23.
「復興支援……」
言葉の意味を飲み込もうとしてか。シュミットはその言葉を口にして、黙りこんだ。
「えぇ。アルバでもアルドリッジ領は非常に商取引が活発なことで有名です。
そして、リュヌもまたそれは同じ。
――とはいえ、リュヌは食料関係に弱いので、そうなると中継取引がメインになるかと思われますが」
「…………」
「エイリーン女史との秘密取引を暴き、そして貴方へと話を持ち込んだ。その意図はつまり――」
「――リュヌも噛ませろ、か」
シュミット老はジェリセの並べる言葉を引き継いだ。
そう。これこそがジェリセの狙い。
正確には、秘密取引の前兆に気づいた時から考えてきたプランの本命。
エイリーン・アルドリッジはかなり高い確率でリュヌを介してどこかと秘密の取引をしている。
それは恐らく、ソレイユの誰か。
そして、その狙いまで読めば。その取引で誰が得をするのか。
どんな必要に迫られた取引であったのか。そこまで見ぬくことが出来れば。
それに便乗する形で、関わることを求めることは可能であり、そしてそれはソレイユとの相互理解を試行するための、対等な取引相手として振る舞うテーブルにつくためのカードになりうると。
そう考えていた。
ジェリセの博打の要点は、そこにあった。
今まで柔らかな表情を浮かべていたシュミット老の眉間にしわが寄せられるも、ジェリセは気にせず続ける。
「旧ソワルタの陥落。
その一報を受けてまだ……そうですな。ひと月からふた月、そんなところですか。
その程度の日数で、簡単に戦災に遭った地域が元の生産力を発揮するかというと。
そこに居た民たちが受けた傷から立ち直ることが出来るか。疑問が湧きました。
――そして、アルドリッジ家はソレイユへと損耗物資の補充名目で窓口を作れないかと試み、そしてうまくいった」
「そこまで分かれば、後は当然の帰結。
『ソレイユは軍の行動からか、占領先の方か。どちらにせよ物資に欠けて困っている』
――そう仰りたいわけですな」
旧ソワルタ。ソワルタという都市国家は、リュヌに隣接した小国であった。
そして同時に、拡大を続けていたソレイユへの最後の緩衝国でもあった。
それが陥落する。その一報を受けて、そこから全ては始まったのだ。
直接に、ソレイユと隣接する恐怖。どのように動くことが正しいのか。
ソレイユは戦争を望んでいるのか、いないのか。
「えぇ。……ただ、それが。直ちに戦争を行わない理由になるかというと――難しい」
「そうでしょうな」
そう。物資がないから戦争を行わない。そういう話ではない。
或いは、略奪という餌をもって、先の占領した地域の民から徴兵、不満を逸らす為に戦をする可能性だってある。
それは愚かしい先送りの選択肢なのかもしれない。
しかし、それを選択しないという希望的観測に殉じるわけにはいかない。
あらゆることを想定せよ。思考停止こそが忌むべき敵である。
ジェリセの思考法であり、恐らくディントが学ぶべきものの1つであった。
「とはいえ、だ。先の推測がたてば、我らが動かぬ理由もないのだ。
リュヌが取引に噛むことで、大きな話に出来る。
秘密取引など細々とせずとも、国をあげて支援することだって出来る。
そこから国交を結ぶに繋がり、アルバとの仲介、エクリプスとの外交に向けて動いても良い。
そうして国家間の関係を改善出来れば――」
「現王が恩を忘れ噛みつく狂犬でもない限り、すわ戦争かという緊張感は薄れる。
少なくとも、今年中に戦時体制が再び敷かれるということはなくなるでしょうな」
シュミット老の理解は早い。
しかし、その物言いは良いのだろうか。非主流派の貴族とはいえ、王への忠誠は前提のはずだが……。
ディントがブラッドの方をチラと見ると、笑みを潜めてジェリセとシュミットを交互に見ていた。
そこに怒りがあるかどうかは――駄目だ、判別できない。
とにかく、この場合。
旧ソワルタ貴族たちの扱いは分からないが上にわざわざ本国の貴族を派遣しているのだ。
派閥の力調整も兼ねているとはいえ、戦後復興を見据えているのだろう。
略奪して金を奪って終わりの焼き畑ではなく、領土拡大を選んだ以上、産業が育たねば、民が飢えてはソレイユが起こした戦争の意味が無いのだ。
だからこそ、この申し入れには価値があり、意味がある。
シュミット老は理解が進むに連れてどうも乗り気のように見える。
後は、ブラッドが妙なことを言わなければいいのだが――。
「ふぅん…………」
そう思っていると、久しぶりに声を発した。その声音は少し冷たい。
「面白いことを考える。……どうするかな」
何事か考えるようにわざとらしく、そう言う。
どうするかな、か。
「……我らを害しますか?」
ディントは、ジェリセを背にして庇うようにして、そう言った。
この相手に多少庇うぐらいでは無駄であるかもしれないが。
確か、言ったはずだ。
――保留だ。貴様らは度胸も有り、頭も回るようだ。シュミットの爺相手に、どう立ち回るか見てから、判断させてもらう――
彼女にとって都合がいい話であるかどうか。
或いはジェリセとディントに価値があるとみなしてくれるかどうか。
その最終判断は、まだ下されていない。
「まさか」
しかし、ブラッドはその問いを「フン」と鼻で笑った。
おかしなことは、何も言っていないつもりだったが。
「そういうことじゃない。オレはお前らを気に入ったと言っているんだ。
……あぁ、シュミット。貴様は入らんぞ」
「相変わらずつれませんな」
「はっはっは、クソ爺め。オレが貴族であることすら疎ましがっている癖に」
「何のことやら」
……この2人、ホントに険悪なんだな。
シュミット老は年の功というべきか、表立ってそんな態度は取らないようだが。
裏で相当嫌がらせをしているらしい。
そうでなければ、流石にこの少女とてここまでは言わないだろう。
「ま、そうだな。悪くないようにしてやるよ。
王の耳に仮に入っても。他の貴族どもが横入りしようとしても、その動き、邪魔させないようにする」
「といいますと、貴女様からも許可を頂けるということで?」
「うむ。その認識で構わん」
――シュミット老が返事をするまでもなく。ブラッドが認めてしまった。
「……儂の意向も無視しないで頂きたいですな」
「お前が嫌ならフォスターにでも話を回すさ。
こいつらは、いきなり王に近すぎるところと繋がるのを嫌がっていたしな」
「嫌とも言っていませぬよ。……全く」
流石のシュミット老も彼女にはペースを乱されるようだ。
しかし、これで。
当座の目的は、成ったと、言えそうだった。