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15.帰還。

 それから、暫くの時間が経った。



 ディントは足手まといになった己を呪いながらも、以降は商隊で護衛の人たちと共に馬車に乗り合い、所々で休息をとってという形で何とかリュヌへの帰還の旅路を進んでいた。

 途中にある村落に立ち寄り、そこで一休みしたり。

 そういったこともあり、予定していた日程よりも大幅に遅れての帰還となった。


 商隊の馬車に、今回は腐るようなモノがなかったことが幸いだろうか。

 多少の遅れは許容できたようで、その分の謝礼はジェリセから出ている。

 それがまた、ディントにとっては負い目でもあった。

 帰った後、多少は自分からも負担すべきだろう。

 ともあれ、2人は傷だらけになりながらもリュヌに帰ってきたのだった。




 * * * * * * * * * * * *



 

 そして馬車を降り立ち、道を歩き出す2人。


「まず王城にご報告……と行きたいが、この傷ではな」


 苦笑して自らの腕を持ち上げるジェリセ。片腕が痛みで使い物にならないらしい、包帯が痛々しい。

 ディントは幸い両腕はマシな方だったものの、腹部の傷が酷い。

 身動きするのも億劫な状態なのは変わらない。


「そうですね。あまり見栄えも良くないですし。

 かといって、いつまでも時間を浪費するわけにもいかないでしょう」


 ディントは同意を示しつつも、近いうちに行かないとならないという意を言外に含めた。

 ソレイユへの窓口。非戦派の貴族だという爺に会うのは早ければ早いほど良い。

 無論、先の襲撃がカーリー・ブラッドによるものであるというのであれば相応の警戒が必要であり、怪我をしたこの状態で行くのは自殺行為ではあるのだが。


 ある程度の療養の後、あまり無為に時間を使いたくない。

 それは恐らくジェリセも同意する方針だろう。

 場合によっては、より重傷であるディントをここに残して誰か別の人間を護衛も兼ねて数人つける。

 そう動いたほうが妥当かもしれない。


「言っておくがね」


 道を歩きながら、ジェリセは少し強い語調で言った。


「私は、君以外を連れるつもりはないよ。

 命の恩人でもあるし、信頼の面から見ても、大事な面会に引き連れるに諸々を考慮してもね」

「…………」


 思考を読まれたような、そんな言葉にディントは何も言えなくなった。

 認めてもらえているという、雄弁な言葉に照れた部分がもあるが、それだけじゃない。

 彼らしくもないような、情を優先したその言葉に彼の人間性を垣間見た気がしたのだ。



 陛下が信頼を寄せる。



 それを言葉だけで理解していたのが、少し実感を伴うような。そんな感覚。


「出来ることは、やりますよ」

「うむ。そうしてくれたまえ。……さて、我々が今どこに向かっているか解かるかね?」


 そういえば、何となしに彼について歩いていたが。目的地は分からなかった。

 医者の家でも訪ねるか、解散するか、城に行くか。

 それぐらいの選択肢しかないように思えたが、どうにもそうではないらしい。

 歩きながらも愉しそうに笑う――蛙頭の表情も、幾分読めるようになってきた――ジェリセのその様子から、どうせまた驚かされるのだろうなという諦念のような思いを抱きつつも、ディントは降参とばかりに頭を振った。


「答えを教えて頂けます?」

「うむ。医者にかかるのは大事だが、ああいったことがあった後だ。

 出来るだけ警戒を厳にしておきたい。

 そうなると信頼できるところに行くべきで、私にはその心当たりがある。というわけでだ」

「はぁ」

「少し付き合ってもらうよ。歓楽街で酒でも飲もうじゃないか」

「この状態でそれは――」


 言いたいことは理解した。

 彼には何か人脈があって、その為の繋ぎを得るために酒場に行こうというのだ。


 しかしこの容態で酒なんか飲めたものじゃない。そう言葉を続けようとしたが、また腹部が痛んだ。

 痛みと、なんというか予想外を言ってくれる彼にはやはりというか、妙な納得にディントは顔を顰めざるをえなかった。

 



 * * * * * * * * * * * *



 

 少しばかり、街の中でも裏路地に入った一角。そこにその店はあった。

 見上げれば赤薔薇と木薔薇の木彫り看板。昼も夜もやっているという意味合いだ。


 しかし、その店の扉は閉ざされていて、1つの看板がかかっている。

 木で出来た板に赤色の文字で『Sorry(申し訳) we're(ありませんが) closed(閉店です)』と。

 それだけ装飾された素っ気ない看板。


 うらぶれたような年季の入った雰囲気を見せ、もう潰れたんじゃないかと思えるようなその店こそがジェリセが目的とした場所だった。


「閉まっているようですが……」

「うむ、そのようだね」


 平然とそう答えつつも、ジェリセに困惑の様子はない。

 つまりはまぁ、これがいつものことなのだろう。

 そして、恐らく中には人が居る……?


 ジェリセは片方、動く方の手をあげて、



 コン、コン、コン。


 コン、コン。


 コン、コン、コン、コン、コン。



 3,2,5と。そんなリズムでノックをした。


 するとどうだろう、扉越しに声が聞こえてきたではないか。

 渋い男の声。年齢は40から50ぐらいだろうか。

 少し嗄れたようで低音に響くその声は、不機嫌そうに聞こえた。


「誰だ?」

「蛙だ。連れが1人居るがいいかね」

「……ふむ」


 暫しの沈黙。少し考えこむようなその時間を経て。


「構わんよ。お前さんは上得意だ」


 ガチャリと。鍵が開けられる音がした。


「うむ。やっているようだな」

「秘密の酒場というわけですか」


 初めて知ったが、こういう場もあるのだろうと何となく理解した。


「帳簿を見せてもらう時も使えば良かったのでは?」


 ルーファス・ホールデンとの会合の時何故、ここを使わなかったのか。何となく気になった。

 ディントの中で答えは半ば出ているが、聞いてみたかった。


「簡単なことだ。ディータ。君をどこまで信頼していいか分からなかったからね。

 かといって身一人で行動するより、何かと一緒に来てもらいたかった。

 そう考えていくと、あの妥協に繋がるのだ」


 自らのモノといっていい店で。人混みに紛れて。

 おおよそディントが想像した通りの答えが返ってきた。

 だから、敢えて意地の悪そうに続けた。


「では今は信頼頂けているということですね」


 少し頬が緩んでいるのが自分でも分かる。

 彼に認めてもらえているということは、少し嬉しい。


「アレだけのことをしてくれた以上は、な。君は頭が回るし、度胸もある。

 信頼しない理由がないさ。

 事ここに至って、仮に裏切られたとしたら私の見る目が無かった。それだけのことだな」


 そう。その言葉を聞きたかったのだ。

 どうやら、ジェリセの意地の悪さが自分にも伝染ったようだった。

 少し恥ずかしかったのか。ジェリセは咳払いを1つ。


「とにかく、入るぞ。もちろん、この場所については他言無用だ。良いね?」

「分かりました」


 笑みが止まらず、少し声が震えながらもディントは了解の意を告げる。

 それが気に入らなかったのか、ジェリセがやや乱暴に扉を開けてみせるのに続いて中に入っていった。

 



 * * * * * * * * * * * *



 

 中は、外見に反して小奇麗にされていた。

 外見はわざと汚していたのだろうか。

 クローズの看板といい、なるほどこれでは誤っても一見のお客は来ないだろう。

 ぱっと見、幾つかのテーブルとカウンターが見受けられるものの客の姿はない。

 静かなもので、ディントは入りこむのに躊躇してしまった。


「爺。邪魔するぞ」


 ジェリセは勝手知ったるといった様子で中に上がり込んだ。

 ディントは慌ててそれについていく。


 扉を開けた男だろう、白髪の草臥れた老人にジェリセは「爺」、と呼びかけた。

 ただ、見た目より声は若かったように思えたし、その眼光は異様な程にギラギラとしていてディントは思わずその目の前を通るとき身を竦めてしまった。

 冷や汗が首筋を伝っていくのは、並々ならぬ気配にあてられたからだと理解してしまう。

 その人物の凄みとでも言うべきものにその過去と人物像を詮索したくなるが、グッと我慢する。


 少なくとも、こんな場で「貴方はどんな方ですか」と唐突に聞くわけにもいかないのだ。

 明らかに人目から隠れようとしているこの場所で、曰くのありそうな人物に。

 馬鹿正直に何かを問うということは自殺行為であるということぐらい、ディントにだって察することが出来る。

 ……というより、それさえも出来ないならば恐らくジェリセは自分をこうして連れてはくれなかったろう。


「久しぶりでスマンが、少し匿ってくれると助かる。

 この通り怪我を負ってな。……出来れば医者の手配も頼みたい」


 酒場で要求するようなことではない。

 宿泊所を兼ねている場所であるならば前者はわかるが、後者は明らかに領分ではないだろう。


 しかし。

 ここはディントの知る酒場とは違う特殊な形態の店。であるからだろう。

 爺は、扉に鍵をかけると静かに頷いてみせた。


「良かろ。腕の良いモンを後で寄越す。部屋は分かるな?」

「月の間を使わせてもらうが、良いかね」

「問題ないな。ほれ、鍵だ」


 爺が無造作に放った鍵をジェリセは取り落とすこと無く右手で受け取った。

 乾いた音がして、無人の酒場にそれが妙に響き、そしてその雰囲気に何となく、ディントは可笑しみを覚えた。


 そうしてジェリセが背を向け、奥の方にある扉の方に向かおうとすると、爺が背中から何か気がついたようにして、声をかけてきた。


「……姫は?」

「一応、手紙を手配するつもりだが……直接来ることもあるかもしれん。その時は頼む」

「分かった」


 ムダのない、雑談の余地のないやり取り。

 しかし、それが何を意味するかはディントには想像することしか出来なかった。


 ……姫と言い、手紙を送る必要がある相手。

 想像がつかぬ訳はない。


 しかし、だ。

 このような場所に、直接……?

 ディントは、考えを振り払うようにして首を振った。それはないだろう。

 おそらくは、彼の知り合いの令嬢か誰かだろう。

 貴族の血を引いていないようだが、ここまで成り上がった蛙の曲者は、社交界に何かしら伝手があってもおかしくない。




 ……ディントは、半ばそれが裏切られる確信を抱きながらも、強引にそう考えこむしかなかった。




進捗遅れ気味ですがプロット通り書いていきます。

ご閲覧、ブクマのご登録など頂き有難うございます。

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