飛び立つ
そう云えば我が連合いのもとお嬢さんは
栄養士の道を極めようと結婚生活の前も後も
一生懸命でした。
いまでも心に残るのは
出産後間もなく、
勤務していた医院の患者さんの為の給食に
シフトの改善?があり、
早朝のご飯の支度が回って来ました。
料理が好きでも
生活時間のサイクルで可成り辛いものでした。
お茶の水の職場まで、自宅から電車乗り換えで、
三駅程の距離でしたが、
毎日四時起きが通例でした。
東京都内と云っても、
交通機関の始発が出る前に出勤しなければ成りません。
毎朝、四時起きで、着替えを済ますと、
乳児を寝かしつけた侭、
自転車に乗って、職場迄早朝サイクリングでした。
自転車の通路によって、車も勿論人影もありません。
山坂もあり、四十分程かかります。
年齢的には若いと云っても、三十一、二歳の女性一人には
厳しいものでした。
パートナーとしては、関わざる負えません。
毎日、一緒に四時起きして、
ツーリングでした。
鳥の声も聞こえませんでした。
どの位続いたんでしょうか。
一年は有ったと思います。
そんな現場仕事も嫌いでは無かったらしいですが、
プレッシャーや、ストレスから、
矢張り、デスクワーク、栄養士として、
管理する側に回りたいと、
一年発起して
彼女は、進学を決めました。
現場の叩き上げでは、
管理栄養士資格(国家試験)が有っても、
大卒の経歴が無いと、
現場止まりでした。
仕事を罷め、
あらゆる仕事をし乍ら、
某女子大の通教を始めました。
女性でも(と云う言い方は失礼ですので)
男性でも、偉い奴は居るもの。
改めて尊敬しました。




