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海堂翔二の事件ノート~神奈川県警捜査一課の息子~  作者: ぽち
第三章 神隠し殺人事件
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第17章 母親日記

 夕食を終えて一息ついた頃、寮生たちは次の日からのゴールデンウィークにうきうきしていた。

 「彩芽!!キャンプいつ行くの!?春那も誘っていい!?」

 「いいわよ~♪まぁ、進ちゃんからゴールデンウィーク後に小テストされるようだから、テスト勉強を少ししてからがいいかしら?」彩芽の言葉に寮生たちは白目を向く。

 「マジ、中島の数学の小テストなんかいらねぇし!!」翔二が頭を抱えた。その時、寮の呼び鈴が鳴った。寮生全員が、担任の中島が来たのではないかと硬直し始めた。

 「進ちゃんかしら?はいは~い。」彩芽が玄関へ向かう。中島だったら寮生全員は中島に対して“来るな!!”と言いたいだろう。

 (潤兄と旬兄も誘いたいなぁ・・・。)拓也は小学生の頃、自分を本当の弟のようにかわいがってくれた現在大学3年生の松浦潤と旬の双子の兄弟も誘っていいか、彩芽に聞こうと思った。

 潤も旬もこの青嵐高校の卒業生で、中島の最初の生徒だったという。もちろん、彩芽のいるこの学校の寮にも寮生として住んでいたのだ。潤と旬の紹介で、拓也は高校に入学する前から中島と彩芽とは面識があった。

 玄関に向かった彩芽はしばらく玄関先で長話をしていた。どうやら、中島ではないらしい。近所に住んでいる中川雪乃という、主婦だった。

 「いつもありがとうございます。」彩芽は中川から段ボールに詰まった野菜を受け取った。

 「いいんですよ!!高校生の生徒さん達なら沢山食べますよね!!」笑顔で中川が答えた。

 その後10分位彩芽は中川と話してからリビングに戻ってきた。

 「彩芽ちゃん、誰?」拓也が聞いた。

 「ご近所の中川さんよ。実家が福島で農業をされているようで、美味しいお野菜いつもくださるの。おかげでスーパーまで買いに行かなくていいのよ~♪」彩芽が嬉しそうに言った。

 「スーパーまで買い物行かなくなると、運動不足になるんじゃねぇの?最近、彩芽肉がついてきた気がする。」翔二がケラケラ笑いながら言った。

 「あ?何か言ったか?」ドス黒い声で彩芽が言った。

 「翔・・・彩芽ちゃん・・・元ヤンと言う噂だからね・・・。潤兄と旬兄の情報だけど・・・。」拓也が苦笑した。

 「い、いや・・・何でもありません・・・。」翔二が顔を青ざめた。

 (早く言えって!!)翔二は心の中で言った。

 自分の部屋に戻った拓也は伯父の茂宛ての手紙の続きを書き始めた。彩芽にお願いして、携帯の写メで撮った入学式などの画像を写真にしてもらって、それも封筒に入れてから、封をした。

 「伯父さんの影響だよな・・・バスケ始めたの・・・。」貰ったバスケットボールを持って指でクルクル回したりした。

 部屋をノックする音が聞こえて、反応すると同時に彩芽が入ってきた。

 「タク、洗濯物置いとくね。」

 「ありがとう、彩芽ちゃん。そうだ!!キャンプさぁ、潤兄と旬兄も呼んでいい?」

 「ふふ、そう言うと思って、先に潤ちゃんと旬ちゃんに私から声をかけたわよ。」

 「マジ!?やるぅ、さすが彩芽ちゃん!!

 で?行けるって?」

 「えぇ、楽しみにしてるって!!」彩芽の返事で拓也が満面の笑みで返した。

 「・・・ねぇ、タク。その・・進ちゃんから聞いたわ。クラスの子が何か言ってきても気にしちゃダメよ?芹沢って子には進ちゃんがきつく言ってくれたみたいだから。」彩芽はどうやら、中島から今日の出来事を聞いたらしい。心配してくれているようだ。中島は誰から聞いたのかは分からない。寮生が教えてくれたのだろうか?

 「いつもの事だもん。俺、気にしてないよ。

 それに、事情を知ってる翔やカズたちがフォローしてくれるし。大丈夫だよ。

それにね、翔パパもねセリに言い返してくれたんだよ。」拓也はニコッと笑って答えた。

 「そうなの?翔のお父様にお礼を言わなきゃ。・・・何かあったら言ってね?力になるから。」

 「うんありがとう、彩芽ちゃん。」拓也はそうお礼を言うと、彩芽は部屋から出た。

 「本当に・・・ありがとう・・・。」ドアを閉めた後も小さな声で拓也が言った。

*

 「海堂警部!!ガイ者、木下保の携帯の画像フォルダの暗証番号の認証が終わりました!!」鑑識課の鬼束が言った。4月26日に神奈川県川崎市で男性のバラバラ死体が発見された事件を慎太郎は担当している。

 その被害者、木下保の携帯の画像が入っているフォルダが、暗証番号式で簡単に開かないようになっていた。慎太郎はそれがどうしても気になって、鑑識課やサイバー犯罪対策課に協力をしてもらい、今回鬼束がその暗証番号の確認をする事が出来たらしい。

 「とにかく見て頂ければ分かると思うのですが、ガイ者の画像などのフォルダに動画などの確認が取れました。」鬼束がどうもバツが悪そうな顔をしていた。

 「鬼さん?大丈夫?」同期の丹波が心配する。鬼束は苦笑しながら、パソコンに画像や動画を転送していたので、それを慎太郎達3人に見せた。

 まずは画像。派手な化粧や服を着た女性と肩を抱いて酒を飲んでいる写真や、女性の頬にキスをしている写真だった。女性の化粧の仕方や服の趣味からして明らかに“夜の世界のお姉さん”と思っても仕方のない感じの女性だった。

 写っていた女性は2人だった。店はどちらも違う店の女性らしい。ラインもチェックしてみると、二人の女性の名前は“アゲハ”と“麗奈”というらしい。見た目だけで見ると、20代前半から中間位に見える。

 要するにキャバクラ嬢の“源氏名”と言われる名前だろうと慎太郎は思った。

 続いて動画を見ると、どこかのホテルのベッドの上だった。1つは“アゲハ”がバスローブを着ていて、急にカメラの前でバスローブを脱ぎ始め、全裸になった。木下に抱きついて、いちゃつき始めたのだ。

 この後は、動画が回ったまま、2人はベッドの上で盛り上がっていた。動画が切れたのは、一通り終わらせてから木下が切ったのだろう。

 「うわ・・・。この人・・・奥さんいますよね?」丹波が不快な顔をした。

 (・・・・ゲスだ・・・。)続いて丹波はそう思いながら大きなため息をついた。

 「奥さんと・・・確か娘さんがいる・・・。」慎太郎が答えた。

 2つ目の動画は“麗奈”の個人の家だろうか?マンションか何かの部屋に見えた。

 こちらも“麗奈”の風呂場シーンなどを動画に納めている。風呂場のシーンが終わったら、お決まりのベッドで盛り上がっているシーンだった。まるで、アダルトビデオなどの動画のように見えた。男の方は見えずに女性のあられもない姿ばかりが映っている動画だった。2人の女性との性行為動画だけで10件以上あった。動画内は女性だけで木下はカメラを回すだけで映る事はなかったが、声はいくつか撮れていた。このような女性との性行為の動画を撮って、自分の携帯に納めるのが木下の趣味なのだろう。動画や画像の中では奥さんとのそう言った行為の動画や画像は見つけられなかった。

 「他の班からの報告では、会社では仕事に関しては本当に優秀で、部下にも優しい人だったらしいです。恨まれるような人じゃないと言っていましたが・・・この動画のおかげで、恨まれている可能性が出て来たかもしれないですね・・・。」千田が言った。

 「奥さんはこの事知っているのでしょうか・・・?」丹波が言った。

 「酷だが・・・この事は聞かなくてはならない。もしかしたら、奥さんがこの件を動機に殺害した犯人の可能性も出てきてしまうからな。奥さんと、この2人の女性は容疑者扱いにしよう。

 鬼束君がこの2人の女性の勤務地を調べてくれたから、明日以降この2人の女性と奥さんから話を伺おう。」慎太郎が言った。

 「はい!!」

 「そうだ、丹波君、千田君。明日以降この間の神奈川署からの子供がいなくなった件も一緒に聞き込みをしよう。」

 「あ、はい。分かりました。警部、千田さん、家まで送ります!!」丹波が言った。

 「いつもありがとう。」こうして、本日の海堂班の捜査は解散となった。

*

 母親の女性たちの間で話題になっている“母親日記”というSNSが今話題となっていた。日本をはじめとする全国各地の母親が自分の子供の写真や子供に作ってあげたものなどをSNSのサイトにブログのようにアップする投稿サイトがある。それが、“母親日記”という。

 拓也はこの母親日記の傍観者だった。投稿する側はサイトに登録している人しかログインをして投稿する事が可能だが、傍観するには特に登録したり、ログインする必要がなく、投稿している側が『全体に公開』等と表示していればどんな人間でも読める様になっていた。

 投稿している人間は“ハンドルネーム”にて登録し、ハンドルネームの最後に“ママ”とついた状態で投稿写真などがアップされるのだ。

 “壮太ママ”だとか、“薫ママ”等、もちろん、本名で登録している人もいる。だが、最後に“ママ”とつくので、本名プラス“ママ”という登録名にその場合はなるのだ。

 コメントする人間もニックネームを使って、登録してコメントを行う事が多いが、拓也の場合は“安藤拓也”で登録して、相手にコメントを送っていた。

 安藤拓也:美沙ちゃんママ、今日の美沙ちゃんはやんちゃしちゃったの?超泥だらけじゃん!!俺も、毎日やんちゃして、担任に怒られちゃってるんだ!!

 美沙ママ:そうなのよ、たっくん!!もう~女の子なのに男の子と戦いごっことかして~・・・誰に似たんだか(笑)

 でも、たっくんは男の子だもん!!やんちゃなくらいがちょうどいいわね!(笑)

 等々・・・このような感じで拓也は色んなママたちに日記のコメントを送っているのだ。

 「あ、伯父さんに手紙も書かなきゃ・・・。」一旦拓也はスマホからアクセスしている母親日記を閉じて、便箋を机の引き出しから出した。

 拓也は一日一回、この母親日記を開いて色んなママたちの日記を読んでいた。これに投稿している母親たちと仲良くなることで母親に昔愛されなかったという記憶を上書きしようと思っているのだろう・・・。

 昔、自分が虐待されていたという過去を・・・。

 「・・・・タク。・・・おいタク!!」呼ばれて目を開けた。目の前には担任の中島がいた。

 「え!?なかじー!?」驚いて体を飛び起こした。

 「何でいんの!?今日からゴールデンウィークだよね!?」拓也が驚いて言うと、部屋のドアから翔二達が恨めしい顔で自分の部屋を覗き込んでいた。

 「ゴールデンウィーク後の数学の小テストの勉強を朝から2時間見に来たんだと・・・・。」翔二が言った。

 「はぁ!?」拓也がめちゃくちゃ嫌な顔をした。

 「お前らが6月にある中間テストでも赤点を取らねぇように対策練ってやってんだよ。

 優しい担任の先生様だなぁ。」にやにやと中島が言った。

 「全然優しくねぇや!!」翔二と拓也が同時に言った。2人からブーイングが飛んできた。

 「やかましい!!おら!!とっとと起きろ!!」中島がそう言って拓也のベッドの布団をひっぺがえした。

 「お、俺達ゴールデンウィークはみんなでキャンプに行くんだ!!」翔二の横で連司も参戦した。

 「勉強がある程度終わったらな。」拓也をベッドから引きずり出し、部屋のドアまで向かうと、もう片方の手で、翔二と連司の首根っこを持って、階段を降りて行った。

 「この鬼!!」翔二が言った。

 「悪魔!!」続けて連司が言った。

 「大魔王!!」最後に拓也が言った。

 「何とでも言え。その変わり勉強はスパルタで行くからな。」ニヤリと不敵な笑みを浮かべて中島が言い返した。

 「助けて~~~!!」3人の叫び声が寮内で響いた。こうして、中島のゴールデンウィーク後の数学小テスト対策が始まった・・・。

*

 ゴールデンウィーク初日から慎太郎は神奈川県警捜査一課の刑事として、4月26日に遺体となって発見された木下保の自宅へ訪れていた。木下保が亡くなったのはその1日前の4月25日の午後22時40分頃だった。

 慎太郎達捜査一課は木下保の妻に話を聞いていた。

 「・・・私が・・・疑われているんですか・・・?」目を腫らした状態で不快そうな顔をして妻、絵美が言った。

 「いえ、違いますよ。あくまで参考に被害者と面識がある方々に同じことを聞いているのです。

 不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません。」慎太郎が頭を下げた。

 「・・・その日のその時間は、旦那がいつも遅いのは知っていましたし・・・子供を寝かしつけていました・・・。」

 「いつも遅いのは知っていた?」丹波が言った。丹波が慎太郎に目を配る。

 「どうせ、女の所に行っていたんでしょ?」イライラしたような様子で絵美が言った。

 「・・・ご存知でしたか?」千田が聞いた。

 「あの人、昔っから女癖悪かったもの。大学の頃に出会って付き合ったけど、その時から何股もかけられていたし?妊娠騒動もあったし。」

 「妊娠騒動?」慎太郎が聞いた。

 「・・・・私も含めて、あの人何股もかけていた女の一人が妊娠したのよ。」

 「・・・あなたと同時期に妊娠した女性がいたという事ですか?」丹波が聞いた。

 「えぇ。彼は私より年上だからもう就職していたし。私、妊娠して大学中退したの。それと同時に会社の女にも手を出してたみたいで・・・その人も妊娠したって。」

 「で・・・その会社の人は・・・?」と、丹波。

 「彼がお金を出して、中絶したみたい。それ以降は彼とも縁を切って消息不明。生きているか分からないわ。どんな女か会った事もないし。でも・・・私も流れちゃった・・・・。今の子は・・・その後結婚してやっとできた子なの。」

 「・・・そうでしたか・・・。あの・・・、旦那さんは結婚後も・・・その、浮気をなさっていたのを知っていたのですか?」千田が遠慮がちに聞いた。

 「えぇ・・・。私・・・本当は両親が彼の本性見抜いてて、結婚反対されていたんですけど・・・、その時にいたお腹の子の為に父親は必要と思って、反対を押し切って結婚したんです。

 でも、その子が流れて・・・今の子が産まれても・・・彼は変わらず色んな所で女を作っていたみたいですけどね。」

 「・・・離婚は・・・考えなかったんですか?」丹波が聞いた。

 「・・・私、大学中退だからなかなかいい会社に勤められそうになくて・・・。あの人の年収に頼るしかないの。今の子の為にも・・・。でも・・・あの人がいなくなった今・・・実家から帰って来いと言われているの。

 帰ろうかと思っています。」

 「その方がいいかと思います。私たちは必ず旦那さんを殺害した犯人を捕まえますので、どうぞ、ご実家でゆっくり過ごしてください。」慎太郎が心中を察しながら言った。これ以上は3人も何も聞く事がなかった。さすがに、あの動画は見せられないと判断した。旦那の女癖の悪さは知っていた。それだけ聞いて、そんな動画があるのではないかとこの女性なら予測はたっているだろうと思った。

 犯人が見つかったら連絡すると伝えて、実家の住所を聞き出して、慎太郎達は木下家を後にした。

 「奥さん・・・どうでしょう?」丹波が聞いた。

 「白とは言えない。容疑者の一人として考えよう。」慎太郎が答えた。

 「そうですね・・・後は、あの動画の相手のキャバ嬢たちにも話を伺いましょう。」と、千田。

 家から出て数歩歩いていた中、木下家に入って行った少女を発見した。

 「ママー、ただいまー!!」木下保の娘だろう。慎太郎はやるせない気持ちでいっぱいだった。

 「被害者がどんな人間だったとは言え、あの奥さんと娘さんは大事な一家の大黒柱を殺人犯に奪われたんだ。

 あの親子の為にも必ず犯人を捕まえような。」慎太郎が言った。

 「・・・・はい!!」丹波と千田が返事をする。次は、神奈川区内でいなくなった子供達の捜索だ。伊佐美に了承を得て、手が空いたら神奈川署の子供達がいなくなった件を手伝う事になった。

 「神奈川区内でいなくなった子供達は10人らしい。神奈川署から子供達のデータをもらった。まだ、今のところだが遺体などでは発見されていない。」車に乗りながら、慎太郎は2人に説明をした。

 まずは一番最初にいなくなった子供の家へと向かう事になった。

 神奈川区内在中の小学校4年生の女子児童の元へと向かった。

*

 一方、寮生たちはゴールデンウィーク初日から地獄を味わっていた。担任の中島がゴールデンウィーク後の自身の出す数学の小テストの勉強を強制的に寮生たちに行っているのだ。

 これは、この寮で暮らす生徒たち限定で行われる事らしい。翔二達が寮生活をする前の生徒たち、松浦潤と旬の兄弟も味わった体験だと言う。

 「何だ、海堂、それにタク。お前ら全然解けてねぇじゃねぇか。あと100回この公式書け。」中島が定規を翔二と拓也の頭にペシンと当てる。

 「くっそう・・・。」翔二と拓也が同時に言った。何とかこの悪魔から逃げられる方法はないのかと思っているようだ。午後16時半。拓也はトイレと言ってリビングを出て行った矢先にトイレから出てまっすぐ行くと庭がある。その庭から見事脱出する事に成功した。

 「ちょっと息抜き~♪」中島にとっ捕まっている翔二達を見捨て、拓也は庭から中島の魔の手から逃げ出したのだ。拓也はその足で近くのコンビニまで行った。

 「数式やら公式やらわけわかんねぇ!!息抜き息抜き♪」そう言いながらコンビニでアイスやら、ジュースやら買っていた。ここで拓也のいい所は、一応逃げた後ろめたさがあるのか、ちゃんと寮生たちの分と中島と彩芽の分のジュースやらお菓子やら、アイスやらを買っていた。

 買い物が終わり、またこっそり寮に戻ろうと寮へと歩き出した。と、その時、重たそうな荷物を持っている妊婦さんを拓也は見つけた。妊婦さんのお腹はかなり大きく感じた。

 「あの、大丈夫?持とうか?」拓也は一目散にその妊婦さんの元へと駆け寄った。

 「あらいいの?ありがとう。」妊婦さんはにこりと笑い、拓也に荷物を渡した。

 妊婦さんと拓也は、交差点の辺りから歩いて右を曲がった所にタクシー乗り場があり、そこへ向かった。妊婦さんはタクシーに乗って帰るらしい。

 「あれだったら、家まで送るけど?」拓也が言った。

 「ありがとう。でも、大丈夫よ。タクシーに乗ったら家の目の前だからこの荷物すぐに運べるから。」妊婦さんはにこりと笑って買い物袋からお菓子を一つ拓也に渡した。

 「い、いらないよ。」拓也は拒んだが、妊婦さんは拓也の手にお菓子を持たせた。

 「いいのよ、受け取って。あなた・・・お名前は?」

 「た、拓也・・・。」

 「拓也君って言うの?この子もね、男の子だって。拓也って名前にしようかな?あなたみたいに優しい子に育ってほしいし。」妊婦さんはにこりと笑って拓也の頬を優しく触った。

 「ありがとうね、拓也君。」そう言ってタクシーに乗って帰った。見えなくなるまで、妊婦さんは拓也に手を振ってくれた。

 「・・・・・。」思わず、拓也はタクシーが見えなくなるまでずっとタクシーを目で追っていた。しばらくすると、ぴちゃっと音がしたと同時に足元が冷たく感じた為、下を向いたら買ったアイスが溶け始めていた。

 「やべ!!」拓也は急いで、寮へと戻って行った。

 「・・・・・。」あんな風に、お母さんみたいな人に頬を触られたの初めてだなと、拓也は思った。

 (聞いてみれば良かったなぁ・・・。子供が出来て・・・嬉しかった?って・・・。

 まぁ、あんな優しそうなお母さん・・・嬉しいって言うに決まっているか・・・。)そう思いながら、拓也は寮への道を歩き出した。

 寮へ帰ると、中島が笑顔で仁王立ちして拓也の帰りを玄関で待ち構えていた。

 「げ!?」拓也は顔を青ざめた。

 「よう、お帰り。何買ってきたんだ?もちろん、俺達への差し入れだよな?」中島がにやにやと不敵な笑みを浮かべながら言った。後ろでは、翔二達が恨めしい顔をして拓也を見ていた。

 「そ、そうだよ・・・アイスとか・・・。」

 「溶けてんじゃねぇか!!」中島に突っ込まれ、また首根っこを掴まれた。

 「さぁ、公式の続きだ!!とっとときやがれ!!タクは解けるまで昼飯なしだ!!」

 「え!?うそ!?助けてー!!」拓也は助けを求めたが、寮生たちは自業自得だと言って誰も助けなかった。もちろん、自分達も余裕がないという理由でもあった。

*

 神奈川県横浜市神奈川区。この町で10人もの子供達が行方不明になっていた。

 未だ、いなくなった子供達も発見されていないし、遺体も発見されていなかった。

 まずは、いなくなった女の子の一人の家に話を聞きに行った。

 「お子さんがいなくなる前に、お子さんにどこか変わられた所はありませんでしたか?」慎太郎は必ず全員の行方不明の子供の親たちに聞こうと思っている。

 「いいえ・・・いつもと変わらなかったです・・・。」母親は泣き腫らした目で鼻をすすりながら答えた。

 「どんな些細な事でもいいです。思い出せませんでしょうか?」慎太郎は遠慮がちに聞いた。隣に神奈川署の若い刑事達も聞き漏らすまいと必死に耳を傾けていた。

 「・・・・・。」母親は下を向いて思い出そうと目をぎゅっとつむった。そして、ふとゆっくり目を開けた。

 「こんなこと・・・参考になるか分かりませんが・・・。」

 「いいですよ、話してください。」

 「急に・・・宿題とかやるようになったんです。算数とか、国語とかとにかく教科書が大っ嫌いな子で・・・。実はいつも毎日担任の先生からの連絡帳に“宿題の忘れが多い”と書かれていた事があったんです。

 それが・・・ここ最近・・・いえ、いい事なんですけど・・・宿題も忘れる事もなく、きちんとやるようになったというんです・・・。親としても先生としてもいい事なんですけど・・・。」

 「そうですか・・・。」慎太郎はすぐにメモを書きとる。隣で神奈川署の刑事は首を傾げていた。

 「他にありませんか?何かに夢中になっていたとか・・・。」丹波が続いて聞いた。

 「・・・・あ・・・・。」母親が思い出したように立ち上がった。そして、洋服を持ってきた。

 「これ・・・娘に買ってあげた覚えがない洋服なんです・・・。私はあまり洋服を買ってあげる事がなくて、結構従妹の子のお古とかを貰ってあげているんですけど・・・。最近、妙に洋服が増えたなと思って・・・。」

 「失礼ですが・・・娘さんには月にいくらのお小遣いを渡しておりますか?」千田が聞いた。

 「まだ、小学校3年生なので・・・500円程度です。」

 (まぁ、その位だよな。)丹波が思った。自分もそうだったらしい。

 「この洋服、お借りしても宜しいでしょうか?」慎太郎が聞いた。

 「はい・・・。」母親が了承して、洋服を預かる事になった。1軒目の家はここで捜査を終えて、2軒目、3軒目と続いて行った。

 ここで捜査をしている中、慎太郎はいなくなった子供達の共通点を見つけた。

 いつの間にか、親が買ってあげた覚えがない玩具や洋服などが増えている事だった。

 「うちの親も厳しかったです。全然、玩具なんて買ってくれませんでした。」神奈川署の若い刑事、石井や大木が言った。

 「そんなもんだよ。俺も息子の欲しい物なんて、誕生日やクリスマスなど特別な日ぐらいしか買ってやらないもん。」慎太郎が言った。

 「まぁ、高校生にもなればアルバイト始めるでしょうし、自分でそれなりに買うようになりますよね。」丹波が言った。

 「そういえば、俺の息子もバイト始めたんだ・・・。よくあんなナリでバイトの面接受かったなと思うよ・・・。」慎太郎が言った。

 「へぇ?どこでバイトされたんですか?息子さん。」石井が聞いた。

 「パスタ屋さんだそうだ。ちゃんと敬語を使っているか心配だよ・・・。」

 「大丈夫ですよ!!警部自身がしっかりされているんですから、警部の息子さんもしっかりされているんでしょう?」大木が言った。

 「・・・・茶髪に金髪なんだよ・・・。全然しっかりしてないよ・・・外見は・・・。」慎太郎がため息をつく。そして、誰に似たんだか・・・俺か。と、小さくつぶやいた。そんな慎太郎の姿を見て、丹波はクスリと笑った。

*

 やっと勉強から解放されたのが、夜の22時を過ぎてからだった。

 「ま、マジ・・・ふざけんなし・・・・。」翔二、拓也、連司、優奈がぐったりした。

 ノートにはクタクタになるくらいびっしり公式やら数式やらが並べられていた。

 「よしよし、まぁ・・・今日はこの位にしといてやるか・・・。」中島が満足そうに寮生たちのノートを見て言った。

 「みんな、お疲れ様!!タクが買ってきたアイス、食べる?ちゃんと冷凍庫に冷やしておいたわよ。」彩芽がそう言って、拓也が昼間抜け出して買ってきたアイスを冷凍庫から取り出した。

 「いる~~!!タク~ごっち~!!」連司が言った。

 「いいよ~他にお菓子とかケーキとか買ったから食べてね!!」拓也がニカッと笑った。

 「じゃあ、明日は近くの川でバーベキューにしましょう!!」彩芽がそう言うとリビングのドアが急に開いた。

 「さんせ~~い!!お久~~彩芽ちゃ~~ん、なかじー!!」急にイケメンの双子が寮に入ってきた。黒髪でくせっ毛、左目の下になきぼくろがある青年と茶髪で黒髪の青年よりも短髪の青年だ。

 「・・・・潤兄!!旬兄!!」拓也が嬉しそうに席から立ち上がった。

 「おう~~タク~~!!大きくなったなぁ!!」潤と旬が大きく拓也に手を振った。

 「・・・誰?」連司が聞いた。

 「俺のお兄ちゃんみたいな人!!翔とカズと、優奈は会った事あるよな!!」拓也が説明した。

 「1回か2回位かなぁ・・・。俺、あんまり覚えてないんだ・・・。」翔二が言った。

 「まぁ、俺達もタクの中学時代は学校もあるし、1回か2回位本当に入学式とか卒業式に来たってところかな?」旬が言った。

 「高校入学、おめでとう。入学式来れなくてごめんな、タク。これ、お祝いだよ。」そう言って、潤が拓也に最新のゲームソフトを渡してくれた。

 「ほんと!?ありがとう~潤兄!!旬兄!!」拓也が嬉しそうにゲームソフトを受け取った。ずっとほしかった奴だった。

 「もしかして、前にタクが話していた中島の最初の生徒の人?」翔二が聞いた。

 「そうそう!!で、なかじーに大魔王ってあだ名をつけた名付け親!!」拓也が言った。

 「な、何でそのあだ名になったの?」優奈が聞いた。

 「あぁ、あれねぇ・・・。」潤が説明しようとすると中島が口を開いた。

 「こいつら、俺が当直をやっていた頃、夜中に学校に忍び込みやがって真冬の校庭の中、花火ぶっ放しやがったんだよ。

 で、俺に見つかって上半身裸にさせられ、腹筋、背筋をさせて首を絞めた過去がある。」

 「それ、超体罰。」優奈が言った。

 「あはは!!まぁ、まさかのなかじーがいたなんて思ってなかったから・・・あれから俺達なかじーにかなわないと思って、あだ名を大魔王と任命したわけ!!」潤が言った。

 「なるほど~、そのあだ名が未だに引き継がれているわけね~。」連司も納得した感じで言った。

 「ねぇ、それよりさぁ!!明日のキャンプ、潤兄と旬兄も行くんだよね!?」拓也が明日寮生たちで行くキャンプの事を潤と旬に振った。

 「うん。彩芽ちゃんの車と俺達の車も出すからみんな分かれて乗ればいいよ。」潤が答えた。

 「やったぁ!!俺、潤兄と旬兄の車に乗る!!」にこやかに拓也が言った。

 「彩芽ちゃん、テントとか荷物は俺達の車に積んでいいからね。」旬が言った。

 「ありがとう~助かるわ~。」

 「みんなも宜しくね。」潤が翔二達に言った。翔二達も頷いたり、笑顔で返事をした。

 (優しそうな人たちだなぁ・・・。タクの事、本当の弟のようにかわいがっているんだ・・・。)蛍は潤と旬を見てそう思った。

 時計を見ると、もう少しで23時になるところだった。

 「ねぇ、潤ちゃん旬ちゃん泊っていかない?もう、夜遅いし。車もあるんでしょう?そしたら、もう明日このまま車出して行けるじゃない。」彩芽が言った。

 「賛成!!部屋も腐るほど余ってるし!!」拓也が言った。

 「泊ってけ、俺も泊るし。」中島が言うと、寮生全員が嫌な顔をした。

 「おい、何だその顔は。明日キャンプについて行ってやろうか?」

 「いえ、結構です。」翔二と拓也と連司が言った。中島は寮に泊って明日寮生たちがキャンプに行く頃に自分も帰るという事になった。

 潤と旬と中島は余っている部屋を使って泊る事になった。

 「じゃあ、タク。おやすみ。明日、宜しくね。」潤と旬が拓也に言った。

 「うん!!楽しみにしてるね!!おやすみ!!」そう挨拶を交わして、ドアが静かに閉められた。

 拓也はベッドにゴロンと寝転がり、伸びをした。そして、携帯を持って、『母親日記』を開いた。今日も色んなママさんが沢山投稿をしていた。拓也は新規のママさんの投稿もすぐに見れるように、新規のママさんが投稿されたら通知がメールなどで来るように設定をしていた。

 母親日記を開いた時に、『!』の赤いマークが出ていて、そこに“新しいママさんが投稿をしました。”と、通知が流れていた。

 「お・・・新しいママさんが新規で入ったんだ。」拓也はその通知を開いた。

 『35歳の主婦です。どうぞよろしく。』と、自己紹介のページに書かれていた。ママさんの写真が載っていた。

 「へぇ・・・。何かこの人も優しそうなママさんだな・・・ええと・・・ハンドルネームは・・・。」ページをスクロールして自己紹介ページを見た。

 ハンドルネームは・・・“みんなのママ”と書かれていた。

 「あはは、面白いハンドルネーム!!」拓也はそのママさんの日記を読み始めた。

 『今日は娘と一緒にチョコレートケーキを作りました!!娘の手がチョコレートでべちゃべちゃです(笑)』

 一日目だからなのか、投稿はこれのみだった。だけど、ゴールデンウィークだし、これからも投稿は増えるだろうと拓也は思った。

 拓也はみんなのママにコメントを送った。

 安藤拓也:みんなのママさん、初めまして!!ケーキ、超美味しそう!!ケーキ作りのうまいお母さんって何だかうらやましいな!!

 みんなのママがブログを投稿したのは、自分達が中島にビシバシと勉強をさせられている時間だった。投稿からかなり時間が経っているから、今は23時を回っているしこのコメントのみを残して、母親日記を閉じた。

 そして、そのまま電気を消して寝ようとした瞬間、携帯が鳴ったのだ。

 お知らせが来たのだ。お知らせ内容は、“みんなのママさんがあなたのコメントに返信しました。”という内容だった。

 拓也はすぐに開いてみた。

 みんなのママ:こんばんは。いくつの方かな?それとも、お父さんかな?コメントありがとう。娘は将来、パティシエになりたいみたいなの。私もケーキ作りが好きだから、娘と好きな事をするのがとても楽しいです。

 拓也はすぐにコメントを返信した。

 安藤拓也:高校1年生だよ!!そっか、娘さんパティシエになりたいんだ!!

 マジ、美味しそう!!いいなぁ、今度俺にも作って!!な~んて(笑)

 ちょっと、図々しかったかな・・・と、思った。すると、すぐに返信が返ってきた。

 みんなのママ:面白い子だね。いいよ!!な~んて(笑)

 高校生の男の子にコメントを貰えるなんて嬉しいです。良かったら、これからもいっぱい投稿するので、お友達になってくださいね。

 安藤拓也:うん、喜んで!!あ、もう0時回っちゃうね!!遅い時間にごめんなさい!!これからも投稿、楽しみにしてるね!!

 みんなのママ:ありがとう、私の事は、ママって呼んでね。

 こうして、みんなのママとのコメントはここで切った。

 (へへ、お友達ママ、増えちった・・・。)拓也は、嬉しくてしばらく寝付けなかった。

 このみんなのママとの交流が後に、大きな事件に自分も巻き込まれることになるとは拓也は知る由もなかった・・・・。


 第18章に続く。

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