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2.

「街に出るぞ」


 比較的に質素なデザインのフープランドに身を包んだジェリセがディントの部屋に赴いてそう言ったのは王命が下った翌日のことだった。

 ゆったりとした、知的階級が良く好んだその服に身を包んだジェリセはその蛙頭の怪しさと相まってさながら怪しげな占い師か呪術師のように見えた。


「召し物はあまり高価そうな服でない方がいい。が、相応に身奇麗にしろ」


 その上で微妙で面倒な注文を言い残し、引っ込んだ。門ででも待っているのだろう。

 ディントはため息をつき、箪笥をひっくり返して服を見繕う。

 これでも騎士の息子だ。相応に身嗜みに気を使ってはいるし、外に出る機会も多い。

 しかしこの中途半端とも言える注文には参った。


 家で着ている程度のチュニックで良いのか。

 宝石のついた帯は付けてはいけないとしても、サーコートまで着こむと少し目立ちそうだ。

 毛皮もまずい。民の服は、簡単にチュニックの変形のようなものを一枚着る程度なことが多い。

 市民の中でも一部の富裕層や知識階級の者が、少し身奇麗にしているのみだ。

 逆に言えばある程度までなら着飾っても誤魔化せるであろうが……。

 ディントは先の注文がどうやら目立たないためのものであり、市井の様子を見たいのだと察した。

 それでいて相応にという注文は、誰かとでも会うつもりなのだろう。恐らく、市民の誰かと。


 そうこうして、苦心して選んだ衣服は青のチュニックに簡素な牛革の帯を締めたもの。

 被り物はラウンドリット。

 詰め物をした布を環状に巻き、余った布はダラリと垂らす帽子である。

 まぁ、全体的にそれほど華美でないものだ。

 浮きはしないだろうとディントはようやく満足した。


 


 * * * * * * * * * * * *




 外に出ると、ジェリセが日傘をさして待っていた。


「日差しは避けるに限る。あんまり暑すぎるのも寒すぎるのも苦手でね」


 元が蛙だからだろうか。そんな風に想像しつつ、ディントは彼の横に並んだ。


「うむ。華美すぎず、だらしなくもない。良かろう」

「割りと上から目線がデフォルトですよね、貴方」


 ちょっと意識的に口を尖らせるディント。

 ともあれ合格を貰えたのはホッとする心持ちだが、もしかして今後こういうことが増えていくのだろうか。

 気苦労が増えそうだ。そんなことを考えるとまたため息が出る。


「私に意見するなら、女王陛下と結婚ぐらいしたまえ」


 そして言ってやったと思えば今度は無茶苦茶を言い出す。

 それぐらいのことをして、上に立ってみろとでも言うつもりだろうか。

 というかそこまでしないと彼にモノを言うことも許されないのか。呆れた物言いだった。


「さて、今日の目的だが。アルバ側に交渉を持ちかける前準備といった処だ」

「前準備ですか。情報の収集でも?」


 それにしても人を使えば良いのにと思ったが、口に出さない。

 何らかの意図があるのであろうし、それが何であれ彼に付き合っていけば、おのずと見えてくるだろうから。

 彼の付き人をやれというのは、色々な意味合いがあるに違いないとディントは思っていた。

 大体そんなに信を置く人材ならば、もっと他にも部下をつけても良いはずなのだ。

 それがないということは、彼の人柄に問題でもあるのか何か別に問題があることになる。


 ディント1人をつけることの意味。

 それを知るためにも、彼と一緒に行動するのは望むところであった。

 多くを学べれば最上、といったところでさえある。

 彼が能力だけを求められているならば、自分がその能力を吸収すればより有為な人材になれる。

 それはヴェルヌ家に益するであろうし、ひいてはヘッセの家を守ることにも繋がるのだ。


「まぁ、そんなところだね。……少し難しい問いだが、聞いておこう」

「はぁ」

「もし君が、アルバという国とこの問題に関して交渉……根回しと言ってもいい。

 とにかくそういったものを持ちかけるとするならば、どこを選ぶ?」

「どこ、ですか」

「そうだ」


 つまりはアルバという国を相手にするというのでは漠然に過ぎる。

 具体的にどこの家と交渉の窓口を開くか。そういうことを聞いている。

 この問いに答えるにはアルバの国内の政情を把握していなければならない。

 その中でより発言権を持ち、そしてリュヌにとって話を持ちかけやすい相手を挙げるには、それが前提条件だ。

 幸いにして、ディントが留学していた学び舎はアルバ国内にあった。

 故に彼はアルバのことならばある程度知っている。その知識から考える。


 アルバも無論、ただ一枚岩なわけではない。

 長い歴史を持つ国であり、その国力はリュヌに比べれば大きなものであろうが戦争らしい戦争というものとはかなり遠ざかっている。

 国境を巡っての紛争は多くあるし、西側に諸国を相手取り、政治的に難しい局面を何度か迎えている。

 しかしそれを凌ぎ、未だに大陸でも随一の国土を保ち続けているのも事実なのだ。

 その広い国土から地方分権的であり、諸侯には独立的な権力が与えられている。

 その地方を取りまとめる政治的拠点である古都と、経済的な拠点である新都と2つの都を中心地として成り立つ国。

 アルバとはそういう国である。

 そして広大過ぎる国土故に、アルバにとって南のリュヌと、今やソレイユとまで国境を接している――。


「国境近く。最前線になりうる領主を相手にするのが、まず良策かと」

「うむ、そうだろうね」


 こちら側に面していて、ソレイユとの戦争にも駆り出されかねない。

 そんな危機感を抱かせることの出来る相手。

 そして戦争になることで不利益を被ることを嫌がるような、そんな相手が良い。

 最前線の領主が嫌がれば、彼らは名目上だけの領主ではない。

 十分に中央を牽制する程度の力は持っているのだから、その流れさえ作れれば。


「ただ、基本的に武勲で切り取った家系が多いですよね。国境よりの領主って。

 勿論長い歴史で、その家風も変化してきているんでしょうけれど……」

「当然、話を持ちかける相手はそこから更に選ばねばならない。

 何も、国境に接した領土を持つ者はひとつの家とは限らないわけだからね」

「そうなりますよね」


 街中は賑わっている。

 リュヌは農業に恵まれない分、他国から積極的に食物を輸入している。

 東側のエクリプスからは乳製品を。北側のアルバからは農作物を。

 食肉に関しては猟師の狩りの成果から少しと、それ以外ではアルバとエクリプスともに取引がある。

 厳しい立地条件の中、たくましい商人たちのお陰で金や物流の中継地点としての役割と長く果たすことが出来ている。

 そしてそれを成り立たせているのが、商人たちを護る傭兵たち。

 つまりはこのリュヌの強い山岳兵たちである。

 彼らは、国の宝だ。


「それで、どこに向かっているんです?」

「我らが交渉相手のことは良く知らねばならないからね」


 迂遠な言い回しだと、自分でも思ったのだろうか。

 ジェリセはそう言った後に、補足するように続けた。


「それを良く知るものたちに会いに行くのだよ。レイモンド商会にね」


 


 * * * * * * * * * * * *




 レイモンド商会はリュヌを拠点とした商会であり、アルバやエクリプスから輸入された食品を一手に引き受け、傘下の小売店に卸すことで収益を得ている。

 つまりはリュヌにおける中間業者の最大手である。

 国家として見れば、この商会があるからこそリュヌという国は飢えずに済んでいると言えるし、富の流通が行われている中心であるとも言える。

 無論、その他の領域の業務も行っているが基本はこのビジネスモデルであることは間違いない。

 そんなこの商会ならば他国の商業事情――特に近場の国境付近からの商流通事情――がかなりの部分まで分かるだろう。

 ジェリセはそう言った。


 その大商会の幹部と喫茶店で面会するという。なぜ態々喫茶店で、とディントは思ったが。


「蛙頭の自分がわざわざあの商会に出入りしてみろ。何か調べてます、と丸わかりだ」


 ……ということらしい。

 それはまぁ、納得できなくもないが。誰に対して隠すというのだろうか。

 ここは自国であるというのに。少し、警戒が過ぎるようにも思った。


 ともあれ。

 街で評判だという喫茶店。黄薔薇の木彫り看板が目印のそのお店は――ちなみに赤薔薇は居酒屋を示し、昼と夜で切り替わる店であれば2つとも飾られている――木造の温かみのある、どこにでもありそうな建物の中に広がるのは、ハーブの香り。

 ディントがここに入る時のことを思い起こせば、薬草園が隣にあった。そこから摘み取ったハーブを使っているに違いない。

 2人は並んで座り、約束の相手を待つことにした。


「ここは、白湯だけでなくハーブティーなどを売りだして人気を呼んでね。

 アルバから伝わる茶葉を使ったお茶は高級品で、民にはとても手が出せたものではないが……」

「薬として良く用いられるハーブを使ったものならば、それほど敷居が高くはならないと。

 ……しかし、ハーブティーは苦いイメージがありますが」

「薬だからな、苦いものだと思って当然なのだが。しかし、モノによるようだ。

 実際、ここのお茶は人気が出るほどには、旨い」


 それほどならば楽しみだ。

 特に何が良いかは分からなかったので、注文はジェリセに任せてしまおうと決めた。メニューを見ても良く分からない。


「それにここは、何もお湯だけではない。――あぁ、君。ホルンダーのソーダ割りを2つ頼むよ」

「畏まりました」


 淡青の清楚な印象を与えるカートルにエプロンをかけたウェイトレスが注文を受けると直ぐ様、厨房の方へと歩き出した。


「ソーダ割りですか」


 炭酸水は、このリュヌの数少ない特産品の1つだ。

 山々に囲まれたこの国は、この特別な水の産地でもあった。

 産業の少ないリュヌの大事な輸出品である。

 とはいえ、そもそもこの不思議な水をそのまま運ぶ手段も確立出来ているとは言い難く、精々が国境隣接地に運ぶのが限界だ。

 そういった事情であるが故、殆どは産地で安く消費されている――そのような嗜好品。

 仮に、この泡が消えずにツンとする刺激がどこでも味わえるように保存できるようになれば。

 そうなれば、値段は飛躍的に上がるだろう。外に殆どを輸出する方が、国の利益になるのだから。


 ディントはホルンダーとやらのことは知らないが、恐らくは甘味の一種なのであろう。

 或いはハーブの名前で、そこから煮だした香りづけの液体を炭酸で割るのやもしれない。


「ディータと呼ばせてもらうが。君、冷却の魔法の心得は?」


 その質問の意図は分かる。ということは、この店は専属の魔法師が居ないということだ。

 しかしまぁ、それも致し方あるまい。

 未だに氷や雪の貯蔵には相応の設備が必要であるし、冷却の魔法に心得のある魔法師など、どこでも引っ張りだこだ。

 どちらにしても非常に高くつく。

 そうなると、こうした市民向けの店ということには出来なくなるだろう。


「魔法に適性はなかったもので」


 正直に告白する。魔法は先天性の才能が何よりモノを言う。

 そんな才能に恵まれていたら、恐らくディントにはまた別の道があったに違いない。


「そうか。私も同じだ」

「……そうなると、生ぬるい炭酸水ですか。まぁ悪くはありませんが」


 そう、悪くはない。この夏場だ。

 喉の渇きを潤せるだけマシというもので、それが嗜好品として楽しめるレベルならば文句のつけようもあるまい。

 幸い、香りはついてくるようであるし。

 わざわざ白湯を飲むよりは良いだろうと自分を納得させた。


「まぁそう言うな。それでも、悪くない味だ」


 そのジェリセの言葉に、「欲を言えば、城の貯蔵庫から氷を運んでくれば良かったですね」、そんな風に冗談めかして肩を竦めるディントだった。



 

  * * * * * * * * * * * *




 約束の相手がやってきたのは、注文したソーダ割りが届いたちょうどその時であった。

 日に焼けたその大男が店内に現れると、雰囲気が変わるような気がした。

 店の扉をギィと開けて辺りを見回すその三白眼は威圧的で、目に留まった客を萎縮させてしまっていた。

 その人物が目的の相手だと知ったのは、平然と立ち上がり手を振ってみせたジェリセのその行動からだ。

 それに大男も気付き、のっそりと重い足取りでこちらに歩いてくる。


 正直な処、ディントがあまり得意としていない人種だ。

 真っ赤な外套が浅黒い肌と相まって、どうしても一歩引いてしまいそうになる雰囲気。

 厳しい顔に生える丁寧に剃られた髭は、ただ野蛮なわけではないと示しているものの、その効果を自分で理解していて演出していることの裏返し。

 外見と第一印象だけで判断するのは良くないと分かっているが、こうも威圧的な振る舞いだと先になんとなく、『学のない』だとか『粗暴』だとか。

 そんな印象が頭に過ってしまう。勿論、それを顔に出すことはしまいとしているが。


 そしてジェリセたちの向かい側の席に座ると、テーブルに置かれたソーダ割りを見て。


「同じものを1つ頼む」


 そう言ってウェイトレスを呼び止めた。


「やぁ、お久しぶり。ミスター・ホールデン」

「おう。サーの称号のことは聞いたぜ。相変わらず如才ないな、ジェリー坊よ」

「私も引き立ててもらっていた身。強制は出来ませんが」

「あぁ、坊は流石にか。サー・ジェリー。これでいいかな?」

「えぇ。全く問題無いですな」


 随分と打ち解けた様子でジェリセが話しかけると、相手も気心が知れたような返し。

 旧知の仲、というやつだろうか。

 それも、話の内容からしていつか彼のもとで働いていたことがあったらしい。

 商家に潜り込んで何をしていたのか。

 彼の謎がまた1つ増えたような、少し彼のことを知ったような。

 頭を働かせることに自信を持つのはこの経歴からか。


「えぇと。ミスター・ホールデン?」

「む。……あぁ、これは失礼。俺としたことが旧友との交流に夢中になっちまってたな」


 ホールデンは非礼を詫びると、ディントの方に向かって挨拶した。


「ルーファス・ホールデンだ。そこのサー・ジェリーとは昔馴染みでね」

「ディント・ヘッセです。

 彼が今ヴェルヌ家に世話になっていることはご存知でしょうか。

 私も同じくその家に仕える者です」


 ディントは少し厭味ったらしく。自覚的に立場を伝えた。

 それで相手がどう反応するか気になったからだ。

 サーの受勲について知っているというならば、彼の近況や状況はよく知っているようだが、それにしては久しぶりに会ったというような雰囲気でもある。

 どこに仕えているかは、案外知らないのではないか、などと思い、探りを入れてみる。


「どんな想像をしているかは知らないが――」


 ルーファスは肩を竦めた。

 皮肉げに歪んだ口元は、そんなディントの若い考えに苦笑しているようだった。


「彼の近況は、風のウワサで耳にしたぐらいだ。

 だが、ヴェルヌ家に仕えていることは良く知っている。

 だが、それと個人のつき合いは別だろう?

 それとも俺はこう言うべきかな?

 サー・ジェリーとミスター・ヘッセ。本日はお会いできて光栄でごぜぇます――」


 あちらの方が一枚上手というわけだった。

 ディントの言う迂遠な言い回しよりももっと厭味ったらしく。

 まさしく慇懃無礼といった様子でフェルト帽を取って流れるように挨拶をしてみせた。

 ちょうど賤しい商人がお貴族様にするように、とでも言うのだろうか。

 彼の言いたいことがとても伝わってくるような。

 ディントは呆気に取られ、どう応じればいいか分からなくなった。

 そこにジェリセが助け舟を出す。


「よせよせ。そう虐めてやらないでくれ。

 私と貴殿が親しげに話して蚊帳の外になったところ、少しムッとしたのだろうよ」


 顔が紅潮する。そのようなところがあったのは、否定出来ない。

 それに対し、ルーファスはフェルト帽をかぶり直して豪快に笑った。


「くはは。まぁ、良かろ。

 ……俺としては出来ればサー共々よろしく頼みたいところなんだが、どうかね?」


 仕切り直そうじゃないか、といわんばかりに差し出された手。

 今回に関してはディントにも落ち度がある。

 というか、最初に拙い仕掛けをしたのはディントだ。そう言われてしまっては、応じる他にない。


 それに、色々と考えなおしてみれば。

 かのレイモンド商会の幹部クラスとコネクションが出来るのは悪いことではない。

 少なくともこのリュヌにおいては絶大に効いてくる類の繋がりだと言える。

 そういう意味でも、個人の嗜好、偏見、くだらない切欠から思わずとってしまった、ディントの態度は褒められたものではない。


 握手に応じると、がっしりと握り返されて。


「ディータと。お呼びください。非礼をお詫びします」

「いいや、こちらこそ。まぁ、俺のことは何とでも呼んでくれ」



 それは、ディントの幼さを再確認させられるような出来事だった。



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