第10章 虐待児
※この話からは少し、虐待の残酷描写や差別用語などが作中に出てきますが、作者は一切そんな事を思いながら書いているわけではありませんので、ご容赦ください。あくまで作中の出来事を記載しております。
夢を見ていた。昔の・・・悲しくて苦しい記憶・・・。
『パパ!!今日ね、かけっこでね1位になったんだよ!!担任の先生に褒められちゃった!!それでね・・・。』だけど、父の答えはいつもこうだ。
『拓也。今、お父さんは忙しいんだ。』背中を向けて、僕の顔を見ようとしない。
『ご、ごめんなさい・・・。』その直後だ。
『拓也。』冷たい氷のような声に僕の心臓は止まりかける。
『お父さんの邪魔をするなと何度言ったら分かるの?』
『ご、ごめんなさい・・・おかあさ・・・。』その瞬間、僕は殴られる。
『あんたは!!何度言っても分からない子だね!!さすがあの阿婆擦れの息子だよ!!
来な!!おしおきだよ!!』首根っこを掴まれ、風呂場へと連れて行かれる。ズルズル・・・ズルズルと引きずられて・・・。
『お、お風呂は・・・嫌です・・・お風呂は嫌です・・・お母さん・・・許してください・・・!!』
『お母さんって呼ぶな!!』顔をグーで殴られ、風呂場へ吹き飛ばされた。
『うっ!!』胸を床に強く打ち、咳が止まらなかった。その瞬間、僕は背中を足で踏まれた。すぐそばにはデッキブラシがあって、義理母がそのデッキブラシを僕の背中にあてる。ゴシゴシ、ゴシゴシと。
『あんたのその汚い血をいつまでも私が洗い流してあげるわ・・・。』
『お母さんごめんなさい!!もうしません!!ごめんなさい!!ごめんなさいぃぃぃぃ!!』泣きながら懇願しても、義理母はやめてくれない。僕が気を失うまでそれは続いた。
物心ついたころから毎日欠かさず義理母はこれを続けていた。
僕はふりんで産まれた子。生きてはいけない存在だと言われ続けて・・・。
だから・・・だからずっと僕はパパに言いたかった・・・謝りたかった・・・。だからね・・・パパが僕の手を握ってくれた時・・・謝るチャンスだったんだ。だから、言ったんだ。
『パパ・・・ごめんなさい・・・。』あの時パパは、僕の手を握っててくれたよね・・・。
『何が・・・ごめんなさいなんだい・・・?』
『・・・・産まれてきて・・・ごめんなさい・・・。』俺がこの言葉を言った瞬間・・父さんが何て言ったのか覚えてないんだ・・・実は。
*
パチッと目が覚めた。目が覚めた時、拓也は冷や汗をすごくかいていた。
「はぁ・・・はぁ・・・。」凄く暑かった・・・。手で額に流れていた汗を拭った。時計を見るとまだ、6時だった。今暮らしている学校の寮では朝7時に起きれば大抵学校に間に合うのだ。やたら、早い時間に起きたと拓也は思った。
「うっ!!」背中がズキッと痛みだした。いや、疼いたのだ。昔の傷が・・・。
(ふん・・・嫌な夢見たな・・・。)拓也はそう思うと、ベッドから起き上がり、学校の制服に着替えた。
「おっはよ~彩芽ちゃん!!」学校の寮長に元気よく挨拶した。
「タク!?随分早いわね!!」朝食を作っていた寮長の伊藤彩芽が驚いた顔をしながら卵焼きを作っていた。
「今日、朝練だっけ?」
「いや、何か早く起きちゃって。早めに学校行ってバスケの練習してようかなって。」拓也がそう言うと、
「じゃあ、すぐ朝食用意するわね。待ってて。」彩芽がにっこりと笑って言ってくれた。
トントントンと野菜を包丁で切る音が心地よく聞こえた。彩芽がご飯を作る後ろ姿を見るのが拓也は好きだった。
「あのさ・・・彩芽ちゃん・・・。」拓也が彩芽に声をかける。
「なぁに?」料理をしながら彩芽が返事をした。
「俺さぁ・・・久々に彩芽ちゃんの作ったカツ丼食べたくなっちゃったなぁ。」
「あらほんと?じゃあ、今日の夕食はカツ丼にするね。」彩芽がにっこり笑って作った卵焼きを拓也に渡した。
「やったぁ!!」満面の笑みで拓也が言った。
朝早くに寮を出て、学校に着いた拓也はTシャツに着替えて体育館へ行った。バスケットボールを持って、一人練習をしていた。
「安藤?」呼ばれて振り向くとバスケ部のキャプテンがボールを持って拓也に声をかけてきた。
「おはようございます!!」拓也が挨拶した。キャプテンが床などを一回り見て、また拓也の方に顔を向けた。
「これ、お前いつからいたの?」
「し、7時からいました。」拓也が答えると、キャプテンがふーんと言いながら周りを見渡す。
「きれいに掃除出来てんじゃん!!やるなお前!!」キャプテンが笑いかけながら言った。どうやら、自主練する前に床を掃除したことが良かったらしい。
「1on1するか?」キャプテンが拓也に言うと、拓也は驚いた顔をした。
「い、いいんですか?」
「おう!!来い!!」そう言ってキャプテンがドリブルをして突進してきた。拓也はキャプテンと1on1をさせてもらい、とても嬉しそうな顔を教室に戻ってもしていたのだった。
*
神奈川県川崎市で男性のバラバラ死体が発見された。川崎市内のゴミ捨て場に一つに袋でまとめられて捨てられていた。ゴミ収集車が他のゴミ袋と何か違うと感じ、袋を開けて見たところ、男性の生首、胴体、手首、足首などがバラバラに入れられている状態で発見された。
発見された当初、身元を示すものは一切なかったが、遺族から捜索願を出されていたかを調べたところ、35歳の商社マンの男性である事が分かった。遺族に遺体を対面してもらったところ、妻が自分の夫で間違いないと確認が取れた。被害者は木下保。
神奈川県警本部捜査一課の海堂慎太郎はこの事件を担当することになった。
「・・・女子中学生連続殺人事件がやっと終わったのに・・・次の事件が起こるなんて・・・。」同じく神奈川県警捜査一課の丹波直樹が言った。
「事件が起こらずに穏やかな日常というものはあってもほんの一時ですね。」同じく捜査一課の千田健一が言った。
「すまないね、海堂君たち。」声をかけてくれたのは3人の上司である伊佐美刑事部長だった。
「いえ、一刻も早くホシを上げますので。」と、慎太郎が答える。3人は刑事部長に頭を下げ、捜査へと向かって行った。
県警本部を出て、車へと向かっていると、視線を感じた。
「あの人・・・じゃないか?」
「おぉ・・・あの人が噂の・・・。」そんな声が聞こえ、くるりと声がする方へと顔を向けた。
「うん?」慎太郎が振り向くと、若いスーツを着た2人組の男性が立っていた。
「誰だ?お前ら。」丹波が睨みを利かせて若い2人に声をかけた。多分、丹波と同じくらいの男性だった。
「あ・・あの・・・俺達神奈川県警神奈川署の者です。」ペコッと挨拶をした。
「署の人達が俺達に何か用かい?」慎太郎が聞いた。
「あ・・あの・・・県警本部の捜査一課の海堂警部ですか?」若い刑事が聞く。
「あぁ、そうだけど。」
「じ、実は相談に乗ってほしい事件があるんです・・・。お時間・・・どうでしょうか・・・?」もう一人の若い刑事が聞いた。
「俺なんかでよければ・・・。」そう言って慎太郎は刑事2人を本部へと案内した。
「相談って?」さっきまで使っていた会議室へと案内した。
「実は・・・最近次々とこの神奈川区内で子供が行方不明になっているんです。遺体はまだ見つかっておりませんが・・・。」
「死んでないなら俺達は捜査範囲外だぜ。」と丹波が言った。
「まぁ、話を伺うよ。で?何人いなくなっているんだ?」
「ざっと・・・10人程・・・。」
「程って?」丹波が突っ込む。
「神奈川区内だけじゃないんです・・・。どっちかというと神奈川県ほぼ全般・・・そこから次々と子供たちが消えているんです・・・。そう・・・神隠しみたいに・・・。」
「・・・神隠し!?」
「でもなぁ・・・行方不明だけではなく家出という線もあるし・・・。集団家出とか。
いなくなってどれくらい?」千田が聞く。
「どの子も一週間程度です。しかも一気にいなくなり・・・。」
「まぁ、家出だろうと行方不明になれば立派な事件だ。出来る限りは協力するよ。」と、慎太郎が言った。後日、いなくなった子供たちの情報を貰う事になった。慎太郎は後日この行方不明の件も捜査本部内での捜査の一つになると予測した。
「それにしても・・・何で海堂警部の事知っているんだ?」丹波が聞いた。
「神奈川県警内で有名ですよ。迷宮入り無しの名刑事だって。」と、若い刑事が言った。
「はは、そんな大層な人間ではないさ。」慎太郎が苦笑しながら言った。
*
授業を終え、全員が帰り支度をしていた頃、拓也だけが一人呆然としていた。
「タク?帰らないの?」連司と和也が声をかけた。
「あ・・・ごめん。ぼうっとしてた。」拓也が急いで帰り支度をした。
「明後日三日からゴールデンウィークだぜ!!どっか遊びに行こうぜ!!」主人公、海堂翔二がにこにこ笑いながら同じ寮生たちに声をかけている。校門に向かって歩いて行くと、バスケ部のキャプテンが拓也に手を振った。
「安藤、今日はありがとうな!!お疲れ!!」彼女らしき女子生徒と歩きながらキャプテンが拓也に言うと、拓也は急いで頭を下げた。
「誰?」連司が聞いた。
「あ、バスケ部のキャプテン。今日1on1やってくれてさ。」
「へぇ~?タク、もうスタメン?」
「いや、俺はまだ球拾いの対象だよ。でも、キャプテンすごいいい人なんだ。」そんな会話をしながら校門へと歩いて行く。体育館の近くを通ると、デッキブラシを持った用務員のおじさんが歩いてきた。
「さようなら~。」拓也が用務員に気づき、声をかけた瞬間、用務員の持っているものを見て、拓也の動きが止まってしまった。
「・・・タク?」何歩か歩いて、拓也の声が聞こえなくなった気がして、翔二は振り向いた。その時、拓也がうずくまっているのに気づいた。
「タク!?どうした!?」翔二たちはすぐに駆け寄り、用務員のおじさんも拓也を支えた。拓也の息遣いが荒くなっていた。苦しそうに息を吸ったり吐いたりしていた。
「ほ、保健室の先生呼んでくる!!」和也がすぐに校舎へと走り出した。翔二たちはとりあえず、拓也の背中をさすった。
(ど、どうすればいい!?タク、何か持病とかあったっけ!?)翔二は困惑しながらも拓也の背中をとりあえずさすろうと思い、続けていた。校舎から出てくる他の生徒たちは呆然と傍観しているだけだった。優奈たちは拓也を仰向けに寝かせようと言い、それを手伝ったりした。
「翔二!!どうした!?」後ろから声が聞こえて振り返ると、父が車から出てきてくれて、すぐに駆け付けてくれた。
「た・・・タクが・・・。」
「拓也君!?見せてみろ!!」父がすぐに拓也を支えるのを手伝ってくれた。そして、優しく拓也を抱きしめ、背中をさすった。
「拓也君・・大丈夫だ。落ち着いて・・・。」拓也は慎太郎に抱きしめられ、慎太郎の香水の匂いが鼻を通った。その瞬間、少しずつ、落ち着いた。
「救急車呼びます!!」傍にいた丹波が言って携帯で救急車を呼んでくれた。その後、和也が呼び行った保健室の先生と中島も来て、丹波が呼んだ救急車も来た。
「症状的に過呼吸かと思いますが、一応医者に診てもらった方がいいと思いまして、救急車を呼びました。」と、慎太郎。
「すみません、海堂さん。ありがとうございます。」中島が頭を下げた。それからまもなく、救急車が学校の前に止まった。拓也は思わず慎太郎の腕にしがみついた。
「しょ、翔パパも来てほしい・・・。」すがりつくように拓也が言った。その時、慎太郎は昔の記憶がよみがえった。
「うん、分かったよ。一緒に行くよ。」優しく微笑み、慎太郎は中島と拓也と一緒に救急車に乗る事にした。中島と丹波が目がった。
「あれ?」その瞬間、丹波の表情が凍り付いた。
「丹波君。」慎太郎が呼んだ。
「は、はい!!」
「悪い、管理官たちに事情話しておいてくれるかい?」慎太郎に言われ、丹波は力強く頷いたが、丹波はその後ろにいる中島を見て冷や汗が止まらない感じになっていた。
「へぇ?お前・・・刑事になったんだ?」中島がにやりと笑って救急車に乗り込む。
「え?知り合い?」翔二が丹波に聞いた。
「・・・・・何も聞くな。」どうやら、中島と丹波がどういう関係かは、まだ、二人の間にしか知らない情報らしい。
拓也の症状はやはり、過呼吸だった。今回は一時的なものと判断され、頻繁に起こるようだったら、また医者に行く事になる。様子見という事で特に薬などは貰う事はなかった。
「ありがとうございました。」慎太郎達は医者にお礼を言って、病室を後にした。
「すみません、ありがとうございました。」
「ありがとう、翔パパ。」中島と拓也が慎太郎にお礼を言った。
「いえ、拓也君、今日は無理をしないでゆっくり休むんだよ?」慎太郎が微笑んで拓也に言った。
「タク!!しんちゃん!!」中島から連絡を受けて、彩芽が駆けつけた。
「大丈夫なの!?」
「うん。もう平気だって。ごめんね彩芽ちゃん。」拓也がそう言うと彩芽が拓也を抱きしめた。
「・・・良かった・・・!!」彩芽に抱きしめられ、じわっと拓也は何かが暖かく感じた。
(何年ぶりだろう・・・人に抱きしめられたのって・・・。)
寮に帰ると、寮生たちがご飯を作っていた。
「タク!!大丈夫!?」優奈が拓也に声をかけた。
「みんな!!ごめんね!!もう大丈夫!!」拓也が笑顔で答えた。
「今日タクの大好物のカツ丼だよ!!途中まで彩芽ちゃんが作っておいてくれてたよ!!」連司が盛り付けながら言った。
「え!?じゃあ途中からみんなが作ったの!?どうやって!?」
「そりゃあ、スマホで検索すりゃレシピ位出てくるよ。」美由が言った。
「連司が結構料理上手でさ、助かっちゃった!!」と、和也。
「俺結構好きだよ~、いつでも言って~♪」と、連司。
「まぁ、食欲なかったら無理しなくてもいいぞ。」と、翔二。
「大丈夫・・・みんなありがとう!!」拓也が満面の笑顔で言った。
「タク。明日の体育は休んでいいぞ。」いつの間に寮までついてきていたのか、担任の中島が言った。
「う~ん・・・明日考えるよ。ありがとう、なかじー。」
(あんな夢を見たせいだ・・・。今日はいい夢見れると良いな・・・。)拓也はそう思いながら差し出されたかつ丼を口に頬張った。みんなが作ってくれたカツ丼は世界で3番目に美味しかったのだ。
寝る前に電話が鳴った。慎太郎からだった。
『拓也君?体調はどうだい?』
「翔パパ!!うん、もう平気。」
『そっか、良かったよ。あんまり無理しないで、今日はゆっくり休んでね。』
「本当にありがとう・・・翔パパ。うん、うん・・・おやすみなさい。」慎太郎からの電話のおかげで嫌な夢は見なかった。
(翔パパって本当にイケメンパパだよな。いいなぁ・・・。)疲れ果てたのか、昨日のような夢を見ることなく、ぐっすり眠る事が出来た。これも慎太郎をはじめとする心配してくれたみんなのおかげだと拓也は思う事が出来た。
*
次の日拓也は学校で有名人になっていた。廊下を歩いたりしている度、女子たちに声をかけられた。
「タク~大丈夫?」
「無理しちゃだめだよ!!」
「あ、ありがとう・・・。」
「おうタク!!平気か!?」中島が声をかけてきた。
「うん!!大丈夫!!今日の体育いけるよ!!」
「・・・いや、今日の体育はとりあえず休んどけ。あと、バスケ部にも休むこと言っておくから。」中島も心配しているのだろう。拓也は素直に部活も体育も今日は休むことにした。
今日は何だか視線も感じる。クラスの男子も何だか拓也をにやにやしながら見ていた。すると、後ろから“ハアハア”と、息遣いが聞こえた。振り向くとニヤニヤ笑いながら苦しんでいるふりをしている。どうやら、昨日の拓也の真似をしているようだ。その後から笑い声までもが聞こえてきた。
「おい・・・・何だよお前ら・・・。」真っ先に反応をしたのは翔二だった。
「べっつに。」そう言いながらも男子たちはニヤニヤして拓也を見ていた。中には同じバスケ部の生徒もいた。
「あ・・・あはは・・・。」拓也は笑った。そして自分に言い聞かせた。
(こんなこと・・・前にもあったじゃん・・・大丈夫・・・俺は慣れてる・・・。)そう自分に言い聞かせて拓也は自分の席についた。
「タク!!」翔二が拓也に声をかけた。
「・・・俺・・・大丈夫だよ。」ニコッと拓也は翔二に言った。すると、翔二はすぐそばにあった他の生徒の席を蹴っ飛ばした。
「何か文句あるなら陰でこそこそ笑わねぇで俺達に言え!!相手してやるぞコラぁ!!」
「しょ、翔・・・俺大丈夫だから!!」今にも暴れそうな翔二を拓也は止めた。
「俺が大丈夫じゃねぇんだよ!!」
「うるせぇな!!何騒いでんだ!?」ガラリと教室に入ってきた担任の中島の怒鳴り声で何とか乱闘は間逃れた。
「ちっ!!」翔二は舌打ちをして、また他の生徒の椅子を蹴っ飛ばした。何も関係のない椅子を蹴っ飛ばされた生徒は泣きそうな顔をして翔二を見たので、連司たちが代わりに謝る事になってしまった。その後も翔二はずっと機嫌が悪かった。
翔二の機嫌の悪さを見た他でクスクス一緒になって笑っていた他のクラスメイト達は、さすがに悪い気がしたのか、翔二の怒りで何も言わなくなった。ある1部分の生徒たちを除けば・・・。
6時限目は体育だ。拓也はジャージぐらいには着替えようと思い、更衣室へと向かった。
いつも拓也は更衣室で着替えをするときは見られちゃいけない背中を隠すために早めに背中を見られない早さで着替えていたが、この時ばかりは呆然としていた為、いつもより遅い感じで着替えていた。
急に後ろがざわついた。
「おい・・・安藤・・・。」
「え?」
「何・・・?その傷・・・。」
「・・・え!?」拓也はギクッとした。そうだ・・・忘れていた・・・。
拓也の背中には昔、義理の母親に虐待された痕があるのだ。デッキブラシで擦られた痕がひっかき傷のように沢山あった。
(・・・・やば・・・。)拓也は思考が止まってしまった。何と言い訳しよう。更衣室ではたちまち拓也の周りに男子たちが集まった。
「あ・・・。」後から更衣室に入ってきた翔二と和也が気づいた。すぐにフォローに入ろうとしたら、拓也が口を開いた。
「俺さ・・・虐待児なんだ・・・。」拓也がカミングアウトした。
「親父が不倫してさ、それで出来た子供が俺。でさ、親父の本妻であるいわゆる継母?それにずぅ~~っと虐待されて育ってきたんだ。それが、この背中の傷跡。」笑いながら話す拓也を見て、更衣室はシンと静まり返った。
「お前ら!!タクにまた何聞いてんだよ!?散れ!!」翔二が怒鳴って、拓也の周りに集まっていた生徒たちはゾロゾロと自分のロッカーに戻った。
「タク・・・無理して話さなくても・・・。」和也が言った。
「でもさ・・・聞かれたからには答えないと・・・みんな素直に思った事を聞いただけ。誰も悪くないから・・・。」拓也がそう言いながらジャージに着替えるのを再開した。
体育中も何人か走りながら拓也をじろじろ見ていた。拓也は気にしないようにしていた。
とある男子が拓也の背中の傷の事を話しているのか、女子にこそこそ話して、女子が拓也の顔を見て、『えー!?』と驚いた顔をしてまた、拓也をじろじろ見ていた。
走っている途中に拓也が休んでいる場所が見える。その前を翔二が遮る様に走り、拓也を見ている生徒たちに舌打ちをして睨んだ。体育の時間はそんな事の繰り返しだった。
拓也の過去の事を知らない連司と蛍と美由には優奈が説明した。翔二から男子更衣室で起こった事を優奈に話し、事前に優奈から蛍達3人にあまり拓也に聞かないように伝える様にした。
「タクは気にしないようにしているけど、あまり、聞かないであげてね。本人の心の傷だし。タクが話したくなったら黙って聞いてあげればいいからさ。」優奈から話を聞いて、3人は頷いた。それと同時にショックも大きかった。
(知らなかった・・・タクは入学説明会の時に真っ先に話しかけてくれた子の一人だから・・・すごいいい子だって知ってからは、とても幸せな家庭に育てられてきたからこういういい子に育ったんだって思っていた・・・。)蛍は拓也の過去を少し聞いただけでも泣きそうになった。
体育が終わった後も周りの視線は変わらなかった。
「タク。」翔二が拓也に声をかけた。
「今日、部活は?」
「キャプテンが・・・休んでいいって言ってくれたから・・・。」
「そっか、じゃあ一緒に帰ろう。」
「うん。」拓也は弱く微笑んだ。鞄を持って、教室を出ると寮生がみんな待っていてくれた。
「明日からゴールデンウィークだね!!」和也が言った。
「彩芽ちゃんがさ、みんなでキャンプしないかって言ってたよ!!」と、連司。
「行きたい!!春那も誘っていいか聞いてみよ!!」と、優奈。いつも通り、普段通りにみんなが接してくれているのが拓也にとって本当に嬉しかった。みんなでわいわいと楽しく話しながら歩いて校門へ足を運んでいた頃、まだ視線を感じたが、拓也は気にしないようにした。だけど・・・。
「おい!!虐待児!!」校門を抜けた瞬間にそんな事を言われた。自分よりも先に翔二達が不快な顔をして声の主へと顔を向け、睨みつけた。
眼鏡をかけて、ワックスか何かで髪の毛を少しツンツンあげている、色黒の男子だ。芹沢とか言ったっけ。身長は小さいくせに態度だけはでかい、サッカー部の部員。
「何か言ったか芹沢。」翔二が睨みつけ、低い声で言った。
「は?お前には言ってねぇよ。」人をバカにしくさった顔と態度で芹沢とかいう男子は言った。
「知ってるよ、タクに今何か言ったかと聞いてんだよ。」
「別に?虐待児って言っただけだけど?」芹沢の言葉に後ろにいるもう一人のちびとガタイだけでかい男子がニヤニヤ笑っていた。
「何なの!?あんたら何かタクに恨みでもあるわけ!?」優奈もイライラしながら文句を言った。
「怖い顔すんなよ優奈、けばい化粧が余計目立つぜ?」芹沢の言葉に優奈がカチンときて、
「はぁ!?」優奈が声を荒げた。
「翔達、気にしないで行こうよ。こんな奴ほっときなよ。」美由が優奈と翔二を宥める様に言った。ほっとこうと言って、寮生たちは今にも暴れそうな翔二と優奈を両脇で引っ張って帰ろうとした。
「なぁ、虐待児!!不倫の母親を持つってどんな気分だ!?」完全に差別用語だ。決定的に翔二達を怒らせる言葉を芹沢は口にした。拓也はその言葉にまるで金縛りにあったかのように足が止まってしまった。
「・・・・の野郎!!!」翔二が怒鳴り、腕を掴んでいた連司たちの手を振り切って芹沢の方へ走って胸倉を掴みに行った。
「それ以上何か言ったら、ボコるぞてめぇ!!」翔二が怒鳴り、睨みつけて言った。
「おいおい、刑事の息子だろ!?刑事の息子が傷害事件起こしていいのかよ!?」
「しょ、翔!!やめてよ!!俺平気だから・・・。」拓也が止めに翔二の腕を掴んだ。
「俺が大丈夫じゃねぇんだよ!!」朝と同じ行動を見て、芹沢とその仲間たちはまた笑い転げた。
「いい子ぶってんじゃねぇよ安藤!!」後ろの拓也と同じバスケ部の生徒も拓也をバカにした口調で言った。まずは翔二は芹沢から顔を殴ろうとし、右腕を振り下ろしたその瞬間・・・・。
「馬鹿者ぉぉ!!」翔二は後頭部を思いっきり殴られた。
「ぎにゃーーー!!」この拳骨の痛み・・・15年間何回も味わった痛みだ。後ろを振り向くと父、慎太郎が自分を睨んでいた。
「な、何しやがる・・・親父!!」涙目になりながら、翔二は慎太郎に怒った。慎太郎の後ろには、慎太郎の部下である丹波と千田がポカンと口を開けて見ていた。
「中学の頃から学校で問題を起こすなと言っているだろ!?おかげで何回俺と母さんは学校に呼び出されたと思っているんだ、この馬鹿!!」と、慎太郎。
「うるせぇな!!好きで喧嘩してんじゃねぇんだよ!!向こうが売ってきたんだ、だから俺は買ってんだよ!!」と、翔二。ここからは親子喧嘩が始まる。
「買うな!!第一何でこうすぐに手が出るんだよ!!口より先に手を出せ!!
間違えた!!手より先に口に出せ!!」
「間違えてんじゃねぇよ!!馬鹿親父!!」
「うるせぇぇぇ!!」
慎太郎と翔二の急な親子喧嘩に何と声をかけていいのか分からず、部下2人はただ黙って見ていた。寮生たちも急に出てきた慎太郎に困惑していた。
「待って、おじさん!!翔二は悪くない!!だってこいつがタクを・・・!!」この状態に声をかけてくれたのは優奈だった。とりあえず、翔二が怒ったのは訳がある。優奈は慎太郎にそう伝えたかった。それ位伝えれば慎太郎は十分に分かってくれる存在だからだ。慎太郎は、その瞬間、手で優奈の言葉を止めた。
「分かっているよ、優奈ちゃん。一部始終は見ていた。」慎太郎のその言葉に優奈はもう声を出すのをやめた。その慎太郎の行動一つで優奈は慎太郎に全て伝わったと理解できた。
慎太郎は一回だけ拓也を見た。そして、拓也に優しく微笑みかけた後にすぐに芹沢たちの方に顔を向けた。
「君たちは随分拓也君に酷い事を言っていたようだね?もう少し、言っていい事と悪い事の区別をついたらどうなんだい?」翔二に怒る時よりも少し柔らかめな口調で慎太郎は言った。
「海堂のおじさん警察だっけ?」芹沢が言った。
「そうだけど?」
「子供同士の事じゃん?警察は必要ないよ。」芹沢が馬鹿にしたような言い方をした。
芹沢のその口調に後ろから翔二がやっぱり殴りかかる為に暴れようとしているのを、他の寮生たちが一生懸命止めた。翔二の隣で丹波も芹沢に対して不快な顔をした。
「そんな事よりもお宅の息子の血の気の多さ、どうにかしたら?」
「それは後で俺から翔二にはきつく言っとくよ。すまなかったね。」意味ありげに慎太郎がニヤリと笑う。それを見た芹沢は眉毛をピクリとあげた。
「じゃあ、警察が必要になる話をしようか?」二ッと慎太郎は笑う。慎太郎のその笑みに周りは注目した。
「・・・はぁ?」
「いやね、つい先程の出来事なんだが・・・、実はさっき小学生の男の子2人がね、学ランを着た高校生くらいの男から窃盗被害にあったと泣きながら俺に言ってきたんだよ。もちろん、警察に通報したわけじゃないよ。俺が仕事で車を動かしているときにたまたまその子たちが小学校の近くで泣いて学校の先生に話しているのを聞いてしまってね。窃盗に遭ったなんて聞いたら警察として黙って見過ごすわけにはいかないんだよ。で、話を聞いたんだ。」慎太郎の話を聞いて、翔二が千田に“そうなの?”と、聞いて、千田が頷いた。
「それと俺に・・・何が関係あんの?」芹沢が眉毛をピクピク動かしながら言った。
「まず一つ、学ランを着た高校生くらいの男の子。まぁ、学ランは高校生か中学生しか着ない制服だからね。着ている人間は絞られるんだよ。で、考えられるのは学ランが制服の翔二達が通っている学校、すなわち君が通っているこの学校の生徒が犯人であることが話を聞いて分かったというわけなんだ。」父にスイッチが入った。これは・・・見覚えがある・・・。先月の女子中学生連続強姦殺人事件で父が犯人を追い詰めるときに父はこんな感じになるんだ。やたらと長い自分の推理を披露するんだ。と、翔二は思った。
「あんたの息子じゃねぇの?その犯人。」芹沢が鼻で笑いながら言った。
「あぁん!?何言ってんだてめ・・・!!」
「うるさい。」翔二が突っかかる前に慎太郎のチョップが翔二の顔面目掛けて飛んできた。
「うちの息子だったら・・・すぐにわかってしまうよ。かなり特徴のある外見だからね。でも、被害者の子はこう言っていた。黒髪で、髪の毛がちょっとツンツンたてていて、眼鏡をかけた色黒の男だったと。身長は小さくて、学ランから白いワイシャツがだらしなく出ていた。まぁ、昔ながらの腰パンと言われる格好だと思うが、足は短かったみたいだよ?そこまで言われると完全にうちの息子じゃないんだよ。一応、うちの息子は身長と足は大きく、長い方だからね。」
「そんな証言、決定的な証拠にならねぇじゃん・・・。」芹沢の声がどんどん低くなってきた。
「あぁ、そうなんだよ。だからこそ、俺達警察は話を聞く為に君のところへ来た。小学生の証言を聞くと、君の外見が一番一致しているんだよ。だけど、君がやっていないのであればその小学生の所まで一緒に来てくれるよね?やっていないんだもん。
それに、君への疑いも晴らす為に、これは任意なんだが、君の所持品の検査もさせて頂きたい。君が持っている財布だけでいい。被害者は財布ごと盗まれたって言っていた。一人に一つ、財布は持ち歩いているもの。さすがに君の持ち物から財布が2個も出てくるなんて考えられないもの。それに更に疑いを晴らす為に念の為財布の中のお札にも指紋検証をした方がいいと思う。これで君だけの指紋しか出てこなかったらもう、君に対して疑う事は何もないからね。」慎太郎はあくまで芹沢が白という過程で話している。だけど、芹沢の表情、態度からしてどうやら芹沢が犯人らしい。黙ってしまった。
「・・・もし、今ここで脅迫して盗んだお金があれば、俺が預かって今回は厳重注意だけで見逃してあげてもいいよ?」慎太郎が低い声で言った。芹沢はちっと舌打ちをしてポケットから財布を取り、それを慎太郎に渡した。
「けっ!!時間の無駄だったぜ!!行こうぜ!!」そう言って芹沢たちは逃げる様に去って行った。
「明日からあいつの事窃盗犯って言ってやろうぜ!!」と、翔二が言うと、また父から拳骨を喰らった。
「やめなさい。」
「何でだよ!?最初にあいつがタクの事を虐待児って差別したんだぜ!?いいじゃんか!!」
「目には目をというやり方をやめろ。ああいうのは放っておけばいいんだよ。」慎太郎がキッと息子を睨む。翔二は納得がいかないような顔をしたが、とりあえず言う事を聞いた。
「それにしても・・・親の顔が見たくなるような生意気なガキでしたね。」と、丹波。
「ああいう子に育つのは親の責任だ。まぁ、翔二たちの年代上・・・多いだろう、ああいう子は。」と、慎太郎。
「あの・・・翔・・翔パパ・・・みんな・・・何か・・・ごめんね・・・。」拓也が言った。
「・・・タクもさぁ~言い返すくらいしろよ!!」翔二が言った。
「・・・でも・・・言われるの仕方のないくらい・・・本当の事だから・・・。」
「拓也君。言われるのが仕方がない事じゃないよ。こういう事は、言っていい事と悪い事がある。拓也君は怒ってもいいんだよ?
でも、拓也君は優しい子だし、何より昔の経験から我慢することになれてしまっているね?そういう時は・・・まぁ、頼りないが翔二なり、もちろん俺なり頼ってくれ。全身全霊で君を守るから。」慎太郎が優しく拓也に微笑み、拓也の頭を撫でた。
拓也は自分の父親に頭を撫でて貰った記憶がない。頭を撫でられた瞬間、何か分からないものが込み上げてくるようなそんな感覚に陥った。
「じゃあ、みんな気を付けて帰ってね。」
「うん!!ありがとう、おじさん!!」優奈が慎太郎に手を振ると、他の寮生たちも慎太郎に頭を下げたり、手を振った。慎太郎もそんな寮生たちに手を振って返した。
「いいお父さんだよね~翔パパって。」連司が言った。
「うん・・・本当・・・かっこいいお父さんだよ・・・。」と、拓也も言った。
「ふ、普通の親父だろ!!」と、翔二。
「全く、これだから息子は分かっていないなぁ。普通のお父さんより数倍もかっこいいよ。」と、また連司。
ふと、拓也は思った。慎太郎の香水の匂いだ。昨日、慎太郎に抱きしめてもらってからずっと思っていた。何故か、慎太郎のこの香水の匂いは好きなんだ。昨日の過呼吸もどちらかというと、慎太郎の香水の匂いで落ち着いたようなものだ。・・・何でだろう?
慎太郎の香水の匂いはまるで海のような匂いだった。何故だか分からないけど、拓也はこの匂いを知っていた。
遠い遠い・・・昔の記憶に関わっているような気がした・・・。そんな気がするだけだけど。
寮に帰ると、彩芽とまたもや担任の中島が相変わらず自分の家のようにくつろいでいる。
「おかえり~。」
「おう、遅かったな。」遅かったなじゃないよ、あんた、何でもういるの?教師の仕事は?と、寮生たちは心の中で突っ込んだが、あえて言わなかった。しかも酒・・・飲んでるし・・・。
「ねぇ?タク。あなた宛てに荷物が届いているわよ?」そう言って彩芽が大きな段ボールを持ってきた。
「え?」拓也は心を躍らせた。早速彩芽の所へと向かって段ボールを受け取った。
差出人は・・・『橋本茂』と、書かれていた。この男性は拓也の過去に大きく関わっている人物だ。
第11章に続く。
※今回の話からは紹介の部分に新しい登場人物を追記いたします。宜しくお願い致します。