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海堂翔二の事件ノート~神奈川県警捜査一課の息子~  作者: ぽち
第三章 神隠し殺人事件
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第12章 生い立ち②

 まるでテレビドラマを見ているような気分だった。自分の家に警察が来て、自分の部屋を沢山写真を撮られていた。妹が死んだのだ。

 今自分は警察に事情聴取を取られていた。だが、警察の質問の内容が頭に入ってこないのだ。こんな事初めてだし、ましてや朝まで一緒に暮らしていた妹が死に、甥っ子がいなくなっているのだ。混乱するに決まっている。だが、埼玉県警はそんな事お構いなしだった。

 警察の面倒臭そうな顔が視界をちらつかせていた。ましてや、大きなため息さえも聞こえた。

 「我々が捜査をした結果、妹さんは自殺かと思われます。」警察からの耳を疑うような言葉にやっと茂は顔をあげた。

 「・・・自殺?何故!?」

 「それは仏さんしか分からんでしょ。」面倒臭そうに刑事は言った。

 「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!!息子が生まれたのに・・・何故妹が自殺をしなくちゃいけないんですか!?」茂は反論した。おかしい!!あんなに拓也を愛おしそうに抱きしめた妹が自殺なんてするわけがない!!そう心から思い始めた。

 だが、刑事からは耳を疑うようなとんでもない言葉が返ってきた。

 「本当にいたの?甥っ子さん。」

 「・・・・は!?」あまりにも茂からしてみればおかしな質問に茂は言葉を失う。

 「み、見て下さいよ!!」そう言って茂はスマートフォンから何十枚もある甥っ子の写メを刑事に見せた。もちろん、妹が抱っこしている写メも見せたのだ。

 「これが甥っ子の拓也です!!」

 「・・・父親は?」刑事からの質問に茂は言葉を一回詰まらせた。一回下を向いたが、刑事からの鋭い視線が突き刺さった為、言うしかなかった。

 「いません・・・。妹は父親の男とは別れてから拓也を身籠ったんです。」

 「ふうん?」妙に白けたような口ぶりを刑事はした。

 「でもねぇ・・お兄さん。妹さんが自殺じゃなければ考えられるのは一つだよ?」刑事の言葉に茂が顔をあげた次の瞬間、自分の両手に重たい手錠がかけられた。

 「・・・・な!?」

 「殺したのはあんただってな!!」刑事が茂を睨みつけ、強引に腕を掴んで引っ張った。

 「おい、こいつを重要参考人、それか容疑者として連れていけ!!」

 「な、何を馬鹿な事を言っているんだあんた!!は、放せ!!私はやっていない!!」茂は思わず上半身を大きく動かし、腕を振り上げた。その瞬間、自分のすぐ横にいた自分に手錠をかけた刑事の顔に当たった。

 「あ・・・、す、すみませ・・・。」

 「はい、傷害の現行犯もだな。」刑事がニヤリと笑い、強引に茂を部屋から出させた。

 「は、放せ!!放せよ!!私は・・私は妹を殺していない!!殺していないんだ!!」茂は叫んだ。外に出ると野次馬で人が溢れていた。

 「連れていけ!!」刑事は抵抗する茂をアパートの階段の策に顔を抑えつけ、腰を蹴り、2人がかかりで強引に茂をパトカーに乗せた。

 「わ、私は無実だ!!降ろせ!!降ろせーーーーーー!!」茂が大きな声で訴えても刑事は聞く耳を持たない。茂は重要参考人として、そして、貴子を殺害した容疑者として強引にパトカーへと乗せられ、警察署へと連行されていったのだ。

 その頃、拓也は・・・・埼玉から遠く離れた神奈川県横須賀市にいた。

 「あ・・・あなた・・・?その子は何・・・?」安藤佳奈が目を見開いて安藤裕也が抱いている赤ん坊を見て、絶句していた。

 「わ、私の・・・子供なんだ・・・。」

 「・・・・な、何を言っているの・・・?」佳奈はわなわなと体を震わせた。拓也の地獄の日々が、始まろうとしていたのだった・・・。

*

 神奈川県藤沢市で資産家の子供が誘拐される事件が発生した。捜査一課が総力を挙げて、犯人逮捕と子供を無事に保護することに取り組んでいた。

 その中で新米刑事が大活躍していた。それが、何年後かに神奈川県警一の名刑事と呼ばれるようになる当時巡査部長の海堂慎太郎だった。

 資産家の子供は神奈川県ではなく、東京都にある海の近くの廃墟になったビルで監禁されていた。それを突き止めたのも慎太郎だったのだ。

 犯人は3人組でナイフを振り回し、慎太郎達刑事に襲い掛かったが、全て返り討ちに遭い、このまま御用となった。

 犯人3人組はいずれも誘拐された資産家の男性の知り合いで、どんなに働いてもいい給料を貰えない自分達なのに苦労をしないで金が入るこの資産家の男性に怒りを覚え、お金欲しさにこの誘拐事件を行ったという。

 「もう大丈夫だよ、お父さんお母さんの所へ一緒に帰ろう。」慎太郎が優しく微笑み、子供を抱きかかえて、保護した。子供はまだ3歳児だった。

 資産家夫婦に子供を返し、犯人を署で取り調べて、調書を書き、捜査会議で報告し合ってやっとその一日が終わるのだった。

 「海堂刑事、お疲れ様。大活躍だったね。」当時からの直属の上司である伊佐美に声をかけられた。

 「あ、ありがとうございます。」慎太郎は頭を下げた。

 「そうだ、秋から冬にかけて昇進試験があるんだが・・・警部補の試験、受けてみないか?」伊佐美が言うと、慎太郎は驚いた。

 「まだ、新米の分際ですぐに昇進試験なんて・・・、でも受けてはみたいと思っておりますが・・・生憎、家内が今妊娠中でして・・・。」そう言って慎太郎がお腹をさすってジェスチャーをした。

 「お!!本当かい!?いやぁ、おめでとう!!」

 「無事、家内が出産したら、その話受けさせてください。」

 「分かったよ。じゃあ今日はもう、早く帰りなさい!!」伊佐美も自分の事のように喜んでくれて、慎太郎の顔からも思わず笑みがこぼれた。

 「出産予定日は?もう、男の子か女の子か分かったのかい?」

 「来年の1月です。男の子かも・・・だそうです。」慎太郎が照れ笑いを浮かべて答えた。慎太郎も、順風満帆だ。来年産まれる息子の為なら、真夏の中の捜査も耐えられる。

 「そうかい!!今日はお疲れだったね!!早く帰って奥さんの手伝いしてあげなさい。」

 「ありがとうございます!!それでは、お先に失礼いたします。」慎太郎は上司に頭を下げて、職場を出て行った。車を走らせ、そのまま自宅へと帰って行ったのだ。

 神奈川県の自宅へ帰ると、妻の翔子が夕飯を作っていた。

 「おかえりなさい。お風呂沸いていますよ。」

 「あぁ、ただいま。」

 「ねぇ、あなた?今日ね、朝と昼間にこの子、お腹蹴ったのよ?」

 「本当か!?」

 「あ、また蹴った!!」妻がそう言うと、慎太郎はすぐに妻のお腹に手をあてたが、慎太郎が手をあてると動かなくなってしまう。

 「恥ずかしがり屋さんなのね?」翔子がクスクス笑いながら、言った。

 「何だよ・・・誰に似たんだか。」少し、ふてくされたような顔をしたが、慎太郎は笑顔だった。

 テレビをつけると、慎太郎はとあるニュースに目を止めた。

 『続いてのニュースです。昨日、埼玉県さいたま市内のアパートの風呂場から手首を切って亡くなっている女性の遺体が発見されました。

 被害者は橋本貴子さん、23歳、元小学校教諭で、死因は失血死との事。同居していた兄を重要参考人として警察は事情聴取をしている模様。』

 「ねぇ?こういうのって、重要参考人が犯人になるの?」翔子が聞いてきた。

 「大体はな・・・。だが、これだけの情報じゃ、その元女性教諭は自殺に思える。少なくとも・・・ちゃんと捜査しないと分からないが・・・俺はその同居している兄は犯人じゃないと思う・・・。」

 「あら?そうなの?」

 「まぁ、小説とかだと、そうなってしまうだろうが・・・あくまでこれは俺の推測にすぎねぇよ。」そう言って慎太郎はスーツを脱いで、風呂場へと移動した。この時はニュースもここまでしか情報を仕入れていなかった為、慎太郎はあえて気にしなかった。後に、事件の真相を知る事になるのは相当先の話だった・・・。

*

 「言ってしまいなさいよ・・・橋本さん?

 楽になるぞ?」埼玉県警本部に回され、茂は取調室で尋問を受けていた。

 「だから!!私は妹を殺していない!!い、妹の元恋人を調べて下さいよ!!拓也の父親だ!!そいつがきっと妹を殺したんだ!!」茂は怒りと悲しみで声を震わせながら、絶対に自分は無実である事と妹の今までの素性も明かした。茂としては、妹の元交際相手しか、妹を殺した人間なんて思い浮かばなかったからだ。

 刑事は茂の何度も同じ事を言う事にほとほと呆れた顔をして大きなため息をついた。すると、もう一人、若い刑事が取調室に入ってきた。若い刑事が自分を取り調べているベテランらしい刑事に耳打ちをした。その後、ふっとベテランらしい刑事は鼻で笑い、茂を見下ろした。

 「あのね?橋本さん。今、市役所に行って調べたよ?橋本拓也君?

 そんな名前の子供の出生届・・・出されていないって。」刑事の言葉に茂は目を見開いて驚いた。

 「はぁ!!??」思わず、席から立ちあがった。その瞬間、“座れ!!”と言われ、もう一人の刑事に強引に座らされた。

 「そんなはずないだろう!?私は7月19日に甥っ子の出生届を妹から渡され、その日のうちに出しに行ったんだ!!出されていないなんておかしいだろ!?」茂は座りながらも刑事についに怒鳴りつけた。

 「しかしねぇ?実際問題、その市役所には出生届が見つからなかったんだ。これ、どういう意味かあんたも分かんだろ?」耳をほじくりながら刑事が言った。

 「じゃあ、私のこの妹が抱っこしているこの男の子は誰だって言うんだ!?この写真の男の赤ちゃんは誰だよ!?間違いなく甥っ子の・・・妹の息子の拓也だ!!」茂が携帯をもう一度出して拓也の写メを見せた。

 「あのねぇ橋本さん?この子は妹さんの友達の子供だろ?え?」また、この刑事は訳の分からない事を口走った。

 「あんた・・・本当におかしいよ・・!!」茂が声を枯らして震える声で言った。もう、涙しか出そうになかった。

 「おかしいのはあんただよ。もう今日はいいよ。また明日、し・ん・じ・つを!!お聞かせ願いましょうか?」取調室から解放され、茂は冷たい牢獄へと入れられた。

 「拓也・・・・一体君は・・・どこにいるんだ・・・?」茂は涙を流しながら出された食事に手も付けずに縮こまった。警察なんて・・・信用しない・・・!!

 その頃、同じ埼玉県にある茂が働いていた工場では茂が逮捕された知らせを受け、職場は混乱していた。

 「橋本さんが妹さんを殺したと言うのか!?何かの間違いだろ!?」職場の仲間たちはすぐに茂の無実を信じた。

 「何を調べて警察は橋本さんを犯人に仕立てたんだ!?刑事ドラマの見すぎな刑事じゃ許さないぞ!!」職場の仲間たちは警察の調べに不満を抱いていた。工場長はあえて何も言わなかったが、職場の仲間と同じく不満な顔をしていた。あの橋本君が妹さんを殺すなんて・・・ありえない・・・。

 「工場長・・・このままでは橋本さんが犯人にされてしまいます!!動きましょう!!」仲間たちが一斉に工場長へ選択を迫った。

 「私も君たちと同じ気持ちだ・・・警察に行こう!!」そう言って工場の仲間たちは埼玉県警へと向かって行った。

 一方、茂の方は、本日も警察に尋問をされ続けていた。バンと大きな音で机をたたき、もはや、傍から見れば誘導尋問をしているように見られた。

 「だから・・・私は貴子を殺していない!!何度同じことを言わせれば気が済むんだ!?」茂は涙声で訴えた。

 「そりゃこっちの台詞だ!!いい加減、罪を認めろや!!」刑事は怒鳴りつけ、机をバンバン大きな音をたてて茂に詰め寄った。

 「やってもいないのに何故罪を認めなくてはならないのだ!?あんたら、自分がいい加減な捜査をしている事を世間に知られたくなくて私を犯人に仕立てたいだけだろう!?」

 「じゃあ、何であの部屋にあんたと妹の指紋しか採取されなかったんだよ!?」

 「当り前じゃないか!!私の住んでいる部屋だ!!そこに妹が居候しているだけだ!!私と妹の指紋があるのは当然だろう!!それ以外に指紋が出てくるかは分からんだろう!!あんたらのそんな杜撰な捜査じゃな!!」茂は声を枯らしながらも刑事と言い合った。こんなやり取りが何日間も続いた。その間、埼玉県警の本部もざわつきが治まらなかった。

 「橋本さんは無実です!!もう一度、調べ直してください!!」そう、茂の職場の人達が埼玉県警に直談判をしていたのだ。

 「あんたら警察はちゃんと捜査して、証拠を見つけた上で橋本さんを逮捕したんだろうな!?」

 「こ、困ります!!帰って!!帰ってください!!」茂の職場の人間からの直談判に埼玉県警も対応に追われていた。だが、毎日のように直談判をしに来ても、強引に追い返されるだけだった。

 「困りますね、あんたたち!!」工場長達に声をかけたのは茂を逮捕した刑事だった。

 工場の仲間たちは刑事を睨みつけた。若い従業員が一言文句を言おうと前に出た瞬間、工場長がそれを制し、前に出た。

 そして、工場長はすぐさま刑事に頭を下げた。

 「どうか、捜査をやり直してください・・・。橋本君は勤務態度も真面目で、職場で問題など一切起こしたことがない人間です。

 妹さんを始めとする家族思いの男性です。そんな人が・・・その妹さんを殺すなんて・・・そんな馬鹿な事をするはずがありません・・・。

 どうか・・・どうか再捜査をお願いいたします・・・そして・・・橋本さんを釈放してあげてください・・・!!」工場長は深々と頭を下げた。

 「拓也ちゃんは本当にいたんだよ!!これが、拓也ちゃんの写メだ!!」後ろにいたのは茂が派遣社員として入って茂に最初から仕事を教えていた正社員の茂より少し年上の高瀬という男性だった。

 だが、刑事は動じない。茂に同じことを何度もされたからだ。

 「あのね?お兄さん?そんな写真・・・パソコン1台あればどうにでもなるでしょ?

 あんまり度が過ぎるとあんたたちも逮捕しなきゃならなくなるよ?」そう言って刑事は高笑いをして去って行った。

 「な・・・・!?」高瀬をはじめとする従業員達がわなわなと怒りで震えた。

 「これが・・・埼玉県警かよ!?分かったよ・・・・!!ならばこっちも考えがある!!埼玉県警がそんな捜査をする事・・・ダチの刑事に言ってやる!!あいつなら・・・・絶対に協力してくれるはずだ・・・・!!」

 「だ・・・誰に言うんだい?」工場長が高瀬に訊ねた。

 「俺の友達で・・・神奈川県警に配属になった刑事がいるんです・・。そいつ、捜査一課に来てまだ間もないですが・・・最近大きな事件を解決したって友達を通して聞いたんです・・・。子供好きだし・・・何より来年、そいつ父親になるんです・・・。この事を相談したら・・・黙っている奴じゃないんです・・・!!絶対に橋本さんを助けます・・・!!」

 (そうだろ・・・?慎太郎!!)高瀬は怒りに体を震わせつつも、携帯を取った。海堂慎太郎という名前の電話帳を開いたのだった。

*

 安藤家では、この暑い真夏日すらも凍り付いてしまうような沈黙が流れていた。

 裕也とその妻、佳奈が一人の赤ん坊の事で揉めていた。

 「どういう事?この子があなたの子って何!?」佳奈は怒りに震えて裕也を怒鳴りつけた。そこで、裕也は全て話した。自分が以前、妻がいる身でありながらも、同じ職場の若い教師に手を出したこと。別れを告げられた後、探偵を雇って探しあて、1年かけてその女を見つけ出した後、その女の子供を預かってほしいとその女に言われて連れてきたと説明した。

 「意味わかんないんだけど・・・・!!」佳奈が涙を流しながら声を震わせて言った。

 そして、傍にあった色々な物を裕也に投げつけた。

 「ふざけないでよ!!ふざけんなよ!!」佳奈が泣きわめき、叫びながら裕也を責めた。それを見ていた3人の子供たちは泣きながら父を睨みつけていた。

 「この子は・・・俺が面倒を見るから・・・もう、区役所に行って、出生届も出しているんだ!!」

 「ふざけんな・・・ふざけんな・・・!!うわぁぁぁぁぁぁあああああ!!」佳奈はその場で泣き崩れた。佳奈の泣き声に反応して、拓也も泣き出した。

 「うるさい!!泣くな!!」赤ん坊の拓也に怒鳴りつけ、そして、佳奈はまた泣いた。

 この日から・・・佳奈はおかしくなった。今まで優しいお母さんで通っていた佳奈のイメージがだんだん変わって行った。

 「安藤さんの奥さん・・・最近変わった?」などと、噂をたてられるほどに。拓也の噂については、4人目が産まれたんだと思われる程度で、まさか裕也が不倫してよその女との間で出来た子供だとは誰も思わず、安藤家の子供として世間では思われていたことが、安藤家として唯一の救いだったようだ。

 だが、佳奈はストレスがたまる一方だった。裕也が全然、拓也の面倒を見ないのだ。仕事が忙しいからと言い訳をし、また、家に帰らない日も多くなったのだ。

 裕也が帰らない日になると、佳奈は次第に怒りが面に出るようになる。だが、それは自分の実の子供には当たらない。そして、まだ、赤ん坊の拓也にも。佳奈はある決意をした。

 とある日に、拓也はぎゃんぎゃん泣き出した。拓也の泣き声は子供達も含めた安藤家にとっては、雑音でしかなかった。ついに、長男が怒り出し、“うるさい!!”と、言って手を上げようとした。

 「およしよ。」振り上げた長男の手を止めたのは、佳奈だった。

 「母さん!!だって・・・!!」振り向くと、佳奈は熊のぬいぐるみを持っていた。

 佳奈は息子を拓也から離し、そのぬいぐるみを拓也の上から持ち上げた。右手には鋏がある。

 「母さん?」長男が声をかけると同時に、佳奈は熊のぬいぐるみを鋏で首から切り始めた。

 拓也が泣き叫んでいる部屋の中で、拓也の泣き声よりも、ぬいぐるみを切るジョキ、ジョキという音が大きく聞こえる感じがした。

 母を見ると、口元は口角を上げて笑っているように見えたが、目は一切笑っていなかった。

 「ほら、拓也・・・あんたのおもちゃだよ・・・。」ジョキジョキと、ぬいぐるみを切り刻んでいく。長男はその時の母の姿にぞっとし、恐怖を1回だけ、覚えた。

 「赤ん坊は、泣くのが仕事だよ?ただ泣くだけの奴を痛めつけるのはつまんないだろう?」母はそう言って長男を見下ろした。

 「今は我慢だよ裕介・・・。こいつが喋る様になる時まで待つんだよ・・・?他の2人にも言っといてちょうだい・・・。

 楽しみはとっておかなくちゃ・・・・。」長男は母と目が合った。そして、母の目を見てニヤリと笑った。

 「そっか・・・。分かったよ・・・母さん・・・・。」母と長男を始めとして、次男と長女も含めたこの4人の間に結束が生まれた。

 拓也の地獄の日々は始まったばかりだが、拓也にとっての本当の地獄は拓也が物心がついた頃に始まるのだった。

*

 高校時代の友人、高瀬から連絡が来たのだが、また、神奈川県内で殺人事件がおきたために、会えたのはそれから3か月後の10月になったばかりだった。この時期もまだ、茂の尋問は続いていたという。高瀬は、神奈川県にある慎太郎の職場、神奈川県警本部へと足を運んだのだ。

 しばらく事件が続いていた為、ラインで話を聞くと言ったのだが、高瀬は慎太郎の顔を見て、話がしたいとの事だったので、長い間待っていてくれていたのだ。

 「高瀬!!」慎太郎が高瀬に声をかける。

 「すまなかったな、待たせちまって。」慎太郎はすぐに謝罪をして、高瀬の顔を見た。その顔はやつれていた。

 「・・・な、何が・・・あったんだ?」慎太郎が訊ねると、高瀬は泣き崩れた。

 「慎太郎・・・頼む!!お前しか頼りになる人がいないんだ!!俺の・・・俺の仕事の後輩を助けてくれ!!」高瀬は泣き叫びながら、慎太郎に言った。その時、慎太郎は肩を軽くたたかれ、振り向くと伊佐美がいた。

 「奥に入ってもらいなさい。話を聞こう。」

 「・・・はい。高瀬、立って・・・。話を聞くよ。」

 「すまねぇ・・・慎太郎・・・もう、お前しか頼れる人間がいないんだ・・・!!」泣きながら高瀬は訴え、そして慎太郎に支えられ、奥へと入って行った。

 「何があったんだ?」改めて慎太郎に聞かれ、その後出されたお茶を一口含み、やっと高瀬は落ち着いたようだ。

 「し、7月に元女性教師が手首から血を流して失血死の状態で発見された埼玉の事件・・・覚えているか?」高瀬が切り出した。

 「あぁ。確か、重要参考人としてその兄が警察に今いるんだよな?それ以降は・・・確か、犯人として逮捕されたよな?」

 「・・・橋本さんは・・・犯人じゃないんだ・・・!!埼玉県警は杜撰な捜査をして、橋本さんを勝手に犯人に仕立てているんだ。

 橋本さんは・・・絶対に犯人じゃない!!」友人の涙の訴えに慎太郎は驚愕した。

 「・・・では、あなたがその橋本さんを犯人ではないと言い切るその根拠と言いますか、橋本さんはどんな人だったかお聞かせ願いますか?」後ろから伊佐美が声をかけ、そして、慎太郎の横に腰を掛けた。

 「・・・・はい!!」高瀬はこうして、橋本茂という男はどんな男か、妹をどんなに大事にしていたか、そして・・・甥っ子の拓也ちゃんという男の赤ちゃんがいて、その子がいなくなったことまで話した。

 「赤ちゃんがいなくなった?そんな事、ニュースではやっていないんじゃないのか?」慎太郎が訊ねた。

 「警察が調べたらしいんだ。区役所に行ったら、拓也ちゃんの出生届が出されてないって!でも!!橋本さんはちゃんと拓也ちゃんが産まれた7月19日!!ちゃんと出したって言っていたんだ!!なのに、ないなんておかしいだろ!?」高瀬の訴えを聞きながら、慎太郎は考えた。

 「確かに、その日のうちに出したのであれば、あるはずだ。ない意味が分からない。」

 「そうだろ!?」

 「埼玉県警は、書類があるかどうか以前に、まず、その橋本さんがその区役所に来たのか、防犯カメラとか調べたのかな?」

 「そんなの、絶対やってないよ!!その橋本さんを取り調べている埼玉県警の刑事、何かいい加減って有名だってインターネットで叩かれているのに・・・。」

 「いい加減な刑事を捜査一課に配属させてんの?」慎太郎が信じられない顔をして一回、伊佐美の顔を見た。伊佐美も顔をしかめる。

 高瀬がそのインターネットの書き込みを見せた。この刑事のおかげで、無実の罪で殺人事件の犯人にさせられ、人生を狂わされたという人たちが多いという。

 「は、橋本さんは・・・俺にしてみれば初めてできた後輩なんだ・・・。真っ直ぐで、家族思いの優しい橋本さんしか俺は知らない・・・。俺の方が年上なのに、頼もしい人だからつい、頼ってしまうんだ。妹さんのお腹に赤ちゃんが出来て、赤ちゃんが出来た事に怒らないで、妹さんが赤ちゃんをおろす事に怒るような、本当に、妹さん達家族を大事にしている人なんだ・・・。そんな人が・・・妹の・・・貴子ちゃんを殺すはずがないんだ!!」高瀬は泣き崩れた。そして・・・。

 「海堂君。」伊佐美に呼ばれ、慎太郎は伊佐美の方に顔を向けた。

 「これは埼玉県で起きた事件だ。私たち神奈川県警は動けないのは分かっているね?」

 「・・・!!」慎太郎も高瀬も言葉を失った。だが、次の瞬間、伊佐美はにこりと笑う。

 「だが、この橋本貴子さんというガイ者は神奈川県の市立小学校で教師の仕事をしていたようだ。彼女を知っている人に彼女とお兄さんがどんな関係だったか、仲が悪かったのか、良かったのか、そのような事の話は聞けるんじゃないのかね?私からの指示はそれだけだ。後は、君が気になる部分を思う存分調べなさい。今、大きな事件を抱えていなくて良かったね。」伊佐美はにっこりと笑って慎太郎に指示をした。

 「はい!!」慎太郎は立ち上がり、大きな声で返事をした。そんな慎太郎と伊佐美の姿を見て、高瀬は涙を流した。

 「慎太郎・・・・。」

 「・・・行ってきます。行くぞ、高瀬!!」慎太郎はスーツの皺を伸ばし、顔つきを変えた。刑事の顔になったのだ。高瀬はこの後の慎太郎の刑事としての才能に驚愕する。

 だがこの事件、一筋縄では終わらないのだった。


 第13章に続く。

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