20.
「つまり貴様らはこの辺りが占拠されたのに慌てて、どこぞの貴族に繋ぎをつけようときたわけか」
「えぇ、まぁ。そういうことになりますね」
ブラッドの理解は的外れではない。それを端的に示す言葉だった。
それだけに、ディントは思ってしまう。「話してしまって大丈夫なのか」と。
王の懐刀。主流派の核の1人。
であらば、非主流派と仲良くしておきたいという方針で動き始めたジェリセたちにとっては、その動きを知られることは不都合に働くのではないか。そう考えても何も、おかしなことではないはずだ。
「この様子では、その相手はオレを始めとした主流派ではなさそうだな。
……言ってみろ。シュミットか。フォスターか。それともオレの予想を違えて、別の誰かか?」
「…………兵長。いえ、ストライド殿、でしたか」
それに対し、ジェリセは答えるでなく。
別の人物――先程に、ブラッドから追及されかけていた兵長へと、自らの話の矛先を変えた。
「はい」
「私は、こうして捕まってしまった状況。何も言わず見逃してもらえるとは思っていない」
「……実のところ、小官も同じく思っております」
苦々しげなニュアンスが込められたその言葉に、どれだけブラッドが面倒な人物かわかるというものだった。間違いなく彼女は、自分の納得を優先するタイプだ。
それは、ディントにでさえある程度察することが出来る。その思惑の内は測れずとも。
「であらば、良いかね?」
「……そうですね。私も責任を負いましょう」
ため息をつくストライド兵長。彼も覚悟を決めたようだ。
「ディータも」
「えぇ。貴方の判断を遮るほどの強い反対意見はありませんよ」
一応とはいえ自分にも伺いを立ててくれる辺り、少しうれしく思いながら。ディントも頷いた。
「話は纏まったか?」
「えぇ。お話致します」
恭しく、或いは卑屈に、だろうか。
ジェリセが芝居がかった調子で軽く礼をとってみせるとブラッドは鼻を鳴らした。
いいからさっさと話せと。態度でわかりやすく見せている。
……あまり、腹芸が得意なタイプではないようだ。
「我々は、貴方の想像通り、シュミット伯へお目通り願おうとここまでやってきました」
「ふん、爺さんの方か。……それで? 何も伝手なくこういった処置を採れるわけがないよな」
「えぇ。商売を足がかりに、かの老へ繋がりを作っていた方が居まして。
その協力と紹介を経て、今に至ります」
「…………」
端的な説明だ。どこの誰から、と言わない辺りは配慮か。
それもそうだろう、この状況、下手をすれば会談そのものが壊されかねない。
アルドリッジの名を出して。
ブラッドが妙なことをして、彼女の努力を無にしては、それはあまり都合の良くない展開だ。
ジェリセたちも責任を負わなければならなくなる。
「そういったわけですので、……何卒、お見逃し願いたいな、と」
「オレが見逃して、何のメリットがあると?
シュミットの爺にとってオレは目障りであろうし、それはこちらも同じだ。
王への忠誠を信じられる人物ではない」
シュミットが仮に何らかの形で潤う。
それは主流派、ひいてはブラッドや王にとってはあまり好ましくない事態なのだろう。
その理屈は分かる。だから見逃せ、という表現になってしまうし、どうしても難しい。
「ですが、我々としてはソレイユとちゃんと話をするルートが欲しいのですよ。
誤解から、戦争に発展しても困りますから」
本当に、この蛙は言う時は言う。
戦争を良しとして、領土を拡大してきた国の、その主流派の1人であるとされる人間を相手にこんな風な物言いをするとは。
リュヌは、ソレイユと戦火を交えることは避けたい。
それはリュヌにとっては当然の事項であり、あちらに必ず伝えなければならないことでもあった。
同時に、安易にそれを伝えてはこちらが下手に出ざるを得ないところもあった。
……が、今はどちらにせよ。ブラッドの理解を求めなければならない場面。
であれば、王へも伝わるであろうし、リュヌの意向をはっきりと伝えておくことは悪く無い。
恐らくは、ジェリセはそんな判断からそう言ったのだろう。
「……ふむ。オレが出来る対応は幾つかあるな」
ブラッドはしばし考えこんで、そう言った。
「1つは、このまま貴様らをリュヌへ叩き返す。
別段、シュミットとの会談を認める義理はない。
見逃すこともなく、こちらを舐められない為にも、有りだろ」
「…………」
当然、こちらにとっては困る対処だ。何も出来ず帰ることになる。
そして、ソレイユへの今後のアプローチも難しくなる。
だが、無事に帰すというならば。最悪の想定よりは良い対応か。
「もう1つは、シュミットじゃなくてオレがリュヌ相手の窓口になること。
……だがオレは商売なんぞは管轄外だしな。
王の言葉を仲介することぐらいは出来るが、それだけじゃ納得しないだろう」
高度な外交が出来る権限はあるかもしれないが、彼女はあくまでも戦場に出て活躍する人材だ。
加えて見た目通りの年若の少女であるならば、経験も知識もある程度に収まる。
如何に化け物と呼ばれていようとも、何でも出来るわけではない。
いや、寧ろ破壊的な魔法運用以外には、多少の知恵しかないはずなのだ。
権限あれども能力が欠けている可能性は高いし、信頼の構築にも難がある。
リュヌ、というよりソレイユと繋がろうとする国にとってカーリー・ブラッドは正直、避けたい相手だ。
能力のベクトルからしてもそうであるし、伝え聞く限りのソレイユにおける彼女の立ち位置にしてもそうだ。
唯一。王の代理人という側面であれば、価値はある。あるのだが……。
「それだけ、というより。……難しいですな。
王との折衝ともなればこちらも考えなければならない」
そう。外交方針からして、色々と考えざるをえなくなる。
シュミット老を相手に選んだアルドリッジとジェリセの思惑の中には、幾らかクッションを置いた状態で交渉を開始し、内情を探りつつ近づいていくという思考があるはずだ。
それが急激に縮まったならば。
様々な兼ね合いから、やはり難しいことになる。
「だろうな」
相槌を打つブラッドはそのことをどこまで理解しているのやら。
どうにも意地の悪いことばかり言ってくるこの少女の思惑が、ディントにはまるで掴めない。
「で。まぁそうなるとだ……最初言った選択肢か、その対立となるもう1つの選択肢となる」
「それは?」
「シュミットの爺と会談するのは認めてやっても良い。
が、オレもその場に同席させろ。そういう提案をしてやっても、良い」
……これはまた、意外な提案だ。
我々の動きを見越して、それを妨害するようにしてきたあの刺客たち。
それを放ったであろうブラッドが、条件付きとはいえこちらの要望を通す選択肢もある、と言った。
どういうことだろう……。
ディントは考えこむが、その後に続いたブラッドの「だが」、という声に顔をあげた。
「その前に1つ聞いておくぞ」
「はい」
「お前らは、ソレイユの……王の敵か?」
ブラッドは。今度こそ、隠しもせぬ殺気と共にそう言い放った。
場が、凍った。