14.
大分間隔があきました。すみません。
今後も投稿ペースは意識しますが、出来次第投稿ということは増えるかも。
また、13.において描写不足のところを補完、加筆しました。
目覚めたのは、テントの中であった。
雨音が布にいやに響く、薄暗いテントの中。
布1枚。それだけなのに外界から隔離されたようなこの不安感。
「ぐ……う……」
起き上がろうとするが、かなわない。中途半端なところで止まった。
腹部の怪我は相当に酷いようで、包帯で無遠慮にぐるぐると巻かれていた。
――命を落とすほどの怪我ではなかったということか……。
商隊と一緒に居たのが功を奏したのかもしれない。
恐らく誰かがその馬車の中の物資を用いて手当などしてくれたのだろう。
痛みも大分和らいでいる。
後々請求されるであろうお金が気にはなるものの、命には替えられない。
「起きたか」
その声に振り返る。ジェリセの声だった。
彼はディントと同じく横たわっていたのだろう。
そして同じく半身を起こして、こちらを見つめていた。
「……何とか、助かったな」
「えぇ。無事で何よ――痛ぅ……!」
言葉を発しようとしたが、激痛に顔を顰めてしまう。
流石にこれ程の怪我をしてしまっては、身動きするだけでも痛い。
これは、困った。馬車の揺れでさえ辛いだろう。
これからの道中、警戒も必要だというのに気落ちしてしまう。
「私の見込みが浅はかであった。
護衛の1人2人、馬車の中に入れておけば良かったのだ。少し、油断が過ぎていた」
ジェリセは気にした様子もなく、首を力なく振った。
見れば彼の腕や背中にも包帯が巻かれている。
その姿は痛々しい部分があったが、ディントの状態に比べればまだマシというものだった。
その事実に少し、安堵する。
――自分でも出来ることがあった。
「……その、なんだ。すまんな」
だからか、或いは余りに意外だったからか。
その言葉を聞いても一瞬、何を言ったのか分からなくなった。
こちらを向いて、ペコリ。
エイリーン相手にすら、あまり礼を気にしていなかった男が、その蛙頭を下げて謝罪した。
「変な顔をするなよ。私だって、必要なときは謝罪の1つだってする」
それを察したのか。ジェリセは不機嫌そうに肩を竦めた。
「いえ。役目、です、から」
大きく息を吐き、少しでも堪えようと苦労しつつも言葉を発する。
ディントはジェリセを傷つけたくない。
それは使命であったが、個人の感情でもあった。
彼に、一種の尊敬を個人的に抱き始めていたし、人柄は癖こそあるもののその忠誠心と能力は本物だ。
だから、良かった。彼が無事なのが、一番だった。
そういえば、気になることが幾つかあった。
襲撃者が呟いた『ブラッド様』とやらについて。
そして、ジェリセ自身が言ったある言葉について。
言葉を途切れ途切れにしながらも、ジェリセに意見を求めると彼は「ふむ」と唸った。
「まず、今回の襲撃に関する私の所見から話そうか」
確かに彼は言った。「さて。お粗末な襲撃に思えるが――」と。
「まず、彼らの襲撃方法だ。
我々を一応守るようにして前後に馬車があったところを、孤立させるために落石によってそれを行った。
……一見、悪くないように見えるが存外リスクが高過ぎる」
「……時間、制限?」
ディントはその勿体ぶった言い回しから何となく何を言いたいか察した。
今回彼らの襲撃が失敗した理由。そこに思い当たったのだ。
ジェリセは満足そうに頷くと、続ける。
「そうだ。多人数で囲うまでは良かった。
ほぼ死地を作り上げたのだからな。
だが、かといってそんな悠長にしてもいられない。不確実に過ぎるような気がするのだ」
「もし」
貴方なら、どうするのです?
そんな風に続けようとしたが、ディントは腹部を抑え、また横たわった。
起き上がっているのも辛いのだ。
だが、言いたいことは伝わったのだろう。ジェリセは答えた。
「もっと確実を期するなら、そうだな……。
御者か、商隊か。どこかに浸透して……、うむ。そうだ。内部から狙う。
そこまでされれば、どこかで後ろから刺される可能性は高かっただろうよ」
とはいえ、それは簡単なことではない。
そもそもバレた時のリスクも大きい。
企てが露見し、その襲撃者の身柄だって確保された場合に黒幕にとって都合の悪い情報が漏洩する可能性も高い。
時間だってかかる。
ジェリセはそうも続け、所見を纏めた。
「つまり、手っ取り早く、且つ不確実でも良いから、襲っておきたかった……。
襲撃したという事実と、或いは負傷という事実によって、こちらの行動を縛れるからだ。
『次は本気で殺しに行くぞ』という、メッセージかもしれない」
ディントは考えすぎとは思わなかった。
もちろん、相手がそこまで考えて動いていると断言することは難しい。
しかし、想定してはおくべきだ。
なるほど、確かに警戒しすぎればどうしてもフットワークは重くなる。
もしかしたら臆して行動さえ止まってくれるかもしれない。
そうなってくれれば儲けもの。そういった意図が見え隠れするようには、思えた。
「だからこそ、君が聞いた『ブラッド』という名については少し疑問に思うのだがね」
どういうことだろうか。首を傾げたかったが、あいにく身動きがとれない。
テントに強く打ち付ける雨音を聞きながら、ディントは思考を止めないよう努力した。
「ともあれ。聞き覚えがあるかどうか、という意味ならばあると答えよう」
ジェリセは、やや声のトーンを落とし、続けた。
「……ソレイユ王の懐刀にして、幼い女の形をした悪魔とさえ呼ばれる、戦争の立役者」
「!?」
そう言われれば、ディントにも聞き覚えがあった。
その莫大な魔力量を見込まれて、王によって取り立てられ、戦争で暴れまわったという少女の話。
魔法は、才能だ。どこまでいっても適性と魔力量によって左右される部分が大きい。
その中でも、異質で……聞こえてくる噂は、彼女を危険視し畏れるものばかり。
ソレイユを戦争に駆り立てた王。その直属の軍事力。
当然、リュヌの……ジェリセの動きを仮に知ったならば。それを嫌うのだろう。
仮に彼女が襲撃者たちの背後に居たとしたら。
アルバか、リュヌか。そんなレベルではなかったことになる。
こんなことで、ソレイユとの取引が出来るというのだろうか。
ディントは今の自分の容態を含め、不安を更に大きくした。
「カーリー・ブラッド。
貴族に成り上がるまでに至って、わざわざブラッドなどと名乗る者は、彼女ぐらいだろう」