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海堂翔二の事件ノート~神奈川県警捜査一課の息子~  作者: ぽち
第三章 神隠し殺人事件
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第16章 生い立ち⓺

 安藤佳奈を傷害の容疑で現行犯逮捕し、パトカーへと乗せた。と、同時に拓也を発見した直後に呼んだ救急車も到着した。

 慎太郎は肩をポンと叩かれ、振り向くと伊佐美が自分の肩を叩いていた。

 「海堂君、心配なんだろう?救急車で病院まで付き添ってあげなさい。」

 「伊佐美課長・・・。ありがとうございます。」慎太郎は頭を下げ、拓也が乗った救急車に乗り出した。ここからは、生活安全課の仕事。慎太郎はそう思い、戸川課長にも頭を下げた。

 戸川課長も任せろと言うように手で合図をした。後は、父親・・・安藤裕也に事情を聞き、事情聴取の内容によっては彼も逮捕する事になる。拓也の食事は、十分な物を与えられていなかった。これは、母親だけではなく、父親にも“保護責任者遺棄罪”に値すると言える。

 通報してくれた担任の佐倉先生は、母親とは違う車に乗り、唯一の目撃者として警察に証言をしてくれることになり、警察の車へと乗ってくれた。

 慎太郎は救急車に同乗して、拓也に付き添った。

 救急車に乗って、慎太郎は拓也のとても小さな手を優しく握った。

 頑張れ・・・。頑張れ・・・。

 慎太郎はそう、心の中で思いながら拓也の手を握り、左手で拓也の頭を優しく撫でた。

 安藤家の子供達が帰る頃には家の周りに、野次馬が密集していた。

 「な、何だよ・・・。この人だかり・・・。」長男の裕介が学校から帰ってくるとかなりの野次馬がいた。

 「え?何何?」続いて次男の裕斗や長女の真奈も帰ってきた。近くにパトカーが止まっているのが目に留まり、3人はぎょっとした。

 「どうしたんだ?」すぐそばにも父である裕也もいたのだ。

 「と、父さん・・・!!」裕介が裕也に言うと、スーツ姿の男数人が裕也の元へと近づいてきた。

 「安藤裕也さんですね?あなたの妻、佳奈被告を傷害の現行犯で逮捕しました。

 その件で色々お話を伺いたいので、署までご同行願いますか?」生活安全課の戸川課長が裕也の元まで行き、そう言った。

 「な、何だって・・・!?な、何故・・・妻が・・・!!」

 「それは・・・あなた方家族が一番よく知っているのではないですか?」そう言って戸川は裕也をパトカーへと乗せた。

 「おい、拓也は・・・?」裕介が言った。

 「・・・佳奈容疑者に虐待を受けていたのが原因で今、病院だよ・・・。」戸川の言葉に子供達は硬直した。

 「君たちはあっちにいる刑事さん達と一緒に車に乗ってくれ。」こうして、3人の子供達と裕也は別々の車へと乗せられた。

 そして、その日の夜のニュース。埼玉県さいたま市にもそのニュースは流れた。

 その頃拓也の実の伯父、橋本茂は残業をしていた。

 「橋本さん。休憩していいよ。」工場長に言われて、茂は休憩室へと行った。茂は、休憩の合間に探偵とラインなどで連絡を取り合っていた。

 そう、拓也の捜索を9年経っている今も続けていた。だが、拓也が見つかる事がなく、もう何人もの探偵から断られている始末だった。

 「はぁ・・・・。」茂は大きなため息をつく。今回も探偵からもう捜索を断念させてほしいと連絡を貰ってしまったのだった。

 (・・・拓也・・君はもう・・・・。)茂はうずくまった。と、その時・・・。テレビのニュースの声が耳に入ってきた。

 『今日午後四時頃、8歳の男児が虐待されていると通報を受け、神奈川県警生活安全課は、小学3年の男子児童を保護し、母親を傷害、そして父親も保護責任者遺棄の疑いで逮捕をしました。』そのニュースに耳を傾け、やがて何故かは分からないが茂は顔を上げた。

 『保護された小学3年の児童は安藤拓也ちゃん。見つかった当初、母親の安藤佳奈容疑者に風呂場で虐待を受けていたのか背中から大量の血を流している状態で発見されました。

 通報をしたのは、担任の教師の女性で、拓也ちゃんの最近の行動に違和感を覚え、自宅を訪れた時に佳奈容疑者が拓也ちゃんに暴行をしている瞬間を動画に納めたとの事です。

 動画の一部始終をご覧ください。』そうアナウンサーが言うと、動画の一部始終が公開された。

 茂はその動画に何故か、釘付けになった。そして、動画が流れ終わると、保護された拓也の写真が映し出された。その瞬間、茂は目を見開いて驚いた。物凄くやせ細っているが、小さい頃の貴子にそっくりだったのだ・・・。

 茂は、唇をわなわなと震わせた。

 「拓也だ・・・。」

 「どうした?橋本さん。」工場長が茂に声をかけた。傍にいた同僚たちも茂を不思議な目で見ていた。

 「た、拓也だ・・・この子は拓也だ・・・・!!9年前にいなくなった・・・私の甥っ子だあぁぁあぁぁ!!」一目見て分かった・・・・。あの、赤ちゃんの頃とはずいぶん変わってしまったが分かった。

 だって・・・私は・・・この子の・・・伯父だから・・・・!!

*

 病院で治療をしてもらい、病室に移された拓也は3日間起きる事はなかった。

 慎太郎は拓也が目覚めるまで仕事帰りに拓也の病院に寄っていた。

 体中に痣や火傷や擦り傷の様な物があったが、幸い命に別状はなかった。だが、毎日行われていた虐待行為に体が悲鳴を上げていた為、拓也はしばらくは自由に体を動かすことが出来ないだろうと医者は言った。

 慎太郎は拓也の小さな手を握り、思いつめた顔をして拓也の寝顔を見ていた。

 (こんな小さな手が・・・小学3年生の手か・・・?うちの翔二の手よりも何倍も小さい・・・。)いたたまれない気持ちになった。

 食べさせられているものはカップ麺だけ。もちろん、学校に給食はあるだろう。だが、その昼の給食以外はそれだけだ。だから、体に十分な栄養が与えられる事は決してない。

 しかも、彼はカップ麺の正しい食べ方も知らない。お湯も使わず、そのまま麺を口に頬張っていたのだから。

 慎太郎は大きなため息をついた。と、その時・・・。

 「・・・パパ・・・?」その声にハッとして、顔を上げた。拓也が目を覚ましたのだ。

 「パパ・・・?パパだよね・・・?」だが、様子が変だと慎太郎は思った。目は開いて自分を見ているのにまるで・・・目の前にいるのは自分ではなく、父親の安藤裕也がいるように思っている様だった。

 (意識が・・・・混濁しているのか・・・・?)慎太郎は動揺した。何と答えて良いか分からなかった。

 「答えてあげなさい・・・。」急に声をかけられたので振り向くと伊佐美がいた。

 「伊佐美課長・・・・。」

 「今、この子は・・・父親を求めている・・・。答えてあげるのは悪い事ではないと私は思う・・・。」

 「・・・・・。」慎太郎は戸惑ったが、決心したのか、拓也の方へと顔を向きなおした。

 「・・・パパだよ・・・。」優しく声をかけた。その瞬間、拓也はふっと口元を緩めて微笑んだ。その顔を見て、慎太郎の胸が少し痛んだ。

 「パパ・・・パパぁ・・・・。」拓也は慎太郎の手に顔を摺り寄せた。

 「あのね、あのねパパ・・・今日ね、学校でね・・・体育の時間バスケットでゴール決めたんだよ。先生に褒められちゃった。」

 「そうなんだ・・・すごいなぁ、拓也は。」慎太郎は声を震わせながらも拓也の声に応えた。

 「それでね、それでね・・・。」拓也は一生懸命話した。まるで、父親に自分を気に入って貰えるように・・・。

 (この子は・・・今の今まで・・・どんな気持ちで・・・・。)泣きそうになった。あの夫婦はこの子の話をどれだけ無視をしていたのだろう・・・・。あの夫婦はどこまで、この子を知っているのだろう・・・・。

 そして、急に拓也は黙ってしまった。拓也を見ると慎太郎がいる方向とは真逆の方向を向いていた。そろそろ、意識が戻ってきたのだろうか・・・?いや、違った・・・。

 「パパ・・・・ごめんなさい・・・。」急に拓也が謝りだした。慎太郎の胸がドクンと脈を打った。どういう意味の“ごめんなさい”なのか、何となく分かっていた。

 本当は、聞きたくなかった。だけど、聞いて・・・答えなくてはいけないと、慎太郎は思った。

 「何が・・・・ごめんなさいなんだい・・・・?」慎太郎が問うた。しばらくの間、沈黙が流れた。

 拓也が小さく震えているのが分かった。そして・・・。

 「産まれてきて・・・ごめんなさい・・・・。」拓也が言った。

 その瞬間・・・慎太郎の目から大粒の涙が流れた。

 (子供にそれを言わせるのか・・・・!!)

 その瞬間、慎太郎は無意識に拓也を抱きしめた。

 「謝らなきゃいけないのは俺達大人の方だ!!君という存在に気づくのが遅くなり、こんなに傷つくまで助けるのが遅くなってすまなかった!!

 だけどね、拓也君・・・こんな事もう言わないでくれ・・・!!

 もちろん、言わせてしまった俺達大人が一番悪い!!だけど・・・拓也君、君は生きる資格があるんだ!!産まれてきてはいけない子供なんてこの世には存在しない!!

 そんな子供がいるのならば、始めから君たちのお母さんのお腹に君たちの命が宿る事はないんだ!!

 だから・・・拓也君・・・大人として俺から一言言わせてくれ・・・。

 産まれてきてくれて・・・本当にありがとう・・・!!」慎太郎は力強く拓也を抱きしめた。優しく頭も撫でた。その瞬間・・・拓也は眠りに落ちた。

 ・・・いい匂いがする・・・。何か・・・優しい匂いだ・・・・。

 拓也が眠りに落ちた後、カタンとドアの方から音が聞こえた。慎太郎と伊佐美がドアの方へと顔を振り返ると、髭を生やした男性が涙を流しながらドアの前で立ち往生していた。

 「あ、あなたは・・・?」慎太郎が言った。何だか、見覚えのある顔だと慎太郎は思った。

 男性は涙を流し、そのまま崩れ落ちた。

 「わ、私は・・・拓也の伯父です!!ずっと・・ずっと拓也を探しておりました!!」

*

 虐待された小学3年生の男児を保護したニュースは連日続いていた。初めてそのニュースを見た茂はテレビに釘付けになっていた。

 保護された拓也の写真は、この9年間の中で学校行事等の遠足で写された集合写真だった。基本、殺人事件の被害者の写真もそうだが、虐待された子供の保護したばかりの写真など、テレビでは映さない。

 テレビで映された拓也の写真を茂はまじまじと見た。目が・・・、鼻が・・・、髪の毛が・・・全てが貴子にそっくりだったのだ。

 「橋本さん・・・間違いないのか!?この子が・・・拓也ちゃん!?」同じ職場で、慎太郎の友人の高瀬が聞いた。

 「わ、分からない・・・だけど・・似てる・・・似てるんだ・・・小さい頃の・・・貴子に・・・!!」

 すると、工場長がすぐに茂の鞄を茂に渡した。

 「今日はもう退社していいから!!行ってきて確かめなさい!!この子が・・・9年前にいなくなった拓也ちゃんかどうか・・・・!!」

 「あ、ありがとうございます・・・ありがとうございます!!」茂は頭を下げた。高瀬は、慎太郎に連絡をと、電話をしてみたが、繋がらなかった。

 「慎太郎にラインは入れておくから、あと、これ慎太郎の電話番号だ!!連絡してみてくれ!!もしかしたら、あいつが拓也ちゃんを保護したのかも!!そういう奴だし!!」そう言って、高瀬は茂に慎太郎の電話番号やメールアドレスを教えておいた。

 「本当だ・・・高瀬からラインが来ていた・・・。申し訳ございません、気づかず・・・。」慎太郎は携帯を確認した。

 「いえ・・・。拓也を・・・保護して頂きありがとうございました・・・。」茂は頭を下げて、すぐに慎太郎に向かって顔を上げた。

 (・・・思い出した・・・・。)

 「・・・橋本・・・茂さんですか・・・?」

 「いつぞやは・・・私の無実を証明して頂き・・・ありがとうございます・・・。」

 「いえ、そんな・・・。

それより・・・この子が・・・橋本拓也ちゃんとお思いですか?」

 「目が・・・髪の毛が・・・小さい頃の貴子にとても似ているんです・・・。」そう言って、茂は拓也に近づいた。すると、拓也の口が開いた。起きたのかと思い、顔を覗いたがまだ、眠っていた。すると、拓也は寝言を言い始めた。

 「ごめんなさい・・・。僕・・・いい子になります・・・。いい子になるから・・・僕を嫌わないでください・・・。」涙を流しながら、そんな寝言を言っていた。

 「十分・・・いい子じゃないか・・・。」慎太郎はそう言って、拓也の頭を撫でた。

慎太郎が頭を優しく撫でると拓也はまた、眠りについた。そして、拓也が眠った後、慎太郎は茂の方へと顔を向けた。

 「橋本さん、お聞かせ願いますか?」

 茂は自分の考え、そして、今までの事を含めて全て話した。

 自分が釈放された後は、結局埼玉県警は何も貴子の捜査を再度してくれなかった事、拓也の捜索も慎太郎が紹介してくれた探偵にあたったが、大体2年で全員が捜索を打ち切ってしまった事、絶望的だったという。

 「申し訳ございません・・・もう少し、いい探偵を調べるべきでした・・。」慎太郎が謝罪した。

 「謝らないでください、海堂さん!!あなたには本当に感謝しているんです!!これ以上、甘えるわけにはいけません・・。」

 「・・・・・。」慎太郎は拓也を見て少し、考えた。

 「DNA鑑定・・・してみませんか?」慎太郎が言った。

 「え・・・?」

 「神奈川県警では、貴子さんのDNAを保存しています。拓也君のDNAを調べれば・・・。

それに・・・、貴子さんは自殺じゃないと我々は判定しております。」

 「か、海堂さん・・・でも・・・実は・・・あれから私、役所に行っておりません。」

 「何故ですか?」

 「また、シュレッダーにかけられたらと思うと・・・それに・・・諦めていました・・・。拓也はもう・・・。」茂は顔をうつむいてしまった。

 「でも、逆に良かったかもしれません・・・。この子が橋本拓也だったら、安藤拓也として戸籍もありますよね?

 そしたら・・・二十戸籍になってしまいます・・・。

 わ、私は・・・この子が橋本拓也だったら・・・・生きててくれただけで・・・嬉しいです・・・・!!」茂は涙を流した。

 「もう、それ以上・・・・何も望みません!!」

 「もし、この子が9年前にいなくなった拓也ちゃんなら・・・問題ですよ。あの男は・・・橋本貴子さんを殺害し、拓也ちゃんを誘拐した事になる。」慎太郎の言葉に茂ははっとした。

 「私は調べますよ!!刑事として!!

もし、この子が橋本拓也ちゃんだったら、あなたは控訴出来ます!!自分の妹を殺害され、甥っ子を誘拐されたのですから!!」慎太郎の言葉に・・・茂の心臓は心拍数が上がった。

 「でぃ・・・DNA鑑定・・・お願いしても宜しいですか・・・?」茂の要望に慎太郎は力強く頷いた。

*

 拓也が目覚めたのは、裕也たちが逮捕されてから四日後だった。随分、疲れ果てていたのだろう。なんせ、9年間だ。目を覚めると知らない男が自分の顔を覗き込んでいた。

 「おじさん・・・誰・・・?パパは・・・・?」拓也の言葉に茂は息をのんだ。

 「拓也君、この人は君を産んだお母さんのお兄さん・・・つまり、君の伯父さんだよ。」傍にいた生活安全課の戸川が答えた。

 「拓也・・・・!!」涙を流しながら、茂は拓也を強く抱きしめた。

 「う・・・!!」体中の痣が、まだ拓也の体を蝕んでいた。抱きしめられた時に、強い痛みを感じたらしい。

 「ご、ごめん・・・!!」思わず茂は拓也から離れた。

 「ご、ごめんなさい・・・・。」拓也もすぐに謝った。そんな拓也を茂は優しく頭を撫でた。

 「謝らなくていいんだよ・・・。」拓也はそう言われた瞬間、顔を上げた。茂が優しく微笑んでいてくれていた。

 「拓也君、君のお父さんたちはしばらく君とは暮らせなくなってしまったんだ。お兄ちゃんやお姉ちゃんたちは施設に入るんだけど、君はどうする?」戸川が言った。

 「え?どうして・・・?」

 「伯父さんと暮らすという選択もあるし、お兄ちゃんたちと同じ施設で暮らすという選択もある。君が決めていいんだよ。」

 本当ならば、茂は自分と住んでほしいと思っていた。だが、この9年間会う事なんてなかったのだ。それが、いきなり俺は君の伯父ですと言って勝手にこの子を埼玉に連れて行っていいのか、この子は幸せになれるのか、心配になった。返ってストレスを与えてしまうのではないかと考えた。一緒に9年育った兄や姉たちと一緒に住んだ方がいいのではないかと、茂は思っていた。

 茂は、知らない。兄と姉たちも拓也への暴行行為に加わっていた事を。

 「どうして・・・お父さんたちは・・・?」拓也の質問に茂はどう答えたら良いのか分からなかった。

 『君のお父さんとお母さんは君に暴行をしていたのだろう?それが原因で警察に逮捕されたんだよ。』

 ・・・言えるわけがない。この子は優しい子だ。自分のせいだときっと思い込んでしまう。なんせ、自分が産まれてきた事を謝るような子だ。

 「ちょっと事情があってね。でもすぐに戻るから大丈夫だよ。ちょっと遠くに行っているだけなんだ。」戸川が言った。無理矢理納得させる感があったが、今はこう言うしかなかった。

 拓也の答えは・・・・。

 「お、お兄ちゃんたちと・・・います。」こう答えた。

 まぁ、そうだろうなと茂は思った。それでも、茂は覚悟を決めていた。もう、この子を一人にしないと・・・・。

*

 拓也を保護し、安藤裕也と安藤佳奈を逮捕し、拓也の伯父、茂と再会して慎太郎はクタクタになっていた。今日は色んな事があった。

 自宅に帰ったのは22時を過ぎていた。

 「パパ?」息子の翔二がまだ起きていた。

 「どうした?まだ起きていたのか?」

 「翔二、剣道と空手の練習で連続で相手の子に勝ったんですって。しかも相手は6年生みたいですよ。」

 「お!!すごいじゃないか翔二!!」

 「先生にはもう少し大きくなったら試験でも受けてみないかって言われたんですって。」

 「おう!!もう少し大きくなったら受けて見ろよ!!さすが俺の子だ!!」慎太郎が頭をグリグリ撫でた。翔二も褒められたのが嬉しくて笑顔になった。

 これを伝える為に自分の帰りを待っていたのかと思うと、自分の子供がたまらなく愛おしく感じた。その瞬間・・・、拓也の姿が頭をよぎった。

 「なぁ・・・翔二・・・。」

 「ん?」慎太郎の呼びかけに翔二は顔を上げて慎太郎の顔をじっと見た。

 「産まれてきて・・・・良かったか?」思わず、こんな質問を投げかけた。

 「な、何?ふ、普通だよ!!」翔二が答えた。

 「何だよ普通って。」慎太郎が聞いた。

 「だから、普通だってば!!」翔二は逃げる様に自分の部屋へと入って行った。

 (まずい質問でもしてしまったか・・・?)慎太郎は少し慌てたが、その横で妻が笑っている。

 「今の子たちは、何でも“普通”って答えるんですよ。つまり、幸せなのね、翔二は。」妻の言葉に慎太郎はほっとした。

 「そうか・・・。」そう言ってもう一回、息子の部屋の閉まっているドアを見つめた。

 「すまない。着替えるよ。」

 「はい。」そう言って慎太郎も翔子も自分達の部屋へと向かった。

 次の日、慎太郎は科捜研に頼んで貴子のDNAと拓也から採取したDNAを照合させた。その結果、貴子と拓也は親子である事が判明した。

 「間違い・・・ありませんか!?」慎太郎が科捜研に最終的に確認した。

 「間違いありません!!安藤拓也ちゃんは橋本拓也ちゃんです!!」その言葉を聞いた瞬間、慎太郎は血相を変え科捜研を出て行き、横須賀署へと向かった。

 横須賀署では、拓也に虐待行為を行っていた安藤裕也と佳奈夫妻の取り調べを行っていた。

 「あんなガキ、私の子供じゃないわよ!!」佳奈が声を荒げて言っていた。

 「あのガキはね!!あの人がどこぞの女に産ませたガキなのよ!!急に9年前自分の子だと言って連れてきたのよ!!

 それ以降、あのガキの面倒を見ていたのは私なのよ!!私は被害者よ!!」

 「・・・そうかね?被害者は・・・拓也君の方だと私たちは思うがね・・・・。」

 取調室で戸川と佳奈が話している会話を取調室の裏で慎太郎は聞いていた。

 (やっぱり・・・佳奈の本当の子供ではなかったんだな・・・。)慎太郎はぐっと拳を強く握った。

 (安藤裕也が橋本貴子さんと関係を持って、子供が出来た直後に別れたとしたら・・・。

 貴子さんは子供が出来た事を安藤に伝えずに別れたという事になる・・・。安藤に家庭がある事を知っていた・・・?

 それとも・・・子供が出来た事を言った直後に別れを安藤に切り出された?それを機に教師の仕事を辞めた?)取り調べの中、警察は容疑者の調書を取る。その中に裕也が勤務していた小学校の名前に貴子が勤務していた小学校の名前があった。

 慎太郎はこの時点で確信した。貴子と裕也は不倫関係であったと。この事はすぐにばれてしまうがまだ茂には話していなかった。

 だが、裕也の件はもうニュースになっている。茂は気づいてしまっていると慎太郎は思った。

 (もう本人に直接聞くしかねぇな。)慎太郎はほとぼりを見て、取調室に乗り込んだ。

 「慎ちゃん?」戸川が驚いた顔をして、声をかけた。

 「・・・少し・・・安藤さんに聞きたい事があります。」

 「ん?あぁ、いいよ。」戸川が慎太郎に席を譲った。

 「すみません、課長。すぐに終わらせます。」頭を下げて慎太郎は戸川が座っていた椅子に座った。そして、一人の女性の写真を裕也に突き付けた。そう、貴子の写真だ。

 「この方・・・ご存知ですよね?あなたが昔勤務していた小学校の教師、橋本貴子さんです。

 実はこの方・・・今回保護したあなたのお子さん、拓也君の実の母親である事が判明しました。」慎太郎の言葉に取調室内はざわついた。

 「そういや、あんたの奥さん、拓也君は自分の子じゃなく、あんたがどこかの女に作らせた子供だって・・・。」戸川が言った。裕也の方を見ると、裕也は冷や汗をかいていた。

 「あなたは・・・昔、この橋本貴子さんと不倫関係でありましたね?貴子さんが亡くなられたのはご存知ですか?」

 「し、知っています・・・。貴子が・・・。」裕也は言葉を詰まらせた。慎太郎はじっと裕也を見つめ、裕也の次の言葉を待っている。

 そして、数秒間をあけて、裕也が口を開いた。

 「貴子が・・・私に言ったんです。拓也を・・・預かってほしいと・・・。」

 「は?」裕也の言葉に慎太郎は顔をしかめた。

 「何?あなた・・貴子さんから拓也君を預かったと言うのですか?」

 「そ、そうです・・・。」裕也の目は泳いでいた。

 (こいつ・・・嘘ついてやがるな。)慎太郎は、裕也が貴子を殺した確率が高いと推測した。

 「それは、いつの話ですか?」

 「9年前の・・・7月頃です・・・。」

 「まさに橋本さんの所から拓也君がいなくなった時期ですね。」慎太郎は裕也を睨みつけた。そして、とある物を裕也に突き付けた。

 「このボタン・・・あなたの物ですか?」そう、茂の家で見つけた、スーツの袖のボタンだ。

 「ち、違いますよ・・・。」相変わらず、裕也の目は泳いでいた。

 「本当に?あんたのじゃないのか!?辻褄が合わねぇんだよ!!」

 「ち、違うと言っている!!何なんだ!?今は拓也の件の取り調べだろ!?

 大体、9年も前の事なんて覚えていない!!」

 「あんたは覚えていなくてもな、被害者家族は覚えているんだよ!!

 自分の妹が、娘が血まみれで死んだ現実を!!」

 「だったら証拠を見せろ!!そのボタンが俺が持っているスーツのボタンだと言う証拠を!!それがなければ話にならない!!」裕也の態度に慎太郎は歯をギリっと食いしばった。

 (・・・・この野郎・・・・!!)

 拓也は間違いなく、裕也と貴子の子供だ。それはもう科捜研でDNA鑑定されている。

 その後、裕也の家にスーツがあるか家宅捜索したが、スーツは見つからなかった。

 貴子の事件はまた、振出しに戻ってしまったのだ。しかも、貴子の件は、埼玉県で起こった事件。慎太郎が嗅ぎつけている事を知った埼玉県警からクレームがあがり、慎太郎はこれ以上、9年前の貴子の事件に首を突っ込むなと上から命令をされてしまった。

 結局、埼玉県警は貴子の事件を洗い直すことなどしていなかった。貴子は自殺という事で埼玉県警では幕を閉じられてしまっていたのだ。

 慎太郎は茂に頭を下げた。

 「申し訳ございません・・・。妹さんの事件、まだ解決できそうにありません・・・。

 ですが・・・安藤の目は泳いでいました。必ず・・・いつかあいつ自身、嘘をつけ続ける事が出来なくなり、いつかきっと自白をしにくるでしょう。

 俺は・・・それまで諦めませんから・・・・!!」

*

 大怪我の為、1か月近く拓也は入院していた。退院できたのは6月の半ば頃だった。

 生活安全課の戸川に連れて来られたのは神奈川県川崎市にある児童施設だった。

 施設の名前は『児童施設ひまわり』と書いてあった。

 「ここにお兄ちゃんたちもいるよ。今日からここが君のお家になるんだ。」戸川がそう言って、施設の呼び鈴を鳴らした。出て来たのは、とても優しそうないかにも“お母さん”と呼ぶのにふさわしい女性だった。他、その旦那である施設長や、中学生の双子の男の子が出て来た。

 「お!!来た来た!!お前が拓也か!!」双子の男の子で目の下に泣きぼくろがある少年と泣きぼくろがない少年が笑顔で拓也に話しかけた。

 この施設長の息子だと言う。名前は松浦潤と旬だ。泣きぼくろがある少年が潤で、長男。泣きぼくろがない少年が旬、次男だ。

 「ちっちぇえなぁ!!ここの飯はうめぇぞ!!いっぱい食べろよ!!」次男、旬が拓也の頭をグリグリ撫でながら言った。

 「ようこそ、拓也。さぁ、おいで。」長男の潤が拓也へ手を差し伸べた。この姿を見て、戸川は少し安心した。だが、心配事はある。

 そう、ここの施設には安藤家の兄弟達もいたのだ。長男の裕介、次男の裕斗、長女の真奈が拓也を睨みつけていた。

 3人の兄達を見つけ、拓也は体をビクつかせた。心臓が飛び跳ねる様に動きが早くなった。

 その後、拓也は自分の部屋へと案内された。自分以外にも自分と同じくらいの子や、自分よりも小さい子も沢山いた。様々な事情で親と離れて暮らす子供達だった。その子たちと布団を並べて一緒に寝て、一緒に勉強もする事になる。

 お風呂は大体一度に4~5人は入れる位、広いところだった。ここで、拓也は安藤家の兄弟をイラつかせる原因を作ってしまう事になる。

 まず、風呂場だった。拓也は風呂に入る事を極端に怯えていた。無理もない。拓也は風呂場で虐待されていたのだ。

 警察から貰った拓也の調書を見た潤達の親は拓也の風呂の件を息子たちに話すのを忘れていた。お互い話し合い、拓也の風呂は今のところ、濡れタオルなどで体を拭くくらいの対応になってしまった。その姿を見た安藤家の兄妹たちは、“拓也は甘やかされている”と思い、面白くもなんともなかった。

 潤と旬、それから施設長達の目を盗み、兄妹たちは見えないところで拓也へ暴行行為を実家にいた時と同様、繰り返すようになったのだ。

*

 あれから一週間が経った。慎太郎はただただ拓也が元気でいるか心配だった。

 神奈川県大和市で女子大生が自宅で首を絞められて亡くなった事件があり、捜査をした結果、元交際相手の同じバイト先の男が犯人と分かり、逮捕をして取り調べを行っているところだった。

 「急にあいつ・・・他の男に色目を使いやがって・・・しかも他に好きな男が出来たとかで別れろとか言いやがって・・・それで頭に来て首絞めてしまって・・・気が付いたらあいつ・・・口からよだれ垂らして死んでた・・・。」元交際相手の男は容疑を認め、泣きながら自供した。

 男の話が本当であったとしても、殺していい理由にはならない。慎太郎はこの刑務所でちゃんと償うようにと男に言った。男の方も反省している様だった。

 「ふぅ・・・・。」取り調べを終え、コーヒーを飲んで一息ついた。当時18歳だった丹波とラインのやり取りをしたりしながら休んでいた。そんな時、ふと拓也の事が頭をよぎった。

 (彼は元気だろうか・・・。)拓也が川崎市の施設に預けられたことは戸川から聞いている。仕事を終えた慎太郎は拓也に会いに行こうと腰を上げた。

 児童施設ひまわり。様々な事情を抱えた子供達を快く引き受けて育ててくれるとかなり評判のいい施設だと言う。

 そんな所に来れて子供達は幸せかどうかは子供達が決めるが、拓也がこれから先、幸せな未来を築けていける事を祈りながら、自分は見守りたいと思っていた。

 「ここだ・・・。」車を駐車場に止め、施設の門の前まで歩いて行った。呼び鈴を鳴らそうとしたその瞬間、鈍い音が耳に入ってきた。

 門の横を目指して小走りで向かい、柵からちょうど4人の子供達がいるのが見えた。

 その中で見覚えのある小さい子供がいた。

 「・・・あの子は・・・・!!」拓也だ。慎太郎はしばらく様子を見ていたが、どうやら3人の子供達が拓也に暴行しているようだった。

 (あの子たちは・・・安藤夫妻の実の子供達か・・・!!クソ!!)柵を乗り越えて行こうかと思ったが、呼び鈴を鳴らして開けてもらった方が早いかと思い、すぐに門へ戻ろうとしたその瞬間・・・。

 「お前ら!!タクに何をしているんだ!?」子供の声が聞こえ、慎太郎は足を止めた。双子の男の子達が拓也の前に立って、拓也を守ろうと身構えた。

 「どけよ!!邪魔だお前ら!!」長男、裕介が潤と旬に怒鳴り散らした。

 「ふざけんな!!この施設はタクだけじゃない!!タク以外にも親とかの大人に暴力を受けて育った子供達がいるんだ!!この施設で暴力行為をするのは許さない!!」旬が言った。

 「こんなことして・・・タクに虐待していたの・・・親だけじゃない可能性も出て来たな・・・。」潤が3兄妹達を睨んだ。

 「何だと!?中坊が生意気言ってんじゃねぇ!!」裕斗も兄に加勢した。裕斗が潤を殴ろうとしたのを潤はかわし、裕斗の右腕を両手で抑えつけた。

 「タクにこれ以上心に傷をつける気なら、お前ら出てけよ!!高校生ならやっすいアパート位借りれるんじゃねぇの!?

 お前らみたいなのがいると、この施設の空気が悪くなる!!」旬が怒鳴りつけた。

 これ以上は喧嘩が激しくなることを慎太郎は予測した。やはり、間に入ろうと玄関まで行き、門を開けて止めに入った。

 「やめろ!!君たち!!」慎太郎の声にハッとし、潤達は振り向いた。

 「誰?おじさん達。」旬が聞いた。

 「拓也君を保護した警察だよ。」急に後ろから声が聞こえ、慎太郎は驚いて振り向いた。生活安全課の戸川がいつの間にか自分と一緒に門から施設内へ入っていた。

 「課長!!」

 「ねぇ、君たち・・・。君たちは拓也君が来て人生が変わってしまって、本当に辛かったかと思うよ。だけどね・・・それ以上に辛かったのは拓也君だとおじさんは思う。

 それは・・・君たちも分かっているよね?」戸川が3兄妹に言った。だが、裕介がちっと舌打ちをして、弟妹達を連れて施設へと入って行った。

 すると、戸川は次に潤と旬の方へ顔を向けた。

 「拓也君の事・・・任してもいいかな・・・?」その言葉に潤と旬は顔を見合わせた。そして、また戸川の方に顔を向けて力強く頷いた。

 「行こう。」戸川はそう言って慎太郎の腕を引いた。

 「課長・・・。」慎太郎は拓也が心配で拓也の方に目を向けながら戸川と一緒に出て行った。

 「あの子たちはね・・・信頼できるんだ・・・。俺の勘だけど。」戸川は笑顔で慎太郎に言った。確かに、慎太郎もそれは感じ取った。

 それに、変に自分達が何回も行くと、返って拓也にストレスを与えてしまうかもしれない。慎太郎と戸川は潤と旬に拓也を任せる事に決めた。

*

 それから数日後・・・。3兄妹達は本当に施設を出て行った。長男の裕介の名で部屋を借りれたのだ。裕介も裕斗も高校生だから、アルバイトで稼いだお金を貯金していた為、その金で何とか部屋を借りる事が出来たのだという。拓也を施設に残し、3兄妹は“居心地が悪い”と言って施設を出て行ったのだ。

 「タクのせいじゃないよ。」潤がそう言って、拓也の頭を優しく撫でた。だが、拓也は結局は自分のせいだと思っている。自分は安藤家の疫病神だと心の中で思っているのだ。

 潤と旬はなるべく拓也を気にしていた。今まで出会った子供達の中で、拓也は異例だった。

 本来、虐待された子供は食事を与えられていない子がいると、異常な程に食事に執着心を抱いていた。だが、拓也も十分な食事を与えられたわけではないのに、何故か、食事の時間にいないのだ。

 「タクちゃん、ご飯は?」母が拓也に聞くと、拓也は“いらない”と答えて部屋へ逃げてしまうのだ。

 その事が両親を始めとして、潤も旬も気になっていた。とある日、学校から帰ってくる拓也を見つけた。右手に何か持っていて、それを人気がない所へ持って行った。潤と旬はそんな拓也の後をつけた。

 どこかで食べ歩きをしていてくれてればいいのだが、何か変な物を食べていないか不安だった。ただでさえ小さい体なのに、これ以上栄養がいかなくなってしまったら困る。潤と旬はそう思っていた。

 人気のない所で、拓也は右手に持っていたビニール袋の中からカップ麺を取り出していた。

 「何だ、カップ麺を食べていたのか。」旬がほっとしたその瞬間、拓也はそのカップ麺をバリバリと食べ始めた。

 「う、うおぉぉおおぉ!?

 た、タク~~~!!ワイルドな食べ方だなぁ!!スギちゃんもびっくりしちゃうぜぇ!?」思わず2人は拓也の元へ駆け寄り、旬がカップ麺を取り上げた。

 「・・・・タク・・・。」潤はこの光景にショックを受けた。今まで君は、こんな物しか食べさせて貰えていなかったのかと。

 実家が施設だから、沢山、沢山色んな子供達を見てきた。その中でも拓也の行動や今までの家族からの扱いを目の当たりにされてから、潤と旬は思った。

 拓也を・・・守らなくては・・・と。

 潤は拓也の手を握った。

 「タク。本当のカップ麺の食べ方教えてやる!!」二ッと笑い、拓也と手を繋いで歩き始めた。潤は拓也の右手を、旬は左手を握った。握られた手からはとても暖かい体温を感じた。手を握って貰って、拓也は胸の中から何か暖かいものを感じる事が出来た。

 それから帰ってからは、潤と旬からカップ麺の本当の食べ方を教えてもらった。

 初めてカップから出てくる温かい湯気を見て、拓也は驚いた。箸を渡されて、いきなり麺にかぶりついたら、唇を火傷した。

 「馬鹿!!ちゃんとフーフーして冷ませって!!」旬が笑いながら拓也の麺をフーフーと唇を尖らせて冷ました。そんな2人の姿を潤は見守った。

 「タクちゃん。」潤と旬の母が、拓也に声をかけた。母が大きな段ボールを持ってきてくれた。

 「あなたの伯父さんから、プレゼントが届いたわよ。」段ボールを渡されて、潤と旬から“開けて見ろよ!!”と、言われ段ボールを開けて見た。

 段ボールの中からはランドセルがあった。拓也は、ランドセルを買ってもらっていなく、手提げ袋で今まで学校に通っていた。

 父、裕也も拓也にランドセルを買ってあげる事はしなかったし、兄達のランドセルなんて、とっくのとうに捨ててしまっていたのだ。それに、兄達が“拓也にランドセルを渡すと小学校の思い出が汚れる。持っていなくて良かった。”と言っていた為、仮に持っていたとしても貸してくれる事はなかっただろう。

それから段ボールの中をまた覗き込んだ。ランドセルの他に、沢山の写真と“スラムダンク”の漫画全巻が入っていた。それと同時に手紙も入っていた。

 「すげー!!スラダン全巻だ!!」潤と旬が興奮した。拓也は手紙を開けて見た。

*

 “拓也君へ

 お元気ですか?体の具合は大丈夫ですか?

 この間、君の病室に入ったおじさんです。覚えているかな?

 君のママのお兄さんにあたります。

 君がおじさんの前からいなくなって9年の月日が経ちました。君の無事を祈りつつ、君にもう二度と会えないのかと半分諦めていた頃、君の報道に気づきました。生きててくれて本当に良かった。

 君がおじさんと住みたくないのは無理もないと思っております。どうか、この間の事は気にしないでね。(この間、初めて会ったもんね。)

 おじさんは君のお父さんとお父さんの奥さんにとても怒っています。君を9年間も傷つけて怒らないはずがありません。

 でもそれ以前に、おじさんは自分が許せません。君が9年間傷ついて暮らす原因を作ったのはこのおじさんです。君に恨まれる覚悟も出来ております。

 でも、もし・・・もしね・・・。君が許してくれるのであれば・・・おじさんは・・・いつか君と住みたいです。

 沢山傷ついた9年間をおじさんなんかと住んで傷が癒されるとはとうてい思っておりませんが、おじさんなりに君に償いたいと思っております。

 だから、いつでもいい・・・。頭の隅っこにこの事を考えておいてください。おじさんと、一緒に住むことを・・・。おじさんは君がどのように回答してくれるかずっとまっております。

 それから・・・絶対に君に伝えなきゃいけない事があります。

 拓也君、君は望まれて産まれてきてくれました。おじさんも、君のママも。君のママのお腹に入っていた頃からずっと君に会う事を待ち望んでいました。

 だから、どうか・・・もう二度と・・・

 『産まれてきてごめんなさい』なんて・・・そんな事を言わないでください。

 たっくん、本当におじさんの甥っ子に産まれてきてくれて本当にありがとう。

 君は多分、安藤家に来てから本当のお母さんの写真を見た事はないでしょう。

 ささやかながら、君のお母さんの写真とおじさんとも写っている写真を送ります。

 次は・・・君の誕生日にあたる、7月19日にまた荷物やプレゼントを贈りますね。

 施設のお兄ちゃんたちの言う事をよく聞いて、楽しい人生を送ってください。

 おじさんは、君の幸せを心から願っていますよ。たっくん。もう一度言います。

 産まれてきてくれて本当にありがとう。“

 ポタポタと・・・涙がこぼれた。手紙が・・・涙で濡れてしまった。

 「う・・・うぅ~~~!!」肩を震わせて泣いている拓也を潤と旬は抱きしめた。

 あれは・・・父さんだったのか・・・それとも・・伯父さんだったのか・・・分からない。覚えているのは・・・海の様な香りの香水の匂い。

それでも・・・俺は・・・伯父さんのこの手紙に救われたんだ・・・。

*

 それ以降、拓也は伯父の茂と文通をしている。埼玉と遠い為、中々会える事がない。

 入学式や卒業式は写真を潤と旬が茂に送ってくれているようだ。

 茂からは毎月3万程お小遣いを銀行口座に振り込んでもらっているし、入学式や卒業式や誕生日などのお祝い事には必ず、プレゼントやお祝い金も入れてくれている。

 「手紙・・・、返事送らなきゃ。」拓也は彩芽から段ボールを受け取って、自分の部屋へと戻った。

 会う事があまり無くても、拓也にとって伯父さんとの文通が生きている人生の中で一番の楽しみだった。

 伯父さんに会いたいし、茂も拓也に本当は会いたい。だが、茂は貴子が死んだ真相を掴んでいないと拓也に合わせる顔がなかった。

 茂からはこう言われた。

 “いつか必ず、君のお母さんの事を全て話す日を作ります。それが準備できるまで、伯父さんは君に会う資格がない気がします。

 それまで・・・待っていてください。“

 待つよ・・・伯父さん。俺・・・待つから。

 伯父は母の死の真相を調べている様だった。まさか、その協力者に翔二の父、慎太郎もいるとはまだ、拓也は知らない。

 いつか必ず・・・。会える日を楽しみにしているね。そしたら、俺も答えるよ。

 あの時の伯父さんからの手紙の返事を・・・。


 第17章に続く。

ひとまず拓也の過去扁、第1部終了です。実はまだ続きますが、次回からは現代の話に戻します。

いつか真相編としてどこかで書きます。

拓也の親父はクズで、最低で、くそで、ゲスです。

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