分に「眠る」だけでこの三〇〇万都市キャラビニエールが――いや、ひいては大陸全体が救われるとなれば、むしろ進んでこの計画に協力するのではないか。

 しかし、シアはこの計画をクラフトには打ち明けなかった。

 なぜか?

 聞けば、クラフトは反対すると思ったからだ。

 おそらくシアは、ことが済むまでクラフトを眠らせておくつもりだったのだろうが、工房ではタビュロに組み込む逆加速回炉がいくつも起動している状態だった。シアの使った術は、逆加速回炉との相互作用によって減衰し、結果としてクラフトはシアが想定していたより早く目覚めることになったのだろう。

「……気に入らねーな」

 クラフトは〈犠牲の聖女〉を救い、魔王を倒すことを目的に動いている。

 クラフトにとっては、テレサを救うことこそが主要な目的であり、魔王を倒すことはむしろ、そのための手段だともいえる。

 だから、魔王を倒さず、封印するに留めるくらいの譲歩ならできたかもしれない。

 しかし、千年先の人類――自分たち――を信じてその身を犠牲にしたテレサを、再び人類の身勝手で人柱にするというのは、許容できる範囲を超えている。

 クラフトのことを誰よりも知るシアは、そのことを正しく理解していた。

 だからこそ、クラフトには相談しなかったのだ。

「……シア、おまえの判断は正しいよ。いつだって正しい。だけどな、俺はそんな最初からあきらめたような解決法は絶対に認めない」

 しかし――では、どうするのか?

 シアの解決法が気に入らないのなら、クラフトは代案を出さなければならない。

 魔王と手を結ぶのでもない、テレサを人柱にするのでもない解決法を提示しなければならないのだ。

 クラフトは考え、発想しなければならない。

 シアの選んだ方法以外に解決法がないのであれば、クラフトはそれを発明しなければならない。

 時間はない。

〈聖紋〉の存在が魔王に漏れれば、魔王はあらゆる手段を用いてそれを潰しにかかるだろう。そうなれば全市に散在する〈聖紋〉を守りきることなど到底不可能だ。

 だから、ドルーア市長はその前に勝負をかけざるをえない。それも、早ければ早いほうがいい。最低限の修復だけを突貫工事で終え、〈犠牲の聖女〉を旗印に掲げて、市長は魔王との決戦を宣言するだろう。

 クラフトは無我夢中で考えた。

 五分、十分と時間が経っていく。

 焦るな。そう言い聞かせながら頭を絞るが、なかなかアイデアは湧いてこない。

 うろうろと居室を落ち着きなく歩き回っていると、クラフトのつま先に何かが当たった。

「……ん?」

 それは、テレサに渡した小型安定型のタビュロを組み込んだ小刺剣――タビュレットだった。

(……そうだ。テレサ、〈雷〉、〈凍結された決戦場〉、聖鎧回炉、タビュロ……、……っ!)

 クラフトは錠話機の受話器を取り、暗記している番号を呼び出した。

『おお、クラフト! 無事だったか……ったく、それなら連絡くらい寄越せってんだ』

 錠話に出たのは、魔王復活の日にクラフトを〈凍結された決戦場〉への侵入地点へと送り届けてくれた親方だった。

「すまない」

『無事ならいいってことよ。それより、悪かったな。クラフトの言ってたことは正しかった。まったくもって正しかった。おまえを馬鹿にしてた連中も、さすがに今は反省してて、何かできることはないかと相談してきたところだったんだ』

「そうか。それは丁度いい。親方、頼みがあるんだ! なるべくたくさんの機匠を集めてくれないか」

『お、おい……藪から棒に何だ。一体何をやらかすつもりなんだ? まさか、俺たちに先頭切って魔王と戦えってんじゃないだろうな? 俺たちは機匠だ。寄せ集めたって、魔錠官みたいには戦えないぞ』

「……いや、そのまさかさ」

 クラフトは言葉を切って、言った。

「――魔王ブカンフェラスを倒すんだ。俺たちの手でな」

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