待ちぼう犬
わん!
甲高い小型犬の鳴き声が部屋に響く。
人によってはきゃん! とも聞こえるのだろうか。だが、そんな事は犬にとってはどうでも良い。
毎日、朝日が差し込むと黒い毛皮を纏って何処かへと消えてしまう主様。犬は私も連れて行って欲しいと何度も懇願するが、重たい扉は犬と主を隔ててしまう。
朝日が昇って、明るい日差しの中を歩いてみたい。犬にはたくさんしたい事があった。広い広い場所を疲れるまで走り回ってみたい。
主様は巣の中では自分を自由にさせてくれるのに、一緒に外に出る時には邪魔な紐で繋いでしまうのだ。こんなものいらないと、紐を噛んだら怒られてしまった。
紐がないとお外には出られない。
主様が外に出てしまうと、お日様が沈んでしまう迄戻ってくる事はない。たまに早い時もあったりするけど、長い間自分は一人。
もっとたくさんお外を走り回りたいな。
だから、お日様がぬくぬくとしてくれている時に、たくさん眠るのだ。主様が帰ってきたら、たくさん遊べるように。
けれど、やっぱり何もしないのはつまらない。
巣の中をたくさん走り回ったりするけど、主様と一緒に遊んでいる時の方が楽しい。静かなままはつまらない。
今日は主様が眠る場所が開いていた。
いつもは大きな壁が入口を塞いでいるけれど、こうして主様の寝床が開いていれば中に入る。
漂ってくる主様のにおい。
主様のにおいがある場所はとても安全。ふかふかとする少し高い場所で今日は眠ろう。
ここが一番良く眠れる。あたたかい。
主様とたくさん走り回る夢を見た。
目が覚めた時、主様のにおいはするのに姿がなくて、とても寂しくなった。
さっきは、あんなに一緒に遊んでくれたのに。
自分が主様のにおいでよく眠れるのだ。自分のにおいを主様の寝る場所に残しておけば、主様も同じように眠れるのかな?
背中を、首を、主様の寝床に擦り付ける。
あまりつけすぎると、主様に怒られちゃうかな?
ぼっすんぼっすん。
たくさん自分のにおいがする。やりすぎた。
怒られる前に主様の寝床から出ていこう。名残惜しいけど、ここに長くいるとたまに主様に外に出されてしまうのだ。
しょんぼり。
大きな壁の穴から見えるお外はまだ明るい。
壁の穴はお日様とか、お外は見せてくれるのに風も自分も通してくれない。
昔そこからお外に出られると思って飛び出したら痛かった。見えない何かが通してくれなかった。
主様はご飯とお水を残してお外に行ってしまう。勿体ない。なので、自分が食べてあげる。
主様は高いところでご飯を食べるけれど、お外に行く時はご飯を下に置いてる。ひょっとしてこれは自分のご飯?
だったらもっと食べなくちゃ。
がりがり。ぽりぽり。美味しいけれど、いつも同じご飯。
主様はいつも違う匂いのご飯を食べてるのに。
ずるい。今日は自分にも分けてもらおう。
がりがり。がりがり。
ご飯なくなっちゃった。しょんぼり。
お水は変な棒を舐めると少しずつ出てくる。
最初はよく分からなかったけど、お水がいつでも飲めるこの棒は凄い。棒を押すとお水が出てくる。
お外に遊びに行った時、探してみたけれど同じものは見つけられなかった。
お外では他の主様のようなのとか、自分みたいなのとか大きいのとかと出会ったりする。
けど、すごく早い大きなアイツは怖い顔をしていてあまりすきじゃない。お尻から出してるにおいもとてもくさい。
主様、まだかな。
お外がどんどん暗くなってくる。
お外を眺めていても、主様は見えない。音もしない。しょんぼりしょんぼり。
ゆらゆらゆれるお日様が、どんどんいなくなってしまう。
お日様がいなくなると、巣はとてもくらくなってしまって、周りがよく見えなくなってしまう。
主様が戻ってくると、巣の中にたくさんお日様が出てくるから、主様はきっと凄いんだ。
誇らしげに大きく声を出す。
けれど、褒めてくれる主様はまだいない。主様主様、自分はこの暗い巣があまり好きではないです。
早く戻ってきてください。
巣の中を歩き回っても、真っ暗になっても主様は戻って来ない。
主様、主様。
寂しいから、自分は主様と一緒に外に出たいです。
自分も連れていってください。
主様。
おなかが空きました主様。まだですか、主様。
巣の中を走り回っても主様は戻って来ない。
主様……。
がちゃり。