第6章 接近
同じ学校の同級生、石島慶太が妹と一緒に失踪してから3日が経ち、週明け月曜日になった。さすがに翔二は同じ学校でしかも、知り合いになったばかりの人間が1日のうちに失踪してしまい、しかも今までの女子中学生が連続して殺されている事件に巻き込まれているかもしれないと考えると、気が重たかった。
部屋を出て階段を降りてリビングへ向かった。
「おう、一番おせぇぞ。」リビングにはまるで自分の家でくつろいでいるかのような顔をして、担任の中島がコーヒーを飲みながら当たり前のようにリビングの椅子に座っていた。
「・・・・・は?」翔二は顔をしかめた。よく見ると、周りの寮生もいつもは朝から元気なのに、この担任が来たせいでまるで人形のように静かだった。
「何で中島がまたいるんだよ!?」
「いちゃわりぃか!!」
「進ちゃんもここの卒業生なのよ。私より1学年下だったから。進ちゃんもここの寮生だったし、昔からよく来てたわよ。潤ちゃんや旬ちゃんがいた頃から。」彩芽が説明した。
「うん、潤兄と旬兄が超迷惑だったって言ってたもん。」拓也がため息をつきながらオニオンスープを飲んでいた。
「よし、本当にそうか、今度潤と旬に聞いといてやる。おら、海堂!!とっとと飯食いな!!」
「指図すんじゃねぇよ!!」中島に嫌な顔を向けながら翔二は席に着くと、急に中島が真面目な顔をし始めた。
「お前・・・2組の石島と仲良かったよな?」中島の突然の質問に『きたか。』と思い、トーストを食べる手を止めた。
「金曜日の夜、妹を学校から迎えに行ってる時に妹と一緒に行方不明になったんだろ。」翔二が静かに答えた。翔二の言葉に寮生全員が驚いた顔をした。
「知っていたなら話は早ぇ。今日、校長からその件で全校朝礼があるから。」そう言って中島はまた一口、コーヒーを飲んだ。
学校について朝礼が始まり、校長が深刻な顔で石島が行方不明になった経緯を話した。校長はしばらくの間、女子は男子を含めて数人で登下校をするよう話し、その後は教頭が校長が言った事と同じ事を話し始めて朝礼が終了した。
「石島・・・あいつ大丈夫かな?」拓也が朝礼が終わった後、教室でぽつりと言った。
「心配だよね・・・・。」連司も言った。
「きっと、犯人に妹さんと一緒に監禁されているんだよね・・・。僕達も一緒に迎えに行ってあげれば良かったね・・・。」と、続いて和也が言った。
そんな話をクラスでしている頃、翔二は屋上で一人土曜日に話を聞いたことをメモした自分のノートを見直していた。
(第一の被害者、鈴野真弓と同じ塾に通っていた男で“真也”と言う名前の男が絶対犯人だ!!)その“真也”と言う名前の男をあの塾まで行ってどうやって探ろうか悩んでいた頃、後ろからふいに声をかけられた。
「海堂君・・・?」驚いて振り向くと、同じクラスで同じ寮の土方蛍が声をかけてきた。
「な、何だ・・・お前か・・・何の用だよ・・・!?」
「あ・・・いや・・私もちょっと屋上にいて、もう少しで授業が始まるから戻ろうとしたら、海堂君がいたもんだから・・・。」蛍は翔二に話しかけるだけで胸がドキドキしていた。今まで女子校だったからか、男子と話すのは久しぶりだからか、それとも違う感情があるのか分からず、頬を少し赤らめていた。
「も、戻らないの?」
「ん~・・・1限現国だろ?眠くなるからさぼろ・・・。」それを言った瞬間、携帯のラインが送られてきた。中を開けてみると父からだった。
『授業さぼったらどうなるか分かっているな?』と一言、送信されていた。
「ど、どこかで見てんのかよ!?」翔二はぞっとし、辺りを見渡しながら言った。
「仕方ねぇ・・・帰るか・・・。」とぼとぼと蛍と一緒に屋上を出ようとした瞬間、急に強い風が吹いた。
「きゃっ!!」強い風に蛍はよろけて倒れそうになった。
「おっと!!」翔二がすかさず、蛍を支えた。その時、思わず二人の顔が近くなり、蛍はぼっと顔を真っ赤にした。だがそんな瞬間も束の間、バサバサッと紙が飛んで行った。
「ん?何か飛んでったぞ?」翔二は右手は蛍を支え、左手は飛んで行った1枚の紙を何とか腕の届く範囲で掴んだ。
「あ、ありがとう・・・。」顔をあげると1センチもない位翔二と顔が近かった。
あまりの顔の近さにさすがの翔二も気づいたらしく、バッと二人は離れ、翔二も顔を真っ赤にした。
「ほ、ほら!!」掴んだ紙を渡そうとしたが、自分の手でぐしゃぐしゃになってしまった。
「あ・・・わり・・。」ぐしゃぐしゃになった紙のしわを伸ばそうと紙を広げた瞬間、翔二は驚いた。全て英語で何か書いてあった。
「あ・・・いいの・・・ありがとう・・・。」翔二の手から紙をもらおうとしたが、翔二が思わず紙を上にあげ、中身を見た。
「これ・・・何?」翔二が聞くと、蛍が顔をまたまたぼっと真っ赤にした。
「な・・・何でもないの・・・。お願い、返して・・・。」蛍がゆでだこのように顔を真っ赤にした。だが、そんな蛍を見て、翔二はにんまりした。
「教えてくれなきゃ返さない。」紙を上にあげて蛍の手の届かないとこまで腕をあげた。
「や・・・返して・・・。」半分泣きそうな顔をして蛍は訴えた。
「教えてくれなきゃ返せねぇなぁ。」翔二はただただ紙を持った手を上にあげているだけだった。だが、178センチある翔二の身長に153センチの蛍には届くはずもなかった。
「教えて?」意地悪なのか、優しいのかよく分からない笑顔で翔二が聞いてきた。蛍は観念したように潤んだ目で翔二を見つめながら言った。
「しょ、小説なの・・・日本の小説を英文に訳しただけ・・・。」その言葉に翔二は驚いた。確かによく見るとかぎかっことかが所々にあった。
「わ、私・・・将来、海外小説の翻訳家になりたいの・・・だから・・・その・・・。」
「お前天才か!?」翔二が驚いて蛍の肩をぐっと掴んだ。
「すっげーー!!リアル翻訳こんにゃく!!」目をキラキラさせて翔二が言った。
「これ、全部何か翻訳アプリとか使ったわけじゃねぇんだろ?」
「う、うん・・・実は・・小学生まで海外にいたの・・・それで、もう英文を見るだけで日本語で何が書いてあるのかわかるから・・・。」
「本当すげぇな蛍!!」にかっと八重歯を見せて翔二が微笑んだ。その笑顔に何故かまた、蛍は胸が高鳴った。
(今・・・初めて名前を呼んでくれた・・・?)顔を真っ赤にしてドキドキしながら翔二を見ていると、突然翔二が口を開いた。
「おい、今日バイトは?」
「な、ないよ!!」
「よっしゃ!!じゃあ、今日ちょっと俺に付き合え!!いい事思いついた!!」にっといたずらっ子のような顔をして翔二が言った。
「う、うん!!」思わず、首を縦に振った。すると、予鈴が鳴った。
「やべ、教室戻るぞ!!」
「あ、はい・・・!!」屋上を2人で出て行った。すると、急に翔二が足を止めた。
「ま、前にも言ったけどさ・・・俺も蛍って呼ぶからよ、俺の事もみんなみたいに、“翔”って呼んでいいからな・・・?」翔二が蛍の方を振り向きながら言った。その顔は先程の自分と同じくらい、真っ赤だった。
*
「16時になったら行こうか。」午前中の会議が終わり、休憩室で慎太郎が言った。
「はい!」丹波と千田が頷き、それまで各自で資料を調べたり、聞き込みに行ったりとした。
「まだ、石島慶太と真理子の遺体が見つかっていない以上、2人は生きていると考えていいんでしょうか・・・?」丹波が言った。
「そう信じよう。そう信じて、俺達は必死に彼らを探すんだ。そして、必ず、家族の元へ帰してあげよう。」石島慶太と妹の真理子が失踪し、3日が経ったが、まだ遺体は発見されていない事が刑事にとっては希望だった。どこかで生きていてほしいと願っている。そして、それ以上今のところは他の女子中学生の失踪者も現れていなかった。
「この間塾長に確認したら、高校生たちは大体16時から20時の間に塾に通ってきていると言っていたな。その時間を狙おう。」
「この、“真也”って男、何か知っているんでしょうか?」
「あまり、高校生が殺人を犯すなんて考えたくないけどな。唯一の参考人だ。慎重に聞こう。石島真理子の中学の周りをうろちょろしていたのが、その少年の可能性も高い。」慎太郎が言った。
「“真也”という人間が犯人なら、あと2人共犯者がいます。鈴野真弓、加賀絵理奈から検出されたのは3人分の男の精子です。あとの2人もやはり塾の人間でしょうか?」
「調べてみないと何とも言えないな。」ため息をつきながら、慎太郎はコーヒーを一口飲んだ。
「素直にDNA鑑定してくれるとは思えないですね。」と、丹波。
「まだ上からは何も指示は出ていない以上、そうやすやすとさせてくれないのは承知の上だ。その分、俺達は調べつくし、証拠を突き出すしかないからな。」と、慎太郎が言った。
*
「朝校長が言った通り、しばらくの間は部活動の終了時間は18時とする。あと、女子はなるべく一人で出歩くな。男子、家が近い女子は送ったりしてやってくれ。」中島がクラスにそういうと、生徒たちはざわざわと話し始めた。
「何か、怖いね。思えばあたしらも1か月前は中学生だったんだよ。」女子が話しているのが聞こえた。
「春那、今日一緒に帰ろう。」優奈が中学からの友人の高橋春那に声をかけた。
「美由と蛍は今日バイトは?」
「私、5時からバイトだ。」美由が言った。
「じゃあ終わったら俺にラインでも送れよ!!バイト先まで迎えに行くぜ!!」にっこりと拓也が言った。
「俺も行くよ♪」続けて連司も言った。
「あらありがとう。」何となく拓也と連司が頼もしく見えたのか、美由が笑った。
「蛍は今日バイト?」拓也が聞くと、
「蛍は今日俺と用事があるから帰りは俺と一緒だ。」と、翔二が答えた。
「は!?」拓也と連司が声を合わせて言った。
「あら?いつの間にそんな仲になったの?」優奈がにやにやしながら言った。
「そ、そんな仲ってどんな仲だよ!?」翔二が顔を赤くして言った。
「珍しいね、翔が女の子と2人で出かけるなんて。」和也も笑いながら言った。
「ちょっと翔!!抜け駆けは禁止だよ!!」連司が言った。
「そうだよ!!抜け駆けだ!!」と、拓也も文句を言った。
「うっせーーー!!文句あんなら校庭で受けて立つぜ!!表出ろ表!!」翔二が言った。
「く・・・空手と剣道3段と喧嘩して勝てるわけないだろ!!」悔しそうに拓也が言った。
「蛍ちゃん!!翔に何かされたら俺に連絡しなね!!殺人犯よりやばいかも!!」と、連司がさりげなく蛍のラインを交換した。
「あ、ずるい!!俺も!!あ、美由もそういや、ライン交換してないや!!交換して!!」と、拓也も割って入った。
そんなこんなで、がやがやと一通りたわむれた後、翔二が教室のドアへと歩いて行った。
「じゃあ、行くぞ。」蛍に声をかけながら教室から出て行った。
「まぁ、翔二がいるなら大丈夫ね。行ってらっしゃい。」出て行く蛍と翔二に優奈が手を振り、蛍も振り返した。
学校を出て行き、蛍は疑問に思っていた事を翔二に聞いた。
「か・・・しょ、翔・・・くん?」先程、翔二からは“翔”と呼んでいいと言われたので、緊張しながらも呼んでみた。
「ん?」翔二が顔だけ振り向いた。少し、顔を赤らめていた。
「さっき言ってた“いい事”って何を思いついたの?」
「あぁ、それか・・・実はちょっとお前の協力が必要なんだけど・・・。」そう言って翔二は自分の計画を蛍に話した。
塾に着いた後、蛍は心配していた。
「いや俺はさ、こんな外見じゃん?こういう時、蛍のそういう清楚な恰好が良いんだって!!」翔二の言葉に蛍は利用されているように感じた。
「お願い!!」手を合わせて蛍の背に合わせるように自分の背もかがめて蛍にお願いした。
「・・・だめ?」翔二のしゅんとした顔を見て、蛍は困った顔をした。
「だ・・・だめじゃないんだけど・・・。」蛍がそう言うと翔二はぱっと明るく笑い、蛍と一緒に目的の石島が通っている塾へと足早に歩いて行った。
*
その頃、慎太郎もまた、石島が通っている塾へ丹波と千田と一緒に車を走らせ、ついたところだった。
塾へ入り、たまたま廊下を歩いていた塾の講師に声をかけた。
「すみません、ちょっと宜しいでしょうか?」慎太郎が声をかけると塾の講師が立ち止まった。
「神奈川県警、捜査一課の海堂と申します。」少し控えめに警察手帳を見せ、挨拶をすると、続いて
「同じく千田です。」
「同じく丹波です。」と、3人が挨拶した。
「な、何か御用でしょうか?」男性講師が言った。
「失礼ですが、こちらの塾の方ですか?」慎太郎が質問した。
「はい、塾講師をやっております、進藤智也と言います。」
「ちょっと、お伺いしたいのですが、この塾に“斉藤真也”君という生徒はいらっしゃいますか?どの子か教えて頂きたいのですが・・・。」
「あ、あぁ・・・斉藤君ですか?確か、Sクラスの子ですよ。ご案内しましょうか?」
「お願いします。」進藤の後をついて行き、慎太郎達は“斎藤真也”がいるSクラスへと向かって行った。
斉藤真也がいるSクラスへ向かうと、3人で話をしながら参考書を開いている眼鏡をかけた黒髪でいかにも真面目そうな少年を進藤が呼んだ。
「斉藤君!!」眼鏡をかけた少年が振り向くと、席から立ちあがり、進藤の方へと向かって行った。
「彼が斉藤真也君です。」進藤が紹介する。慎太郎はちらりと制服から足元を見た。制服は頭のいい学校の“成徳学園”の制服で、靴も“成徳学園”の指定のローファーだった。成徳学園の制服から靴まではすでに調べ済みだ。
「こんにちは。」斉藤真也は爽やかに笑顔で慎太郎達に挨拶をした。
「こんにちは。」慎太郎も静かに挨拶した。
「神奈川県警の海堂と申します。」
「・・・・警察の人・・ですか?」
「えぇ。」
「警察の人が・・・僕に何の用ですか?」
「少し、お話を伺いたい事がありまして・・・いつでもいいです。お時間頂けませんでしょうか?」
「・・・先生。」斉藤真也がちらりと講師の進藤の顔を窺った。
「刑事さん、お話って・・・亡くなった鈴野の件や、今行方不明の石島の件ですか?」進藤が慎太郎に聞いた。
「えぇ。まさにその件です。」慎太郎が頷く。
「大事な仲間の為だ。斉藤君。行ってきてもいいよ。」
「・・分かりました。」斉藤が頭を下げた。
「ありがとうございます。お時間は取らせませんので。」慎太郎達も進藤に頭を下げ、
「じゃあ、行こうか。」と言って、斉藤と一緒に塾を出て行った。
一方翔二は、塾の廊下に張り出されている塾の成績の順位表を見ていた。
「・・・真也って奴は・・・あった、一番上!?・・・“斉藤真也”と・・・。・・・・そりゃあ・・成徳だもんな・・・頭いいの当然か・・・。」翔二が張り出されている順位表を見ながらぶつくさ言っていた。あの時、鈴野真弓の日記に名前が出されていた“真也”という字は真実の真に也りの“也”である事はノートに記入済みだ。ありがたいことに、“真也”という漢字の生徒が1人だけで見つけるのも早かった。
「あとはどんな奴が・・・げ!?」左を向いたその瞬間、父たちが歩いてくるのを見つけてしまう。
「ほ、蛍!!隠れろ!!」蛍の腕を引っ張って、廊下を出て、塾の庭の方へと蛍と一緒に隠れた。父は、部下2人と1人の少年を連れて塾を出て行くところだった。
「くそ、あれが斉藤真也だな!!蛍、親父たちの後を追おう!!」そう言って翔二は父の後を追う為に走り出した。
「え!?しょ、翔くん!?」蛍も慌てて翔二の後を追った。
*
「急に訪ねて来た上に連れ出してしまって悪かったね。時間は取らせないよ。好きなものを頼みなさい。」慎太郎がメニューを斉藤に渡した。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて・・アイスコーヒーを・・・。ありがとうございます。」斉藤は丁寧に頭を下げた。そして、不安げに顔をあげて口を開いた。
「それで・・・話というのは・・・?」斉藤の質問に慎太郎がスーツの裏ポケットから2枚の写真を取り出し、2人の女子中学生の写真を斉藤に見せた。
「一人は鈴野真弓さんだ。君と同じ塾だから、顔ぐらいは分かるよね?」
「はい・・・同じ塾の仲間が亡くなってとても残念です。」斉藤は本当に悲しそうな顔をして答えた。
「鈴野さんとは話したりした事はありますか?」
「いえ、顔は何となく知っているんですが、話をした事は・・・。何故です?」斉藤が首を傾げる。
「いやね、君にとって悪い話ではないんだが、どうやら鈴野さんは君に恋心を寄せていたようなんだよ。」それを言った途端、斉藤は目を見開き、少し、照れたような顔をした。
「そう・・・でしたか・・・。」目を伏せ、頭を掻いた。本当に真面目で純粋そうな少年に見えた。
「こちらの女性は・・・確か・・・。」
「えぇ。鈴野さんの次に殺された女子中学生です。こちらの女性は面識あったりしますか?」そう言って慎太郎は2人目の被害者、加賀絵理奈の写真を斉藤に見せた。
「ニュースで顔を拝見したことはありますが、実際に会ったことはありません。」斉藤はそう答えた。
「そうでしたか、いや、授業前にお時間取らせて申し訳ないです。今日はこれで結構です。後は、アイスコーヒー代は我々が支払っておきます。」そう言って慎太郎はアイスコーヒー代を置いて席を立った。出て行こうとして、すぐに足を止めた。
「・・・もう一つだけいいですか?」慎太郎が斉藤にまた、質問した。
「・・・何でしょう?」
「何か、免許持ってます?バイクとか・・・。」
「いいえ。」斉藤は首を横に振った。
「どうもありがとう。ごゆっくり。」慎太郎はにっこり笑って喫茶店を去った。
「あ、ごちそうさまです。」斉藤が立ち上がって慎太郎に頭を下げた。慎太郎は手を振り、出口へと歩いて行き、千田と丹波も後に続いた。
パタンと、翔二はノートを閉じて、携帯もしまった。
「よし、蛍!!いいのがノートに取れたぞ!!親父たちに見つからないうちに帰ろう!!」そう言って翔二は蛍のアイスカフェオレ代と自分のコーラ代を出して、店を出たら、父が仁王立ちして店の前で待ち構えていた。
「よう。」父が目の前にいて翔二は顔を青ざめた。多分、いや絶対寿命が縮まった。
「さっき、何か写メ撮っただろ?見せてみろ。」丹波がずいっと翔二の顔の前に手を出した。
「な、何も撮ってねぇよ!!」翔二は慌てて携帯を閉まっているズボンのポケットをガードした。
「ん?カシャッてカメラ音がさりげなく聞こえたが?そういえば、盗撮はお前も刑事の息子だから分かっていると思うが、軽犯罪法とはいえ、確か30日未満の拘留、または1万円未満の科料だったのは分かっているよな?」
「そ、それはのぞき目的で・・・。」
「のぞいてたじゃねぇか。そして、相手の許可なく撮るのも盗撮だ。」父の手が早く渡せと言わんばかりに指を早く動かしている。翔二は悔しそうに顔を歪めながら何も言い返せず携帯を渡した。
父が翔二の携帯を確認すると、2・3枚、斉藤真也の写メが撮られていた。
「よし、これで写真撮らせてもらう手間が省けたな。あとは、残りの2人を探すまでだな。」そう言って翔二の携帯を持って行こうとする。
「ど、どうする気だよ!?人の携帯!!」
「この斉藤真也の写メを写真に印刷するんだよ。」そう言って車へとすたすた歩いて行く。
「も、もしかして最初から気づいていてそうさせる為に今の今まで何も気づかない振りしてたんだな!?く、くそ!!俺も行く!!」強引に翔二が車へと乗ってきた。携帯を借りるし、慎太郎は仕方なしに翔二と蛍を車に乗せた。
「ごめんね、蛍ちゃん。こんな馬鹿の行動にいちいち付き合わなくていいからね。」苦笑して蛍に慎太郎は声をかけた。さっきまでの真剣な顔ではなく、優しい顔をした慎太郎を見て、蛍は慎太郎の笑顔が翔二に似ていると思った。
(あぁ、翔君のお父さんだ・・・。)と、蛍は何だか慎太郎の笑顔を見てほっとしたのだった。
神奈川県警本部に戻った慎太郎達は翔二の携帯をすぐに鑑識に回した。また、その間は千田や鑑識の鬼束が翔二と蛍をもてなして、お菓子やらジュースやらを出してくれた。
「いやぁ翔二殿、お手柄ですよ!!なかなか加害者になりそうな、しかも少年の写真なんて手に入らないんですよ!!ありがとうございました!!」鬼束がお礼を言いながら、翔二と蛍にオレンジジュースを入れてくれた。
「うん、さすが警部の息子って感じだよ!!」千田も翔二をほめた。
二人がほめてくれて翔二は鼻高々だ。
「たく、甘やかすぎなんだよ、千田さんも鬼さんも!!」丹波が缶コーヒーを飲みながら呆れた口調で言った。
「翔二、お前携帯戻ったらとっとと帰れ。」慎太郎も呆れながら、缶コーヒーを一口口に含んだ。
「でも・・あの少年、話した感じは全然悪そうに見えずに本当、真面目そうな少年でしたね。」千田が言った。確かに千田の言う通り、頭が良さそうでぱっと見、悪そうに見えなかった。
「まぁ、ゲソはあと2人いる。彼だけが容疑者じゃない。」慎太郎が深刻な顔をして言った。1時間後、写真が出来上がった。
「はい、翔二殿。」こっそり、鬼束が渡してくれた。
「ありがとう、鬼束さん。」翔二は渡された写真をじっと見つめた。
「イケメンなのに・・・何か変な顔してるな、こいつ・・・。」翔二がぽつりと言って、写真を自分のノートに挟んだ。
第7章に続く。