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海堂翔二の事件ノート~神奈川県警捜査一課の息子~  作者: ぽち
第三章 神隠し殺人事件
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第13章 生い立ち③

 逮捕され、取り調べられてどの位の月日が経ったのだろうか?茂はもぬけの殻になっていた。毎日罵声を浴びせられ、自分のやってもいない罪を認めさせようと毎日同じ言葉を言われ続けた。

 「お前が妹を殺したんだろ?」

 ・・・違うって言っている!!

 「そうか、お前は妹とデキていたんだ!!近親相姦ってやつだろ!!だが、妹は他に男が出来た!!それでお前は裏切られたと思って殺したんだ!!」

 ・・・・そんなのお前の妄想に過ぎないだろ!!ちゃんと調べもしないで勝手な事ばかり!!

 毎日毎日取り調べてくる刑事の妄想取り調べにはほとほと参っていた。どうやら、この刑事は茂を犯人にしたくてしょうがないらしい。

 茂の頭の中ではもう、諦めという文字が浮かんでいた。前のように言い返す気力もなかった。

 ・・・もう、認めて楽になって・・・貴子の元へと行こうか・・・。

 そんな言葉が脳裏でぐるぐる回っていた。

 そんな中、神奈川県警捜査一課の新人刑事、海堂慎太郎は貴子が勤めていた神奈川県にある市立小学校へ足を運んでいた。小学校教諭や給食のおばさん、用務員さんなどを含め、総勢31名の教師たちに話を聞いた。

 「まさか、橋本先生がこんな事になるなんて・・・。」

 「亡くなった橋本貴子さんのお兄さんにお会いしたことはございますか?」慎太郎は全員の教師たちにこの質問を投げかけた。だが、茂は貴子の職場の人間と面識は一切なく、全員が分からないと答えた。

 収穫がないと思った慎太郎は早めに切り替えた。だが、慎太郎はそこで大きな見落としをしていたのに気づかなかった。そう。貴子の元恋人で尚且つ、拓也の実の父親である安藤裕也の存在を知る事が出来なかった。

 実は、安藤裕也は貴子が退職をした1か月後に裕也自身も退職していたのだった。

 「高瀬、お前自身貴子さんと面識は?」慎太郎が訊ねた。

 「貴子ちゃんは・・・橋本さんから話を聞いていたくらいで・・・実際に会って話したことはないけど、1回電話で話をした事があったよ。礼儀正しくていい子だった。」

 「ううむ。」慎太郎は一回考え、そして車に乗り込んだ。

 「考えても仕方ないな。現場へ行ってみるか。」

 「現場?」

 「実際に橋本貴子さんが亡くなったという橋本茂さんの自宅だ。」

 「何しに?」

 「お前言っていただろう?埼玉県警は杜撰な捜査をしているって。どれだけの杜撰な捜査ぶりか確認してやる。早く乗れ!!」

 「慎太郎・・・・。」高瀬は思った。やっぱり・・・慎太郎に相談して良かったと。

*

 一方、安藤裕也はというと、貴子と一緒に勤務していた小学校を退職し、横須賀市にある小学校へ転任してまた教師の仕事に就いていた。

 そう、逃げたのだ。貴子から拓也を奪い、拓也と一緒に、家族と一緒にもともと住んでいた町から離れて暮らしていた。おかげで、子供達は転校する羽目になったし、妻の佳奈はどんどんおかしくなっていった。

 傍から見ると、ちゃんと拓也の世話を文句も言わずに行っていた。でも、それはこれから拓也に訪れる地獄の始まりに過ぎない行いであったのだ。

 佳奈は待っていたのだ。拓也が言葉を発し、喜怒哀楽が表情に表れるのを人一倍に。

 もともと住んでいた町には、多分拓也の存在は気づかれてはいなかった。だが、これから拓也が大きくなるにつれ、拓也の存在に気づかれた時、町内で変な噂が流れる。裕也に似ればいいが、拓也の本当の母親の方に顔が似てしまった場合、佳奈自身が近所に変な目で見られるし、夫である裕也も変な目で見られる。そんなの、耐えられない。それを佳奈は裕也に伝えたところ、裕也が横須賀の方へ引っ越そうと言ってきたのだ。

 よその女と知らない間に子供を作ってしまったから、裕也は佳奈に頭が上がらない。佳奈の機嫌が直るまで裕也は佳奈の言いなりになるほかはなかったのだ。

 佳奈は拓也を幼稚園や保育園には入れない事にした。本当ならば拓也の存在を隠し通したかった為、小学校にも通わせたくなかった。だが、小学校位通わせてほしいと裕也が土下座をするもんだから、通わせてやろうと思ったらしい。お金は全部裕也が出すわけだし、まぁいいかと佳奈は思った。

 いいわよ。私が育ててあげるわ。だけど・・・私の育て方に文句は言わないでよね。

 そして、佳奈は拓也を見下ろした。

 ・・・・こんなガキ・・・・幸せになんかさせてあげないんだから・・・・!!あんたは一生、地獄で暮らすのよ・・・!!

 怒りも憎しみも全て、物心をついた拓也に向けられようとしていた。

*

 埼玉県さいたま市にある、茂と貴子の自宅へ慎太郎は車を走らせた。どこにでもあるごく普通のアパートだ。慎太郎は車を走らせながら、刑事ドラマなんかでよく出てくるイヤホン型の携帯電話で誰かと話していた。どうやら、茂のアパートにその人と落ち合うらしい。

 (あ、改めて見ると・・・慎太郎って本当に刑事なんだな・・・!!)高瀬は刑事ドラマを見ているような気分で慎太郎を見ていた。

 「・・・何だ?」電話を切った慎太郎が高瀬からの視線に気づき、声をかけた。

 「い、いや・・・・誰と話していたんだ?」

 「鑑識の人だよ。これから現場検証する。」

 「げ、現場検証って・・・もう証拠も何もないんじゃ・・・。」

 「・・・あるかもしれないだろ?埼玉県警は杜撰な捜査をしたんだから。」慎太郎が意味ありげにニヤリと笑う。茂が感じた心境とはまた違く、高瀬も慎太郎の姿を見て、本当に刑事ドラマを見ているようだと改めて思ったのだ。

 茂のアパートに着くと、鑑識の恰好をした男性が1人いた。車には“神奈川県警”と書いてある。埼玉なのに神奈川県警のパトカーがあるのが不自然に見えて思わず笑ってしまいそうになった。だが、不謹慎だと高瀬は思った為、笑わないようにした。

 鑑識がもうすでにアパートの管理人から鍵を借りていた。

 「海堂巡査部長、管理人さんです。鍵をお借りしました。」

 「ありがとう。すみませんが、管理人さん、ガサ入れの立会人をして頂きませんか?」慎太郎が管理人に立会人の了承を得て、鍵を鑑識官から受け取る。

 (が、ガサ入れってあのガサ入れ!?)高瀬は口に出さずとも驚いてばかりだった。

 慎太郎を始めとする鑑識の捜査員たちが鍵を開け、茂の部屋を調べ始めた。

 慎太郎は茂の部屋を歩き、目だけでも何かないか調べていた。リビングがあり、その横に畳の部屋があった。そこにはベビーベッドが置かれていた。慎太郎はベビーベッドに目をやった。

 「赤ちゃんがいない家にベビーベッドなんて置かないだろう?拓也ちゃんがいた証拠だ。何より・・・。」そう言って慎太郎はすぐ傍にある写真に目をやった。茂と貴子が拓也を抱っこして笑顔で写っている写真だった。

 「この写真が何よりの証拠じゃないか。」慎太郎の言葉に高瀬も頷いた。

 ベビーベッドの横には本棚があった。スラムダンク全巻が並べられており、その横に茂が学生時代にでも使っていたであろうバスケットボールも飾られていた。

 「橋本さんはバスケットをやられていたのか?」慎太郎が高瀬に聞いた。

 「あぁ。小学校から大学までずっとやっていたみたいだぜ。甥っ子の拓也ちゃんにスラダン読ませてバスケ教えるってはりきっていたもん。そういえば・・・俺もスラダン読んでたな・・・。」高瀬が答えた。

 「そうだな。名言が多い漫画だよな。俺は安西先生がミッチーに言った言葉が好きだ。」そう言って慎太郎は他の場所も目検で捜査を始めた。下を向いた時、何かに気づいた。拓也のベッドの下だ。

 「悪い。ちょっとこのベッドどかそう。」そう言って鑑識官と一緒にベッドを持ち上げ、ベッドの位置をずらした。

 ベッドの位置をずらした後、慎太郎達はぎょっとした。畳が血でシミになっていた。それと同時に上着のボタンらしきものが落ちていた。

 「な、何だよこの血・・・まさか貴子ちゃんの・・・!?」畳の血を見た瞬間、高瀬の顔が青ざめた。

 「すぐに血の鑑定を!!」慎太郎が指示をし、鑑識達はすぐに鑑定の準備に取り掛かった。検出された血液型はО型だった。

 「貴子さんの血液型をすぐに調べろ!!」慎太郎が鑑識に指示をすると、高瀬が口を割った。

 「Оだよ!!橋本さんA型だけど、貴子ちゃんはО型だって橋本さんから聞いた事がある!!いつも橋本さんから貴子ちゃんの大雑把の性格に困っていると言ってた!!」

 「なるほど、だが、それだけじゃ証拠にならねぇんだよ。洗面所にブラシか何かあったら持ってきてくれ。」と、慎太郎。

 ブラシを持ってきて、そこについている髪の毛を鑑定。一本の髪の毛が血のDNAと一致した。だが、これが被害者である貴子のDNAとは言い難い。

 何故ならば、実際に貴子の遺体から貴子のDNAを神奈川県警自体は採取できていない。きっと、埼玉県警は採っているかもしれないが、ちゃんとした鑑定はしていないと見た。

 最初から鑑定しているのであれば、ベッドの下のこの血痕に気づかなかったわけがない。

 貴子が実際に前科を持っていたらそれを基にDNAを調べる事が出来るのだが、一切前科を貴子は持っていない為、貴子のDNAか調べる事が出来ないのだ。そう。この血は貴子の物だと決定できるものが何もないのだ。

 「・・・強硬手段に出るしかないな・・・。」慎太郎が言った。

*

 市役所を出た後、慎太郎は車に乗って頭を抱え、大きなため息をついた。

 「・・・・マジかよ・・・!!」疲れ切った顔をした。

 「こんなことがなければ・・・拓也ちゃんの事、少なくとも埼玉県警はもっとちゃんと調べたのかね?」伊佐美も苦痛な顔をした。

 「・・・どうでしょうか?でも、もうあの時点で橋本茂さんを犯人にしているのですから・・・きっとちゃんとは調べないと思いますよ・・・。」そう言ってちらりと慎太郎は市役所を見た。中からは女の従業員が他の刑事に連れられているところだった。

 「伊佐美課長・・・。このまま高瀬の所に行ってもいいですか?この事・・・報告しないと・・・。」そう言って慎太郎は押収した市役所の監視カメラの映像が入ったデータを大事にしまい、後ろの座席に置いた。

 「いいよ。私も一緒に行こう。それから・・・・。」伊佐美の指示に慎太郎は従った。

 この事が発覚したのは、慎太郎が強硬手段をしようと考えてから1週間後の出来事だった。

 つい1週間前に、慎太郎は長野にある茂の実家を高瀬と一緒に訪ね、貴子の仏壇に線香をあげた。まだ、貴子の遺骨が墓に納められていない事を知った慎太郎は、貴子の遺骨を神奈川県警に貸してほしいと申し出た。

 貴子と茂の両親は1回不快な顔をしたが、慎太郎が頭を下げ、借りたい理由を述べた。

 「私も高瀬と同様、茂さんが妹の貴子さんを殺した犯人だとは思いません!!茂さんの自宅を調べ直した結果、埼玉県警がどれほど杜撰な捜査をしていたのか、明らかになりました!!同じ警察として・・・恥ずかしい限りです・・・。

 犯人は別にいると推測しております。これはまだ、私の推測ですので、誰が犯人だとは何もまだ、言えません・・・。

 ですのでまずは、茂さんの無実を証明させて頂きたいんです!!その為にも・・・娘さんの遺骨が必要になります!!勝手な事を言っている事は自分でもわかっておりますが・・・どうか・・娘さんの遺骨を・・・こちらでお預かりさせて下さい!!傷一つつけません!!どうか・・・!!」慎太郎は続いて土下座もした。

 「お、俺からも・・・お願いします!!こいつ、神奈川県警で期待されている新人の刑事なんです!!今現在捜査した事件で迷宮入りにならなかった事件はないみたいなんです!!それに・・・俺も橋本さんを助けたいです!!」高瀬も茂の両親に頭を下げた。

 「必ず・・・茂さんの無実を晴らして見せます!!」慎太郎は顔をあげ、真剣な表情で茂の両親を見つめた。

 そして、茂と貴子の両親も慎太郎の目を見つめ返した。

 「信じて・・・くれるんですか・・・?私たちの・・・息子を・・・。」震える声で茂の父が言った。慎太郎は力強く頷いた。そして、茂の両親が貴子の遺骨を持ってきた。

 「・・・橋本さん・・・。」慎太郎はハッとし、茂の父に目をやった。慎太郎は貴子の遺骨を受け取った。

 「宜しく・・・お願いいたします・・・!!」茂の父が頭を下げた。その横で母も・・・。

 「はい・・・!!任せて下さい・・・!!必ず・・・息子さんの無実を証明してみせ、娘さんの無念を晴らします・・・!!」

 (そして・・・拓也ちゃんの事も必ず・・・!!)本当は、拓也の件もちゃんと約束したかった。だが、慎太郎は拓也の件は最悪の場合も予想していた為、拓也の件は簡単に約束は出来なかった。その為、口にする事が出来なかったのだ。

 (拓也ちゃんの件も・・・ちゃんと約束出来たらいいのに・・・申し訳ございません・・・・。)慎太郎は心の中で謝罪した。

 貴子の遺骨を受け取り、慎太郎はもう一度茂の両親に頭を下げ、高瀬と一緒に車へと戻った。

 「貴子ちゃんの遺骨に何をするんだ?」高瀬が疑問を投げかけた。

 「司法解剖だ。と、言ってももう骨になっているから、解剖もくそもないから・・・検死をするという言葉が正しいかな。貴子さんの本当の死因を調べる。埼玉県警は手首を切った失血死と言っていたが・・・他に致命傷があるかもしれねぇからな。」

 「そうか!!け、警察で調べるのか?」

 「いや、科捜研に持って行って調べてもらう。結果まで時間はかかるかもしれないが、うちの科捜研は優秀だからきっと埼玉県警が行った検死の結果よりもまともな結果が出てくるはずだ。」

 科捜研についた。慎太郎は事情を説明し、頭を下げた。

 「忙しいみなさんに管轄じゃない場所の骨の鑑定をお願いするのは本当におこがましいと思っておりますが・・・。」

 「いいんですよ、海堂刑事。調べさせて頂きます。必ず、科学で真実を明らかにしてみせますね。」女性の研究員が言った。

 「ありがとうございます。」

 「ありがとうございます!!宜しくお願い致します!!」慎太郎と高瀬は科捜研の研究員に頭を下げお礼を言った。科学の力はやはりすごかった。科捜研から一つ一つ明らかになった事から逐一報告を貰う事が出来た。

 分かった事がいくつかあった。まず、貴子の死因は確かに手首を切った事による失血死である事は間違いはないのだが、手首以外に怪我をしているところがある事が発覚したのだった。

 「頭!!橋本貴子さんは頭にもけがをしている事が分かった。頭蓋骨の後頭部にひびが入ってたぜ。」

 「・・・頭?」慎太郎が聞き返す。

 「えぇ。多分海堂刑事達が見つけた畳の上の血は手首だけではなく頭からの出血した血も混ざっているかもしれません。血自体はやはり海堂刑事の読み通り橋本貴子さんの血である事が判明いたしました。」

 「そうですか・・・ありがとうございます。」

 「それと、もう一つ分かった事が。」個室からもう一人研究員が出てきた。

 「海堂刑事が持ってきてくれたボタンですが、某スーツ店で売られているブランドスーツのボタンである事が分かりました。神奈川県でも東京都でも各都道府県で売られているスーツ店の商品です。」渡されたボタンの鑑定結果を慎太郎は見た。これだけじゃ犯人が誰とは特定できないが、分かった事はあった。

 「・・・高瀬達の工場ではスーツを着て仕事はしないと言っていました。高瀬達自身もスーツを着て職場に行く事はないと言っておりました。だから、橋本茂さんもスーツは持っていたかもしれませんが、着る事はあまりないのかもしれませんね。」慎太郎が言った。

 「海堂刑事。と、言う事は・・・第三者が橋本貴子さんの部屋にいた可能性があるとの事ですか?」

 「・・・私の推測にすぎませんがね。もう一度、橋本さんの自宅を調べて、このボタンがとれているスーツがあるか調べてみます。」慎太郎はそう言ってもう一度茂の自宅を調べ始めた。やはり、スーツはタンスにしまってあり、尚且つ、ボタンがとれているスーツなんて見つかりっこなかったのだ。この時点で慎太郎は確信した。貴子が死んだ日に茂とは別の第三者がいた事を。

 慎太郎は部屋を調べている間に肘がどこかにあたり、何かを落としてしまった。大きな封筒だった。中を開くと生まれたばかりの拓也の写真や、茂が笑顔で拓也を抱っこしている写真、貴子と茂が間に拓也を挟んで頬にキスをしている写真。何十枚なんて量じゃなかった。何百枚という量の写真だった。慎太郎は思った。

 (こんなに拓也ちゃんを笑顔で抱っこしている人が・・・人を・・・ましてや実の妹を殺すのだろうか・・・?)ますます埼玉県警の杜撰な捜査ぶりに慎太郎は頭を痛くする。

 そして、封筒とは別に空のアルバムがあった。きっとこの封筒に入っている写真をこのアルバムに移そうと思っていたに違いない。そして、慎太郎は写真から決定的なものを見つけた。きっと、茂が記念に写真に収めたのだろう。きちんと拓也の名前を書かれた出生届の写真だった。これは大きな証拠になると慎太郎は思い、携帯を取り出した。

 「伊佐美課長・・・令状の申請をさせてください!!」

*

 警察署は冷たい場所だった。唯一の拓也の写メが入ったスマートフォンも取り上げられてしまった。最悪の事も考えた。

 そう・・・拓也ももう・・・死んでいるのかもしれない・・・。茂は日が経つにつれ、やつれていった。毎日めまいと吐き気が茂を襲った。脳裏には“死”・・・つまり、自殺を考えていた。辺りを見渡しても凶器になる物は一切なく、自殺の方法を毎日考えた。

 (やっぱり・・・舌を噛み切ればいいのかな・・・?)

 そして、次の日にはいつも通り、取調室に連れてかれ、毎日毎日同じことの繰り返し。

 ・・・・疲れたよ・・・・。

 この頃にはもう茂は一切口を開かなくなっていった。目は虚ろで右を見たり左を見たりと動かすだけだった。その中で茂が探していたものは凶器になる物。自殺するのに有能なもの。そればかりを探していた。

 「ちっ・・・。とっとと認めろよ。後が詰まってんだよ。」茂を逮捕した刑事が舌打ちをしながら、茂に言った。と、その時急に取調室のドアが開いた。刑事がドアを見ると見知らぬ男が入ってきた。

 「失礼。」男がそう言ってずかずかと埼玉県警の取調室に入って行った。

 「だ、誰だ!?貴様!!」刑事が驚き、見知らぬスーツを着た男に言った。

 「私もあなたと同じ刑事ですよ・・・。神奈川県警、捜査一課の海堂と申します。」そう言って慎太郎は警察手帳を埼玉県警の刑事達に見せた。

 「は?神奈川県警が何の用だ?」顔をしかめ、刑事は慎太郎を睨んだ。

 「ここは埼玉県さいたま市で起こった元女性教師が亡くなった事件の取調室で間違いはないですか?」慎太郎が質問した。

 「そうだよ、見れば分かるだろう!!なんの用だよ!?」

 「いえ、その件で実は私も知人からこの事件について調べてほしいと言われ、調べた結果をそちらの署にご報告をしようと思ってこさせて頂いた次第です。」

 「は?調べたって・・・何を?」

 「もちろん、橋本貴子さんの事件ですよ。どうです?私たち神奈川県警とこの事件について答え合わせをしませんか?」

 「はぁ?答え合わせ?」刑事が馬鹿にしたように鼻で笑った。

 「何の答えだか知らんが、もう答えは出てるよ。ここにいる橋本茂が犯人だ。」そう言って勝ち誇ったような顔で刑事は茂をちらりと見た。

 「まぁ、まだ自分が犯人だってこいつは認めねぇがな・・・。でももう時間の問題だけどな。」刑事が言ったあと慎太郎も茂をちらりと見た。

 「いいじゃないですか。私が調べた件とあなたがたの調べた件・・・私に何か間違いがないか見てほしいんですよ。私、実は神奈川県警で捜査一課に配属になったばかりで、自信がないんです。」

 「何を見ろと言うんだ?」刑事が聞くと、慎太郎はニヤリと笑い、一枚の写真を見せた。そして、慎太郎は茂にその写真を見せた。

 「これは・・・拓也ちゃんの出生届書ですね?」慎太郎が茂に写真を見せると、さっきまで虚ろだった茂の目が見開いた。そして、驚いた顔をして茂は慎太郎を見た。

 写真を受け取り、茂はその写真をまじまじと見た。

 「おや?違いますか?」慎太郎が問いかける。茂は首を横に振り、答えた。

 「いえ・・・その通りです・・・甥の拓也の出生届です・・・。」茂が初めて口を開いた。

 「ですよねぇ。」慎太郎がにこりと茂に微笑みかける。

 「そして、これが拓也ちゃんだ。」そう言って茂と貴子が拓也を抱っこして笑顔で写っている写真を茂に見せた。その写真を見て、茂は涙を流した。

 「茂さんが橋本貴子さんを殺害したのであれば、拓也ちゃんはどこに行ったのでしょうか?」くるりと慎太郎は刑事の方へ顔を向け、質問した。

 「ちっ、そいつはその兄妹の友達の子供だろ?」

 「おや?それはあなたがお調べした結果ですか?」慎太郎に質問されると刑事は黙り込んだ。

 「もう一つ、見て頂きたいものがございます。」そう言って慎太郎は例のボタンとベッドの下にべっとりついた血の畳の写真を見せた。畳の血を見て茂は言葉を失った。

 (なんだこれは・・・まさか・・・貴子・・・?それとも・・・拓也の!?)最悪の状況を茂は考え、頭が一瞬真っ白になった。慎太郎は例のボタンを茂に見せた。

 「これは某スーツ店のスーツの袖口についているボタンのようですが・・・あなたのですか?」慎太郎が茂に質問した。茂が手を伸ばすと慎太郎がポリ袋に入ったボタンを茂に渡した。

 「見覚えが・・・ないです。」茂が答えた。

 「そうですか、どうもありがとう。」慎太郎がにこりと微笑んで言った。

 「そう、茂さんの部屋のクローゼットを調べましたが、このボタンがついているスーツはどこにも見つかりませんでした。と、言う事はあなた方も刑事ですから・・・どういう事がお分かりですね?そして、この大量の血痕ですが・・・残念ながら橋本貴子さんの血である事が分かりました。そこで、茂さんに質問ですが・・・あなたが発見したときの貴子さんの状態を私に話してくれませんか?」茂に慎太郎が質問した。

 「おい、何勝手に・・・!!」刑事が怒鳴ろうとすると、慎太郎がギラリと見透かした目で刑事を見返した。

 「じゃあ、茂さんにこの件質問済みですよね?茂さんがなんて答えたかお答え願いますか?」

 「家に帰ったら部屋が暗くて、ベビーベッドには赤ん坊がいなく、風呂を見たら血まみれで妹が倒れていたってよ!!たく、何なんだあんた!!」ぶつくさと文句を言いながら刑事が慎太郎の質問に答えた。

 「合っていますか?」慎太郎が茂に質問した。

 「補足事項があれば、言ってください。」慎太郎は茂の目を真っ直ぐ見て言った。ゆっくりでいいですよ。その言葉を付け加えた。

 緊張した。でも、この刑事は・・・自分の言葉をきっと聞いてくれる。茂はそう確信した。

 「確かに・・・そうです・・。風呂場から水の流れるような音が聞こえたので、貴子は風呂に入っていると思いました。きっと拓也と一緒に入っているって思っていました。でも・・・よくよく考えたら、拓也はまだベビー用のお風呂で体を洗うだけで・・・一緒に風呂場で入ったりはまだしていないはずだから・・・おかしいと思い、風呂場へ行きました・・・そしたら・・・。」茂は言葉を詰まらせた。

 「手首を切って亡くなっている貴子さんを見つけたんですね?」慎太郎が訊ねた。茂はコクンと頷いた。机は茂の涙で濡れていた。

 「あなたが見た、貴子さんの傷は手首の傷のみでしたか?」

 「は、はい・・・。手首に切り傷がいくつもあって・・・右手に・・・カッターナイフが・・・。」

 「それで埼玉県警は?死因は何と彼に伝えたんですか?」

 「あぁ!?何でお前にそんな事・・・!!」

 「何て伝えたんですか!?」慎太郎が声を荒げて二度聞く。声だけを聞くと慎太郎が相当イラついているように感じた。

 「手首を切った事による失血死だ。」

 「それは・・・鑑識の鑑定の結果ですか?」

 「そうだ。」刑事が答えると、慎太郎ははぁっと小さくため息をついた。そして、スーツの胸ポケットから1枚の紙を出した。

 「我々神奈川県警の鑑識と科捜研が調べた橋本貴子さんの死因です。確かに出血多量による失血死でした。ですが・・・調べた結果、橋本貴子さんの出血は手首だけではありません。

 頭です。貴子さんの頭蓋骨の後頭部にひびが発見されました。ですが、それだけではありませんでした。」そう言って慎太郎は死因の欄に書かれた貴子の体の傷が書かれている部分を指さした。茂はそれを目で追った。書類にはこう書かれていた。

 “傷の箇所:後頭部、手首、首”

 「・・・首?」茂が言った。

 「えぇ。貴子さんは首の骨も折れていました。火葬前に調べられればもっとちゃんと分かったのかも知れませんが・・・もしかしたら圧迫痕かもしれません。と、言う事は・・・誰かが貴子さんの首を絞め、貴子さんが抵抗しようともがき、暴れた。その時に転んでしまい、転んだはずみで犯人に馬乗りにされ、頭を拓也ちゃんが眠っているベッドの端に何度も打ち付けられた。拓也ちゃんのベッドは綺麗に拭き取られていましたが、調べたらルミノール反応、出ましたよ。

 そして、犯人は貴子さんの頭の血を止め、風呂場へ連れて行き、手首を切って自殺に見せかけて殺した。

 これが、私が推理した貴子さんの死因です。」

 「それはあんたの勝手な推測に過ぎねぇだろ。」刑事がせせら笑う。

 「それに拓也ちゃんの存在はどうなる!?俺達が役所に行ったら拓也ちゃんの出生届書なんて提出されていないと断言していたぞ!!」刑事が慎太郎に怒鳴ると、慎太郎は眉間に皺をよせ、目を閉じた。

 「あぁ・・・それですね・・・。あれは・・・本当に嫌な事件でした。」

 「は?」刑事が慎太郎に睨みを利かせる。慎太郎は茂に体を向きなおした。

 「橋本さん・・・拓也ちゃんの出生届はちゃんと提出されておりましたよ。」慎太郎が言った。

 「・・・・え・・・?」茂が驚いた。

 「な、何だと!?」刑事もまた、驚いて慎太郎の顔を見た。

 「ですが・・・今はもう・・・ないんです・・・。」慎太郎は本当に辛そうな顔をした。

 「いいですか?橋本さん・・・。私の話を・・・落ち着いて聞いてください。」慎太郎はかがんで、茂の目を真剣に見つめて言った。これから話される拓也の出生届書の居場所の真実を、茂は受け入れなくてはならない。


 第14章に続く。

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