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6.VS エイリーン・アルドリッジ(1)

 石造の巨大建築物は威風堂々をこの街に示していた。


 門番にこちらの来訪目的と自分たちの身分を伝えると、既に主人が言い含めていたのだろう。スムーズに入ることが出来た。

 門の前には木製のさらし台があったが、今は誰も縛り付けられていなかった。

 こういうものが簡素ながらも設置されている辺り、商人がトラブルを起こす程度には都市に居り、更にはけちな犯罪を一々取り締まることが出来る程度の人員の余裕がある。

 そして市政への関心があることが分かるというものだった。


 アルドリッジ邸は幾つかの離れと中心部を繋げたような作りをしており、まっすぐ進んでいくと木製の立派な扉が見えた。

 扉の周りには彫刻細工が施されており、左右には牛や羊などの動物の模様。

 上を見上げれば、色味のつけられた――何かの紋章だろうか――狐を中心に彫り込み、蔦のようなリースで囲んだ模様が存在感を示していた。


「アルドリッジの強欲狐。そう揶揄される理由か。まぁ、昔から狐の亜人の血を継いでいるのだろうね。今では血は随分と薄くなっているようだが」


 家紋か何かか。どちらにせよ、この家にとって狐は特別らしい。

 ノッカーまで狐で作られているのだから徹底している。

 ともあれ。その威風に気圧されることなく2人はその家の扉をノックした。


 扉が開くと、以前に応対した執事が出迎えてくれた。

 そして、彼について邸宅の中を案内されていく。

 巨大な大広間、玄関ホールとでも呼ぶべきところを抜けて奥へ奥へ。

 途中廊下が入り組んでいたりしたが、恐らく主の居所がその奥にあるのだろう中庭を横目にして通ることがありつつも、応接間と思しき部屋の前にようやく辿り着いた。


「この中にて既にご主人様はお待ちでいらっしゃいます」

「うむ。ご苦労だった」


 先の時と同じく、ジェリセがチップを握らせると執事は仰々しく礼をして去っていった。


「鬼が出るか蛇が出るか……などという異国の言葉がピッタリの状況だな」

「出てくるのは狐ですがね」

「くく、違いない」


 2人して肩を竦め、冗談をいいあう。

 そうでもしなければとてもじゃないが、ここは敵地だ。飲まれてしまいそうに思えた。

 大分奥まで来たせいか、道中で見かけていたような使用人達が行き交う物音さえ聞こえない。

 ただただ静寂があって、扉の前に立つ自分たちを苛んでいるようにディントは思えた。

 或いは主がこの周辺は先んじて人払いしているのかもしれなかった。

 どちらにせよ、こちらの緊張を誘っているならば中々の策士じゃないかと思う。


 ジェリセはそれを理解しているのだろうか。

 敢えて執事に中まで案内させず、扉の前で追い返した意図を聞いてみたかった。


「気をつけろよ。扉を開けたら、即座に中の状況を確認しろ。

 場合によっては、両手をあげて無抵抗を示す」


 そこまで、警戒する。

 ジェリセの読みは正しいか分からなかったが、ディントはそれに従わない道理もない。素直に頷いた。

 それに満足気にジェリセも頷き返し、ノッカーに手を伸ばした。


「どうぞ」


 中から女性の声が聞こえてきた。

 どうやら中に居るのが先代当主チャールズだなんてオチはなかったようだ。

 もしもそうだったなら、随分と意表を突かれていただろう。


 どうやら、中に居るのは間違いなくエイリーン・アルドリッジのようだ。

 まずは謀られることなく会えそうなその事実に、ディントは安堵した。しかし、油断はできない。


 ジェリセはあちらに見えもしないのに頷き、重々しく扉を開けて部屋に入った。

 中に入っていくジェリセに慌ててディントが後を追う。

 扉を開け広げることはあまり好ましい行為でないことはわかるが、それでも人一人分だけ開けてそのまま行かれたのではヘタをすれば扉を開け直して入るなどという無様を相手に晒すことになる。

 ジェリセはその辺り分かっているのか。いないのか。気にしても居なかったのか。

 ディントは憮然としながらも、目の前で閉じられそうになった扉に手をやって、何とか部屋に滑りこんだ。

 これが人目を憚らない場所であれば、一言物申したい気分だった。

 

 


 * * * * * * * * * * * *




 ――その場は、信じられないほど冷え込んでいた。


 ディントは部屋に何とか潜り込み、ジェリセに向かって何か言おうとしたがそれが言葉になることはなかった。

 ジェリセが両手をあげたのだ。

 それに気づいて慌てて彼の視線を追い、ゾッとした。

 そのまま隣のジェリセと同じように両手をあげざるをえなかった。


 ジェリセが、先ほど言っていた通りだったということだ。

 無抵抗を即座に示さねばならない状況に飛び込んだのだ。


 目の前に座っているのは、銀髪のスラリとした体型の女性だった。

 その切れ長の眼に熱はなく、こちらをただ冷ややかに見つめていた。

 その瞳に込められた意志に、ディントは先日謁見したヘイゼル女王を思い起こす。

 亜人特有の獣耳を持つということは噂通り、この人物がエイリーン・アルドリッジであると見て間違いないようだ。

 随分と毛並みの良さそうな尻尾まであり、どうも狐の亜人としての特徴を隠す気はないらしい。


 しかし、問題はそこではない。

 ジェリセとディントが自ら降参といったように手をあげなければならない理由は彼女の威風に気圧されたからではない。

 その彼女を取り囲むように、武装した男たちが何人も居たのがその原因だった。

 屈強そうなその体格の男たちは隠そうともせず武器を手にしていた。

 金属の白刃がいやに眩しく、思わず顔を顰めてしまう。


「……話し合いの場を望んだつもりでしたが、」


 ジェリセはその中で、冷静に言葉を編んだ。

 その続きを言おうとして迷ったのは、糾弾の意味合いがあったからだろう。暴力に任せるつもりですか、と。


 仮にそう問うたとして、あちらから仕掛けられては堪らない。


 ディントでもそう判断できるのだから、ジェリセもそこに思考が及んだはずだ。

 相手の反応を窺うしかない。

 武装した男たちの中、ひとり石造りの椅子に悠然と座るその貴婦人は口をゆっくりと開いた。

 そこに浮かんでいる笑みは、嘲笑。


「互いに対等ということもないでしょう? 礼も何も……。

 こちらに保護を懇願するならば聞いて差し上げますわ。

 父も申していました。

 幾らか目端の効く貴族どもの間では、リュヌはどこに国を売るか、噂話がのぼっていると」



 なんという不遜だろうか。



 ディントは愕然とした。

 我々が交渉するべき相手というのはこんな人物だったというのか。

 物の道理も分からぬのではないだろうか。


 相手を暴力に任せ、国威に任せ屈服させようなどと。

 あわよくばそうして何か要求を通そうというのだろうが、およそ知的な行為とは程遠い。


「さて。このような時期、情勢。少しでも高値で売れまいかと来たのでしょうけれど……。

 国を売る、その愚か者の顔を見てやろうと思っていましたが、あちらの女王も人が悪いわね。

 なるほど、人でなければ恥をかいても良いというわけ」


 は、と。鼻で笑うような仕草を見せるエイリーン・アルドリッジ。

 その様子に、出来ることなら殴りかかりたい衝動に駆られる。



 これは、陛下への明らかなる侮辱だ。



 ジェリセを侮辱するだけならばまだ良い。

 ディント自身も、彼の有用性というか、様々なところで疑問がある。

 しかし彼を侮辱することは、ディント自身控えているようにそれを信任した女王陛下への侮辱でもあるのだ。


 何より、貴族らしからぬ。レデイらしからぬその物言いは、女性扱いする必要がないように思えた。

 もしも、ディントたちを脅かそうとする男たちがこの場に居なければ、間違いなくディントはエイリーンに掴みかかっていただろう。

 横目でちらとジェリセを見る。

 蛙の表情を、ケロル族の表情を読むことなど出来ないが黙ってその侮辱を聞いて静かに佇むその様子に、感情的なものは見られない。


 ジェリセはこの展開を読み、ディントに不用意に動かないよう警告までしていた。

 エイリーンの意図を理解し、そして挑発に乗る愚を理解しているのだろう。

 何事も、身構えていれば存外に動揺はしない。

 この状況を作り上げたエイリーンの意図の半分は、ジェリセの頭脳によって外されたと言って良い。

 柳に風、とでも言うべきだろうか。

 そのような態度でまるで隙が見られない様子にエイリーンは眼を細めたように見えた。



 冷えた沈黙が場を満たす。



 エイリーンも、ジェリセも周りの男達も言葉を発さず、互いに見つめ合う。

 その光景はどこか滑稽なようで、しかしディントにだって何か言葉を発する勇気は持てない。

 ジェリセがこのまま何事も言わなければ、自分たちはどうなるだろうか。

 拷問でもされるのだろうか。或いは、生きて帰れないやもしれない。


 それで仮にリュヌから文句を言っても。国際問題に発展しても。むしろ戦になったとしても。

 あちらにとって不利に働くとは限らない。

 ……アルバは、確かに長く本格的な戦争をしていない。小競り合いに終始している。

 しかし、国境近くのトラブルが絶えない国であり、『小競り合いは有る』のだ。

 軍を編成し、戦争を行うノウハウが失われるほど平和ボケしてるとは考え難い。


 そして、アルバは大国である。

 仮にリュヌが行ってきた傭兵事業、皆兵政策が当たって多少苦戦させたとしても。

 それだけでどうにかなるとは思いがたい国力差がある。


 あちらが本気になれば、リュヌはその立場を喪う。

 しかし、それが手間に見合わないからリュヌは今の国体を保っている。


 それを傾ける切欠が、あるいは欲しいのだとしたら。交渉の余地はない。

 ディントは恐怖に背筋が凍った。

 そこまで考えていくと、この暴虐とでも言うべき相手の行為の裏に或いは、本気があるかもしれないのだ。



 ただの威圧ではない、本気が。



 その読みが正しい保証はどこにもない。

 しかし。

 仮にそうだとしたならば。

 ジェリセが言うほどに、うまくアルバとソレイユの間を取り持ってリュヌを維持するなど。

 夢物語なのではないか。

 ジェリセの読んでいたのは、あくまで威圧までのはずだ。

 本当に身の危険まで勘定に入れていたならば、相応に対策をしていたはず。

 それこそ護衛を無理やりにでも引き連れるか……何か。

 そうではなく、ただこうして飛び込んだのは、あくまでそこまではあるまいと考えているからだ。

 そしてそれは正しいのか? ディントは疑念に駆られた。


 空気が、痛い。

 それを打破できない自らの未熟に腹が立つ。

 冷や汗が頬を伝うがそれを拭うことも出来やしない。


「――ふむ。まずは誤解を糺さなければなりませんね」



 ようやく言葉を発したジェリセが言ったのは、そんな言葉だった。

 


 

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