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17.

 扉を閉める。


 嫌な沈黙。


 ディントは、色々な予想が頭の中で渦巻きつつも、何とか構えていた。

 爺が通した以上、明確に敵でもあるまいし仮面をつけた女性は見るからに貴人だ。

 お忍びのつもりなのか品の良い、シンプルな白いブリオーだけを身につけている彼女の雰囲気は、ディントにある人物を想起させる。


 しかし、目の前の仮面を身につけた女性は金髪ではなく黒髪だ。

 ……それとて、仮面と同じでカツラをしている可能性だってある。

 しかし、ディントの知る彼女ならば。こんな場所にこんな装いで現れることなどないはず――なのだが。



 その予想は、見事に打ち崩された。



「……お二人共、無事だったのですね」


 記憶にある、謁見した時よりも幾分柔らかい声と口調。

 しかし、間違いない。

 そのお声は……。


「陛下……?」


 思わず、恐る恐るといった感じで言葉が震えてしまう。

 それもそうだろう。

 構えていたとはいえ、予想の中に無かったわけじゃないとはいえ。

 しかし、この状況で――


「サー・ジェリセ、ディント・ヘッセ。良く戻りましたね」


 仮面を外してみせた、その顔に浮かぶ瞳は碧眼。

 そして同時に被り物を机に置き、カツラも脱いでみせたそこから覗いたのは、王族の証たるブロンドカラー。



 ヘイゼル・プレナ女王陛下。



 そのお人が、こんなところに2人の男を労いに来た。

 ジェリセはというと驚く様子もなく肩を竦め、


「怪我は負いましたが。命は拾いましたよ」


 そう宣った。それにヘイゼル陛下は目を細め、軽く息を吐いた。


「えぇ、そのようですね。……怪我を負わなければ完璧でしたが」

「手厳しい」


 2人してクスクスと笑い合う。その様子を見て、ディントは少し呆然とした。

 この蛙が陛下の代理人を自称しかねないような言い様をいつだったかしたのは覚えていた。


 しかしだ。

 この親密そうなやり取りはどうだ。

 本当に、彼は女王陛下の信頼を勝ち取っているのだと。それを疑う余地はないではないか。


「……本当に。無事に帰ってきて良かったわ」

「…………」


 そう感慨深く呟くヘイゼル陛下のお気持ちは、ジェリセ1人に向かっているはずだ。

 建前として、ジェリセとディント2人の無事を喜び、労っている場面でこそあるが。

 その意図は、如何に疎いディントにも明確に伝わってくる。


 そして、その気遣いの程も。


 ディントの前、多少繕ってる部分はあるはずだ。

 それを差し引いても、彼らの間にはどんな絆があるのだろうか。

 少し、野暮と思うが気になった。


「コホン。……それで」


 そこで、わざとらしく咳払いと話の転換。

 そうして恥ずかしそうに顔を逸らすヘイゼル陛下。

 何と人間味のあることか。どこと無く、白い肌も紅潮して見える。


 今まで少し怜悧に過ぎる印象を抱いていた女王陛下に、初めて畏れや敬意以外の感情を抱いたディントは、余計な口を挟まないことを決めた。

 別に、ここで追及することでもないだろう。

 それでお二人の信頼や機嫌を損ねるのも得策ではない。

 ……そんなふうに考えるのは、ジェリセに少し影響されているのだろうか。


 自分では良く分からなかったが、ともあれこの場から退席せよとまで言われていないのだ。

 一定の信頼は勝ち得ているものだと考え、ポジティブに捉えるべきだろうと判断した。


「交渉の話については書面で見たけれど。怪我の様子と今後の展望はどうなのかしら」

「陛下はどうお考えで?」


 意地の悪い質問。

 ジェリセがジェリセたる所以というべきか、他者を試すようなその言動は陛下相手でも健在のようだ。

 同時に、彼女の思惑を探る意味合いもあるのだろうと、ディントはその意図も察することが出来た。



 結局のところ。このままジェリセがソレイユにまで赴くかどうか。



 それさえも、陛下の一存で決まるわけだ。

 全権を委任したものの、その主たる陛下が一言翻せば、彼の怪我のこともある。

 すんなりと別の人間を担当に据えることも出来るだろう。


 そして、ジェリセの身の安否に気を揉んでか、或いは直接訪れることに誠意を込めたのか。

 どのような思惑でここに訪れたか分からないが、陛下は直接ここに来た。

 彼の身を心配して、或いは日数の経過を憂慮して。襲撃について考えて。

 何らかの別の方策を打ち立てる可能性は十分にありえた。

 そこまで含めて考えて、ジェリセは陛下にその思惑を話してほしいと言ったのだろう。


 ヘイゼル陛下はそれに対し、その碧眼をいっそ泣き出しそうな程に歪めて。

 色々な感情をそこに灯しながらも、ジェリセに向かい合うようにして言った。


「公私は、弁えていると言ったはずよ」

「……失礼した。試すつもりはなかったのだが、気になってしまってね」


 それに対し、ジェリセも思うところがあったのだろう。素直に頭を下げ、謝罪する。


 この場は公的な場ではない。

 ジェリセやディントが隠れて、そこにある種の私人として隠れて陛下が訪れてきた。そういう場だ。

 それでありながら、ヘイゼル陛下は自ら示すスタンスを違えていなかった。



 ――強い、お人だ。

 そう思わざるを得なかった。



「このリュヌにおいて、アルバのアルドリッジを追い詰め、且つ関係を上手く結びにいけた人材は貴方たち以外にそう居ないでしょう。

 そして、それを手土産としてソレイユにまで交渉を持ちかける。

 この大きな仕事を、リュヌの統治者として無責任に誰かに押し付けるわけにはいかない」


 それは正論だろう。

 ここで、誰かに仕事を引き継がせでもしたら。

 それは、ジェリセへの裏切りであり。恐らくはリュヌという国への裏切りでさえあるだろう。

 国益を鑑みても。

 ディントが見てきた中で、この蛙がこのままやり切る方が、余程成算があるように見えるのだ。

 もっと長く彼を見、識る。陛下ならば、その判断の論拠をより強く持っているのだろう。


「なればこそ。今は身体を癒しなさい。

 貴方は、何があっても無事に帰ってきて、そして必ず。この仕事をやり遂げてもらわねばならない。

 貴方の身は、私の分身でもあるのだから」


 ヘイゼル・プレナという女性に。そこまで言わせるジェリセは男冥利に尽きる。

 ……そんなふうに茶化したくなるぐらい、なんだか嫉妬したくなる話だった。


 ディントとて、女王陛下に忠誠心はある。

 そして、1人の男として、彼女の美貌と憂いを帯びたその境遇に同情と惹かれるものがあったのは事実。


 故にだろう。その信頼を勝ちえ、絆を築いたのが彼で良かったと思える。

 自分が命を捨ててでも護ろうと思えた、そんな尊敬できる個人なら。

 ディントは、その美しい絆を穢そうとは思えない。そう思うことそれこそが大逆だ。


「……畏まりました」


 ジェリセはソレに対し、神妙に頷いてみせた。


「もちろん、ディント・ヘッセ。貴方にも言えることなのよ」


 そうして。なんだか身を引いた傍観者視点だったからか。

 ディントはその言葉への反応が一瞬遅れた。


「えっ?」

「貴方の為したことは、ジェリセに聞いたわ。

 彼の思考の整理に付き合ってくれたこと。

 そしてそれをより良い学びに繋げてくれたこと。それだけじゃない」

「…………」

「彼を、助けてくれてありがとう。

 貴方が居なければ、きっと私は半身を喪うところだった。

 ……そして、そんな風に彼の助けになれる貴方が、このリュヌにこれからも必要なの。

 その力、今後とも私のために振るってくれないかしら」


 驚いた。

 氷の女王とまで揶揄されるのは伊達ではない。

 彼女はどんな時でも隙を見せたりせず、高齢の貴族相手にさえ毅然と対応できる人間だった。


 確かに今、こうして目の前に居る貴人は、隙を見せていてくれている。

 それはもちろん、ジェリセの前だからで、そしてここに出入りさせてもらえるほど、ディント自身信頼を勝ちえていることを理解しているからだと思っていた。


 しかしそれ以上に。

 この女王陛下はディントのことも評価して、見てくれていたらしい。


「セーラに推薦された貴方を、私も出来れば信じたかった。

 そしてきっと力になってくれると思っていた。

 ただ1人に頼るのは、女王として相応しい態度ではないわ。優れた臣下は、多く欲しい」

「欲張りなことで」


 ジェリセが肩を竦め、厭味を言う。

 しかし、それとて和やかな空気を壊すものじゃなかった。寧ろ助長させたと言って良い。



 なんだろうか。

 頬が、熱い。かつて謁見した時は畏れと敬意から緊張するだけだった。

 まさに幼少からこのリュヌを支えてきたカリスマ。

 それに、今は……人間として。彼女と出会うことが出来たような。

 認めてもらえたことで、霧が晴れたような。



 そして、自分が大きな存在になれたような。



「……今後共。このディント・ヘッセ。リュヌの為。

 いえ、ヘイゼル・プレナ陛下の為。粉骨砕身、働かせていただきます!」

「……ん。ありがとう」


 その場には、三者の笑顔が溢れていた。


「私は、何度でも命ずるわ。2人とも。成果を勝ちえて、必ず無事に戻って来なさい」




 そう命じたヘイゼル陛下の瞳には、いつか謁見した時の鋭さだけでなく優しさが込められている。

 それを感じ取れることを、ディントはどこか誇らしく思えたのだった。




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